ベラベラ喋る第八話


 女神さんや。

 《転魂の女神の加護》って何。

 俺聞いてないよ。


 さっきから膨大な量のアナウンスが流れている。ざっと見た感じ、多くのスキルが使えなくなったらしい? ざっくらばんにいうと遠距離攻撃が封じられた感じか。

 取り敢えず固有スキルで使えるのは……

《成長度向上》《必要経験値四半》《視の魔眼》《レベルアップ》《スキル習得》《武術・極》

 らしいな。

 皆さん。チート祭り終了のお知らせです。これから異世界脳筋生活スタートです。レベルを上げてステータスで殴れ。


 ふざけてる場合じゃないな。

 取り敢えずここがどこなのか、把握しなければならない。

 アナウンスによると、「67927727_92578366世界から67927727_92578366_θ世界に移動した」らしいが……。

 アナウンス先生。答えになってません。まずあの世界が67927727_92578366世界って名前だった事すら初めて知りました。


 というか空間展開権ってなんぞ。時間展開権ってなんぞ。DBWsってなんぞ。わけわからん単語連発するなや。安いB級ゲームのストーリー紹介か何かか。

 いくら考えてもわからん。なぜなら情報が少なすぎるから。ということで、一旦アナウンスの諸々に関しては全部保留で。


 ここがどこなのか把握しようにも、《探知》のスキルが使えないからなぁ。何だかんだ行ってここまでずっと頼りきりだったスキルなので、突然使えなくなると、いきなりスマホが都内で圏外になったような気分だ。


 周囲の光景は、真っ白、としか言えない。そういう意味では女神様のいた世界に似ているが……本質はまるで別だな。

 なんというか、張り詰めた白だ。そして何もないという意味での白だ。そして見えないところで、どす黒い圧力が渦巻いているような気さえする。


 取り敢えず《視の魔眼》で、真っ白な床を鑑定してみる。




世界初期壁(作者 大零創造神)

品質 ??  値段 ?? デル

67927727_92578366_θ世界の初期壁。




 ……わからんって。

 何にも分からん。知らない単語を知らない単語で説明しないでくれ。専門書か。


 結局殆ど情報得られなかったんだが……


「気は済みましたか?」


 神官魔族が話しかけてくる。さっきからそこにいたのだが、どうやら調べるのを待っていてくれたらしい。

 なんの優しさだよ。さっきまでの突撃上等! みたいな脳筋っぷりはどこへ行ったんだ。


「いや……だから、今までで待っていてくれていた、どこかの優しい魔族が教えてくれたりしないかね」

「いいでしょう」


 え……いいの?


「だが、私も詳しく知っている訳ではありません……。我が教会に保管されていた神器の力ですので。私の部下たる奴が管理していたもので、奴くらいにしか扱えぬ代物です。我らが麗しき主神の力ゆえ、その原理は、小さき者たる我々では計り知れぬ者でありますが……」


 あの白ローブ、部下なのか。正直部下のほうが得体が知れないんだが。


「神器、ねぇ。まあそれはいいや」

「──それはいいだと……!?」


 突然神官魔族がブチ切れる。


「貴様! 我らが主神の御力を、『それはいい』だと!? 流石は神敵、畏れを知らぬ愚か者が!」


 ……もちつけ。

 駄目だこいつ……脳筋は脳筋のままだったわ。しかも怒ると我を忘れるタイプだわ。口調も変わってるし。

 このまま怒られると情報手に入れられなさそうだし、取り敢えず謝っとこ。


「すみませぇん。違いますよぅ。神様の力なら納得だなって思っただけですぅ。その原理を追及することは、神様への冒涜だと思っただけですぅ」


 余りにも心無い台詞だったから、煽ってるみたいになってしまった。

 おい、コミュ障勇者を騙したときの演技力はどこへ行ったんだ。あれか、演技系のスキル停止してるからか。

 いや昼間だってこれほどじゃあ……


「いいでしょう。赦します」


 いいのかよ。


「主神の神の御心は寛大です。神敵として滅されるまでの僅かな猶予、その間に犯した僅かな罪を、懺悔する限り主神はお許しくださるでしょう」

「へへぇ。ありがとうございますぅ」


 なんか将軍様にへりくだる平民みたいになってきた。


「それでぇ、一体ここはどこでございますかぁ……?」

「主神の御力によってもたらされた、封印結界の中です。何人たりともこの結界から外に出ることはできません」


 結界? 別の世界ではなく?


