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「ありがとうございました」
縁側で休憩しているふたりに、緑茶をふるまう。
「お互いさまだからね」
長浜は人の好さそうな笑顔で言い、宣子の顔をまじまじと見た後で訊ねた。
「宣子さん、幾つなの?」
「十九です」
「おお、十代かあ……」
驚いたような口調に、宣子は首を傾げた。
「篠沢さんからは、聞いていませんか」
仕事や家に関する手続きなどは、全て世話役の長浜に任せていると篠沢は言った。ある程度の情報は伝わっているものだと思っていた。
「いや、年齢までは聞いてないよ。若い女の子ってだけで。こんなに若いとは思わなかったけど」
長浜は美味しそうにお茶をすすった。隣の一志は湯飲みを持ったまま、庭の木をただ眺めている。
「あのさ、宣子さんは篠沢さんの……」
意味ありげな視線を受けて、宣子は慌てた。
「違いますよ?」
長浜が苦笑した。
「だよな。十代じゃ、いくらなんでも……いや、ごめんごめん。社長、三十を越えてもまだ結婚してないもんだから……」
「あのひと、社長さんなんですか」
地位がある人間だとは思っていたけれど、詳しい素性は聞いていなかった。勤めていた酒場でよく見かける半常連の男だったとはいえ、言われるままについてきた自分は相当参っているのかもしれない。宣子は内心で自嘲した。
「うん、この村の花卉産業を大きくしたのはあの人だからね。村長の息子さんだよ」
傲慢な態度が滲み出ていたのはそのせいか、と思った。あんな男と関係があると思われるのは、誤解でもあまり嬉しくない。
ふたりはしばらく雑談を交わし、また選花場の仕事についても打ち合わせた。歩きで四十分ほどの距離に、花を仕分けて出荷する作業場がある。宣子はそこで働くことになっていた。
「車はないんだよね?」
「はい。歩きでなんとかなるでしょうか?」
「ちょっと遠いね。自転車くらいは買ったほうがいいかもな……」
「そうですか。考えておきます」
話が一段落した頃に、それまでずっと黙っていた一志が言った。
「これ、持って帰っていい?」
手のひらに、お茶請けに出したビスケットの小袋を乗せている。
「どうぞ?」
「どうも」
シャツの胸ポケットにそれを仕舞うと、彼は立ち上がった。長浜が応じるように腰を上げた。
「じゃ、なにか困ったことがあったら、遠慮せず俺んとこ連絡してな。ここじゃ助け合わないと、なにもできないから。あと、この一志は家が隣。二十分くらい歩くけど」
「はい。判りました。……お世話になります」
宣子は深々と頭を下げた。
ふたりの乗り込んだワゴン車は、ゆっくりと森の中に消えた。
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