第16話 走れ!(×10)走れ!走れ!走れ!走れ!

「指令室! 応答して下さい。指令室!」


 停車した西武線にて、最後尾の車両では、鉄道員が無線妨害で通じないマイクに呼びかけていた。

 電車が停車している為、レールから伝わる振動を感じ、刻一刻と近づく物がイメージ出来た。


 それがやって来る前に、最悪の事態が頭を過り、鉄道員は冷や汗が止まらなくなった。


「頼む! 応答してくれ!」


 半狂乱になりながらも、彼はマイクに叫ぶと……。


『――――こちら――――指令室。 どうしました?』


 やっと繋がった無線へ、すがるように話す。


「指令室!? こちらD七二七二! 今、こちらの車両は、駅の二百メートル手前で停車しています」


『停車?』


「次の駅で事故だ! その影響で動けないんだ!」


 事態を飲み込めない相手に、思わず怒鳴る。


「もう五分以上、止まってる……そろそろ次の電車が、来る時間だ……早く停車するように連絡してくれ!」


『解りました。すぐに連絡します』


 その、直後だった。


 山の脇から覗かせる朝陽のように、ゆっくり、ゆっくりと顔を見せる、後続の電車がやって来た。

 その光景を見た運転手は、息が止まり、目の前の現実を必死で否定しようとして、思考が停止する。


 恐らく、指令室からの連絡が、届いたのだろう。

 後続電車の一両目が、カーブを曲がり切ったところで、急ブレーキを掛けた。

 甲高い、金属の摩擦音を響かせ、必死に車体へ、歯止めを利かせようとするが、勢いは死ぬことなく、制動距離は延び続けていた。


 彼にとって、近づく後続の電車は、恐怖で一回り大きく見え、レールから伝わる振動は、普段の倍以上に感じられる。


         ————まるで、津波が迫って来るようだ————。


 鉄道員は今、視界を支配する光景が、人生で最後の風景だと悟り、愛すべき家族の記憶が沸き立つ。


 最愛の妻――――長い結婚生活で邪険にされつつも、自分に尽くすよき妻だ。

 妻の支えで、仕事に打ち込めた。


 後続の電車は尚も近づく。


 愛しい娘――――もし、天国に一つだけ持っていける物があるなら、彼女との思い出を持って行きたい。

 出来れば、成人を迎えるまでは見守っていたかったが、これからは、空の上から見守って行くつもりだ。


 二人とも愛すべき、尊い家族だ。

 代わりになる物はない。

 家族が出来て、この十何年、二人の為に我武者羅に働いて来た。

 彼女達から、充実した人生を貰った。

 ただただ、感謝しかない――――。


 迫り来る先頭車両の窓から、室内が見え、この世の終わりを見ているかのような運転手と目が合う。


 彼も自分と同じように、これまでの人生や、家族のことを思い出しているのだろうか?


 鉄道員は迫り来る車両を凝視できず、両腕で顔を覆い、やりがいのある仕事、愛しい家族、未練が残る世界に別れを告げた――――。

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