第13話 走れ!(×10)走れ!
最後尾の車両で、過ぎ行く風景を見守る男。
彼は鉄道をこよなく愛している。
故に、鉄道員は天職となった。
彼が仕事と同じくらい、愛しているものがある――――家族だ。
休日はリビングの床で、ゴロ寝をしながらテレビを見ていると、愛する妻の掃除機に追い回され、リビングを締め出される。
出会った頃は控えめで、細い身体は抱き寄せただけで、砕けるかと思うくらい可憐だった。
今は見事に肥えて、家で歩くと怪獣のように室内が振動し、口を開けば遠吠えのように、近隣は週末旅行に行っただの、近所の美容室に行く金が無いのは、給料が上がらないからだと不満を漏らす。
もう一つの最愛のモノ、こちらは、愛妻よりも愛情が深い、高校生の一人娘。
生まれた時は、天使としか言いようがない可愛さで、身体はマシュマロでも詰まっているかのように柔らかかった。
笑う顔や泣く顔、怒った表情を幾度となく見ている内に、幼稚園、小学校、中学校、高校生まで上がり、いつの間にか、悪態を付くようになるほど成長していた。
そして思春期の娘は、父である彼と、口すら利かなくなってしまった。
だが、長い結婚生活で、妻の容姿や性格が変わろうと、年頃の娘に無視されようと、愛する家族と生活の為に鉄道員はこれからも働て行く。
電車が減速して行き、車両全体にきしむ音が響くと、彼は通信機を手に取り、先頭車両の運転手に確認した。
「どうしました?」
『停止信号です。多分、次の駅で問題が起きたんでしょう』
彼は、忙しい通勤ラッシュの運行を、止められることに嫌気がさす。
仕方ない、よくある事だ。
後続の電車が来るまで、時間はある。
気を取り直し、無線機に声を吹き込む。
「了解しました」
彼が、無線を切ろうとした瞬間、マイクから不穏なノイズが聞こえて来た。
XXX XXX XXX,
十字路の真ん中で、十和田は足を止める。
動きを止めた彼を見て、月宮後輩が声を掛ける。
「どうしたんですか? 先輩」
「電車が止まってる……」
指を差し、踏切で止まる満員電車を、後輩にも解るよう見せると、彼女は当たり前のように言う。
「またですか。今度は、遅延で時間の調整をしてるんでしょうね」
確かに、何も気に病む光景では無い。
何処かの駅で、人身事故や出発の遅れが出た為、運転中の電車を一時ストップさせ、電車同士の衝突が起きないよう運転を見合わせる。
だが――――。
「嫌な予感がする」
「何がですか?」
「電車は大きなカーブを、曲がり切ったところで、止まっているだろ? しかも、住宅が壁のように並んでいるから、後から来る電車にはカーブの先が見えない」
「でも、停止信号が有るから、後から来る電車も、自然と止まるんじゃ」
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