4-4

 翌日の昼間。家主が出払った上条家の風呂で、宣子はのぼせていた。

 左腕には包帯が巻いてあるため、濡らさないようにずっと腕を上げていた。

 その腕が数分前から、浴槽の外にだらりと垂れ下がっている。左腕に巻きつけた包帯にはうっすらと血が滲んでいた。

 頭がうまく回らない。身体を洗ってから湯舟につかり、どのくらい経ったのだろう。判らない。

 「……おい、居るのか?」

 擦りガラスのサッシの向こうから、一志の声が聞こえた。もう仕事から帰ってきたのだろうか。

 「……たすけて」

 咄嗟に口に出た。喉がからからに乾いて、掠れ声しか出なかった。

 しばらく躊躇うような間があり、声がかけられる。

 「開けるぞ」

 ——十五分かけて、宣子は救出された。



 「ごめん……溺れるところだった」

 「いいから、もっと水を飲めっての!」

 有無を言わせぬ口調で命じられ、宣子はコップの水をちびちびと飲み下した。

 真っ赤な顔をした彼女は、客間に敷いた布団の上にぐったりと座っていた。

 一志はどこからか持ってきた季節外れの団扇で宣子を扇いでいる。

 「怪我してるのに風呂なんか入るなよ。血行良くしちゃまずいだろうが……」

 一志の顔もどことなく赤かった。

 ひとさまの家で、よりによって裸で倒れるなんて、申し訳ないことをした。宣子は猛省した。

 しかし悪夢に急き立てられたのだ。風呂に入ったのは、絶対に必要なことだったはずだ。

 「だって。汚れ……落とさなきゃ……」

 安静のため、宣子は一日仕事を休んだ。ひとりきりであの家へ戻ることは躊躇われ、また上条兄妹も引き止めてくれたため、夜までふたりの帰りを待つことにした。

 一志は仕事に出かけ、弥絵は学校に出かけていった。

 宣子は、することもないので微睡み、悪夢を見た。あの男の夢だった。

 冷たい汗をかき、彼女は飛び起きた。風呂に入り身体を洗わずにはいられなかった。

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