裏切りの第十話



──マッカード帝国 ボンド砦(魔族が占拠している砦)付近──


 現在、龍斗は征伐隊という名目で、ボンド砦に偵察に来ていた。リリブ砦の防衛は、珠城と葵に任せている。

 ボンド砦の隣にある山。その森の中で、龍斗達は身を潜めていた。眼下に広がるのはスケルトンを筆頭にした魔物の群れ。魔族側の本陣であると推測できる。そして──


「……あの人型のは」

「あの角……魔族ですね。この距離だとどの種類かは特定できませんが」


 魔物だけでなく、魔族がいた。それも複数である。


「召喚師だけじゃなかったわけだ……」

「砦を占領されてからも魔物の数が増大し、魔族の侵入を見落としたのかもしれません」


 龍斗達が持っていた情報は、魔族の召喚師一人が侵入し、多くの魔物を呼び寄せた、というものだった。この場合、召喚師を殺しさえすれば魔物の大群は自然崩壊するのである。召喚師の魔族が、占拠された二つの砦のどちらに居るのかが不明なため、それを探るのも今回の偵察の目的であった。しかし魔族が一人でないということは、召喚師以外の魔族の存在を意味する。

 これは戦況を考える意味では、大きな情報だった。魔族と魔物では、持っている力の桁が違う。魔力であったり、膂力であったりと様々だが、とにかく魔族というのは一流の冒険者が相対して、ようやく倒せる存在なのだ。

 副隊長は龍斗に問いかける。


「リュウト様。ここから牽制の意味での奇襲をするか、撤退をするか、どちらになさいますか」

「副隊長。お前はどちらが良いと思う?」

「リュウト様次第です。私は僭越ながら、未だにリュウト様の実力を測れておりません。リュウト様から見て、リュウト様が無傷で確実に奇襲が可能であれば、実行すべきです」

「そうだな……」


 龍斗は本陣を観察する。魔族は三人。その配置。魔物の陣形。諸々を鑑みて。魔族の強さを龍斗は知らない。直接対決したことが無いからだ。しかし話を聞く限り、下級の魔族でも勇者の身体能力と同等のものを持っていると推察できる。上級が仮にその五倍以上強いとして、更に木の下にいる三人の魔族がその上級であると仮定して。


「……殺れる。少なくとも手前の魔族一人は、確実に殺れる」

「……流石です」


 恐れも不安も感じさせない断言に、副隊長は感嘆の息を漏らす。


「では奇襲致しましょう。我々も魔物の軍に突撃し、陽動くらいなら出来ますが……」

「奇襲後の追跡が怖いな。一人やってもまだ二人魔族がいる。そこであちらが追跡の手を止めてくれるならいいが、恐らくそれはない。すぐに突っ込んでくるだろう。その行き先は陽動しているお前達となる。それは避けたい。俺単独で突っ込んでも殺れるだろうから、他二人の魔族が気づかない内に攻撃と撤退を行う」

