5話 大喧嘩


「……」

「どうしたトモキ、今日は元気無いな」

 学校に来るとトモキが窓の外をぼんやりと眺めていた。


 いつもは他の奴らと絡んでいるのだが、今日はテンションが低い。大体は昨日俺が女装して会ったせいだと予想はできるが。


「……」

「おい?」

「んっ? あ、あぁごめん」

 どうやら本当に俺の声に気付いていなかったようだった。


「考え事か?」

「ん〜いや、ちょっとな」

「……んだよ教えろよ」

 少し不機嫌そうに言うと、前の席のトモキは仕方なく椅子をこちらに向けてきた。


「実は他校の女子に好きな人ができてな」

「好きなっ……マジか。それっこの前言ってた──」

「ああ、マコっていう綺麗な子だ」

 女装した俺に惚れたっていうのか? 地獄の番犬と恐れられるトモキが? 正直意外だった。


「今その子は何してんだろうな〜って外見てたんだよ」

「へぇ〜」

 お前の目の前に座っているんだが、絶対に知られたくない。



 休み時間、その事をシズキに伝えるとニヤニヤと何かを企むような笑みを見せて人気の少ない階段裏に連れられた。


「流石ね。地獄の番犬を見た目と喋りで落としたのよ。誇りに思いなさい」

「思えねぇよ。そもそもシズキは何の目的で……マコとトモキをくっつけようとしてるんだ?」

「面白い以外に理由が必要だっていうの?」

 こんな理由で振り回される俺の身にもなってほしいものだ。


 こっちは人生を賭けたドッキリを仕掛けてるんだ。もしバレてしまえば多分俺は2度と人前に出られなくなる。多分……自殺する。


「マコちゃんとトモキ君がどんな関係になるのか、見てるだけでドキドキするのよ」

「俺はお前のオマチャじゃないんだぞ」

「それくらい分かってるわよ。限度くらいは守って遊ぶわ」

 結局オモチャにされてるんだが、俺に人権は無いのだろうか。


「マコト先輩! 変な奴が校内に乗り込んできました!!」

「ん?」

 そう言われて、ふと周りの騒音に気がつく。


 ドタドタと机を倒したり廊下を走り回る音、そして耳障りな男の叫び声。


「マコト〜ッッ! 俺と1対1で勝負だ!! 決闘だ!」


 全く聞いたことのない声だが、これ以上騒がれても困るので声のする方に走る。シズキはそれを止めることは無かった。




 教室にやってくると、怪我をして血を流した男子生徒が3人。1人はトモキだった。

 その教室に立つのは大きな身体を持った男。丸刈り頭で俺よりもひと回り大きい。


「お前がマコトか」

「てめぇ……」

 そいつは釘が何本も刺さった木製バットを持っていた。


 普通に警察に捕まる凶器を振り回しトモキ達を怪我させたのだろう。その事に怒りが頂点に達したマコトは、制服を1枚脱いで暴れやすいようにした。


「こんな雑魚しかいねぇ学校でナンバーワン気取ってんじゃねぇ!!」


 大男はバットを大きく振りかざしマコトに振り下ろす。

 まともに受ければ、下手したら死ぬ程の致命傷を与えられるだろう。しかし力に頼りすぎているこの男の動きは遅い。


「雑魚が力の扱い方知らねぇ癖にイキがってんじゃねぇよ」


 あっさりと避けて、すぐに大男の腹に蹴りを入れる。しかし体格が大きい分それだけじゃ怯まない。

 今のところ体格が大きく武器を持っている相手の方が有利だ。しかしそれをテクニックで補うのが俺だ。


「ふん、図体だけはデカい癖にただの雑魚じゃねぇか。さっさとかかってこいよ」

「言われなくても、すぐに望みどおりボコしてやるよ!!」

 そういいながら再び武器を闇雲に振り回す。


 所詮コイツも、"アイツ"と比べたらただの雑魚だ。こんなんに負けてるんじゃ、トモキもまだまだだな。


 あっさりと攻撃の嵐をくぐり抜け、大男の懐に潜り込んだ俺は足を引っ掛けて巨体を地面に倒す。

 それでも攻撃を食らうまいと武器を振り回す男の腕を踏みつけても木製バットを奪い取り、それを振り上げる。


「ひっ、や、やめっ! 死ぬっ!!」


 それを顔面目掛けて一気に振り下ろす。


「ひぃぃぃぃいいっ!!」

「死ぬ訳ねぇだろ」

 ギリギリの所で武器を捨て、顎をつま先で蹴って意識を飛ばす。


「顎が外れたくらいだ。安心しろ」

 気絶した男にそれだけを言うと、怪我をしていたトモキの他の2人を立ち上がらせる。


「大丈夫か」

「また助けられたね……ごめん」

 トモキは血を流す腕を握りながら謝ってきた。


「……馬鹿かお前」


 その後、体育教師の牛島先生に呼び出しをくらって遅くまで怒鳴られたのは言うまでもない。

 しかし何故かシズキにも怒られてしまった。


「……もういい加減我慢出来ない。マコト、アンタ2度と喧嘩とかしないで」

「はぁ? これが俺の生き方なんだけど」

 喧嘩をするな、という事はつまり今俺がこの学校の地位を保つ為の行為を辞めさせることになる。そんなのは絶対にできない。


「もし怪我したら女装できないでしょ。どうしてもっていうなら、喧嘩してもいいけどなるべく避けて」

「嫌だよ」

「じゃないと」

 真顔でスイッチを押す動作を見せてきた。

 

 流石にこれには俺も逆らえず、しかし喧嘩を避けろと言われて素直に聞きたくもない。シズキが見ていない所なら別に構わないだろう。



「"またデートに行くわよ"」

 休みの日、シズキにデートに誘われた。


「"また女装か"」

「"当然! 今日はゲームセンターでデートよ"」

 普段行かない所に行こうとする辺り、また何か企んでいる事がバレバレである。


「"本当の目的は?"」

「"2階にあるお店で服を買ってほしい"」

「"俺ってお前のオモチャにも財布にも変身するんだな"」

「"違うわよ? 今日は着せ替え人形よ"」

 結局オモチャじゃねぇかという文字を送信しようかと思ったが、さっさと女装してデートの準備をする。

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