肩透かしの第九話
「お断りさせて頂きます」
即答であった。
「なに……?」
「あまり私を舐めないで下さい」
アリーヤが震えていた理由。それは闇の神の甘言に惑わされそうになっていたからではない。その程度の言葉で裏切ると、自分が抱えているものがそれ程軽いと思われているのが心外であったのだ。
(祈里を殺す……? それで、その程度で何とかなるならここまで私は苦しんでいない……!)
「ふむ……」
返答を受けて闇の神は、暫し唸った。
「まあ、貴様がそう望むなら今この場は引いておこうか。いざとなれば貴様を傀儡にすれば良いのだ。主神様の計画ですら、備えなのだからな」
案外素直に引いた闇の神に、アリーヤは少し安堵する。咄嗟に感情のまま言ったが、それで闇の神の機嫌を損ね、情報を得る機会を失くしてはならないのだ。
ひと呼吸置いて、アリーヤは質問する。
「……その主神様の計画とは、何なのですか?」
「わざわざ話すものでもないがな、奴が闇魔法を得た世界に我が行き、最も闇魔法が得意な者を連れてくるという……」
と、そこまで説明したところで、闇の神が口を止めた。
「アリーヤと言ったな」
「……はい」
「600000÷6.5は何だ」
「……はい?」
予想外の質問。アリーヤの脳内は困惑に陥る。
「な、なんの話ですか?」
「良いから答えろ!」
「へぇっ!? えーっと……」
9の15の……いや13の方が……と指折りで暗算し始めるアリーヤ。
「早くしろ! 大体でいい!」
(いや自分で計算してくださいよ!)
内心愚痴りつつも、必死で頭を回す。
「46000×2で、きゅ、92000くらいでしょうか」
「なるほどな……」
そしてまた思考に耽る闇の神。
二人の間に沈黙が渡る。
(いや「なるほどな」じゃなくて)
アリーヤは睨むが、闇の神は気にする素振りもない。
祈里以上に理不尽な扱いがあるとは、と衝撃を受けるアリーヤであった。
──元ライジングサン王国王都──
中枢が無くなって以来、各地の領主が権力を主張し始めた。マッカード帝国を中心として、他国が睨みを聞かせていた為、群雄割拠、領土の奪い合いとまではならなかった。しかし、小さな内戦、紛争は多発していた。
そんな中、ケッチョーの森という産業が付近にある元王都は、明らさまに各領主に狙われた。その上、リーン聖国が付近にあるためか、勢力は膠着状態にある。結果として、偽りの平和が齎されていた。
紛争に似た小競り合いや、貧困から逃げ出した人々が溜まりだし、スラムが拡大し始める。貴族に連なる人々が自分の領土に帰るなどした為か、民衆しか残っていない。その中で暴力団に似た自治組織が形成され始め、闇市が開かれるようになる。
そんな独特の社会形態が生まれ始めている王都に、陰鬱な雰囲気に似つかわしくない程、ルンルンとした足取りで歩く幼女がいた。
「いや〜、久々の下界じゃの〜。これが闇市というものかの」
柱に幌を掛けただけの屋台の間を、幼女は歩いていく。すぐそこで大きな恫喝が聞こえるも、彼女に気にした様子はない。
ボロボロの衣を着てはいるが、肌に汚れはなく髪は眩しいほどに輝いていた。闇市の中で目立っているのだが、不思議と周りの人間が彼女に目を向けることは無い。
「皆臭いのう……」
顔をしかめ、鼻をつまむ幼女。
暫しキョロキョロと辺りを見渡し、ある点に目を止めた。ふくよかな年配の女性が布を敷いていて、骨董品のようなものを商品として陳列させていた。その中にはキラリと光る宝石のようなものもある。売れ行きは良くない様子であった。
幼女は女性に声をかけた。
「何故にこんな高級品を売っているのじゃ? 明日の生活に困っているような人々に売れる訳もなかろう?」
「あらあらかわいい……いえ、売ることが目的じゃないからですよ」
ゆったりとした口調で女性は答える。
「なら何が目的なのじゃ?」
「民衆の観察を……あなたが命令したことでしょう? 主神様?」
「む……そなた、土の女神か!」
しーっと口に人差し指を添える土の女神。主神はハッとして、両手で口を塞ぐ。
「いつもシスター姿だから気づかんかった」
「ここでシスターやる訳にいかないのでねぇ。そういう主神様はどうしてここに? わざわざ『隠密の神衣』まで纏って」