「我々はいかが致しましょうか」

「撤退時、森の中を俺に合わせて撤退してくれ。万が一俺が魔物の群れから撤退しきれなかったとき、援護して退路を作れ」

「了解しました」


『おやおや……随分と面白い話をしているじゃありませんかぁ』


「何者だっ」

「『限界突破』!」


 征伐隊の騎士達は、すぐに声の元に振り返り、剣を構える。副隊長は誰何し、龍斗は加護を発動した。

 声を発していたのは、骨の鳥であった。フクロウほどのサイズの鳥の骨が、スケルトンのように動いている。


『反応が早いですねぇ。精鋭なのでしょうかぁ? それとも平均がこれなのでしょうかぁ?』

「誰だと聞いている。答えろ」

『急かさないで下さいよぉ。私はゆっくり君達とお話がしたいのですよぉ。勇者君? 君の加護は「限界突破」ですかぁ。それはそれは』

「二秒で答えろ。さもなくば斬る」

『ククク……私はネオン。この鳥は私の使い魔ですよぉ。この鳥を攻撃しても私は無傷なのでぇ、無意味ですよぉ』

「ほう? ネオンとやら。貴様は魔族か?」

『そうですねぇ』


 肯定の返答を聞いた瞬間、副隊長は構えていた剣を振った。しかし斬られる直前、ネオンの使い魔は羽ばたきそれを避けた。


『危ないですねぇ。話は途中だと言うのに』

「途中だと?」

『えぇ。改めまして、私はネオン。魔王ヘリウ様の直属護衛軍『ノーブル』が第一位。君達が探している、此度の召喚師ですよぉ』

「!?」


 その場にいる全員が息を飲んだ。要は、この戦いにおける総大将との接触であり、その情報が告げられたのだ。


『この使い魔はかなり広い範囲まで飛ばすことができるのでねぇ。私がボンド砦とエッジバーグ砦のどちらにいるかは分かりませんねぇ。ククク』

「お前の目的はなんだ」

『ククク……』


 龍斗の問いに、骨鳥はまた愉快そうに笑う。龍斗にはネオンの目的が見えなかった。ネオンは使い魔を通して、わざわざ敵である自分達に向けてあらゆる情報を公開している。龍斗達の情報を得たいならば、声をかけて龍斗が加護を発動した時点で十分なはずだ。情報を与えることなく、すぐに立ち去るかおとなしく斬られるかすれば良い。


(さらなる情報を欲しているのか……或いは、ただの馬鹿か)


『ついでに私の部下の紹介もしましょうかぁ。そうです、戦場にいる魔族ですよぉ』


(……マジで後者か?)


 周りを見れば、龍斗以外の騎士達はそうだと考えているようだった。空中に飛んでいるとはいえ、このくらいの高度ならば攻撃することは不可能じゃない。今ここで骨鳥に攻撃しないということは、できる限りネオンから情報を得ようとしているのだ。

 最初の副隊長の攻撃ですら、手加減しているように龍斗には見えた。最初から騎士達は馬鹿な魔族から情報を得ようとしていたのである。


『マグネス、ナトゥーリ、オキシ、そしてフローリン。彼ら四人は私の優秀な部下なのですよぉ』


(四人? あと一人はエッジバーグ砦にいるのか……?)


 戦場でこちらから確認できる魔族は三人だ。ネオンの言葉が正しければ、あと一人居るはずである。龍斗は悪い予感がした。


『ククク……そういえば忘れていましたぁ。フローリンはここに居ません。リリブ砦に向かわせていたのでしたぁ』

「何!?」


 つまり、マッカード帝国軍の本陣に、既に魔族を送り込んでいたという事である。

 その時、副隊長が何かに反応を示した。取り出し、龍斗に見せる。


「それは……」

「リュウト様。リリブ砦から、緊急事態の信号です」


 片道通信魔動具である魔石が割れていたのだ。これは、リリブ砦に非常事態レベルの危機が迫っているということを意味していた。


『ククク……どうやら、部下がいい仕事をしたようですねぇ。褒美を与えなくては』

「黙れ」


 龍斗は骨鳥に斬撃を食らわせた。グシャ、と音を立てて破壊されたネオンの使い魔は、空気に溶けるように消えて無くなる。


「リュウト様」

「撤退だ。俺がリリブ砦に全速力で向かう」

「ハッ。ただちに」

「いや。お前達はリリブ砦に行くな。3つの砦から全て離れた……そうだな。北の山奥へと向かえ。そこに潜伏用の拠点を作れ」

「……なるほど、我々ではリュウト様に追いつけないと」


 征伐隊の存在は、既にネオンに知られている。魔族を送られ、攻撃される可能性があった。そして龍斗は『限界突破』を全力で使い、リリブ砦に戻るつもりである。幾ら馬を使ったり魔動鎧を全力で使っても、騎士達がそれに追いつけるはずがなかった。

 龍斗の存在なしに騎士達が魔族と相対するのはリスクが高い。リリブ砦に騎士達が向かい、ネオンにそれを読まれて魔族を送られては、龍斗以外の全滅は必至である。であれば、速やかに戦場自体から離れ、潜伏すべきというのが龍斗の判断だった。


「では、我々はさらに片道通信魔動具による連絡があった際、その拠点を離れつつ狼煙を上げるなどすれば良いでしょうか」

「いや、恐らく拠点を作る前に俺はリリブ砦に到着する。狼煙を上げるとすれば移動中になるな。準備しておけ」

「了解しました」


 副隊長の返答により、全ての騎士が行動を開始する。

 割れたのは一つの片道通信魔動具だ。他に、別の騎士が持っていると魔石が後二つある。更にこれが割れた場合は、致命的なレベルの危機が迫っているという連絡だ。逆に言えば、リリブ砦は危機が迫っているがまだ持ち堪えているということだ。