「ははぁ、主神様と、部下様の御力は素晴らしいものでやんすねぇ」


 やんすってなんだ。とセルフツッコミ。


「部下たる奴の力なぞ、それほどでもありませんよ。全ては主神の御力です」


 誰か俺の口調にツッコんで。

 いや誰かっていってもこいつしかいないのだが。


「しかしあの方にしか使えないのでは? というか、神器を扱うあの方は一体何者なんでやんすか?」

「さあ? 主神のお告げのままに奴に任せただけですから。奴が何者なのかは私もよくわかりません。吸血鬼ではあるみたいですが」


 お、同類じゃーん。

 じゃねえよ。多分吸血鬼とかそういうレベルじゃないだろ。ステータス読めないんだぞ。


「全く主神は何故奴を……いえ、半信半疑で突撃した場所に本当に神敵がいるとは驚きましたが。金の髪も、今は黒髪になっているようですし。こうしてみれば確かに高富士祈里です」


 え、黒髪?

 千里眼で確認。確かに髪色と目の色が戻っていた。《変身》スキルが停止したからか……。あら、《狂化》も解けてら。


 それはそれとして、どうやら白ローブが俺の位置を知っていたっていう予想は当たっていたみたいだな。本当はあの白ローブについての情報を聞き出したかったんだが、どうもこいつは知らないらしい。

 いや本当は隠していて、黙っているだけの可能性だってある。脳筋っぽいから低い可能性だが。

 それならさっさと《吸血》して記憶を奪えばいいのだが、そうも行かない。《吸血》使えないんだもん。地道に情報聞き出すしかない。


 取り敢えず白ローブの情報は諦め、質問を変えよう。


「この結界はどういう結界なんでやんすか?」

「封印結界と言ったでしょう。これだから愚かな低能は」


 脳筋に低能と言われた。


「この結界は絶対に外に出れない結界。ただし、封印できる時間は十分程度と限られていますが」

「そうなんでやんすか? なら、待っていれば出れるんでやんすか?」

「ええ、ただ……結界内は時間が千倍に加速しているのです」


 ペラペラ喋るなぁこいつ。

 十分が千倍だから、え〜〜……

 あ、計算系のスキルまだ停止してんのか。適応したら使える気がするんだが。

 166.6…時間だから、一週間と少し足りないくらいか。長え。


「その間に、私が貴方を殺してしまえば良いのです。ここなら周りの被害を気にする必要はありませんし」


 最初から気にしてなかっただろお前。

 あとそろそろ語尾やめよう。飽きた。


「殺してしまえばいい? 俺の方が身体能力は上だが、殺せるのか?」

「ええ。信仰者の力を結集したこの体をもってして上回れないとは、驚きました。しかし、長期戦になればなるほど私が有利なのです」

「……じゃあ最後に一つ。出口知ってる?」

「私ごと封じているのです。知っているわけが無いでしょう……」


「──じゃあいいや」


 《狂化》


 神官魔族が反応できない速度で接近。


 後ろに回り込み首を折る。


 白ローブよりも固い。だが、こいつはすぐに事切れた。

 脆い。そのバグったHPは飾りか。

 まあここからだよな。神官魔族の体が再生される。折れた首が元に戻っただけだが。


 なんつー再生力。ステータス見る限りHPは1800近く減ってるみたいだが……


《レベルアップしました》


 ……は?

 スキル適応のアナウンスの合間、何故か出てきたアナウンス。ログを見ても、確かにレベルが上がっている。

 Lv.28になってから随分経っていたが、今?

 魔族にせよ魔物にせよ人間にせよ、殺さないと経験値は手に入らない。それは今までで実証済みだ。

 目の前の神官魔族は死んでいない。ということは、封印結界とやらの外に残された、眷属の狼が何か殺したのだろうか。


 ……あるいは神官魔族こいつ、もしかして今一回本当に「死んだ」んじゃないか?