「
「聞こえなかったことにします」
土の女神は一つため息をつく。
と、その時、闇市の往来の向こうから、大きな騒ぎが聞こえてきた。
「なんじゃ……? 喧嘩かの?」
「いえ、それなら日常茶飯事です。ここまで大きくは……」
人々も異常を察したか、騒ぎの方を見始める。その群衆の中から、いの一番に逃げてきた男が叫んだ。
「魔族だ! 魔族が攻めてきた!」
「「魔族……?」」
声を揃えた二柱の神。お互いの顔を見合わせると、騒ぎの方へと向かった。
「……ふむ、森に転移陣でも仕込んでおったか」
「魔物を含めてかなりの戦力ですねぇ」
人混みの中から遠くを見る。森からワラワラと現れる魔族と、暴力団紛いの自警団が戦闘を行っていた。
「もはや蹂躙じゃな」
「魔動具もまともに使っておりませんから、相手にもならないでしょう。数分もすればここまで侵略されますねぇ」
「魔物だけならともかく、そこそこの魔族も見えるのう。相当な全力を注ぎ込んできたものじゃ」
周囲の人々がパニックになり騒ぎまくる中、主神と土の女神は悠長に眺める。
「主神様はお逃げになりますか?」
「所詮仮染めの体じゃ。いつでも天界に行ける。むしろそなたこそどうなのじゃ」
「この街が侵略されるならば、留まる意味もありませんから、一旦天界に戻ろうかと」
「そうじゃのう……どちらかと言うと他の地域の情報が気になるのじゃ」
「そうですね。すでに魔族が動き出したとなれば……」
そう会話している間にも、自警団達は次々に殺されていく。
足の早い魔族の一人が戦線を飛び出て、街へと辿り着いた。
群衆は逃げようと動くが、道が詰まって避難が滞る。きちんとした誘導者がいない故の状況であった。
「潮時じゃの」
それを見限って、主神は天界に帰ろうとする。
しかしここで想定外の事態が起こった。街に侵入した魔族が、風魔法を乱発したのだ。そのうち一つが、主神のすぐそばをかすめる。直撃こそしなかったものの、被っていたフードが風に捲れ、頭が脱げた。
「「あ」」
主神と土の女神の声が一致する。
「隠密の神衣」の効果が解かれた。
主神の光の神気が溢れ出す。
群衆全ての目が、主神の小さな体に向けられた。心なしか、戦場も戦闘の手を止め、彼女を見つめているのではないかというほど、静寂が走る。
彼女の剥き出しの神気は、一般人には余りにも強烈すぎた。人間ではない何かとしての、圧倒的な存在感が周囲を包み込む。
「……まずったかの」
「……」
苦笑する主神。額を手で抑えつつ、沈黙する土の女神。
そんな中、場違いなほど憎悪に包まれた声が、主神に届いた。
「お前……まさか……我らが神敵か」
「ふむ。魔族か。神敵とは……まさか闇の神の信者か」
「主神と呼べ愚か者」
鋭く彼女を睨む魔族。主神は見下したような目で魔族を見返した。
二人の間に緊迫した空気が流れる中、土の女神が主神の脇をつついた。
「(主神様……! 主神様……!)」
「(……なんじゃ、いいところに)」
「(いいから周りを見てくださいな!)」
「周り……?」
土の女神の言葉通りに周りを見てみれば、群衆がざわついていた。
「魔族の……神敵?」
「まさか」
「……光の神!?」
「あ……」
またも主神の口から音が漏れる。今さっきまでならば、何か凄まじい存在としか認知されず、神とは思われなかっただろう。しかし魔族とあのような会話をしてしまえば、光の神であると疑われても可笑しくない。
要はやってしまったのである。
……もうお気づきであろうが、主神は割とポンコツであった。
主神が顔を青ざめているのを他所に、魔族が魔法を構えながら飛び出した。
「光のぉぉぉ!」
「くっ、ええい野蛮族め! 今は貴様を相手にしている場合じゃないのじゃ!」
主神の今の姿は、隠密用の仮染の体だ。戦闘能力は決して高く作られていない。この魔族一人にすら勝てるかも怪しいのだ。土の女神も同じようなものである。
ここは元ライジングサン王国領土。元国民達の信仰心は殆ど無いに等しい。この場で逃げるか、負けるかすれば、神そのものへの信仰心を失うどころか、敵視さえするようになるかもしれない。
主神としては、これ以上信仰が削がれるのは避けたかった。
