第34話 キュウリ

両生類的質感の頬は、ガーゼ越しに見ても、頬が膨れ上がっているのがわかる。


「昨日は大変、失礼しました!」

大きな声で謝罪し、頭を下げた。


河童補佐は縁なし眼鏡を外し、スーツの胸ポケットからハンカチを取り出し、レンズを拭う。



「君は魔術防災対策課に入ったルーキーだね」


「はい」


「昨日の事は水に流そう。精進したまえ」


「ありがとうございます」

再び頭を下げる。


ふと、河童補佐が食べていた冷やし中華が目に入った。



この食堂は春でも冷やし中華を出しているのかと思ったが、目に入ったのはそこではない。



キュウリを皿の端に避け、残している。



思った事を後先考えずに訊いてしまうのが、私の悪いクセだ。世間では軽率という。



「あの、キュウリ嫌いなんですか?」



周囲の音が消えた。


誰もが一言も話さず、一斉にこちらを向いた。その刹那、私は一番してはいけない質問を口走ったのがわかった。


静まりかえった食堂で、ポツリと小さな声が聞こえた。「ラウンドツー」今回は期待混じりではない。本気の畏怖がこもった声だ。



河童補佐は私の顔を見つめ、しばらく静止していた。大きな爬虫類的な二つの瞳には、私が二人囚われているかの如く、収まっていた。


ふーっと長いため息をついて、河童補佐は答えた。



「河童はキュウリが好き。なんてのは馬鹿馬鹿しい都市伝説だ」



伝説級の存在が、ひと蹴りするのだから本当なのだろう。


「君の人生はまだまだこれからだ。噂ではなく、自分の目で見て、感じたものを信じなさい。話は以上だ。行きなさい」


小さく「失礼しました」と言い。

席に戻ると、今井君が呟いた。




「お前、ヤバいを通り越してスゲーわ」





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