4-8

 「あの男がまだ居たら、追っ払っていいのか?」

 宣子の家の前で、一志は車を停めた。

 「うん。もしまだ居たら、警察のひと、呼ぼうかな……」

 彼女は暗い表情で家を見上げた。出ていってくれていなければ、本当に本当に困る。

 車を降り、祈るような気持ちで家の戸を開けた。鍵はかかっていなかった。

 念のため、一志が先を歩いてくれた。

 部屋は静かだった。くまなく探したが、人の姿はない。宣子は心の底から安堵した。

 そのかわりに、引き出しが荒らされていた。

 確認すると、通帳と、別の場所に置いた印鑑もなくなっている。彼女は意外にも思わなかった。

 それを伝えると、一志は目をまるくした。

 「なにそれ」

 「そういうやつなの。あいつは」

 「本当に親父なのかよ?」

 一志ははっとしたように宣子を見た。言いすぎたかな、という顔をしている。

 彼女は苦笑いをした。

 「そうじゃなかったら、わたしもよかったんだけど……」

 「金、大丈夫なのか?」

 「現金は取っておいてあるから、へいき」

 預金もそれほど多いものではなかった。彼女の大切な全財産ではあったけれど。

 「困ったら言えよ」

 「うん。ありがとう」

 宣子は笑顔を見せ、台所へと向かった。

 包丁はそのまま流しに放置されていた。無視してお湯を沸かし、お茶の準備をする。

 「ちょっと落ち着いたから、お茶でも飲んでいって」

 一志に声を掛ける。

 数分後、熱い紅茶を飲みながら、宣子は思案した。

 「……また、来るかな」

 「どうかな」

 一志も紅茶をすすった。

 「どうしたらいいのかな」

 「さあ」

 「殺してもいいかな」

 淡々と宣子は言った。冗談ではなく本気だった。

 あの男を殺せないなら、自分を殺すことになる。死にたくなんて、ない。だとすると、答えはひとつだった。

 一志はクッキーを頬張りながら応えた。

 「宣子が死ぬよりはいいんじゃないの」

 至極真面目な顔でそう言った。

 「死体埋めるの手伝ってやるよ」

 宣子はぽかんと口を開けた。

 その後、涙が出るほど笑った。

 やっぱりこのひとは規定外だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る