 非常事態なのか、致命的なレベルなのかにより龍斗のとるべき行動は変わる。だが、龍斗が魔石を持つわけには行かない。龍斗が全力で加護を発動して長距離を走ったとき、その拍子で魔石が壊れてしまう可能性はゼロではないのだ。

 故に、致命的なレベルの危機を告げる信号が騎士に送られた際は、騎士が狼煙を上げ、龍斗に連絡するという流れだ。


「じゃあ俺はもう行くぞ」

「お気をつけて」

「そっちもな。『限界突破』」


 更に加護を重ね掛けして、龍斗は森を駆ける。


「『限界突破』『限界突破』『限界突破』『限界突破』」


 木が流れ、地面の木の葉が舞う。

 激痛が身体を走る。それは限界を超えた動きが、龍斗の肉体に及ぼす自壊だ。

 自壊と底上げされた回復力の均衡である。


「『限界突破』『限界突破』『限界突破』『限界突破』」


 計十回。それが龍斗の『限界突破』重ね掛けの上限だ。自壊と回復の臨界点がそこで訪れる。ここから更に『限界突破』を行うと、回復力を自壊スピードが上回ってしまう。

 つまりここが、龍斗の本当の限界である。

 身体能力、魔力など、あらゆる能力が元の十倍程度まで底上げされている。


(くそっ……遅い……)


 樹木などの障害物があるため、どうしても全速力より遅くなる。それが、今の龍斗にとってはじれったかった。


(珠城……葵……)


 彼女達の無事を祈りつつ、龍斗はリリブ砦を目指した。






──ドイル連邦への街道──


「キリ様。その荷物はこちらに」

「ほいほーい」


 俺は荷物を抱え、老執事の言った場所に下ろした。

 そこに、暗殺メイドが声を掛けてくる。


「セバスチャン様。こちらの荷物はどうでしょうか」

「見せて下さい……そうですね。これは駄目みたいなので、燃やして捨てといて下さい」

「かしこまりました」


 暗殺メイドがそのままUターンする。

 今、俺達は後片付けの真っ最中である。昨夜の魔族のダイナミック襲撃のせいで、荷物があらかた吹き飛んでしまったのだ。ついでに馬車も壊れ、馬車用の馬も逃げてしまったため、こっから進むのはかなり困難となってしまった。

 取り敢えず無事っぽい荷物を集め、壊れてどうしようもなくなった物に関しては、ここで燃やして捨てることとなった。幸いにも勇者パーティーの乗っていた騎馬は逃げていなかったため、それで持ち運べそうな荷物だけでも持って進む予定である。

 とはいえ、あくまで人が乗るための馬であり、荷物を載せるためのまともな装備もない。できる限り近い村か街を探し、そこで馬車を借りることとなるだろう。


「あ、セバスチャンさん、これ」

「おぉ、見つかりましたか。良かった良かった」


 アリーヤが見つけて持ってきたのは、布で一纏めにされた荷物だ。恐らくかなり重い。

 老執事は布を広げて中を確認する。


「無事みたいですな。最悪、これだけでも運べれば良いでしょう」


 布に纏められていたのは、鍛治道具一式だった。これだけなら、馬に頼らなくても運べそうだ。


 正直、ここまで荷物や馬車が壊れてしまえば、護衛任務は失敗である。報酬も受け取れないはずなのだが、老執事は笑って気にするなと言ってきた。あれだけの実力を持った上級魔族が襲ってくるなど、想定外だと。寧ろアリーヤが奴の攻撃を止め、俺が奴を引きつけて、老執事の無事を守ったことに感謝したいとまで言ってきた。

 すまんアレ俺のせいなんだけど。割と全部俺の責任なんだけど。

 まあ言わないけど。


 ちなみにあの後、俺は勇者パーティーにかなり問い質された。そりゃそうだ。あんな明らかにヤバイ魔族を、俺とアリーヤだけでどうにかできるはずがない。あっちからしてみればな。

 「俺が高富士祈里じゃないということが分かり、興味を失いどこかに行った」的な事を言って誤魔化した。暗殺メイドはかなり疑っていたようだが、コミュ障勇者がまるっきり信じたため、それに押されて不問となった。


 最後のおまけ的な感じで捕まえた魔族は、どうやら仮魔王(おっさんじゃない方。名前をヘリウと言うらしい)が寄こした諜報だとか。流石に諜報員に機密情報を与えるなんてヘマはしてないみたいだったが、魔族や魔王に関する基本的な情報は手に入った。催眠しといたので、ダブルスパイさせるために帰らせました。

