第71話 スプーン

携帯電話の目覚ましアラームが鳴った。


けたたましい音が頭に響く。

アラームを消そうと、乱暴に片手を伸ばし携帯電話を探すと、柔らかいものにぶつかった。


「痛えな。あんまり感覚ないけど」


面長のツヨシがボタンの瞳でこちらを見つめ、座っていた。


「わ!」

驚いて、周りの布団をかき集め、身につける。

「乙女の寝顔を見つめるとは、変態ですか!?」



「断じて、乙女は相撲をとらない」

人形はよっこらせと立ち上がった。

「起こしてくるように頼まれたんだよ」



周囲を見回すと、そこは見覚えのない部屋だった。

知らないベッドで私は寝ていた。


「朝食できてるってよ」

そう言うと、人形はベッドから飛び降り、部屋から出て行った。


昨日のミカンさんと酌を交わした後の記憶が欠如している。そして、背中が非常に痛い。


立ち上がると、足にも痛みを感じた。


部屋を出ると、食卓に玉子焼きやトースト、ウインナーが並んでいた。キッチンでは大森さんがレタスを切っている。


「おはよう! 朝ごはん作ったから先に食べてね」


私も「おはよう、ありがとう」と答え、痛む体でゆっくり歩き、椅子に座る。


「急だったから、これしか作れないけど、口に合うかな」


大森さんの優しさが傷んだ体にしみる。

先に椅子に座っていた人形がうんうんと頷きながら「できる子、できない子」と交互に指差すので、私は指先で人形の頭を小突いた。


「申し訳ないけど。私の家にはスプーンしかないの」

サラダを盛ったお皿とスプーンを持って、大森さんも椅子に座る。


「友達を家に入れたのって初めて!昨日は凄かったね」


できれば、何が凄かったのかは聞きたくないが、正直に答える。


「ごめんね。昨日の記憶はあまりないの」


「本当か!」

人形が恐らく驚愕しているであろう顔で私を見る。

「ミカンさんと相撲とったのも!?」



やっぱり、したんだ。相撲。



「ミカンさん強かったですね。小さい身体なのに、小夜ちゃんの足を掴んでグルグルと」


大森さんが両腕で架空の私の足を掴んで振り回すジェスチャーをする。相撲とはかけ離れたジェスチャーだ。


「幽霊の店員さん、怒り心頭で成仏しそうでしたね」


「初めての生きた人間での出入り禁止だってよ」


頭を抱えてうなだれる。

机の冷たさが熱を帯びた顔を冷やす。


「それで、大森さんの家に厄介になったと」


「大賀補佐が一人で帰すのはまずいだろうとの判断で、私の家に連れて帰りました。私は大歓迎です」


大森さんは天使のように笑う。

眼帯には「改造中」と今日は書かれている。



「本当にありがとう」



手作りの玉子焼きをスプーンですくい、口にする。

甘くてダシも効いていて、人生で1番美味しい玉子焼きだった。

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