3-2

 しかし自分の意志はどうあれ、このまま宣子が消えても誰も困らないだろう。それは冷徹な事実だった。

 ……ただ、弥絵ちゃんに頼まれた漫画雑誌を道連れにはできない。きっと少ないお小遣いの中から選んで買ったんだもの。本屋さんへ寄ると言ったら、目を輝かせて御使いを頼んできた。

 お小遣いは、芝医師からお手伝いの報酬としてもらったのかしら? それともお兄ちゃんから、毎月幾らかもらっているのかな?

 ああ、そうだ。一志くんのマフラーも、まだ編みかけだった。

 弥絵は本当だったら自分で編みたかったらしい。けれど、いくら練習してみても、宣子のようには上手く編めなかった。同じ手作りなら、編み目がぼろぼろで涼しくなっちゃうようなものより、見た目良くて実用性もある宣ちゃんの編んだやつがいいよね、だから編んであげてね、って。ふくれっつらをして言っていた。その様子はとても可愛くて、微笑ましくて、抱きしめてあげたい気分になったのを覚えている。

 一志くんならきっと、わたしのつくったマフラーよりも、見た目の悪いものでも、妹からの贈り物を欲しがると思う。

 ふたつ並べて差し出し、ひとつだけを貰えるとしたら、彼はどちらを選ぶのだろう?

 もちろん、弥絵がつくったものだろう。

 作り手の名前を出さなくても、不器用なその編み目を見れば、どちらが妹の制作したものかはすぐに判るはずだ。

 実際に並べて選ばせても楽しそうだと、宣子は想像した。おそらく残ってしまうわたしのマフラーは、芝医師にあげよう。残り物だなんて悪いと思うけれど。ちゃんと彼に似合うものを考えて編んであげたいほど、医師には深く感謝しているのだけれど。

 でもここで死んじゃうから、そんな話も全部棚上げ。

 清々しい気もするし、寂しくて泣きたくもなる。死ねばきっと、どちらでもよくなる。

 ……ああ、寒いなぁ。寒くて悲しい。

 彼女は半ば意識を失いかけていた。服の裾から吸い込まれた雨粒が、次第に体温を奪ってゆく。

 大木の根元に腰を落ち着けて、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

 彼女はふと、なにかがこちらへ近付いてくる気配を感じた。

 傘をずらして、うつろな顔を上げる。

 闇の中、なにかが小さく光っている。それは揺れながらこちらに近づいてきた。

 雨合羽を着た人間が、宣子に懐中電灯の光を向けた。

 眩しさに目を細めて、彼女はそこに立っている人物の名前を呼んだ。

 「……か……ずし、くん?」

 唇が、震えた。

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