らしくない第七話
さて、鑑定結果は以下の通り。
アンデル・グトゥレイレ
魔族 デビル(権限行使中)
HP 154060052/1785(強化中)
MP 496199739/2301(強化中)
STR 19083(強化中)
VIT 19611(強化中)
DEX 17012(強化中)
AGI 17809(強化中)
INT 1902(強化中)
加護
《魔王の加護》《司教枢機卿権限》《神託(大)》
称号
闇の神官 闇の司教枢機卿
女神様、鑑定がバグってます。フィードバックお願いします。
STRやらAGIやらはまあ良いとして……いやINT低っ。
とにかく、見るべき箇所はHPとMPだ。何で最大値オーバーしてんのさ。
まあ冷静に考えて、『権限』とやらの効力だろうな。俺が《狂化》の力を使っているときのように、各ステータス値の横に括弧書きで(強化中)の文字、ついでに種族の横に(権限行使中)の文字だ。こちらはシルフ、いやフルスに初めて会った時のステータスにあった(精霊憑依中)に近い。
《司教枢機卿権限》とやらを行使して、ステータスがバグる程跳ね上がってると考えるのが妥当。それでも最大値振り切ってるのは謎のままだが。
「高富士祈里はどこだ……」
「タカフジ……?」
「……誰だ?」
「に、日本人?」
キョロキョロと辺りを見渡す神官魔族。コミュ障勇者一行は困惑中。
俺の事は神官魔族の視界に入っているはずだが……俺が高富士祈里だとはわかっていないのか? そういや《変身》してたな。今の俺は金髪金目だ。
正直その名前をコミュ障勇者一行に知られたことも不味いんだ。その名前の人間は死んだことになってる。マッカード帝国に報告されるのは避けなければならない。
後でコミュ障勇者全員に催眠かけて、記憶処理しないと……めんどくせぇ。何がって、暗殺メイドを催眠する策を考えなきゃならないのがめんどくせぇ。
畜生面倒な事にしやがって魔族め。殴ってやろうか。
いや、しかしここで丁重に帰ってもらえば穏便に済む。後は穏便にコミュ障勇者一行を催眠して、穏便に記憶処理するだけだ。
神官魔族にはどこか預かり知らぬ所で穏便に死んでもらう。
逆にここで俺が高富士 祈里とコミュ障勇者一行にバレたら更に厄介なことになる。暗殺メイドがどこまで知らされているか分からないが、少なくとも俺が偽名を使っていたことはバレるわけだ。質問攻めに遭い、例えそれを上手く流しても警戒される。警戒されるということは催眠の難易度が上がることにつながる。
極めてめんどくさい。
つまり俺のすべきことは、俺が高富士祈里だと勇者一行にバレないように、この場をやり過ごすことだ。
とりあえず、横で息を切らして這いつくばってるアリーヤに指示を──
「グトゥレイレ様」
背後の森から突然の声。
千里眼を飛ばし、一瞬で後ろを確認する。
白いローブを着た男。魔族か人間かは不明。
浅黒い肌、彫りの深い顔、嘲笑うような垂れ目。
神官魔族の襲来も予想外だが、それ以上にこいつは予想外というか想定外というか驚愕というか異常というか。
こいつ《探知》に反応ないんだが。
しかし間近で見えているのに《探知》が反応しないという異常。
だれよあなた。
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HP縲?100000/100000
MP縲?8589042/10000000
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……だれよあなた。
女神様、鑑定が役に立ちません。
早急にアップデートお願いします。
ていうかなんぞこれ。今までこんな風にバグったこと無かったんだが……。
「幻滅」しても表示変わらないし。
俺が困惑している間にも、時はゆっくりと進む。
白ローブはゆっくりとした動作で、俺を指差す。
「そいつが──」
あ、バレてるわ。
俺が高富士祈里だってバレてるわ。
こいつが俺の場所を知っているから、神官魔族はここに襲撃できた、ということだろう。
コミュ障勇者達に視線を向ける。白ローブの声は聞こえたようだが、姿はまだ見つけられていないみたいだ。森に隠れているのである。
なら──
「魔族っ! 俺がタカフジイノリだ!」
叫ぶ。
神官魔族、白ローブ、コミュ障勇者達の目線が一気にこちらを向いた。
「『フォローしとけ』」
ギリギリ聞こえるだろう声量で、未だに肩で息を切らしているアリーヤに「命令」する。
地面に手と膝をつき、肌から汗が吹き出ている。しかし聞こえてはいたみたいで、呼吸による肩の揺れに合わせて、小さく頷いた。
「貴様が……」
神官魔族は俺を見た次に、白ローブの方を見た。白ローブが俺を指差したままであることに、確信を持ったらしい。
獲物を見つけたように笑う。
神官魔族がこちらに飛びかからんと膝をかがめる。
あちらよりも先に、俺が軽く後ろに飛んだ。
体感ゆっくりと景色が流れ、俺の体が森に呑み込まれる。
木の幹によりコミュ障勇者からの視線が切れた。
《隠密》スキルを使用。
俺の足が地面につく。
神官魔族が俺に向かって、全力で飛び掛かってくる。と同時に、俺もそれより速く後ろに全力で跳躍。
転身して、未だ俺がさっきまで居た場所を指さしている白ローブに飛び蹴りをかました。
顔面に俺の足がめり込む。そのまま白ローブは、糸の切れた操り人形のように回転しながら吹っ飛んでいく。
反撃も防御もしない?
