第5話 走れ!走れ!走れ!
庭から和室を覗くと、木製の
仏壇に飾られた写真は人のよさそうな老人で、恐らくここの主だと推測出来た。
左側の奥にはちゃぶ台が有り、台の上に液晶画面をこちらに向けたノートパソコンが置かれている。
遠目からで見づらいがモニターには地域の様子を映したストリートビューが表示され、横のスロットには無線用のUSBが差し込まれている。
そしてパソコンの脇に、小型のトランシーバーが置いてあった。
丸い背中を見せていた一人の老婆が、パソコンの前から立ち上がりこちらへ来る。
その姿は童話に出て来る小人を思わせた。
「あい、あい、なんでしょう? 滅多にお客さんなんて来ないんで、おもてなし出来なくて、すみませんねぇ」
十和田は手っ取り早く本題に入る。
「あのぉ、こちらで無線機か何か使っていませんか?」
「あい?」
老婆は耳が遠いようで、こちらに耳を付き出す。
十和田はパソコンの脇に置いてあるトランシーバーを指差し、彼女の許可を得て借りた。
彼はトランシーバーを手に取り電源を切ると、裏側のラベルやフタを開けてバッテリーを一通り見る。
「技適マークが無い。日本非正規の海外無線だな」
”技適マーク”とは、電波法令で定めている技術基準に適合している無線機であることを証明するマークで、個々の無線機に付けられている。
これは“無線局機器に関する基準認証制度”にも記載されたもので無線機の免許申請をする際に技適マークが付いていれば、開局の手続きが大幅に簡略化される。
マークの形は右が欠けた円に上半分が横に倒れた稲妻、下半分が郵便マークで構成され、もちろん日本で市販されている携帯電話にも記されている。
「おばぁちゃん! この機械、何処で買ったの!?」
「あい?」
「ど・こ・で・買いましたか!?」
「動物は飼っておりませんよ」
月宮後輩がなんとなしに、庭でくつろぐ猫を見る。
首輪をはめている様子が無い。
野良猫が老婆の家に自由に出入りしているようだ。
十和田は、相手が聞き取れないのをいいことに、面倒くさそうに悪態を付く。
「ババァ、耳遠いなぁ」
後輩が十和田の肩を、拳でめいいっぱい殴り付け、老婆の代わりに叱った。
彼は思わずのけ反る。
「いってぇな! おい!」
先輩監視官を素通りして、後輩は老婆に歩みより、彼女の孫を演じるようにして丁寧な対応を取る。
「おばぁちゃん! この機械ね、使うと違反なんです。なので、今日は私達でこの機械を預かりますよ。明日、警察の人とお伺いしますので、その時、お話させて下さい」
老婆に話しは通じたようで、渋々、トランシーバーを二人の職員に預けた。
トランシーバーを渡した後、老婆はさびしげな表情をして落胆する。
十和田は後輩にメモ帳を切り、即席のネームプレートを作るよう指示。
そして、トランシーバーを家の縁側に置くと、ネームプレートを機材の下に置いてカメラで撮影をした。
証拠を記録し終えると茨の城を出る。
月宮後輩が疑問を投げかけた。
「あの、おばぁちゃん。トランシーバーで誰と交信していたんですかね?」
「寂しい年寄の一人暮らしだからな。大方、近くに住む孫と遊びで使ってたんだろ」
「それが、たまたま近くのアマチュア無線家の交信を妨害していた?」
「どうだろな……無線妨害の理由はいろいろある。ペットの首輪にだって小型の無線が付いている。GPSやカメラで飼い猫が迷子になっても解るようにしたり、家の庭で飼い犬が吠えれば自宅の中でスイッチを入れ、首輪に着いた無線が微弱な電気を流して犬を黙らせるとか。それにアマチュア無線なんか現役を引退した年金受給者が余生を過ごす趣味でやってたりするし、あるいわ遊びでトラックの運ちゃんが暇つぶしに交信したり、或いは盗聴器や任意による悪質な妨害電波もある」
「任意?」
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