2-7

 宣子はそれから、頻繁に診療所へ寄るようになった。

 特に打ち明け話をするわけではなかったが、診療所に居ると気分が落ち着く。芝医師の人徳だろうか、場に漂う雰囲気はいつも温かかった。

 必然的に弥絵と接する機会も増えた。大人たちの使う「宣ちゃん」という呼びかたを、弥絵もいつしか真似するようになった。

 仕事帰りに診療所でお茶を飲むことは、宣子のちいさな安らぎとなった。手づくりの焼き菓子を持っていくと、弥絵はもちろん、芝医師も喜んでくれた。

 秋も深まり、寒さを意識するようになってきた。

 宣子は新しいマフラーを巻いて、いつものように診療所を訪れた。

 「そのマフラーかわいい!」

 大きな木のテーブルに向かって教科書を広げていた弥絵は、宣子を見ると目を輝かせて言った。

 マフラーは、濃いピンク色の毛糸で編み、両端に白く大きなボンボンをひとつずつつけたものだ。

 「ありがとう。自分で編んだんだよ」

 「うそー! すごーい!」

 外したマフラーを、弥絵は羨望の眼差しで眺めた。

 軽い気持ちで宣子は言った。

 「よかったら、あげようか」

 「ええ?」

 「本に載ってて、可愛いから編んだんだけど、つけてみたら子供っぽくて恥ずかしいかなって思った……」

 そんなことないのにと言い募る弥絵の首に、宣子はマフラーを巻きつけた。

 「あ、可愛いよ」

 「え、いいの? ほんとにもらっていいの?」

 頬を上気させる弥絵が本当に可愛く見えた。

 「うん。わたしピンク似合わないし。弥絵ちゃんには似合うね」

 弥絵は恥ずかしそうに言った。

 「かわいい色の服、持ってないんだ。お兄ちゃんのお下がりばっかりだから」

 そういえば、弥絵はいつも丈が大きめの服を着ていた。女の子らしい格好はあまり見たことがない。

 「でも好きで着てるんだけどね」

 宣子が口を挟む前に、弥絵は早口で言った。思わず宣子は笑った。

 「お兄ちゃんと、仲いいもんね」

 「ふつうだよ」

 弥絵はマフラーのボンボンを撫でたり握ったりしている。気に入ってくれたのならよかった。

 「宣ちゃんはきょうだい、居ないの?」

 「わたし? ひとりっこ」

 持参した紅茶の葉を、缶に詰め替えながら答える。

 「優しいお兄ちゃんが居て、弥絵ちゃんはいいね」

 優しいと言うのはまんざら嘘でもなかった。一志は弥絵にだけ、とても優しい。

 「そうだ、お兄ちゃんのぶんも編む?」

 「え、悪いよ」

 「どうせ暇だし」

 言ってから、自分の台詞に軽く驚いた。

 もうすこし言いようがあるのではないか。暇だからなんて、正直すぎる。

 宣子はひとりで、くすくすと笑った。

 言葉を飾る必要がないことに幸せを感じたのだ。

 笑う宣子を、弥絵が不思議そうな顔で見ていた。

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