「全く……不意打ちとは卑怯であるな……」


 再生した首に手を当て確認しながら、神官魔族が呟く。口調統一してくれ。


「ですが、ご覧の通り私は不死身です。そして今、私は体術を手に入れた」


 俺に対し拳を構える。老獪な構えだ。


「この身体能力に適応するのはまだまだですが……時間の問題です。この結界内で、貴方を殺しきりましょう。我らが主神への信仰心のすべてを持って」


 聞いてもいないのに、ほんとベラベラ喋るやつだ。

 しかし、「体術を手に入れた」とはどういう意味だろうか。まさか俺と同じようにスキルを取得できたりするのだろうか。再生するたび強化みたいなシステムのようには思えないが……

 それに不死身という発言。再生とはまた違うのか?


 ……試しにもう一回殺してみようか。


 同じように急接近。

 さっきは反応しきれていなかった。今度は一切構えを解かないが、目が俺の姿を捉え続けている。

 後ろに回り込む、と見せかけたフェイント。神官魔族に反応はなし。


 しょうがないから正面から殴りに行く。

 まっすぐ行ってぶっ飛ばそう。右ストレートでぶっ飛ばそう。

 安直だがステータス差は三倍以上。まともにブロックは出来ないが、どうする……?

 と、こちらが殴りに行くと同時に、あちらも拳を突き出してきた。

 余分な力の抜けた良い拳だ。「体術を手に入れた」とは伊達じゃない。

 しかもこれ……俺本体じゃなく、俺の拳を狙ってるな? だとすればあちらの攻撃の方が早い・・


 タイミングを外された俺の拳は、神官魔族の拳によって軌道をずらされた。受け流すっていうより、拳の横っ腹を殴るって感じだったが。


 俺の体勢が少し崩れる。

 だが神官魔族の体勢も崩れた。

 このステータスの作用反作用は馬鹿にならない。


 神官魔族は体勢を立て直そうとする。

 んじゃこっちはこのままいこう。右側に崩れた体勢を戻さず、回転に利用して、右足で腹を蹴りに行く。

 大振りの後ろ回し蹴りのような姿勢。


 屈んで避けようと試みる魔族。

 だが、そりゃ悪手だ。


 屈もうとした神官魔族の両足が浮く。

 胴体の位置は変わらない。

 慌ててガードしようとするが、間に合ってない。

 結果として俺の踵が脇腹にぶっ刺さった。


 まともに入ったな。肋骨をへし折り、内臓もいくつか潰した感触。


 蹴りをかがんで避けて、こちらの軸足を狙うつもりだったのだろうか。そりゃ普通の体術の話だ。

 互いにこの身体能力だ。まともに体術なんか出来やしない。幾ら早く屈もうとしても、重心は自由落下以上の速度は出ないんだなこれが。結果としてちょっとジャンプして空中で丸まるっていう、若干間抜けな構図になる。


 神官魔族が吹っ飛んでいく。

 俺も蹴りの反動で左へ回転しながら飛ばされる。

 フィギュアスケートやってる訳じゃないんだが。


 翼広げて空気を掴み、回転と移動を無理やり止めようとこの試みる。それによって風が起こる。

 このとき翼の角度を上手く調整して、逆ヘリコプターみたいにするのがコツだ。垂直抗力が増して、地面との摩擦力を強くする。これも利用して、うまく回転を止めるのだ。


 神官魔族はまだ勢いそのままに転がっている。高すぎる身体能力に慣れてないのは明らかだ。


 ここで一気に間合いを詰めたいところだが、「転移」使えないのホント不便。


 まあ使えないなら走ろう。

 広い空間で障害物もなく、地面は平坦。走りやすいけど走りにくい。普通だったら走りやすいんだろうが、やはりこの身体能力で全力で走ろうとすると飛んでしまうのだ。そして空中は非常に隙が多い。