 諜報仲間は、まあなんか全滅したってことでいいや。どうせ神官魔族が殺られたってのは分かるだろうから、諜報の部下が全滅しましたって言っても可笑しくないだろう。


「キリ様」

「ほい?」


 また荷物を運んでいたところで、老執事に呼び止められた。

 なんじゃらほい。


「改めまして、昨夜はありがとうございました」

「いや。そりゃ護衛依頼だしな」

「仕事であっても、感謝は忘れないものです」


 そういうものか。基本いつでも感謝しない俺にはよく分からん。


「そこで、お礼と言ってはなんですが、私の作った剣を見せて頂けませんか? 昨夜の戦いで歪んでいるかもしれません」

「特にそんな感じはないけどな」


 老執事に作って貰ったロングソードは、昨日の戦いのあと確認しても、刃溢れも歪みもなかった。どんだけ品質いいんだよ。

 ちなみにロングソードを使ったところまでは話してある。流石にあの魔族のスピードから逃げ切れたってのは嘘臭すぎたので。いや結局十分嘘臭いのだが。


「念の為ですよ。正直、見つかった鍛治道具がちゃんと使えるかも試したいという目的も御座います」

「まあ、分かった」

「では……皆様、私とキリ様は暫く離れますので、作業お願いします。休憩もご自由に」


 老執事は作業中の他の奴らに向けて言った。面々から了承の返事が帰ってくる。


「ここから離れてやるのか」

「音がうるさくなるかもしれませんし。それでは皆様にご迷惑をおかけすることになりますので」

「ほーん」


 俺と老執事は広場から離れて、森に入る。


 ちょうど広場とは言えないまでも、木の根によって開けた場所に出た。古びた切り株がある。


「ここに座って作業しましょうか。流石に立ってやるには歳を取りすぎましたので」


 よっこらしょ、と言わんばかりに老執事は切り株に座る。

 執事服の老人が切り株に座っている絵は、なんというか不思議だ。

 俺は装備していた剣を老執事に預ける。既に闇魔法の「支配」は解いてある。

 老執事は剣を鞘から抜き、刀身を見つめた。


「……ふむ。どうやら念入りに手入れをしてくださっているようで、製作者としても嬉しい限りです」

「まぁ」


 ぶっちゃけ手入れなぞしていない。歪みや刃溢れが無いのは闇魔法の「支配」によるものだと思うが、それを手入れと言っていいものか。


「歪みもありませんので問題ありませんが……一応さらに調整をさせて頂きます」


 と言って、老執事は作業に移る。軽く叩いたり、何かを布に塗ったもので側面を磨いたりと、素人には全く分からない作業を行っている。

 日本にいたときに見た、鍛冶の動画とも違うみたいだ。この世界特有の方法なのだろうか。魔力とかあるし。

 この点、俺の《武器錬成》は一発で面倒な段階を飛ばせるので便利である。


「はい。終了でございます」


 調整の終わった剣を受け取る。刃溢れなどを確認するフリして鑑定。




片刃ロングソード(作者 セバスチャン)

品質 A+  値段 23000デル

鉈のようなロングソードです。分厚い刃と無骨な見た目が特徴です。




 品質と値段上がっとるんだが。新品の時よりも良くなるってどういう現象だ。

 しかも品質S手前だぞ……伝説の武器一歩手前って事じゃないのか。この老執事何者だよ。


「如何でしょう」

「非常に良い……が……」


 何だ? やはり違和感がある。

 その違和感は、以前覚えたものよりも濃くハッキリと、俺に訴えている。何かが違うと。

 「透視」で中を確認。何かが仕込まれている様子はない。

 「顕微」で更につぶさに観察。だが怪しいところは何もない。

 「千里眼」で360度確認してみる。駄目だ。ただのロングソードだ。

 「外線視」で一応見てみる。温度は至って普通だ。

 「幻滅」……発動しない。幻術が掛けられている様子はない。

 「鑑定」はさっきやった。怪しい文章は無かっ──


「──あぁ」


 そういう事か。何でこんな事に気づかなかったんだろうな。

 いや、だからこそか。


 俺はセバスチャンの見ている前にも関わらず、影空間から「闇鉄のナイフ」を取り出した。


「キリ様? それは一体」


 奴が聞いてくるが無視だ。どうせ何もかも知っているだろうに。

 俺は闇鉄のナイフを「鑑定」する。



闇鉄のダガーナイフ(作者 高富士 祈里)

