2-5

 「あれ、お兄ちゃん……と宣子さん?」

 森の中の診療所で、彼らを迎えたのは弥絵だった。そういえば、と思い出す。彼女は放課後、ここで看護婦の真似事をしているのだった。

 一志に支えられ、宣子は診療所の中へ足を踏み入れた。建物の中に入るのははじめてだった。

 診察室とは名ばかりの、間仕切りされただけの部屋で、彼女は芝医師と向かい合う。

 芝医師は六十絡みの温厚そうな老医師だった。集会所では何度か顔を見かけたが、話をしたことはなかった。

 「顔色が悪いなあ。どうした?」

 老医師は、穏やかな声で訊ねた。

 「……おなか、いたくて」

 途切れ途切れにそれだけしか言えない。

 冷や汗が出てきた。手足の先も冷たく感じる。

 宣子は突然ある予感に捉われ、矢も盾もたまらずに告げた。

 「あの、お手洗い、行ってもいいですか?」

 医師は頷き、手水場の位置を彼女に教えた。

 宣子は個室に入ると、慌ただしく下着を確認した。

 そして、血が付着しているのを見た。

 ……ああ。

 生理だ。

 「気持ち、悪い」

 乱暴に血を拭う。絶望的な気分で、よろよろと個室から出た。

 知らず涙が溢れていた。雫が頬を伝うが、手で拭う気力も湧かない。

 診察室へ戻る途中、弥絵が驚いたように見ていたが、気にする余裕もなかった。

 芝医師の前に座った宣子は、深くうつむき、たどたどしく告げた。

 「せんせい……あの……血が……、生理だと思います」

 恥ずかしくてたまらなかった。

 「うん。生理用品は、いま持ってる?」

 「ありません」

 か細い声でつぶやくと、医師は「ちょっと待ってて」と告げて立ち上がった。

 すこしして戻ってきた医師の手には、白い紙製のナプキンと替えの下着が乗せられていた。宣子は赤面した。

 手水場に戻り、渡されたものを装着する。ナプキンはなんだかとても古い製品のような感じがした。真っ白で、単純な長方形で、見たことがないような古臭いかたち。下着のほうも新品とはいえ穿き慣れない大きさで、落ち着かない気分にさせられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る