第15話

結局、学校につくのは遅刻ギリギリになってしまった。  

休み明けに学校まで全力疾走するのは俺の体には酷で、教室にたどり着くころには肺が潰れかけていた。

ドアをくぐると一か月ぶりの顔ぶれが目に入る。

クラス全体を眺めながら自分の席に向かう。

リュックを下すといきなり友達が話しかけてくる。

「菊池!俺童貞卒業したわ!!」

「ああ?」

「友達から紹介してもらった娘がマジ可愛いくてさー。キスより先にヤっちゃった!」

休み明けでただでさえ機嫌が悪いところに聞きたくもないリア充自慢聞かされてテンションはダダ下がりである。

俺はドラゴンに追いかけまわされて殺されかけたなんて言えるわけもなく、適当に相槌を打つ。

途中何度か横っ面をぶん殴りたくなる衝動を抑えながらもなんとかやりすごし、校長の長話を聞いて、掃除をして、気が付けばもう帰るところだった。

帰り道自転車を漕ぎながらふと思った。

なんで妄想空間はつながるんだろう。

妄想なんて人に見られたいものじゃないし、共有したいとも思わない。

つながったっていいことなんか無いし、それどころか人が死ぬことだってある。

妄想空間の中では全てが自分の思い通りになるのに。

他人なんていらないはずなのに。

なのになぜ――――




「・・・なんで?」

「妄想世界が危険だからよ。あそこでは簡単に人が殺せるのよ。」

「どうやって?」

「この前あなたがやられたあれよ。」

「そうだ、あれどうなってたんだ?」

「あれは、簡単に言えば人の妄想に干渉して悪夢を見せて、精神を壊してしまうの。」

「そんなの防ぎようがないじゃん。」

「他人の妄想にどれだけ干渉できるかは人によるわ。あの男ぐらいなら私でもなんとかできるの。」

「じゃあ片桐はあいつより妄想力が強かったのか。」

「まぁ、ね。とにかく、もう妄想空間には入らないようにね。」

「いや、そんなこといわれても・・・」

「は?」

「俺、寄生型だし、自分で空間作れないし。」

「じゃあもし入ってしまったときはすぐに隠れるとか、万が一見つかったら抵抗する意思がないことを伝えるとか逃げるとか。」

「戦うとかは・・・」

「絶対しない方がいいわ。今度こそ死ぬわよ。」

「だよな・・・」

「とにかくそういうことだから。」

片桐はそう言って立ち上がると挨拶もなしに出て行ってしまった。


はぁ。

せっかく妄想空間とかマンガみたいな能力手に入れたと思ったら、もう使えないのかよ・・・

しかも片桐からはあの日以来何の連絡もないし。

しかし樹とは妄想空間で会ってたんだよな。

なんであいつばっかり・・・

あいつだけ名前で呼ばれてるし・・・

・・・あー、嫌なこと思い出しちまった・・・




家につき、ドアノブに手をかける。


ガチッ

ん?

ガチッ

んん?

ガチッ


すぐにインターホンを押す。

しかし、誰も出ない。

しまった。

今日は久しぶりに制服を着たから、鍵をポケットに入れるのを忘れてしまっていた。

どうする・・・

今家の中にいるのは猫一匹だけだ。

こんなことなら鍵を開ける芸くらい仕込んどくんだった・・・

もうあの手しかないのか・・・

俺は家の裏側にまわり、二階の風呂の窓を見上げた。

その窓の1.5mぐらい下にシャッターの出っ張りがある。

俺は後ろにある物置の上に持ってきたゴミ箱を乗せ、自分も物置によじ登り、さらにゴミ箱の上に乗った。

すると、シャッターの出っ張りになんとか片足が付く高さになり、さらに手を伸ばすとギリギリ風呂の窓の縁に指が届く。

ここから一気にシャッターの出っ張りに乗り、窓ぶちにしがみつくのだ。

覚悟を決めて窓を見上げる。

次の瞬間、俺は一気に脚に力を入れて窓ぶちにしがみついた。

はずだったのだが・・・力を入れた拍子にゴミ箱が倒れ、あえなく2m下の地面に転落した。

「うお・・・」

痛い。

うめきながらなんとか体を起こし周りを見渡す。

この現場を見られたら空き巣と間違えられる。

すぐに体勢を立て直し、再び物置によじ登ろうとする。

「咲いたー咲いたー」

どこからともなく子どもの歌声が聞こえてくる。

急いで周りを見渡す。

すると、隣の家の陰から子供が少し顔を出してすぐに引っ込めた。

・・・

そしてしばらく顔を出さない。

俺は様子をうかがいながらもう一度挑戦してみることにした。

物置にゴミ箱を乗せ、その上に自分も乗る。

シャッターの出っ張りに足をかけ、腕を伸ばして指先をなんとか窓ぶちにかける。

次こそは。

再び脚に力を入れ思いっきり窓にしがみつく。

今度は成功してシャッターの出っ張りの上に上ることができた。

次は窓から身を乗り出し風呂場に侵入する。

腕に力を入れ風呂場に顔を出す。

「ニャーオ」

猫が窓からただいましてきたご主人に不思議そうに鳴く。

そこで気付く。

靴を履いたままだ。

窓から突き出した靴をそのまま脱いで下に落として、なんとか家の中に入れた。

「ふー」

ふらつく足どりで一階に下り、鍵を開け裏側にまわる。

すると、なんとさっき投下した靴が揃えられてクーラーの室外機の上に乗せられているではないか。

家に入っていた時間からしてあの子どもが俺の靴を拾いそろえて置くなんてことは難しいはずだ。

じゃあ自然にこうして室外機の上に乗ったってのか?


・・・


なんとも不思議な現象を目の当たりにしながら、4月10日は過ぎていった。

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