品質 A  値段 80000デル 能力 闇硬化

闇鉄製のナイフ。アダマンタイト並の硬さと鋭さを持つ。黒の光沢が美しく、武器としての性能は極めて高い。



 やはり。俺の違和感は間違っていなかったようだ。

 俺はそのまま、ナイフを老執事の首に突きつける。


「……何をするのですか、キリ様?」

「安い芝居だな」


 慌てている風を装っているつもりかも知れないが、声が真に迫っていない。いや、本気で演技するつもりも無いのかもしれない。俺が気づいた事に気付いているのだろう。


「なあ。俺には武器を鑑定する能力がある。知っているよな」

「何のことでございましょう」

「知っている前提で話すぞ」


 そうじゃなきゃ、こんな芸当できやしない。


「俺が武器を鑑定すると、日本語で書かれた文字列が視界に現れる。名前、製作者、品質、値段、そして詳細説明。それぞれの情報が載っている。4つ目までは良いんだ。問題は最後の項目」



闇鉄のダガーナイフ(作者 高富士 祈里)

品質 A  値段 80000デル 能力 闇硬化

闇鉄製のナイフ。アダマンタイト並の硬さと鋭さを持つ。黒の光沢が美しく、武器としての性能は極めて高い。



片刃ロングソード(作者 セバスチャン)

品質 A+  値段 23000デル

鉈のようなロングソードです。分厚い刃と無骨な見た目が特徴です。



「……何でこの剣だけ、丁寧語なんだ?」


 他の物の鑑定結果は、「です」なんてついていない。この剣だけ、文体が違う。

 理由はなんだろうか。まず、女神さんのミスが原因ってことはない。それだったらこの剣だけ・・文体が違うなんて現象は起こらない。

 誰かが鑑定結果を偽装している。鑑定結果のウィンドウを真似て、上書きするようにして偽装しているのだ。項目に関しては偶然の一致なのか、表示される項目だけ知っていて、文体は知らなかったのか。そういう誰かが偽装して露出したミスだ。

 ではその「誰か」って誰だ。この剣の製作者は目の前の老執事だ。それ以上にこの剣と関わりの深い人間はいない。この老執事が鑑定結果を偽装している、と考えるのは当然の流れだ。


「俺はこの違和感に最近まで気づけなかった。本当に簡単な違いのはずなのに、恐ろしいことにな」

「申し訳ありませんキリ様。私はあなたが何を言っているのか……」

「いや、まともに返答するつもりがないなら、喋らなくていい。次、許可なく口を開いたら、ナイフを喉に刺す」


 俺はグッと力を入れてみせる。


「俺は、別に証拠を突きつけて犯人探しをしている訳じゃあないんだ。俺が確信を持っている事を、俺が真実を知ったって事を、あんたに示そうとしているだけなんだ。答えは一つとして必要がない。あんたに知らしめることが出来れば、それでいい」


 別に警察とか治安部隊がいるわけじゃないんだ。少なくとも俺とコイツの間では。もう誤魔化せないという共通認識が欲しいだけなんだ。俺は。

 敵対するには、それが必要なのだ。


「なぁ、最初からおかしかったんだ。俺があんたを、最初から信じきるなんて、俺の行動としてはおかしすぎる」


 冒険者ギルドでファナティークに問い詰められ、苦し紛れの誤魔化しをフォローされた時も、レギンへの護衛依頼を言い出してきた時も、今考えれば怪しすぎる。まるで俺の事情を知っているかのような行動だ。

 そしてそれを疑いもしなかった俺が何よりもおかしい。


「俺が無条件に信じたのは、転魂の女神と、あんただけなんだよ。それに女神さんからいい情報を貰っている。空間の管理者なら、そういう設定が出来るんだってな?」


 女神さんの時と同じだ。女神さんは召喚者達に騒いでほしくないため、不信感を与えないような設定を空間に課した。こいつも、俺に不信感を与えないような設定を課しているんだろう。

