3-3
一志は眉根に皺を寄せ、宣子を見下ろした。
「大丈夫か」
宣子はなんとか頷いたが、本当に大丈夫なのかどうかは、よく判らなかった。
「このへん、余所者は迷いやすい道なんだ。大きな目印がないから。あんたが帰ってないの、弥絵が気づいてよかった」
もう何か月も住んでいるのに、まだ自分は余所者扱いなのだろうか。ちいさく疑問に感じながらも、それより大切なことを思い出す。
「……こっ、こ、れ」
発音がままならず、歯がガチガチと鳴った。もどかしい思いをしながら、かじかんだ指で肩掛けのバッグを探る。
「中に、弥絵ちゃんの本、入って……だから……渡して」
一志は苛立たしげに、宣子の言葉を遮った。
「そんなの、どうでもいいから。早く帰らないと、風邪じゃ済まなくなる」
手を取って宣子を立たせる。一志はその冷たさに驚いていた。
「氷みたいになってるぞ……何時間居たんだよ?」
「判らない……いま、何時?」
「九時半」
蕗を出たのは五時過ぎだったと記憶している。バスで四十分、歩き回って二時間とすれば、ここには二時間近く座っていた計算になる。実際にはもっと長い時間、ここに留められていたような気がした。
「歩けるか」
「うん……」
数歩進むと、よろけて転びそうになった。宣子の歩みはあまりにも遅く、数分後には見兼ねた一志が「もういいから背中に乗れ」と言っていた。
「いい。本、濡れちゃう……」
「なに言ってんだよ」
呆れたように言いながら、一志は着ていた合羽を脱いだ。軽く降って雨粒を祓い、肩掛けバッグごと宣子を包む。なんとかボタンも留めることができた。
「これでいいだろ……。傘は邪魔だから畳んでろ」
「でも、一志くんが濡れちゃうよ」
「おまえを背負う時点でもう濡れるんだよ」
「じゃあ背負わなくてい……」
「しつこい」
強引に宣子の腕を引き、一志は背中を向けた。断れる雰囲気ではなかった。
遠慮がちに背中に負ぶさると、一志は黙って歩きはじめた。
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