第65話 居酒屋

面長のツヨシの案内で路地裏を進み、「ここだ」と足を止めた所は、路地裏の一角で何もない空き地だった。


「大森くん、マッチと蝋燭を持っているか?」


大森さんは肩にかけていた黒地に白いフリルが付いたバックから、マッチ箱と蝋燭を取り出す。


「支給された物ですけど、あります」


「感心感心、霊福課の必需品だからな」


うら若き乙女がバックから自然にマッチと蝋燭を出す姿は妙だった。私が支給品として渡された数々の奇々怪々な品と同じように、大森さんも色々な支給品を与えられているようだった。


現に、バックから出す際に、チラリと藁人形や呪符の束が見えたが、きっと私物ではないだろうし、そう信じたい。



マッチを擦る音が聞こえ、人形は蝋燭に火を移すと、片手で持ち上げ、空き地を照らした。


そこはもう空き地ではなかった。


赤色の提灯が二つ入口に並んだ木造二階建てのお店が建っており、すりガラスの窓は暖かい明かりが灯り、今まで感じることのなかった美味しそうな匂いが窓の隙間から漏れている。


外観からして築百年以上経っているものだろう。造りの節々から年季を感じた。


提灯にはそれぞれ「裏飯屋」「千葉駅前店」と書かれ、入口の暖簾には「死ぬほど美味い」と勢いのある字体で書かれていた。


「まるで魔法みたいね」

大賀補佐が感心した様子で呟いた。


「魔法ではないんですか?」


「私達の扱う魔法に似ているけど、違うものだと思う。本来、魔法使いの住む世界と妖類いが住む世界は、相容れぬものなので。私もあまり詳しくはないです」


大賀補佐の眼には好奇心の色が宿っていた。


「幽霊と妖怪は境界線が曖昧なので、それぞれ行き来しているとは聞いていましたが、興味深いですね」



大森さんが両開きの扉を開け、中の様子を伺う。

「すみません」


「いらっしゃい! 何名様ですか!?」

威勢の良い声が返ってくる。普通の居酒屋と変わらない。


「ええと、4人?」


大森さんは先輩にあたる人形をカウントするべきか、悩みつつ疑問系で答えた。


ガラリと扉が開き、気前の良さそうな男性店員が顔を出し、人数を確認する。


「OK!大丈夫。入れるよ!」


店員は店の中に戻ると大声で叫ぶ。

「生者3名!なんか1名!ご来店!」


「案外、普通のお店みたいですね」

私が大賀補佐に言うと、大賀補佐は少し悩んだ素振りで答えた。


「多分、普通ではないですよ。店員さんの足を見ましたか?」


「足?見てないです。入口から半身しか出してなかったですよ」



「あの店員さん、半身しかなかったですよ」



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