3-5
「風呂湧いてるか?」
一志の問いかけに弥絵は頷いた。
「冷えてるから、貸してやって」
「一志くんも濡れてる……」
「おまえのほうが冷えてるだろ」
早く行け、と肩を押された。
「あ、弥絵ちゃん、本」
「わー、ありがと。でもそんなの後でいいよ」
バッグごと弥絵に手渡したが、床に置き去りにされてしまった。
「着替えとタオル、取りにいってくるね」
一志が皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ほらみろ。後生大事に抱える価値、なかっただろ」
「え?」
一志の声に、弥絵が振り返る。
「なんでもない」
彼は妹に手を振ってみせた。
「……」
澄まし顔の一志を、宣子は涙目で睨んだ。
宣子は狭い浴室に入った。上条家の脱衣所は狭く、湯舟も小さい。
シャワーとかついてなくてごめんね、と、弥絵は恐縮していた。宣子の家は浴室をリフォームしたため、新しい設備がこまごまとついている。弥絵はそれを知っていて、上条家の古い浴室に入ってもらうことをずいぶんと恐縮していた。
「熱……」
冷えきった手足に、湯の温度は熱すぎた。洗面器に汲んだ湯で徐々に慣らしていき、ゆっくり時間をかけて湯舟に浸かった。
身体を沈めた宣子は、わあんと泣き声を上げた。
お風呂がこんなに気持ちいいなんて。
温かく身体を包むお湯の感触がこんなに優しいなんて。
生きていてよかった。
掛け値なしにそう感じた。
温度がじんわりと染み渡り、彼女を癒した。
結局、マフラーは宣子がふたつ編んだ。シンプルな色と形で、一志と芝医師にそれぞれを進呈した。
弥絵は自分が編んだものを、恥ずかしがってどこかへ隠してしまったのだった。
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