第4話 走れ!走れ!
“周知”とは、無線利用者に電波利用のルールや法的原則を認識させ、健全な電波利用を広める活動のことを言う。
オリンピックの運営は、無線機を使った連携が肝となる為、開催時に通信障害が起きれば競技に限らず観客の誘導にも多大な混乱を招く。
その為、現段階から入念な周知が必要となる。
今、近くの環状線では、警察と総通局による、大規模な違法無線の摘発が行われており、そのかたわら、二人の職員は、アマチュア無線利用者の交信を妨げる発信元不明の電波を調査しに来ていた。
踏切の鐘がやかましく鳴り響き、快速電車が目で追える程ゆっくり走っている。
踏切の前では車が列をなし、通勤や通学に向かう人々が群がっていた。
まるでアヒルの行進を思わせる速度に、踏み切りで待たされる者達は苛立ちを
十和田監視官は足を止め、アヒルの行進に引き込まれる。
足を止めた先輩に習い、月宮後輩も同じように電車に目を向け意見を述べる。
「遅延ですね。時間合わせで、あんな遅く走ってたんじゃ快速の意味ないですよ」
人の習性で足の遅い物には、つい目が引き込まれがちになるが、そんな本能的な理由では無く電波監視官としての勘が足を止めさせた。
何だか不気味だな……今、電波障害が発生している中で、あの電車の鉄道無線は正常に通じているのか? もし非常事態が起きた時、緊急無線が通じなかったら最悪だ――――。
「先輩!」
新人職員の一声で、瞑想の沼から引き揚げられ、彼女に目を向ける。
「先輩。測定器の数値が変化しましたよ」
「ぁあ? あぁ……」
測定器を覗く後輩へ、十和田は生返事で答えた。
さすがに考えすぎか――――。
彼は箱型の測定器の液晶画面を見る。
「おぉ!? こっちの方角に反応があるぞ!」
十和田は計器が示す方向に、導かれるまま足を運ぶ。
電車が通り過ぎた後の踏切を進む、自由奔放な先輩監視官に後輩は泣く泣く付いて行く。
「先輩! 調査範囲は線路の南側ですよ!? 決められた範囲外を行くと、また課長に怒られます!」
一〇分程、周囲を探索していくと十和田はある家に前で足を止める。
「この家だな……」
彼が測定器を向けると、反応が強く現れた。
そこは無数の蔓が壁を覆う、古民家のような一件家だった。
まるで眠れる森の美女に出てくる城を彷彿とさせる。
二人の若い電波監視官は、異様な外観に嫌悪するのだった。
先輩たる十和田が、恐る恐るインターホンを押した。
「すみません。総務省の者ですが、こちらで何か無線などの機械を使用していないでしょうか?」
反応が無い…………。
再度、インターホンを押して呼びかけると、反応が返ってきた。
『あい……』
家主のかすれた声は、低く静かなノイズが混じったように聞こえ、年老いた魔女をイメージさせた。
「すみません、総務省の者です。こちら何か無線機などを使っていませんか?」
『あい、あい、どうぞ。お入り下さい』
相手に不審感を持たれることを恐れ、インターホン越しに話を終えるつもりが、予想に反して家に招かれることになり、逆に不気味さを感じる。
庭に入ると、枯れた盆栽が階段状の棚に並び、雑草が無造作に生える地面で五匹の猫たちが陽気に当てられ、うたた寝をしていた。
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