第13話

俺は疲れ切った体で、寒い夜道を自転車で走っていた。

あれからさらに2時間が経過していた。

樹は絶対にここに来ると確信して9時くらいからあの家の周りを探し回っていたのに、気付いたら11時だ。

これだけ探し回ったのに樹は見つからなかったし、相変わらず電話にも出ない。

一体どこに行ってしまったんだ。

とにかく時間が時間だからもう帰らないと。

下手したら補導されるぞ。


ガシャァ

いきなり何かにぶつかり派手に転んだ。


「痛った!何これテーブル?」

辺りはいつの間にか昼並みの明るさになり、どこからか聞いたことのあるようなピアノ曲が流れている。

振り向けば、そこはファミレスだった。

これってまさか、じゃなくても、妄想空間・・・だよな。

横の方から楽しげな話し声が聞こえてくる。

見てみると、若いカップルが食事をしていた。

うわぁまじか・・・

俺は思わずテーブルの下に隠れた。

二人は少し小声で何かを囁き合っては、大笑いを繰り返していた。

早くここから出たくなった。

とそこに突然もう一人の男が出てきて、彼女と談笑していた男の胸ぐらを掴んだ。

怒鳴り、そして殴った。

俺は目の前の光景に目を疑った。

突然の修羅場に、ではなく、殴った男の方にだ。

その男は樹だった。


え?樹?なんでここに?

男が悲鳴を上げて踠く。

ここにお前がいるわけがない。

樹が怒涛のごとく叫ぶ。

だってここはあの男の空間なんだぞ?

言訳がましく男も叫ぶ。

なのになんで・・・・・そうか。

あの男が樹のお姉さんの・・・

再び樹が拳を振り上げる。


しかし樹の渾身の一撃が男を跳ね飛ばすことはなく、あろうことか逆に樹の方がよろめき、倒れてしまった。

樹はまるで芋虫か何かのように体を捩らせて床を転げ回った。

何が起きた?

男は何もしていないぞ?

しばらくもしないうちに樹は動かなくなり、痙攣し始めた。

や、やばい!とにかく止めないと!

俺はやっと物陰から飛び出し、男に叫んだ。

「おい!やめろ!何やってんだ!」

「うわぁ!!だ、誰だお前!」

「お前、樹に何してんだ!?」

「ち、ちがう。これは俺のせいじゃ・・・」

「樹のお姉さんもお前がやったのか?」

「なんでお前まで

「お前がやったんだな?!」

「お、俺のせいじゃないんだって!俺は悪くないんだ。あいつが悪いんだよ!」

こいつ、こんな言い訳が本気で通ると思ってんのか?

「とにかく樹を解放しろ!早く!」

「そんなことしたら俺が殺されるだろ!」

「知るか!早くしろって言ってんだ!」

俺は男に歩み寄る。


「うっ!?」

急に体が重くなった。

というより、動かなくなってしまった。

それだけじゃない。

頭が割れるように痛い。

目眩がしてきた。

自分が真っ直ぐ立てているのかがわからない。

なんとか男の方へ近づこうと足を前に踏み出すも、力が入らず全く進めない。

遂に俺は二、三度よろめいた後に仰向きにぶっ倒れてしまった。

天井のシャンデリアの光が滲む。


寒い。


ここで俺は死ぬのか?

何も、何にもできないまま。

こんな言い訳ばかりのクソ野郎に殺されるのか?

いや、言い訳ばかりのクソ野郎は俺の方か・・・

何をするにも無気力で、いつも中途半端で。

うまくいかなかったら言い訳して。

やりたいこともないくせにいつも偉そうで。

自分よりできるやつのことを心の底で常に妬んでて。

そのくせ自分は少しの努力もせずに中の上という定位置にいて。

誰のことも信じられず、下を向いて歩いてた、そんなやつだったんだ、おれは。


でも、たまに楽しいこともあったな。

そうだ。樹がいた。

バカなくせにいつも自信満々で、俺に無いものをあいつが持っていた。

あいつの前では俺は本当に笑えてた気がする。

どんなにつまらないことでも、一緒に笑ってたんだ。


それは、嘘だ。


お前はあいつを常に下に見ていたんだ。

自分より下がいつでも側にいる。

その事実を知って安心していたんだ。

親友なんかじゃない。

ただの、ストレスのはけ口に過ぎない、道具だ。


では、何のためにここに来たんだろう。

そうだ、あいつを、樹を助けるためだ。

なぜ?

俺は、あいつにいてほしいと思ったんだ。

この世界に。

ただの道具なのに?

違う。

では、なぜ。

知るか、そんなの。

でも俺は、あいつのいない世界よりも、いる世界の方が好きだから。


だから、何か、何でもいい。

何でもいいから、今すぐ立ち上がってこの男を殴らないといけない。

誰か、誰か。


「助けて・・・・・くれ・・・」






目の前に青い閃光が瞬いた。

凄まじい衝撃が体に伝わってくる。

なんだ?

やっと目の焦点が合ってきた。

ぼんやりと誰かの姿が見える。

ようやく動くようになってきた体を起こし、首を限界まで後ろに曲げて見上げる。

その人は・・・


「片桐・・・?」


そこに立っていたのは片桐千夏だった。

そして、樹も俺と同じくなんとか回復したようで、不思議そうに片桐を見上げていた。

震える脚で、なんとか立ち上がり、片桐に声をかける。


「お前がなんでここにいるんだ・・・?」

「最初からいたわよ。あなたみたいに隠れてただけ。」

「なんだ・・・ならもうちょい早く出てきてくれてもよかったのに。」

「それが命の恩人への言葉なわけ?」

「あ、いやごめんありがとう。それであいつは?」

「殺してないわよ。」

「お、おう。ていうか、どうやって倒したんだ?」

「教えてあげない。」

「なんだそれ・・・」

「おい、なんで片桐がいるんだ?ていうか、あいつはどこいった?」

よろよろと立ち上がった樹は片桐に向かって聞いた。

「適当に痛めつけて帰しといたわよ。」

「だめだ!あいつを放っておいたらまた誰かが犠牲になる!」

「樹、もう十分だろ。今日はもう帰ろうぜ。」

「私も疲れたんだけど。」

「だめだ!あいつは俺が

「お前が人殺しなんて出来るわけないだろ。」

「だめだって!」

「わかった。じゃあまた何かしそうだったら私がなんとかするから。」

「そんなこと千夏に頼めるわけねーだろ!」

「じゃあ樹くんになら出来るわけ?」

「それは・・・」

「とにかく、このことは俺たちだけで完全に解決できる問題じゃないから、後で警察に相談しよう。」

「・・・」


やっと樹は落ち着いたようで、なんとかそのままその場は解散した。


その後、俺と樹は仲良く補導されて交番で再会することとなったが、その日は疲れていたのでほとんど覚えていない。


そんなこんなで春休みが終わって、新学期が来やがった。

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