風魔法が、今まさに主神に向けて放たれようとしたところで、突然魔族の魔法陣が壊れた。
「……ぬ?」
身構えていた主神は、キョトンとした表情で魔族を見る。
魔族は糸の切れた人形のように、地面に崩れ落ちた。
「死んだ……じゃと……なぜ突然」
その時、戦線から騒ぎが聞こえた。よく見てみれば、次々に魔族が倒れてゆく。
主神から見れば分かるのだが、そのどれもが魂の抜かれた死体となっていた。
「……まさか!?」
主神はドイル連邦の方角──高富士 祈里のいる方角へと目を向けた。
「奴め、アレを殺しきるつもりか!?」
「主神様」
土の女神が、静かな口調で呼び止めた。彼女はいつの間に着替えたのかシスターの姿になっている。
「この度のご加護、感謝の祈りを捧げさせて頂きます」
まさにシスターのお手本と言った所作に、主神は唖然とする。
その間にも、土の女神は話を進めた。
「愛しい我らが隣人よ! ああ、悲しきことに信仰を、神への感謝を忘れた愛しい我らが隣人よ。主神様の慈悲深き加護に瞠目せよ。賛歌せよ!」
この辺りで主神もようやく土の女神の意図を察した。要は彼女は、何故か魔族が死にまくる事態を神の加護ということにして、群衆の信仰を得ようとしているのだ。
(世界の歪みの原因たる神敵は脅威でしょう。しかし主神様、今は目の前の事態に利用すべきですよ)
「見よ! これが主神様の御力である!」
土の女神は嘘っぱちを高らかに歌い上げる。
彼女の言葉通り、群衆は目の前の光景に唖然とする他なかった。絶対的驚異とも言える魔族が、面白いように次々と死に、混乱してゆくのだ。魔族達は、得体のしれない死の恐怖に襲われていた。
とどめとばかりに、主神に後光がさす。
土の女神は思わず視線を送った。
(主神様、そのお体では神力を使えないはずでは)
(光るだけなのじゃ)
(…………)
豆電球か何かだろうか。
また頭を抱えたくなっている土の女神を他所に、群衆は熱狂した。
「「「主神様万歳! 主神様万歳!」」」
狂信者というよりは独裁国家のような喧騒であるが、とにかく主神たちは信仰を集めることに成功したのである。
いつしか、魔族が死にゆくペースも落ち、半分ほどが地面に倒れた頃。魔族の死ぬ原因が分かっている主神は、本当にそろそろ潮時であると悟った。
(もう十分経とうとしておる……このペースだと、その前に闇の神の信者が殺し尽くされそうじゃのう)
死屍累々といった戦場。その死体は全てが闇の神の信者であり、高富士祈里に殺されたものだ。
(間接的にではあるがの……。奴の戦闘力を甘く見ておった)
「主神様」
土の女神の声。彼女も、そろそろ引き際であると悟っていた。主神は頷く。
「我が子らよ。そろそろ我が降臨も限界である。混乱が収まれば、奴らはまた侵攻してくるであろう」
群衆はざわついた。現状、主神が居なければ魔族に対抗する手段はない。彼等の目は絶望へと転じた。
「だが案ずるな! 我が使徒たる勇者がこの場に向かっておる」
これは事実であった。主神は《空間魔法》の加護が発動された事を感じ取っていたのだ。おそらくであるが一分もしないうちに、数人の勇者を引き連れてこの場にやってくるであろう。
「魔族よ、貴様らを根絶やしにすると、主神の名を持って宣言しよう。我が子よ、我が隣人よ、強く生きる事を願う!」
その言葉を最後に、主神の体は光に包まれる。天界へと帰ったのであった。
「着きました、元ライジングサン王国王都です」
空が全員を見ながら言う。
勇者達は元ライジングサン王国の城に転移してきた。
幾枚の壁を隔て、外から喧騒が聞こえてくる。
「まさか……もう侵攻されとるんか……?」
元領土の他の地点ならば、その地を収めている貴族の私兵がいる。それならばましだったのだが、王都にはまともな軍どころか、急ごしらえの軍すらない。
「くそ、見通しが甘かったか……?」
「急くな。聞く限り断末魔は無い。まだ致命的な場面では無いようだ」
舌打ちする啓斗に、松井が冷静に言った。
元ライジングサン王国に転移してきたのは、四人の勇者だ。金城 啓斗、松井 健吾、西条 空、そして──
「とにかく、ここが襲われてんだろ? ゴタゴタ言ってねぇで早く行こうぜっ……と」
伊達 正義が王城の窓から、外に飛び出した。