 悪路だったり森だったりすれば、地面の凹凸や木に上手く引っ掛けたり掴んだりと利用して走る(というか移動?)事ができるのだ。

 だがここまで何もない真っ白な空間だとそうも行かない。


 ということでひと工夫。

 これまた翼の角度を調節し、下への揚力が働くようにする。さっきと同じ理屈だ。垂直抗力と摩擦力が増し、効率的に走れるようになる。

 サラッと解説しているが、これ、めちゃくちゃ練習したのだ。生物の羽っていうのは基本的に上方向の揚力を生み出す構造だから、かなり無理してる。


 白い空間だから、自分がどれくらい速く走っているかは分からない。わからないが、神官魔族の姿が見る間に近づいてきているのはわかる。


 トップスピード。


 未だに転がっている神官魔族に追いつき……追い抜く。

 姿勢を低くしつつ翼を逆方向に羽ばたかせ、急ブレーキ。


 転がってくる神官魔族の体を受け止め……転がりながらヘッドロックを極める。

 即座にへし折る。

 寝技ってのは便利だ。作用反作用とか考えなくて済む。


 既に神官魔族は死亡している。

 だがロックはまだ離さない。翼をうまくコントロールして、神官魔族ごと転がりを止める。


 ロックを外し、再生が始まるその前に、マウントポジションをとる。

 両足で神官魔族の体をしっかり挟んで固定し、連打スタート。


 やはり白ローブの身体より堅い。だが着実に破壊していく。

 破壊してるのだが……HP減らねぇ。というかステータスに一切変動がない。


「死体殴ってるだけって感じだな」


 攻撃を止めてみる。すると見る間に再生が始まった。攻撃を再開すると再生が止まる。ステータスは尚も変動なし。


 再生中の攻撃は意味なし……っと。


 仕方ないのでマウントを解除し、離れて様子を見る。

 滅茶苦茶になっていた魔族の体が、数秒もすれば元通り。


「…………」


 なんか喋れや。


「ふむ。体の適応は中々難しそうですね。しかし……『ダークソード』」


 と思ってたら喋り始めた。

 神官魔族は魔法を使い、闇の剣を作り出す。

 おいそっちは魔法つかえるのかよ。ずっこいな。


「次は『剣術』を手に入れました。これは運がいい」


 運がいい、ねぇ。

 こいつの能力、なんとなーく見当がついてきたが……憶測でしかない。その上予想できるのは性質だけだ。原理はさっぱり分からん。

 ……まあ、決めつけに入るのはまだまだ早い。


 じっくりやっていこうか。幸いにも時間は沢山ある。










 アリーヤは思わず立ち止まった。


(何ですかあれは……)


 森の先、一際破壊が激しい地点に、白い半球があったのだ。

 白い半球、本当にそうとしか表現できない何か。大木を三つほど呑み込むほど、非常に大きい。夜であるはずなのに、一切のくすみのない白だった。かといって光り輝いているわけではなく、周りの木々に光が輝きが反射している様子はない。

 そこだけ大きく風景が抉り取られたような白だった。


 あそこに祈里がいるのは明らかで、同時に彼のものでも無い事が明らかだった。「白」は余りにも彼とかけ離れている色だ。

 何かがあった。漠然としすぎていて危機感すら覚えなかったが、アリーヤはあそこで何かが起こった事だけは把握できた。

 自然と足が早まる。


 一体祈里はあの数瞬でどれだけ移動したのか。随分と長い距離を走ってきたため、アリーヤの息が切れ始めた。


 さらに暫く走り続け、ようやっと白い半球の麓までたどり着いた。


「祈里! 中に居るんですか!?」


 アリーヤが声をかけるが、反応はない。ただそこに半球が存在し続けるだけだ。

 恐る恐る手を伸ばし、白い半球に触れようとする。触れた瞬間、バチッという音とともに、アリーヤの手が弾かれた。


(いっ……た……)


 痺れるような、それでいて骨まで響くような痛みが残る。しかしそれでも尚手を伸ばし、再度触れようとするアリーヤに、誰かの声がかかった。


「止メテオケ。今度ハ痛イダケジャ済マナイゾ」


 聴き取りにくく、無機質な声だった。

 明らかに人間のものではない。いくつかの声が混ざりあったような、しかしそのどれもが肉声じゃないような、そんな声。

 声はアリーヤから見て半球の反対側から聞こえた。アリーヤは警戒しつつ、ゆっくりと半球の周りを回る。

 発言と言い、場所といい、この半球の正体、ひいては祈里の行方を知っている存在に違いなかった。


 半球の輪郭から覗いた姿は、異形であった。


「ひっ」


 アリーヤは思わず悲鳴を漏らす。


「ソノ反応ハ傷ツクナ」


 白いフードの装いは、広場で見たそれと変わらない。いや、所々ボロボロにはなっており、土や血に汚れてはいた。だがそれ以上に身体がおかしかったのである。

 まず浅黒く彫りの深い顔は、歪に崩れていた。それが仮面のように外れかかっていたのである。フードの中には昆虫の足のようなものが詰まっていた。

 左手にはちゃんと肌があり、腕の形をしていたが、フードから覗く右手はこれまた節だらけの昆虫の脚のような何かが束になっていた。束の先は半球に繋がっており、樹木の根のようになっていた。

