第14話

朝、目を覚ます。


すると、今が世間一般に朝、と呼ばれる時間帯であることに気がつく。

ベッドから手を伸ばしてカーテンを開けると、溢れんばかりの朝日が部屋を満たす。

窓から見える桜の木には、あの花びらの一枚を想像することもできないほどに、夏へとつながるみどりが顔を出している。

いよいよ窓を開けると、春の匂いに混じってほんの少し夏の匂いが鼻をくすぐる。

爽やかな風だ。


力が入りにくい体を起こし、ベットを降りる。

絶望する。

来てしまったのだ、ついに。

4月10日。

始業式。

始業式。

うぅっ。

この響きを聞いただけでも吐き気がする。


ふらつく足取りで階段を降りる。

足がもつれ、落ちそうになりながらもなんとか二階に辿り着く。

そして思い出す。

こんなにノロノロしていて大丈夫なのか?

そうだ。

学校に行くときはいつももっと焦らないと遅刻する時間になってから気がつくんだった。

やっと頭が冴えてきて、急いで朝の準備に取り掛かった。

制服を着て、ご飯を食べて、歯を磨いて、何も入れてないのに重いリュックを背負って、階段を降りて、外に出る。

昨日までの涼しさはどこに消えたのか。

朝だってのになんだか空気がぬるい。

いやに明るい日が照っている。

そして、自転車を漕ぎ出す。


実に、実に不快だ。


昨日、俺はあまりの衝撃に打ち震えていた。

一つはもちろん春休みが終わることだ。

もう一つの方は・・・向こうから突然やってきた。

それは、外に慣れておくために散歩に出ようと玄関にいたその時だった。


コンコン


そのノックは、まるで小さな子供が短い腕を頑張って伸ばしてやっと小さな音を立てたような、そんなノックだった。


だから油断して開けてしまったんだ。


そこには私服姿の片桐がいた。


最初は夢かと疑った。

次に妄想空間だと思った。

最後に、これが現実だと悟った。



「あの、話があるんだけど。お邪魔していいかしら。」

長い沈黙に耐えられなかったのだろう。片桐が少しうつむきながらそう言った。


「・・・」

な、なんで片桐がここに?え?現実?え?


「・・・聞いてる?」

あ、な、なんかしゃべらないと。そうだ。いつも通り、妄想空間でみたいに。


「あ、・・・・・」

あれ?声が出てない?出ないぞ!


「え?」

「あ、いや、そ・・・・・・どうぞ。。。」やばい。出ない。


ギ・・・バタン


扉が閉まり、俺と片桐の距離が縮まる。

・・・灰色のパーカーの下に白いシャツがのぞいている。

さらに下は黒いデギンスと一見地味なコーディネートだが、その全てが片桐の基本スペックを限界まで高めている。


「あの・・・」

「え?」

「靴・・・」

「え?ああ!」


当たり前だ。俺がこんなに近くにいたら靴が脱げるわけがない。

どうした俺!

たしかに不測の事態だけどこ

「こ、この後私用事あるから早く案内して?」

「あ、うん!」


思わず小学生みたいな返事をしてしまった俺だったが、なんとかリビングまで辿り着いた(自分の部屋は散らかりすぎててとても客をいれられる態勢ではない)。


片桐が椅子の一つに座る。

あ、そうだ。


「の、」

「飲み物はいいわ。」

「あ、そう。」


・・・


「あの、」「あの、」・・・

「あ、先どうぞ・・・」

「・・・この前の件についてなんだけど。」

俺が今聞こうとしていたことだ。

「うん。」

「あの男、捕まったわ。」

「うん。え?」

「あの次の日に、警察に自首したらしいの。」

「自首って・・・あの男が?」

「樹くんから聞いてないの?」

「あいつ、電話しても出ないんだ。」

「そう・・・でも、確かに自首したそうよ。」

「でもあいつ俺たちが行くまで自首どころか反省も

「そんなこと私に言われてもしょうがないわ。」

・・・

「どこで聞いたんだ?」

「樹くんから直接。」

なにぃ?!

「ど、どうやって?」

「妄想世界で。」

「あぁ、そう。」

「・・・」

片桐が何か言おうか迷っているような顔をした。

「な、なに?」

「・・・やっぱり言うわね。」

「え?」

「あなた、変よ。」


う、、、

さっきから薄々気付いていたが、俺、中学の頃から全く進歩してなかった。

全然声が出てない・・・


「・・・やっぱりそう?」

「うん。特に入り方が。」

「え?」

「だから、妄想世界への入り方が、よ。」

「あぁ、そっち。」

「そっちって、どっちよ。」

「で、どこらへんがへんなの?」

「はぁ?もしかして自覚ないの?」

「だから何がだよ?」

「3回、私の世界に入ってきたでしょ?」

「うん。」

「あの時、私家にいたのよ?」

「・・・うん。」

「っだから、妄想世界に入る条件は、かなり近くにいることでしょ?この家から私の家まで500メートルはあるわよ。」

「・・・確かに、入りすぎだよな。」

「他人事みたいに言わないでよ・・・」

「じゃあ、なんでわざわざこの家まで来たんだ?妄想空間で話せるんだろ?」

「そう。今日はそのことについて忠告しに来たの。」

「忠告?」

「妄想世界には、もう入らないで。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る