グランツ共和国の魔族は倒れた。統率を失った魔物の対処は、田中雄一もとい六道院恒人の使役する式神で十分に事足りた。啓斗達は休むように促したのだが、伊達正義はノリノリでついてきたのであった。
「ちょ、待てぇ! ここ何階か分かっとんのか…………おぉ」
慌てて啓斗が窓から身を乗り出すと、王城の屋根を飛び跳ね伝い、軽やかに、またたく間に城壁へと到着した伊達の姿があった。
「猿かアイツ……」
「啓斗さん……あの方は夜通し戦闘していたのでは無かったでしょうか? 私の記憶違いでしょうか」
「化け物染みた体力と精神力であるな……」
三人は感心半分、呆れ半分といった様子で彼を見つめていた。
すぐに、啓斗がハッとして二人に振り返る。
「ボーッとしとらんと、早よ俺らも行かな!」
「……っと」
「我としたことが」
空が視点転移を使って襲撃のあるだろう地点まで転移する。すぐに松井と金城の元まで戻り、三人で転移した。
転移したところで彼らを出迎えたのは、喝采と歓声であった。
「勇者様! 勇者様!」「主神様の使徒様よ!」
「な、なんや?」
想定外の事態であった。元ライジングサン王国では主神の信仰が薄い。それに伴って勇者への関心も薄い、というのが事前に仕入れていた知識であった。
だからこそ敢えてギリギリのピンチを狙い、介入しようとすら考えていたのだ。しかしまだ魔族と戦闘も行っていないというのに、この民衆の反応は一体何なのか。
「啓斗さん。不自然なのは分かりますが今はとりあえず魔族との戦線に行きましょう。魔族を撃退すれば、原因がわかるかもしれませんし……それに」
空は戦線に視線を投げた。
「オラアアァァァァ!!」
「グアァッ! 何だこいつ!」「勇者だ! 人間の勇者だ」「殺せぇぇえ!」
「お一方既に行ってしまってますし」
「…………」
暴れる伊達 正義。
剣が振られ肉片が散る。剣が振られ魔族が舞う。
「……なんというか、尊敬するというか、拙速を貴ぶ?」
「ただ馬鹿なだけな気もするがな」
啓斗の苦笑混じりの発言に、松井は冷たく呟いた。
この時、啓斗はまだ知らなかった。
魔族のうち、闇の神を信仰する闇神教の信者──総計約八万人が、たった十分の内に命を落としたと言う事を。
目を覚ますと、白い空間にいた。
『おはよう。久し振りと言うには、少し早いかしら』
「あぁ」
『……気の抜けた返事しないでよ』
女神さんが頬を膨らませて不満そうな顔をする。悔しい事に可愛いが、無視する。
そんな俺の素っ気無い態度に、少しバツの悪そうな顔をしたあと、作業を始めた。
俺はLv.30に上がり、子爵級から伯爵級に上がった。前回の
「あの世界からでも無理矢理連れてこれるんだな」
『え、えぇ。世界間の転魂に関しては、私が一番高い権限持ってるから』
「へぇ」
まあ何となく分かってはいたんだがな。
俺の適当な返事を最後に、女神さんも作業に戻り、微妙に気まずい空気が流れる。
……ちなみに、神官魔族は倒しました。
タフなだけで雑魚でした……。
いやあのね? 最初は苦戦すると思っていたのだが、序盤で《闇魔法》が適応したというアナウンスが出てからは余裕だったのだ。6.5秒に一回くらい殺してたからな。殺すほど俺のスキルを吸収するものだと思っていたんだが、どうやら限度があったらしい。予想が外れたが、どちらにせよあれじゃあ《闇魔法》有りの俺には敵いっこない。
武器が壊れていって尽きてしまうという懸念もあったのだが、老執事に作ってもらった剣が強い強い。一切壊れないし、刃溢れもしない。幾ら《闇魔法》で強化しているとはいえ、異常なくらいだ。
飽きてきたら《武術・極》で自動戦闘だ。初めてまともにこのスキルを使ったんだが、楽。チョー楽。流石にイージアナから手に入れたスキルというだけあって、彼女レベルの戦闘力であった。しかも神官魔族が途中から使ってきた、恐らく魔族特有の剣術、体術といった武術をどんどん学習し、吸収していった。なんだこのスキル。
最終的に、よく覚えていないが八万回くらい殺したところで、神官魔族は普通に死んだ。しばらく復活を待ってみたが復活してこなかった。鑑定しても魔族の死体と出るだけだった。
結局、あの神官魔族の仕組みは謎のままだ。
え? 戦闘シーン?
