21話 百合の花の匂い
椅子に座って、俺の手を上から包み込むように握っているトモキの手と距離感に物凄くドキドキしている。
男相手にこんなにドキドキするなんて事有り得ないはずなのに、俺は一体どうしてしまったのだろう。何かの病気? 心拍数がとんでもない。
「あっあのっ……トモキッ……君」
「うん?」
「手っ……ちょっと離してもらってっ……いいかなっ……」
「ごめん、嫌だった?」
「嫌じゃないっけど……その……ドキドキして……」
どうした俺! 自分を保て!!
必死に自分に言い聞かせるも、真っ赤になった顔をじっと正面から見つめられてついに自分の手で顔を隠した。
「そっ、そんな見ないでっ……くれるかなっ」
「なんかデートしてるみたいだね」
「デッ…………そうだね」
デートくらいでこんなに顔を赤くさせてどうする。俺に何が起きているんだ。
「トモキ〜マコちゃ〜ん、何してるの〜?」
と、そこにシズキがやってきた。
「マコが具合悪そうだったから休ませてたんだよ」
「そう。皆が心配する前に戻りなさいよ?」
「うん分かってる。マコ、行こうか」
「うっ、うん……」
立ち上がってトモキと一緒にアイ達の元へ向かう。
シズキの横を通った時、また物凄い目付きで睨まれながら通り過ぎていったのだが……シズキと話した方が良いだろうか。
「ご、ごめんトモキ君。ちょっとシズキちゃんと話してくる」
「うん。マコの事はシズキちゃんの方が詳しいもんね。分かったよ」
トモキは優しい笑顔で俺に手を振って歩いていった。
「ふぅ〜……シズキちゃん、な、なんでそんなに睨むの?」
「アンタおっさん2人に襲われてたでしょ」
「お、襲われ……てたけど?」
ここはもう開き直って話すしかない。
「アンタが1人きりになると面倒事に巻き込まれやすいのよ。次からは1人にならない事。必ず私の傍にいなさい」
「えっ、シズキの傍に?」
「……別にトモキの傍が良いっていうなら許してもいいけど?」
トモキの傍が良いとは一言も……いやでも、トモキの傍も良い……俺マジでどうしたんだ。
「シズキちゃんに相談したい事がある」
「何よ」
「来て」
シズキの手を握って、皆に聞かれないような場所に移動する。
「なんか私、というか俺さ、トモキと一緒にいるとドキするんだ。女装してるからかは分かんねぇ。でもこれって普通じゃないよな」
「……そうね。身も心も女になりきってるからそう思うだけなんじゃないの?」
身も心も女になりきる……そう! それだ!!
「それだよ!」
「ちょっ、いきなり何よ」
「俺多分女装してるとトモキが好きなんだよ」
「……女装してなかったら?」
「シズキが好きだ」
そういうとシズキは目を逸らして、気まずそうに黙り込んだ。
「多分俺は今二重人格みたいな感じなんだ。マコトの時とマコの時。それぞれ好きな人が違うんだ」
「じゃ、じゃあ……何よ。女装してる時は私の事好きじゃない訳?」
「それは…………女友達……?」
──パァン!
シズキに頬を平手で叩かれた。
「好きって言ってよ!」
「え……?」
「あっ……」
思わぬ本音がシズキの口から漏れて、俺もシズキもビックリして沈黙の時が流れた。
「あれあれ〜? 百合の花の匂いがしてきてみれば……修羅場ですか?」
サクラがとことことこちらに歩いてきた。
「ち、違っ! 今のはそういう意味じゃなくてっ!」
「マコちゃんモテモテだね〜」
「う……うん」
頬がヒリヒリするけど、その痛みからシズキの想いが伝わってくるような感じがして、嬉しくて頬を触りながら笑みがこぼれる。
「シズキちゃんはマコちゃんが好きで、トモキ君もマコちゃんが好き。マコちゃんはどっちが好きなのか分からない状態って感じ?」
「えっ……サクラちゃんどこまで知ってるの?」
「今言っただけの事しか知らないよ? それに見ただけで分かるもん」
サクラちゃんって意外と怖い。なんでも見透かされてしまいそうだ。しかし、女装についてバレてないようで助かった。
「わ、私は別にマコちゃんが好きだなんて一言もっ──」
「でもマコちゃんに好きって思われたいんでしょ? それって両思いになりたいって事だよ?」
「違っ……」
シズキが珍しく押されている。顔を赤くしながら涙目になって、今すぐにでも暴れだしそうな……やばくない?
「あぁんもうぅ! そうよ! 私はマコの全部が好きよ! 見た目も! 男らしい所も! 可愛いところも! 匂いも! 大好き!!」
「あらあら」
「でも、そんなマコがトモキに取られるんじゃないかって思ったら……嫉妬したの! それだけ! なんか文句ある!?」
「本音が聞けてマコちゃんも嬉しいと思うよ〜」
シズキが興奮して本音を全部語ってくれた。それならつまり俺はシズキと両思いな訳だ。女装してなかったらの話だが。シズキは俺の男らしい所も好きだと言っていた。それはつまり女装してなくても好き、だという事だろうか。
「ぅ……ぁ……今の全部忘れなさい! 2人とも! 良い!?」
「シズキちゃんって面白いね〜」
「うるさいっ!」
シズキは恥ずかしそうにしながら皆の方にズンズンと歩いていった。
「マコちゃん、何か考えは変わった?」
2人きりになった俺にサクラが聞いてきた。
「……私の事を全部受け入れてくれてるシズキちゃんが……良いのかな……」
「それって、まだトモキ君の事も好きって事かな?」
「多分……分かんない」
でもこれ以上トモキを騙していく訳にはいかないし、それなら俺はシズキの気持ちに素直に答えてやれればいいんじゃないだろうか。
「私の事を知って嫌われる前にシズキちゃんを選ぶよ」
「おぉ〜百合の花が咲いた!」
その表現はどうなんだ……。
「じゃあタイミングを決めてトモキ君とシズキちゃんに伝えないといけないね」
「そう……だね」
また色々と大変な事になってきたけど、一先ずシズキは俺の事を好きだったという事実が分かった。
後はどうやってトモキに伝えるか、だな。それもシズキに任せた方が良いのだろうか。
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