第17話 走れ!(×10)走れ!走れ!走れ!走れ!走れ!

 原因は一人の老婆。


 旦那に先立たれ、仕事で忙しい息子は、連絡すらない。

 息子夫婦と孫に会うのは、数年に一度。

 独り身で高齢の為、買い物が困難になり、息子の計らいで家にパソコンをプレゼントしてもらい、ネットショッピングで日用品を購入していた。


 その為、家を出ることが、めっきり減ってしまい、世間ともかかわりが薄くなった。


 そんな、孤独な老婆の寂しさを埋めたのは、一匹の野良猫。


 この一匹の人懐っこい猫を、老婆はいたく気に入り、彼女の家に出入りしては餌をねだりに来ていた。


 しかし、気ままな野良猫が、同じ場所に留まる事は無く。

 ご飯を食べて、老婆の膝の上で一眠りすれば、風任せに消えてしまう。


 老婆はある時、ネットオークションで安価な、ペット用の首輪を見つけた。


 その首輪は、小型カメラ付きで家に居ながら、ペットと散歩をしている気分が楽しめ、トランシーバーでペットに話しかけることも出来た。


 値段も安く手頃なので、即座に購入。

 昼寝中の猫に首輪を着け、放し飼いにした。


 小型カメラの映像は、パソコンの画面に送信され、トランシーバーで、いつでもどこでも猫には話かけられた。


 彼女が自宅のパソコンで見ていた、ストリートビューの画像は、猫の首輪に取り付けられた、小型カメラから送られる画像だった。

 トランシーバーの呼びかけボタンを離せば、首輪のマイクが自動で送信状態となり、猫の声や周囲の音を聴くことも出来る。


 老婆は、これで猫も寂しくないと、満足していた。

 だが老婆は知らなかった、彼女が購入した、通信機付きの首輪は、海外で売られている、日本非正規品だと言う事を……。


 無線機と、カメラ付属の首輪を付けた猫は、野良猫のたまり場へ、気ままに足を運び、線路を渡って南側へ。

 老婆の通信電波は、線路を越えて自宅から、三百メートル先の、首輪に届けられていた。


 その猫の二百メートル先に、今回、申告をしたアマチュア無線利用者の家があり、その際、彼の無線機機器が傍受したのは、老婆が自宅のトランシーバーから、猫の首輪に取り付けられた、無線機に話し掛けていた声だった。


 勿論、電波監視官、十和田が、測定器でキャッチした違法電波も、この時の物。


 要約すると、猫の首輪を中継して、通信範囲のリレーが行われていたのだ。

 そして、老婆の家で、十和田がトランシーバーの電源を切り、この騒動は納まったかに見えた。


 が、猫の首輪に取り付けられた無線機は、送信元を断たれたことで、受信から送信状態に切り替わり、電波を発信続けていた。


 それが遅延でストップした、鉄道無線に混信。

 電車から指令室に送信する、電波を妨害した。


 老婆は寂しかった――――ただただ、寂しかったのだ。


 夫に先立たれ、老いた身体で、外出も買い物も困難になり、家族との関わりも希薄となった彼女は、茨の城に閉じ込もることになってしまった。

 俗世から忘れさられ、見えない存在となった寂しさに、耐えられなくなった老婆は、茨の城からSOSを発していたのかもしれない。


 そして、その信号をキャッチしたのが、自由気ままな野良猫だった。


 孤独な老婆に、猫と繋がりを持たせた無線機は、絆だったのかもしれない。


 知らなかったとはいえ、老婆が使用した無線で、社会に多大なる混乱を招いたことは事実。

 何かが違えば、取り返しのつかない事態に、発展していただろう。


 この老婆は、電波法四条違反に該当。

 その中でも人命等に係る、重要無線通信への妨害を、引き起こしたことにより、最高五年以下の懲役、二百五十万円以下の罰金を基準に罰則が科せられる。


 老いた彼女には、厳しい罰則かもしれないが、社会の安全を第一に考えれば、仕方のないことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る