カットだカット。キング・クリ○ゾン。
単調な作業タイムはカットです。ゲーム実況動画では常識です。
……さて、女神さんのソワソワがエラいことになっている。少々意地悪しすぎたか。
「女神さんや」
『ひゃいっ!?』
……「ひゃい」て。
『な、何かしら』
「ステータスの事なんだが……」
『ごめん!』
速攻で謝られた。
『私の加護のこと、黙っていたこと謝るわ。あなたのステータス上で秘匿していた事も。でも、あなたのスキル群を暴発させないためには必要なことだったってことは理解して欲しいの。世界に関するその他のいろいろな機能も、そのために必要なカスタムだったのよ』
「何故、黙っていたんだ?」
『それは、その』
女神さんは暫し言葉を詰まらせた後、口を開いた。
『……怒られると思っていたから……よ。こんなまるで監視するような、管理するようなスキルを勝手につけるなんてね』
「なるほどな。…………ところで俺の言ってた『ステータスの事』ってのは、そろそろスキルが多すぎてステータスが見にくくなったから、簡略表示もできるようにして欲しいなという要望なんだが」
『…………へ?』
作業の手を止めて、丸い目でこちらを見つめる女神さん。
間抜けな顔が愉快です。
いや実際、秘匿されていたことに思う所がないでもないが、必要性は理解できる。今更女神さんにどうこう言うつもりは無い。
ただ言い訳しそうな雰囲気だったし、バツの悪そうな、嗜虐心を唆る表情をしていたから悪戯してしまった。
『はーーーもーーー』
暫くして硬直の解けた女神さんが、膝を抱えるように崩れ落ちた。どうやら相当緊張していたらしい?
「そんなにか?」
『怒りに任せて暴れられたら、この場所が無事じゃ済まないもの……減給が……』
結構現実的な理由だった。いや神なのに現実的ってなんじゃ。
『……とにかくステータスの表示形式に関しては分かったわ。それくらいなら大丈夫よ』
「じゃあちょっと今回起こったことについて、確認してもいいか?」
『いいわよ。といっても、私も手元にある情報でしか語れないし、時間もないから手短な説明になっちゃうけど』
「それでいい」
さて、神官魔族は結界と表現していたが……アナウンスの「世界」という表現を信用したほうが良いだろう。
「まず、俺は何らかの世界に閉じ込められた、という認識でいいのか? シルフって精霊が使ってきた精神世界のように」
『大体合ってるけど、次元が違うわね。あなたが閉じ込められたのは大零創造神が用意した、紛れもなく本物の「世界」ね』
「大零創造神とはなんだ?」
『全てを創った存在。それぞれの世界の管理神が創造神を名乗ったりするけど、その神すら創った存在と言う事ね。私も貴方も、元を辿れば大零創造神が創ったことになるわ』
「……なるほど」
俺は闇魔法が適応してから、あの真っ白な世界を「支配」しようとした。だが上手く行かなかった、というか、まずやり方が分からなかった。シルフや俺の精神世界での感覚と違うというか、普段通りの感覚、つまり普通の世界にいる感覚だったのだ。
しかし、大零創造神、ねぇ。
『詳しく説明すると長くなるけど、天国とか地獄、あるいはパラレルワールドって感じかしら。多分局所的に世界が展開されたんだと思うわ。まぁ、神のルール的に言ったらあれはギリギリセーフって所かしら。ルールの隙間をすり抜けるような搦手だけど』
「で、俺はあの世界から帰れるのか?」
『ここから戻すときに帰すから大丈夫よ。実際、結構無理してるみたいだから、時間の問題であの世界を維持できなくなると思うけどね』
あぁ。じゃあ神官魔族の言ってたことも間違ってはいなかったのか。
『確認はこれくらいでいい? というか私の持っている情報と、この短時間じゃこれ以上の説明できないのだけど』
「構わない。じゃあ別の事でもう一つ質問いいか?」
『簡単なことなら』
俺には、今回この白い空間に来てから違和感を抱いていた。
「何故、俺は最初に召喚された時から、アンタの事を信じ切ってたんだ? そしてなぜ、今更そこに俺は疑問を抱いたんだろうな?」
