1-5

 ふたりが帰った後も宣子は掃除を続けた。

 この家には、雑巾がいくらあっても足りない。砂埃が芯まで染み付いているのか、拭くそばから真っ黒になるのだから呆れてしまう。宣子はバケツの水を何度も汲み換えた。

 トイレ、風呂場、台所。毎日使うところは念入りに磨いた。

 風呂場の壁には見たこともない虫が這っていてぞっとした。泣きそうになりながら掃除機の先で叩き落とした。いつでも連絡してという長浜のことばを思い出したが、まさかこんなことで呼べるわけがない。薬剤で丹念に壁を磨き、カビを落とした。

 風呂釜と浴槽は劣化して使い物にならないため、数日後にまるごと取り替えることになっている。早く湯舟に浸かりたかった。

 家屋の掃除が大変なことは、彼女にとって幸いといえた。

 身体を動かしていれば余計なことを考えずに済む。

 目先の家のことだけを考える。

 家具の配置や今後の生活について、なんとなく考える。

 プランとも言えないただのぼんやりした予測。

 ゆるやかに生きて死ぬ。

 おそらくたったひとりで。

 この地で果てる。

 それが寂しいとも思わなかった。別段、嬉しくもなかった。どちらでもよかったのだ。

 宣子はくたくたに疲れて眠った。

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