 世界レベルの暗示みたいなものだ。逆に言えば、その規模じゃなきゃ俺に暗示をかけることはできない。


「空間の管理者ということは、主神をはじめとする六柱の女神だろうか。いや、彼女達のレベルじゃ、俺に暗示をかけられなかった」


 魔王イグノアに教えて貰った、種族の暗示。俺はそれに最初から掛かっていなかった事が分かっている。俺のこの敵対心は生まれつきの物だ。後天的なそれとは質が違う。


「なら誰だろうか。いるよな? 本当のこの世界の管理者が。六柱の女神によって封印された、この世界の創造神が」


 封印されたならどうしてここにいるのかって話だが、何かしらの方法で抜け出してきたんだろう。そして彼女達の監視を抜けるために姿や力を偽装しているなら、説明がつく。


 老執事、いや、創造神がフッと笑った。

 もう隠す気は無いってか。


「改めて聞くぜ。あんたは何者だ」

「……さて、誰でしょうな」

「答える気はないってか」


 どうせナイフは脅しにならない。俺はナイフを影空間に仕舞った。

 自分で確かめてみろってか。


 俺は目の前の存在に鑑定をかける。



セバスチャン

人族 人間

HP 85/85

MP 455/460

STR 62

VIT 68

DEX 408

AGI 67

INT 312


加護

 なし


称号

 なし



 この結果は違う。偽装だ。どうやらこちらの方は、ミスなく上手く偽装できたらしいな。

 今まではこの鑑定結果を疑うなんてしてなかったが……今回は、この鑑定結果に「幻滅」を使う。



辟。蜷

逾槭??螟ァ髮カ蜑オ騾?逾

HP縲?莉サ諢上?謨ー蛟、/莉サ諢上?謨ー蛟、

MP縲?莉サ諢上?謨ー蛟、/莉サ諢上?謨ー蛟、

STR縲?莉サ諢上?謨ー蛟、

VIT縲?莉サ諢上?謨ー蛟、

DEX縲?莉サ諢上?謨ー蛟、

AGI縲?莉サ諢上?謨ー蛟、

INT縲?莉サ諢上?謨ー蛟、


蜉?隴キ

縲?莉サ諢上?蜉?隴キ


逾樊ィゥ

縲?縲贋ササ諢上?讓ゥ蛻ゥ縲


遘ー蜿キ

縲?莉サ諢上?遘ー蜿キ



 ……やはり分からん。白ローブ……闇の神を鑑定した時と同じだ。

 取り敢えずこいつが闇の神と同列か、それ以上の存在だと言うことが分かっただけだ。

 まあ、この結果は薄々分かっていた。恐らく神に「鑑定」を使うと、こういう風にバグった文字列が出てしまうのだろう。

 だが、ロングソードの方はどうだろうか。こちらの鑑定結果にも勿論偽装は掛かっている。その対象に製作者名も入っている。そしてロングソード自体は神じゃない。

 こいつの名前くらいは、分かるかも知れない。


 俺は片刃ロングソードに「鑑定」を使う。

 そしてその結果に、「幻滅」を使った。




剣(作者 大零創造神)

品質 ??  値段 ?? デル




 ……えぇ?


 思わず老執事……いや、大零創造神を見る。

 笑顔で頷かれた。

 もっかい鑑定結果を見る。

 なんだこれ。なんて雑な……。

 んでもっかい大零創造神を見る。

 また頷かれた。


 なんやねん。


 何か「お前が犯人だー」って問い詰めたら黒の組織のあの方でした〜みたいなレベルなんだが。

 この世界の創造神かと思いきや神のリーダーであられた。女神さんの上司さんか。

 いやなんでここにいるんだよ。


「……色々聞きたいことはあるんだが……取り敢えず一つ良いだろうか」

「なんで御座いましょうか」

「『いるよな? この世界の創造神が〜』って俺が言った時、何で『フッ』て笑ったん」

「『何言ってるんだこいつ』って思っておりました」


 やめてよ恥ずかしいんだけど。








──マッカード帝国 リリブ砦付近──



「……見えた!」


 龍斗は山から飛び出した。幸いにも、ここまで魔族の追手は無かった。

 木々を抜け、開ける視界の先に、リリブ砦がある。


(結界がまだある……少なくとも葵は無事か?)


 龍斗はさらに北を確認した。狼煙はない。つまり、状況がさらに悪化しているという訳でもないという事である。


(フローリンとかいう魔族は……とりあえず見当たらない)


 魔族がいるなら、戦場は荒れているはずである。しかし、マッカード帝国の本陣に乱れがあるようには見えなかった。


(……少し砦の外にいる兵が多いな。魔物は依然として包囲していて……)


 そこで龍斗は気づいた。砦から魔法が撃たれていないことに。


(珠城の魔法が無いから、その分これだけ兵が外に出ているのか……珠城に、何かあったのか……?)