 ぶら下がったような仮面の目がアリーヤをギョロリと向き、口がカタカタと動く。


「アノ姿ハ気ニ入ッテイタノダガ、サッキノ男ニ崩サレテシマッタノダ。修復スルマデモウ暫シ待テ」

「……あなたはソレに触っているみたいですが、弾かれないのですか?」


 ソレ、と白い半球を指しながらアリーヤが問う。あまり会話としては成立しない問いだったが、異形は素直に答えた。


「当然ダ。我ハ世界ヲ保持スル必要ガアル。アノ男ヲ閉ジ込メテオクタ──」


 ──アリーヤは間合いを詰めた。

 全身を唸らせ、その異形の胴体に前蹴りを入れようとする。

 防御はされなかった。だがその胴体は異様に硬く、地に根を張っているようにびくとも動かなかった。


「くっ……」


 逆に蹴りを入れたアリーヤに衝撃が返ってくる。まるで大木を蹴ったような感覚であった。


「……アノ男ニ似テセッカチナ奴ダ」


 アリーヤはすぐに足を引き抜き距離を取ろうとする。だが胴体から出た細い管のようなものが足に巻き付き、離れることができない。


「ダガ、貴様ノ身体能力デハ、剣ヲ使ッテモ我ニ傷ハ付ケラレナイ」


 アリーヤはさらに刀を鞘から抜き、異形の顔面に当たる部分に斬りつける。だが、その刃も傷をつけるに適わなかった。


「ちっ……」

「乱暴ナ女ダ。…………フム、ナルホドナ……」


 異形はアリーヤに巻き付いていた管を解く。アリーヤはその瞬間に異形を蹴るようにして後ろに飛び、距離をとった。

 刀を構え、その先に異形を見据える。


「ソウ警戒スルナ。我ハ貴様ヲ攻撃デキナイ」

「攻撃できない……?」

「ソウイウ決マリダ。ソシテ貴様モ、ソノ遺物ヲマトモニ使エレバ勝機ハアッタノダロウガ……」


 異形が指を差したのは、アリーヤが構える刀。「絶斬黒太刀」である。魔力を流している間は全てのものを斬ることができるが、流していなければただの刀だ。

 祈里の《武器錬成》により強化はされているが、普段はあくまで丈夫な刀でしかない。


「魔力ガ尽キタ貴様デハ何モデキナイ。ソシテ我モ、世界ノ維持ニリソースヲ取ラレ、貴様ヲドウスルコトモデキナイ。攻撃以外デモナ。故ニ膠着状態トイウ奴ダ」


(リソース……世界の維持……)


「貴方は、何者ですか……?」

「フム。我ハ、ソウダナ、下界デハ闇ノ神ト呼バレテイル」


(大物、どころの話じゃないですね……。勿論この話が本当なら、の話ですが)


 アリーヤは元々光神教の信者ではない。だがこの世界で教育を受けた以上、神とは存在するもので、その普遍的なイメージも持っていた。神とは常に人の姿をとっているもので、宗教画や神話でも常にそう描かれていた。

 間違っても眼の前にいるもののような、異形として描かれたことはない。魔族が信仰する闇の神であってもだ。

 故にアリーヤは半信半疑で質問を続ける。


「闇の神、ということは、魔族にとっての主神ですか。そのような存在がなぜこんな所に?」

「主神トハ建前ダ。我ガ主神ナド恐レ多イ……」


(よく喋る……)


 自称闇の神が言う通り、アリーヤは何も有効な攻撃手段を持っていない。この場で彼女は何をすべきか、その答えは既に出ていた。


(情報の収集。目の前の存在は情報に価値を見ていないのか、或いは私達に情報を渡すことが不利になると考えていない……つまり舐められているか、ですが。とにかく今は情報を聞き出すことに集中しましょう。それが何よりも祈里の利益になるはすです)


