3-1

 夕方、宣子は森を歩いていた。バスで外出し、ふもとの蕗地区で買い物をしてきた帰りだった。

 町を出る頃から雨が降り出しており、薄暗い空が急速に闇に染まりつつあった。

 彼女は折り畳みの小さな傘をさしてゆっくりと歩いていた。

 一時間も歩いた頃に、違和感を抱き、立ち止まる。

 ずいぶん歩いた。もう家に着いていてもおかしくない。なのに、ここは、何処だろう?

 いつもの道筋ではないことに気づくまで、時間がかかりすぎた。

 ……道、間違えた?

 ここへ越して以来、迷ったことなどなかったのに。

 馴れからくる油断なのか、ぼんやりしながら歩いていたせいか。どちらにしろ自分はなんて間抜けなのだろうと、宣子はためいきをついた。

 周囲は木々に囲まれ、前方には暗く細い道が続いている。自信はなかったものの見覚えのない景色だと判断し、道を戻ることに決めた。

 その決断は、いくぶん遅かった。漆黒の闇が降りてくると、自分の足下さえ見えなくなってくる。引き返してから一時間ほど歩いても、バス停の標識は見えてこなかった。

 これでは現在位置すら判らない。

 傘が重たく感じられるようになってきた。宣子は身を震わせる。身体が冷えきっていた。

 さすがに歩き疲れて、彼女は大木の根元にしゃがみこんだ。

 なんだか、永久に集落へ戻れないような気がしてきた。この森はどこまで続いているのだろう?

 「……遭難しちゃった?」

 自宅のそばで遭難。冗談みたいだった。

 助けを呼ぶこともかなわない。この集落では電波が通じないため、携帯電話も持ってはいなかった。

 肩に掛けたバッグを、濡れないように抱え直した。中には買ったばかりの本が入っているのだ。

 このまま座っていても、どうにもならない。判ってはいたが、寒すぎて手足がかじかみ、再び動き出す気力を萎えさせた。膝に顔を埋めると眠たくなる。

 森の夜は冷え込む。雨が降っているからなおさら気温が低くなっていた。冗談でなく、寝たら凍死しそうだと思った。

 「……死にたく、ないな……」

 口に出してみた。

 嘘だった。

 別に死んでもいいと思う。生きていても楽しいことなど、あまり見つけられないから。

 「……それも、嘘かな」

 死にたくなんかない。人知れずこんな場所で、寂しく人生が閉じるなんて冗談じゃない。

 意識が混濁し、錯綜する。

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