 龍斗は嫌な予感を覚えた。少なくとも、緊急事態の信号を送るほどの「何か」があったはずなのだ。

 魔物が砦を包囲していて、抜け道はない。

 だが、身体能力が十倍に上がっている龍斗にとって、この程度の魔物など造作もない。力に任せて聖剣を振り、道を作り出す。そのまま全速力で駆ければ、砦の門までは一瞬だった。


「リュウト様。お早いお着きで。すぐに門を開けます」

「ニューロン」


 砦に入った龍斗は、ニューロンに問い詰める。


「おい、何があった? 珠城は無事か!?」

「無事とは言い難い状況です。外傷はなく、呼吸も正常ですが、まだ目を覚ましません」

「何があったか説明しろ」

「その前に」


 ニューロンは龍斗を、とある部屋に案内した。

 騎士が守りを固める、重厚な部屋であった。


「……龍斗」

「葵? なぜここに」


 部屋の中には葵がいた。ソファにちんまりと座っており、その両手には手錠がかけられていた。


「分からない。何も……何も……」


 葵は浮かない顔で下を見つめる。

 本来戦場に出ていなければおかしい彼女が、部屋の中で拘束されている。

 彼女はポツポツと語りだした。


「魔族が現れて、珠城が、魔法で頑張って……そしたら気絶して……」


 途切れ途切れで要領を得ない説明であった。

 要するに、リリブ砦を人型の魔族が襲撃したが、珠城が魔法で応戦。長期戦の末、見事魔族を死に至らしめた。そこで珠城が原因不明の発狂をし、気絶したといった流れであった。


「そして、タマキ様が精神干渉に類する魔法にかかっていることが判明しました。アオイ様も同様です。我々の関知しない内に、魔族から精神攻撃を受けていた可能性があります。タマキ様が倒れられたのも、これが原因である可能性が高いです」


 ニューロンの補足に、葵は首を振る。自分が知らぬ間に催眠を受けていた等、到底信じられない事態である。

 しかし、龍斗には心当たりがあった。絶対に忘れられない、黒だ。


(また……またお前なのか……高富士 祈里!!)


 珠城と葵が掛けられている催眠。その正体は祈里がかけた精神干渉魔法である。龍斗はその瞬間を見ており、自身もかけられたことがある。その結論に至るのは、無理もない話であった。しかし、それを彼は言えない。他言できないように、現在も催眠されている。


 事実、龍斗の憤りの矛先は正しかった。珠城の倒れた要因は、魔族の殺害をトリガーとした彼女自身も知り得ないトラウマの再発である。

 祈里は記憶の抹消は行っていたが、感情に関してはノータッチだった。珠城の魔法によるライジングサン王国での場内全員を焼き殺した記憶(勿論彼らの思い込みであるが)は残っていないものの、その際の悪感情だけは凝縮して彼女の知り得ない所にトラウマとして留まっていたのだ。

 そして、襲撃してきた魔族であるフローリンが、魔族の中でも人に近い容姿をしていたことが災いした。その殺害が、彼女のトラウマをフラッシュバックさせたのである。そこで起きた激しい感情の奔流と、消された記憶の断層が、珠城の正気を破壊したのである。


「ニューロン。催眠の解除法はあるのか?」


 催眠の正体を口に出すことはできない。だが龍斗は、寧ろ彼女達が催眠下にある事を明るみに出せたことだけは、幸いだと考えていた。それにより、一切許されなかった解除の行動を、行えるようになる。

 だが、ニューロンは首を振った。


「ありません。マッカード帝国には精神干渉魔法のスペシャリストが居ますが、彼女をして、かけられた魔法の解析は一切できませんでした。魔族固有のものと思われます」

「……解析できなかったのなら、まずなぜ珠城が精神干渉をされていた事がわかったんだ?」

「精神干渉系の魔法一般に言えることですが、強力な魔法がかけられた人間に催眠を上書きするには、さらに強力な魔法が必要なのです。今回弱めの精神干渉魔法を二人に行ったところ、どちらも発動いたしませんでした。よって同系統の強力な魔法が既にかけられていると断定したのです」


