第61話 水責め

「課長と補佐は朝から会議でしばらく戻って来ないよ」

先輩は自席に腰掛けると言った。


「他課の職員がこんなことになってしまったからね、これから大変になるよ」


その職員はアンさんに机の上でいたぶられていた。

関節のない腕をどこまで曲げることができるか試しているようで、彼女の行為を止める力を先輩は持っていないことはわかった。


「 これからどうなるんですか?」


「まず犯人を見つけないとね。それと被害者の保護、目撃情報からすると、たくさん被害者がいそうだしね」


「犯人と被害者の捜索ですか」


「入庁そうそうから大変だね。保険入った?」


「いえ、まだです。危ない仕事だから、生命保険とか入っておいた方がいいですか?」


「いや、保険入ってもあまり意味ないよって言いたかった」


先輩が人形を指差す。

意味はわかるが、あまりわかりたくはなかった。


「食べなくても生きていけるのかな? 水飲むか!」


机のガラスコップに頭から突っ込まれる。

「ゴフッ」と口から気泡が出る。


「あれ? 空気で息はしてるんだね! なら、水の中なら死ぬね!」


好奇心で目を輝かせ、口から漏れる気泡を見つめている。


「アンさん、死んじゃいますよ」


「本当に死ぬかな」


「大賀補佐に怒られますよ」


「チクるの?」


「報告は致します」


先輩の言葉で、ザバッと人形の足を引き上げ、水責めをやめる。


「つまらん! 非常につまらん!」


水を吸い込み膨らんだ人形を雑巾しぼりで水を出す。

床がびちゃびちゃになるが、アンさんは特に気にする様子もなく、絞りあげる。


「ヤメロ、ヤメロ、、、辞めてください!」


人形の声に、部屋にいた3人は手を止め、視線を人形に移す。


アンさんも驚いて、人形を机の上に置く。

人形は机に腰を置き、片手で額を撫でる。


「あれ、ここはどこだ? なんだこの手は、なんでお前はそんなに大きいんだ?」


昨日とは打って変わって流暢に話し始める。


「待て、どこかで見たことあるぞ、魔対の生意気な非常勤じゃないか、なんで俺はこんなことになっているんだ? ここは魔術防災対策課じゃないか」


「てか、俺、小さくね?」


ボタンの目でキョロキョロと周囲を見ている。


「あの、意識はちゃんとしているんですか?」


「意識? どういう状況なのか、さっぱりわからんけど、頭は冴えてるよ。てか、お前だれ?」


「新入社員の井田戸 小夜です」

机の上の人形に対してお辞儀する。


「新入社員? 今、何月?」


「4月です」


流暢に話していた人形は止まった。

言葉を発しないと、本当の人形のようだ。


しばらく沈黙すると、小さく呟いた。



「おー まい ごっと」



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