『私が美人すぎるからかしら』
「…………」
『冗談よ』
さっきまで減給とか、時間が無いだの言ってた割には随分と余裕そうじゃないか。
『この空間に備わっている設定みたいなものね。精神世界では取り込んだ他人に行動を強制できるでしょ? それの高度な奴。ほら、召喚されて直後、興奮したり混乱したりして暴れられたら困るでしょ?』
俺は最初にクラスメートと一緒に召喚された時のことを思い出す。なるほど確かに、クラスメート達は随分と落ち着いていた。あれは彼らが冷静だからだと思っていたが、そういう理由もあったのか。
『落ち着いて話を聞いてもらえるように、少なからず私に魅了されて、私に不信感を抱かないように設定されているの。』
「俺も多少それにかかっていた、と。それで、今更不信感を抱くようになった理由は?」
『貴方の「格」が、この空間の管理者である私に近くなってるから、ね。今や貴方の思考を読むことはできなくなってるの』
そういや思考読まれてたら、さっきの悪戯も成功していなかったはずだな。
『貴方の魂の器に見合うだけの力が備わって、その力が定着しつつある証拠ね…………っと、そろそろ時間よ』
「おぉ、やっぱり短いな」
折角の情報収集できる機会だ。どうせならもっと話していたかった。
俺の体が光に包まれる。
「なあ女神さん……仮に、仮になんだが」
ふと思った。
「もしその大零創造神様とやらが俺の敵になったら──」
想像するだけで。
「──どんなに楽しいだろうか」
『先にあの世界の女神達をどうにかしたら?』
女神さんの冷静なツッコミ。いやそりゃそうなんだが。
仮にだよ仮に。
まあ、きっとずっと先の話だ。あの世界の女神達を倒して、さらにそのずっと先の話だ。
『でもきっと、あの方もそれを望んでいるわ』
その女神さんの言葉を最後に、俺の姿は白い空間から消えた。
「司教枢機卿権限」
突然、闇の神が呟いた。
思わずアリーヤは防御体制を取る。
「は……?」
「これは我を信仰する全ての信者の力を、一つに結集させるものだ」
何を思ったか、グトゥレイレの能力の説明を始める闇の神。
アリーヤは困惑する。
(……ついに聞いてもいないのに喋りだした……)
「それにより力は増大し、もし死ねば他の信者の魂をその肉体に移し、その肉体の記憶を無理矢理定着させる。死ねば死ぬほど記憶は積り、学習と同じ効果を得る。実質的に不老不死となる能力……それを」
白い半球に張り付いていた闇の神の
それと同時に、白い半球も収縮していった。
「まさか正面から打ち破るとはな……」
「……祈里!」
白い半球の中から、魔族の死体と祈里の体が現れた。祈里の体も、まるで死体のように地面に横たわっている。
アリーヤは彼の元に駆け寄る。
「恨めしい事に、死んでいない。魂だけが何処かに行っているようだ。今ここで攻撃できない事が実に恨めしい」
「……っ」
アリーヤは祈里を背に、闇の上に向けて切っ先を向ける。
闇の神は根を右手の形に戻しながらため息をつく。
「攻撃できないと言っているだろう……それより、それ程その男を守りたいのかね? 貴様は、それを恨んでいるのでは無いのか? 殺したいのでは無いのかね?」
闇の神は、白いフードの中からアリーヤを睨む。
「恨んでいて、殺したくて、愛してるんです」
フッと笑った。
「……分からないな。感情と、いうもの……は…………」
それまで人の形をしていた物が、管の集まりのようになった。闇の神の体が、崩れるようにして潰れてゆく。
やがて節のある管も白いフードも、跡形もなく森から消えた。
アリーヤの足から力が抜け、地面に座り込む。
「ん……ちょっと、無理をしていたみたいですね」
今更のように溢れる冷や汗。足も手も骨から震え、まともに力が入らない。
体の向きを変え、アリーヤは祈里の首筋に手を当てる。
(脈はなし……でも死んでいるのとは少し違う。まるで祈里の体だけ時間が止まったような。あの時と同じですね)
「アリーヤ、おつかれ〜」
不意に気の抜けた声が聞こえた。
「……シルフ、生きていたのですか」
「さらっと酷いのだけど」