 アリーヤは、彼が自力でこの白い半球から出てくることに疑いを持っていなかった。


「それは、まあわかりました。とにかく、なぜここに? 何の目的で?」

「高富士 祈里ヲ殺スタメダ。ソウ主神カラ命ジラレタノダ」

「それではあの魔族は……」

「待テ」


 闇の神が左手を上げ、アリーヤの問いを遮る。アリーヤは呼吸を止め、より警戒を深める。


「ソウ警戒スルナト言ッテイル」


 ゴキゴキと白いローブの中から音がし始める。昆虫の足のようだった管が纏まり、形を作り始める。ある管をは骨に、ある管は筋肉に、神経に、気管に、そして皮膚に。

 仮面のように外れかかっていた顔面も元の位置に戻り、バキバキと音を立てた後、自然な顔に変わっていった。

 数秒の後、彼の体は広場で見た男の姿と遜色ないものになった。


「ふう。ようやくこの姿に戻れたな。まったくあの男は随分と破壊してくれたものだ。もう少し殴られていれば、完全に壊れてしまうところだった」


 首を回し、確認しながら闇の神はため息をつく。口の動き、目の動き、表情の変化など、先程の異形が嘘であるかというほど、事前なものとなっていた。


「こちらの方が話しやすいしな。なに、我は貴様と話がしたいのだ」

「話……ですか? 一体何の」

「貴様は面白い存在だ。我が主神の世界の生まれながら、あの男の下僕となり種族を変え、多くの他世界の因子が混合している」


 アリーヤの背筋に悪寒が走った。

 情報を把握されている。かなり深いレベルまで。


(もしかして、あの時ですか?)


 足を胴体の管に囚われた際、闇の神は「ナルホド」と言ったのだ。それが情報を得たタイミングだとすれば。


(祈里の情報まで奪われた可能性があります……不味いですね。この場でそれを上回るであろう情報を手に入れなければ、祈里に不利になってしまいます)


 しかし、祈里がどこまで神たちの情報を持っているか、アリーヤには分からない。それを祈里が話そうとしたタイミングで襲撃を受けたのだから。


(それを予想しつつ、祈里が持っていないでしょう情報をできる限り持って帰らなければ……)


「貴様は随分と、闇の属性が強いようだな」

「……なんの話ですか?」

「貴様の魔力の話だ。元々闇の属性を持っていたようだが……あの男の因子によって、より強化されているようだ。あの神官が突っ込んだ時、貴様が作った魔法陣は闇の魔法だった。解析するに、全く意味のない魔法であったから、実際に防いだのはあの男の魔法だろうが……」


(そこまでバレてる……本当に不味い存在ですね……)


 神如何の真偽はともかく、あの一瞬で魔法の属性どころか術式の解析までできるとは、少なくとも人間業ではない。口伝の誇張された勇者の物語でも、そこまでできる勇者も魔族も、アリーヤの記憶になかった。


「あの尋常でない構成スピードは、闇の魔力が突出している故だ。光属性も強いようだが、中和するには至らない。このアンバランスさが成り立つのは、貴様のその吸血鬼の体と、因子によって発達した異常性か。貴様の魔力には互換性がある」

「なんの話を……」

「いや、何。こちらの話だ。しかし……ふむ」


 何かをふと思いつき、黙り込む闇の神。そのマイペースさに、アリーヤはやりにくさを感じていた。


「うむ。ありかもしれんな。主神様はあの男の闇魔法を特に脅威と見ている。この世界とは違う魔法であり、神力に限りなく近い……『支配』の属性が強すぎるのだ。だからその闇魔法の世界の人間を……いや、これは話さなくてもよいか」


(本当にこいつは、なんの話をしてるのですか……?)


「とにかく、その進行中の計画が失敗してもいいよう、別の計画があってもよいだろう。今殺せればそれすらも必要ないが……備えは必要だ。女、貴様名前はなんと言う」

「アリー、です」


 咄嗟に偽名を出すアリーヤ。しかし闇の神は、くすりと笑った。


「アリーヤ、だな。聞き間違いかもしれんが」

「……いえ、合ってます」

「宜しい。さて、貴様は種族的にあの男の下僕にあるようだな」


 アリーヤは黙秘するが、闇の神は意に介さず続ける。


「その束縛、息苦しくはないかね? あの男を殺せば、自由になれるのだろう?」


 体が震える。声帯も。アリーヤは絞り出す。


「何を」

「我々と、手を組まないか。いや、何も主神様の支配下に下れとは言わん。我の今の姿が吸血鬼だからといって、貴様を従僕にすることもない」


 白いローブを被った浅黒い肌の男は、垂れ目を細め、アリーヤに手を差し出した。


「我々の隣人・・となれ、アリーヤ。共に高富士祈里を殺そうではないか」


 鼓動がはっきりと聞こえた。



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