4-5

 「汚い……わたし、汚いから」

 「どこが?」

 苛々した口振りで一志が訊く。

 「どこも汚れてないだろ」

 「汚れてるよ、見えないの?」

 「見えない」

 そうはっきり言われると確信が揺らぐ。この身体は回復不可能なほどに汚れているはず。そのはずなのに。

 「…………」

 「なんだその顔」

 宣子はむきになって一志を睨みつけた。

 「じゃあわたしのことさわれる?」

 持っていたコップを畳の上に置くと、ぐい、と一志の手首を掴んだ。

 一志はバランスを崩し、宣子の身体に倒れかかる。

 「うわ」

 寸でのところで身を捩り、完全にのしかかるのを防いだ。一志は身を起こすと素早く宣子から離れ、憎々しげに宣子を睨んだ。

 「ほら。やっぱり汚いんだ」

 宣子は勝ち誇ったような気分で言った。

 「違うだろ、あんた本当に頭おかしいんじゃないのか!」

 怒鳴られて、情動が覚めた。彼女は悄然と肩を落とした。

 「たっ、確かにおかしいけど……怒らなくたって……」

 「怒ってねえよ!」

 大声に驚き、宣子は肩を震わせた。怒ってる。絶対に怒っていると思う。

 一志は深い息を吐いた。

 「ごめん」

 「一志くんが謝ることないよ。わたしが悪いんだもん……」

 「なにがだよ」

 辛抱強く、できるだけ感情を押さえてくれている様子が伺える。宣子は申し訳ない気分を味わった。

 「頭、おかしいし……」

 「ああもう、悪かったよ」

 「違うの、当てつけとかじゃないよ。わたし、本当に……、あの男の血が、流れてるんだもん」

 「あの男……」

 父親とさえ呼ぶのもごめんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る