頬を膨らませながら、フワフワとアリーヤの元に飛んでくるシルフ。
「風でテントが吹き飛ばされてから、姿を見ていなかったので。てっきり一緒に吹き飛ばされてしまったのかと」
「これでも元、風の精霊なのよ? 強風如きに負けないわ」
「それで、今まで姿を隠して静観していた訳ですか。何もせずに」
「え、なに? 怒ってる?」
おどけるようなシルフに、アリーヤはニッコリと笑った。
シルフは少々寒気を覚え、冷や汗を垂らす。
「心外よ。私が手出ししたら、寧ろ状況は悪化したわ。姿を隠しきった事を褒めてほしいくらいよ」
「……というと?」
「神が干渉を禁じられているのは外界の生物に関してよ。精霊は例外。何故なら精霊は神と外界をつなぐパイプの一つで、神の手下でもあるのよ。あそこでもし私が闇の神に見つけられて、無理矢理洗脳されれば、アリーヤは危なかったと思うわ」
「わかりました。では、ここは納得しておきましょう」
一つため息をついて、アリーヤは祈里に視線を戻す。
シルフもホッと息をついた。
(ま、祈里による支配を闇の神如きが上書きできるかは怪しいけどね。祈里に情を向けているあなたと違い、私は祈里が死んでもどうだっていい。けどあれくらいで祈里が死ぬとも思わなかった。だからあの場は静観が正解……)
「シルフ?」
「……何かしら」
思索していた所に、アリーヤが声をかけた。
「今の祈里の状態は、
「そうね。代謝も何もかも全てが、時を止めたかのように保持されている。魂は別の所に行ってるわね。また転魂の女神とやらの所じゃないかしら」
「なら、今は周囲の警戒をするべきですかね。
鞘に収まった状態の絶斬黒太刀に軽く手をかけ、あたりを見渡すアリーヤ。
(にしても、アリーヤも随分と勘が鋭くなったというか……思考とか、祈里に似てきているのかしら)
シルフはニヤッと笑った。
(ちょっとからかってみよう)
「ねぇアリーヤ。もしかしてちょっと機嫌悪い?」
アリーヤの視界に入るように、シルフは飛び出した。
「そんなことないと思いますが」
「あ、もしかして折角の祈里との二人きりの時間を邪魔しちゃったから? 別に膝枕でも好きにやれば良いと思うわよ?」
「……」
ジトっと、暫くシルフを見つめるアリーヤ。ため息をまた一つついて、言う。
「それじゃあ急襲があった時に防げません。また魔族や闇の神が襲ってくる可能性も、無いわけではないんですから」
(ありゃ。つまんないの)
シルフは肩透かしをくらったような気分であった。
(もう前回みたいな初心な反応はしないってわけ。何か心境の変化でもあったのかしら)
「それで、シルフ。祈里が目覚めるのはいつになりそうですか?」
「そんなこと分からないわよ……と思ったけど、今魂が帰ってきたわね。もう起きるわ」
シルフの言葉通り、ん、と声を漏らしながら、祈里が体を起こした。
祈里は寝起きのように目をこする。
「あ、祈里。やっと起きましたか」
「思ったより早かったわね」
「お、アリーヤにシルフか。久しぶりだな」
「久しぶり……?」
祈里の言葉に眉をひそめるアリーヤ。
「ああ、いや。こっちの話だ。それより……」
祈里はじっとアリーヤを見つめる。彼女は首を傾げた。
「祈里? 私の顔に何か付いてますか?」
「いや、今日は『回復体位』じゃないんだなって」
「……〜〜」
アリーヤはみるみる顔を赤くした。
意地の悪い笑みを浮かべる祈里の襟を掴む。
「そういうことを言いますか! ここでそれを言いますか!」
「えー? 別に変なこと言ってないんだが?」
「白々しい!」
「うんうん。それでこそアリーヤよ」
「シルフも、それはどういう意味ですか!」
「シルフの言いたいことはだな、このような初心な反応がアリーヤらしいという意味だ」
「意味を解説しろって言ってるんじゃないんですよ! 大体、今日は祈里に色々言いたいことが……」
襟を掴んで揺らすアリーヤを、祈里は笑いながら抑える。その周りをニヤつきながらシルフが飛んだ。
アリーヤの叫びが森に消え入る。
夜に一つ風が吹いた。
木々がざわめき、草花が揺れる。
