3-4

 「ごめんね……」

 涙が滲んできた。さっきから、震えが止まらない。

 「わ、わたし、死んじゃうのかなぁ……心臓の音が変なんだけど……」

 普段心臓の音なんて意識しないのに、いまは動悸が激しすぎるような気がするのだった。なんだかとても怖い。

 「死ぬわけないだろ」

 一志が他人事のように言い捨てる。

 「でもっ……言い切れないでしょ……」

 「ああ。簡単に死ぬのかもな」

 投げやりな受け答えに、全く相手にされていない気分を味わう。宣子は少々拗ねて言った。

 「やっぱり死んじゃうんだ」

 「そうだよな。俺の親父も簡単に死んだし」

 「……ごめんなさい」

 「べつに」

 一志は大股で、全く迷わずに道を進んでゆく。

 「……本当は、死にたくなんてないの」

 一志は黙っていた。聞いているのかいないのかは知らないが、宣子は続けた。

 「まだマフラー編み終わってないんだもん。買った本だって全然読んでない……」

 弥絵の漫画雑誌といっしょに買った、料理の本。

 和食メニューのたくさん載った本だった。載っている写真が、とびきり美味しそうに見えた。

 美味しい煮物をつくりたかった。それを食べたかった。

 「もうちょっと、生きてたい……」

 ぐすん、と鼻を鳴らし、宣子は黙った。

 数分後、うとうとしかけた彼女の耳に、一志の声が届いた。

 「あんたは大丈夫だよ」

 宣子は目を閉じてその言葉を聞いた。

 上条家の明かりがうっすらと見えてくる。

 「診療所よりうちのほうが近いから、ひとまず風呂に入ってけよ。具合悪かったら運んでやるから」

 「うん」

 玄関先で、背中から下ろしてもらう。

 一志がドアを叩くと、弥絵が慌てた様子で出てきた。

 「宣ちゃん、よかった!」

 弥絵は宣子が脱いだ雨合羽を受け取り、安心したように息をついた。その顔を見て、不覚にもまた涙が出そうになった。

 「……心配させちゃって、ごめんね」

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