 ニューロンが一つ指を鳴らす。すると、一人の少女が入室してきた。


「彼女はマッカード帝国が密かに育成していた、闇魔法使いであり、精神干渉系統の魔法の専門家です。今から龍斗様に、弱めの精神干渉魔法を行います。我々は既に一度チェックを受けました。後この場に残っているのは、龍斗様だけです」


 それはまずい、と龍斗は思うが、後がない。逃げようがないし、逃げても意味がない。


「魔族の精神支配を受けている可能性がある方々を、戦場に立たせる事はできません」


 結果として、龍斗と葵はそれぞれ別室で、軟禁された。







 ベッドに寝転びながら、龍斗は窓の向こうの月を見上げる。


(潜伏させた騎士達は……無事だろうか)


 宛もない思考を繰り返していた。彼に今できる事は無い。何故か龍斗は聖剣を剥奪されていないし、葵は未だに結界を張り続けている。あくまで軟禁だ。葵の結界は、勇者抜きで戦場を維持するには必要なのだろう。


(援軍か……)


 ニューロンはインデラ宰相に援軍を求めるつもりらしい。だが、援軍の到着には時間がかかる。空の『空間魔法』があれば大幅に到着までの時間削減ができるのだが、空や啓斗はライジングサン王国元王都での戦闘で手が空いていない。他の戦場と比べて明らかに魔族の数が多く、苦戦しているという事であった。戦力の振り分けも大方終わっていたため、指揮権がインデラ宰相に移っていたのだ。


(到着は間に合わないだろう)


 ニューロンは、魔族がこれを機に仕掛けてくることはないと踏んでいた。それは龍斗の持ち帰った偵察結果も一つの理由である。龍斗が偵察した際、魔族側の本陣はまだボンド砦にあった。今から本陣を動かしても、援軍の方が早いという判断だった。

 だがこれは、魔族が何も策を持っていないという前提である。


(だが少なくとも……ネオンは策を練る。この機に仕掛けない筈がない)


 そして龍斗の考えどおりネオンが仕掛けてくるとしたら……終わりであった。


(駄目だ。どうしようもない。これは──)



『もう終わりですよぉ。君達は』


 聞き覚えのある声に、龍斗は飛び起き聖剣を構える。

 部屋の中で、骨の鳥が羽ばたいていた。


「……どうやって中に入ってきた」

『窓が開いていましたのでぇ』

「そうじゃない。この砦には、結界が張られているはずだ」

『ククク、えぇ。ただ術者の状態が悪いのか、大分不安定でしてねぇ。時間をかけて解析すれば抜けることができましたよぉ』


 骨鳥は、部屋の中にあった机に着地した。


『さて、どうやら援軍を呼ぼうとしているようですが……あなたが考えていたであろう通り、それよりも先に襲撃するつもりですよぉ。私は』


(情報も漏れているのか……)


『ねぇ……もう飽きたでしょう』

「何がだ」

『他の弱い人間に、足を引っ張られるのは。もうこの砦は詰みですが……あなたの命だけは助けましょう』


 骨鳥の炎のような目が揺れる。


「何を……」

『力が欲しくはありませんかぁ? 理不尽を打ち砕く事のできる、圧倒的な力が』


 龍斗の脳裏に、高富士祈里の姿がよぎった。


『リュウト。我々と組みませんかぁ? 魔人となるのです』

「……」

『本来ならば魔族に服従させるために精神干渉をする必要があるのですがぁ……今回私はあなたの力になりたいのですよぉ。山で初めてあなたを見たときはぁ、加護を知るだけ知って退散しようと思いましたがぁ……目を見て気が変わったのですよぉ。あなたは魔族を恨みの視線で見ていない……そして理不尽にも屈しようとしない、強い魂を感じたのです』


 骨鳥が龍斗の目を覗き込んだ。


『力が欲しくありませんかぁ? リュウト』









「来てくれると思っておりましたよぉ。勇者リュウト。使い魔越しでなければはじめましてですねぇ」

「……それが、ネオンの姿か。服以外は、スケルトンと変わりないな」

「そういう種族でありますからぁ……では行きましょうか」

「奴らにはバレないのか?」

「部屋に細工を施しましたのでぇ、暫くは大丈夫ですよぉ。では、魔王軍へようこそリュウト。ボンド砦に案内しますよぉ」


 龍斗とネオンの姿は、夜の森に消えた。



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