木の幹をへし折りながら、なお飛んでいく白ローブを見つつ、俺は思考する。
白ローブの能力は未知。だがステータスのHPに当たるであろう箇所の数値は今ので減った。物理攻撃が効いている。
「透視」して白ローブの肉体構造を見る。特に怪しい場所はない。人間ではなさそうだが、恐らく魔族として普通の生命構造だ。
後ろから神官魔族が迫ってくる気配。「絶対目測」により距離10m。
早いな。ソニックブームも発生していなかったようだし、魔法で空気抵抗やらなんやらの影響を減らしているようだ。
飛び蹴りで二回目の跳躍の勢いを失い、両足が地面から離れた状態で、俺は今自由落下している。
このまま自由落下に任せたままだと後、約0.0075秒程で追いつかれる。着地する暇はない。
翼を展開してもいいがここは──
月明かりが差す。
距離は1m未満となった。
肉薄した神官魔族の大きい影が、俺の影と重なる。
その瞬間、やつの影を利用して影空間を展開。中から巨岩やら丸太やらを大量に取り出す。
《闇魔法》の「遠隔操作」で、巨岩や丸太を神官魔族の体の周囲にまとわりつかせる。
そしてさらっと《陣の魔眼》を使い白ローブの元まで転移。
影空間から八本ナイフを取り出し、投げながら飛び蹴り。
鳩尾を蹴り上げるように。
横隔膜が圧迫され、呼吸ができなくなっていることだろう。
同時にナイフを「遠隔操作」
白ローブの腕、脚のありとあらゆる腱を切断する。
ナイフの刃が駄目になったらしい。「遠隔操作」が効かなくなる。
ソニックブームを発生させながら、白ローブが再び吹っ飛ぶ。
こいつらに対して、一応俺のステータスはまさっている。多分。しかし2対1だとどう転がるかは分からない。
先手を取り、各個撃破する必要がある。白ローブはより未知数だ。こいつがいるだけでどう戦況が転がるかは予測不能。その振れ幅は時間経過とともに大きくなる。
だからこそ、白ローブを最速で倒す。こいつが手札を切る前に、あらゆる行動選択の余地を封じ、なにかする前に倒し切る。
防御も反撃も対抗策も、切り札を出す暇もなく。
ここでようやく、神官魔族が俺の出した巨岩や丸太を破壊し尽くしたらしい。
今度は想定より遅い。随分と手間取ったみたいだな。まさか強化されたステータスに慣れてないのか?
まあいいや、距離は取れたし、このまま引き離す。
「転移」
吹っ飛び中の白ローブの横に転移。アームロックして、腕を折る。
そのままスムーズに飛び蹴りに移行して、吹っ飛ばす。
「転移」
もう片方の腕を折って、再び飛び蹴りで吹っ飛ばす。
「転移」
足を折って、飛び蹴りで吹っ飛ばす。
「転移」
もう片方の足を折って、飛び蹴りで吹っ飛ばす。
この世界に来た当初は考えられなかった転移の使い方だ。贅沢である。
MPが大分増えたため、湯水のように使ってゆく。
とはいえ、連続で使える回数は50回程度、《狂化》しても150回だ。無限に使える訳ではない。
そして飛び蹴りというのは結構非効率だ。地面を踏みしめる訳ではないから、力を十全には伝えられない。なにより作用反作用が如く、蹴れば俺も逆方向に吹っ飛ばされる。
「転移」と《飛び蹴り》で誤魔化してはいるが、非効率なことに変わりはない。
距離は1km以上稼げた。時間も稼げたみたいだ。
神官魔族がここに来るまで十秒……充分過ぎる時間だ。
白ローブが大木に衝突し、止まる。俺は白ローブのすぐ上に「転移」した。
両の足で白ローブの胴体を挟み込み、がっちり固定。不思議な感触。肋骨やら骨盤やらが折れてるから、ガラクタの入った水袋のような感じだ。
まあ、どうせ原型がなくなるんだから、大きな問題じゃない。
──「狂化」
高富士 祈里
魔族 吸血鬼
HP 57690/78885(berserk)
MP 259191/310431(berserk)
STR 75018(berserk)
VIT 83550(berserk)
DEX 48453(berserk)
AGI 75866(berserk)
INT 94719(berserk)
全ステータスが三倍となる。デメリットが殆どないのだから、隙があれば《狂化》だ。
投げナイフには強度の限界がある。俺が保有しているアダマンタイトは限りがあり、そう易々とコーティングはできない。何よりアダマンタイトの硬度だって限界がある。
攻撃するのに武器が壊れてしまっては、効率が悪い。何より攻撃の最大値を叩き出せない。
先程も言ったように、《飛び蹴り》は非効率だ。今回のような高ステータス同士の戦いのとき、自分の体重が軽いこと、そして如何に即時、空中で動くことができるかが問題となる。
