第62話 記憶

アンさんの成果により、水を含むと元の意識を保てる事がわかり、会議から戻って来た大賀補佐に褒められている様子を先輩はニガニガしげに見ていた。


それからは、改めて事情聴取が再開されたが、昨日とは状況が全く違った。合間合間に水休憩をはさみながら、人形は流暢に話した。


「いやー、1ヶ月も経ってるとは、参った参った」


霧吹きで顔に水をかけながら、自分の状況を理解し、やけに落ち着いていた。


仕事柄、異常な状況には慣れているのかもしれない。


「起きたら、ぬいぐるみなんだぜ、信じられるか!?」


今は、遅れて出勤してきたマッスー主任と談笑している。私はというと、彼の話す手がかりとなるものをメモするが、対して重要そうな情報は得れなかった。


「本当に1ヶ月間の記憶がないんだな」


「おう、なんもない。起きたら今日だった」


「飲み会の次の日みたいな言い草だな」


「いや、本当にそんな感じだ。酔っ払って、魔術防災対策課の机で寝込んじまったのかと思ったぜ。それからお手て見てそらびっくりよ」


「人形になっても可愛くねえな」


「俺に可愛さを求めんなよ」


人形は立ち上がると、両腕をいっぱいに伸ばして背伸びをした。


「誰だよ、俺をこんなんにした奴は!」


「あの、最後に女の人を見たと、昨日言っていましたが、覚えていますか?」


私が訊くと、再び机に腰をかけ、霧吹きを顔に吹きかける。


「事情は聞いたよ、昨日の事は本当に申し訳なかった。本当に今日までのことは何も覚えていないんだ。女の人の事を話したみたいだけど、さっぱりわからん」


「俺が覚えているのは、夜の運動会で毎晩飲み歩いていた事だけだ。それも酔っていたから、あまり記憶にないが」


人形は頭を抱える。


「二日酔いがない代償にしては大きいぜ」


「あの、夜の運動会とはどんなものなのですか?」


「それは、夜にやる運動会だよ。俺はその実行委員だった」

私が見つめていると、人形は続けて言った。


「そうだった、新人だったな。幽霊とか妖怪とかが一同に集まって2月から3月にやる一大イベントだ。8月はお盆で幽霊達は忙しいから、寒くて誰も夜に出ない2月から始まる」


幽霊や妖怪がお酒片手にどんちゃん騒ぎをしている様を想像する。


「それで、俺のいる霊魂地域福祉課と妖怪環境維持課の職員が実行委員として派遣されるんだが、それが毎晩毎晩お酒を呑まされ、呑めないと最近の新生児は軟弱と非難轟々のポルターガイスト。いや、本当にハード」


マッスー主任が笑う。

「実行委員は通称『生贄』って言われてるもんな」


「ほんと、奴ら肉体ないから、酒でかなうわけないっての。、、、待て、今なら勝てる気がする」


二人して笑う。

この状況を楽しんでいるだけ、本当はすごい人物なのかもしれない。


「それで、夜の運動会のフィナーレが恒例の百鬼夜行で、参加者全員で市内をフルマラソンするんだけど、、、」


人形は笑うのをやめた。

「そこまでは覚えているな。百鬼夜行に参加した記憶はある。みんな千鳥足で騒ぎながら走ってた」


「俺は途中で気持ち悪くなって、路地裏に入ったんだ。そこで吐いてたら、猫が心配して背中を擦ってくれたんだ。そこまでは覚えてる」


「猫が背中を擦ってくれたんですか」



「そう、確か、、化け猫見習いのミカンさんっていったかな」


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