月が顔を出し、星が瞬いた。
祈里達から、森をさらに挟んで向こう。
木々の太い枝の上に、幾つかの影があった。
彼らは気配を消しながら、グトゥレイレを倒したばかりの祈里達を見る。
「……予想以上の脅威だな。タカフジイノリ、だったか。まさかグトゥレイレを殺すとは」
「尾行を続けますか?」
「否だ。一刻も早く、タカフジイノリの脅威を魔王様にお伝えすることが先決」
彼は、魔王代理であるヘリウから、グトゥレイレの監視を命じられたビースである。他の影は、彼の部下である隠密部隊であった。
「しかし……あれ程の脅威、さらに情報が必要では」
「いや。脅威が存在することが重要なのだ。その大きさはさして問題ではない。対処できるだけの手札を、魔王様は用意しているのだからな。奴に我々の存在を勘付かれる方がまずい」
「了解です。出過ぎた真似をしました」
「よし。では撤退だ」
ビース率いる魔王軍隠密部隊は、身を翻す。
最後に、ビースは遥か遠くの祈里の姿を見る。
「タカフジイノリ……お前とは、また出会う気がする」
そう言い残し、夜の闇に姿を消す──
──祈里がこちらを見ていた。
「っっ!? 早急に退……」
「遅い」
気付けば、祈里はビースのすぐ近くまで迫っていた。彼の足元には黄色い魔法陣が残っている。
祈里の両手が振るわれると同時に、糸が舞いナイフが駆ける。
縦横無尽に蠢く糸が、隠密部隊を拘束する。ビースは胴に糸を巻き付けられたまま、太い幹へと叩きつけられた。
(あの距離から……こちらを逆に探知し、さらに転移だと!?)
「カハッ……!」
「さて、ビース。後は
「ハァ……ハァ……何……?」
ビースは仲間を確認する。彼らの眉間には、黒いナイフが深く刺さっており、その生命活動を停止させていた。それぞれが糸によって幹に拘束されていたが、まるで枝葉と糸にからまった死体だ。
ビースは強い恨みを持った目で祈里を睨んだ。
「やってくれたな……タカフジイノリ」
「俺はプライバシーを破られるのが滅法嫌いでね。それで、お前達は何者だ。誰の命で行動している?」
「……殺せ!」
実際には、ビースはそれ程祈里を恨んでいない。彼にとって隠密部隊の仲間とは部下だ。隠密部隊とは本来、いつ死んでもおかしくない部隊だ。端から部下の命も、自分の命も切り捨てて考えている。
今この状況において最悪は、情報を逆に奪われることである。
ビースの心臓には魔動具が仕込まれている。ビーズが死ねば信号がヘリウの元へ届く物であった。本来、人間達によって用いられているもので、魔族が持つものではない。しかし何らかのルートで、ヘリウはこれをビースの心臓にはめ込んでいた。
(私が死ねば、ヘリウ様に異常を伝えることだけは出来る。そして異常さえ伝えられれば、ヘリウ様ならば……)
トン、トン、トン、トン、と。
祈里はビースの胸を指先で叩いた。
「……何をしている?」
ビースの問いかけに、祈里は答えない。ただニヤついたまま、トン、トン、とノックし続けるだけだ。
「何をしていると言っているんだ! タカフジイノリ!」
「悪いなぁビース」
気味の悪い笑みを浮かべたまま、祈里が口を開いた。
「俺はお前を殺さない。俺はお前を殺してやらない」
「…………」
気づいた。祈里が叩いているのは、ビースの心臓である、と。
(心臓の魔動具に気付かれている!?──)
「なあビース。もしも俺が、『相手を催眠して、意志に関わらず情報を引き出せる』……そんな能力を持っていたとしたらどうする?」
祈里がビースの耳元で囁いた。
そうであれば、脱する手立てはない。
反撃は無理だ。力量に差がありすぎる。
逃亡も無理だ。転移されて追いつかれる。
自死も無理だ。魔族はそう簡単に死なない。
黙秘も無理だ。敵は問答無用で催眠してくる。
無理だ。
「──絶望してしまったな?」
眼前に黄色い魔法陣が広がる。
(ヘリウ様……)
脳裏に忠誠を誓った存在が過る。
ビースの意識はそこで途絶えた。
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