「ストーンバレット」は発動から着弾まで八分ほど時間を有する。この戦いにおいては無限にも等しい時間だ。
では今この状況において、最も効率のいい、最高のDPSを叩き出せる攻撃手段とは何か。
拳だ。
俺は足で白ローブの体を抑えつけたまま、右拳を握り、鼻っ柱に全力で叩き込む。
バキベキと蝶形骨やら鼻骨やら頬骨やら上顎骨にヒビが入り、砕ける感触が伝わる。折れる音が空気を伝って耳に届くその前に、左拳を叩き込んだ。
マウントをとって相手の体を抑え付け、ひたすらに殴る。
脳筋のようだが、これが一万超えの高ステータス同士での戦いだ。俺と同じステータスをもつ奴を仮想敵としたとき、この結論に辿り着いた。
俺の拳は素でも1.5t、《狂化》を使用した状態だと4.5tもの力がある。これを一秒間に7600発のペースで連打してゆく。
顔面に喉、腹から鳩尾、右肋骨左肋骨、首、鎖骨、眼球の先の頭蓋、気道と脊髄を纏めて、肝臓脾臓腎臓膵臓、気管支肺胞、そして心臓へ。
皮膚の上のローブの上から、骨ごとへし折り念入りに内臓を潰してゆく。魔族だからか見知らぬ器官もあるが、気にしない。潰す。
ローブこそ形を保っているが、中はミンチだ。やがて皮膚が破け、血液やらリンパ液やら排泄物やら筋組織やら骨片やらが、至るところから漏れ始めた。
繝ャ繝翫?繝ォ繝医ぇ繧ケ
逾槭??髣??逾
HP縲?12815/100000
MP縲?55735/10000000
STR縲?10000
VIT縲?10000
DEX縲?10000
AGI縲?10000
INT縲?10000
HPと見られる数値はゴリゴリと削れていく。見たところ再生能力もない。あるいは再生速度が遅い。このまま行けば確実に殺しきれる。
しかしこれだけ体が滅茶苦茶になっても死なないとは、再生能力は低いが、恐ろしい生命力だ。これがHP100000超えか。いやこの世界には本来ステータスが存在しないから、この生命力をHPとして数値化したときの値ってだけだが。
しかし魔族ってのがどいつもこいつもこんなにタフなら、もっと何か確実に敵を殺しきれる攻撃手段を考えないと──
「痛イナ……」
突然白ローブが呟いた。口の動きと同時に声が聞こえたんだが、音速超えてないか。念話か何かでも使ったのか。
今まで散々殴られても悲鳴をあげなかった白ローブが、初めて上げた愚痴のような文句のような声。最初に聞いたときと声色違わないか?
白ローブの整った顔が崩れていく。
何だ。なんの兆候だ。
攻撃の手を止めずに眉をひそめる。
これ変身とかするやつだろうか。最終形態とか言って。
それならその前にトドメを刺さなければ。
──待て。
なんでこいつのMP、こんなに減ってんだ?
いつの間にか白ローブの右手に、白い珠が握られていた。
実在する物質とは思えない。ひたすらに真っ白であるが、輝いたり光ったりはしていない。
まるでそこの空間だけ削られたみたいな、バグのような白。
あれはやばい。
まずこれも《探知》に引っかからない。
だが俺の本能が、あれはやばいと警報を鳴らす。
対策をしようにもあれがなんなのか分からない。鑑定する暇はない。影空間を使って封印するか。
突然の生体反応。
すぐ後ろに神官魔族が迫っていた。
早すぎる。
転移か。
両足で挟んでいた物がなくなった。
視線を下ろす。
白ローブがいない。
千里眼で探る。
27m離れた地点に発見。
あいつも転移かよ。
奴は右手には何も持っていない。
俺のすぐ横に白珠が残っていた。
その白珠が、大きく、なっていく。
逃げなければ。
神官魔族が俺を掴む。
力づくで振り解ける。だが間に合わない。
大きくなっていく球状の白い空間に、俺と神官魔族は取り込まれた。
視界が真っ白になった。
《空間展開権の発動を確認しました》
《時間展開権の発動を確認しました》
《67927727_92578366世界から67927727_92578366_θ世界に移動しました》
《DBWsに接続中》
《接続に失敗しました。直近のデータと同期します》
《同期に成功しました。世界コードの認証を開始します》
《世界コード:67927727_92578366_θの認証に失敗しました。DBWsに登録されていない世界です》
《空間展開権及び時間展開権の認証に失敗しました。DBWsに登録されていない権限です》
《固有スキル《転魂の女神の加護》が発動します。なおこのスキルはステータス上で完全に秘匿されます》
《スキル暴発の危険性があるため、《転魂の女神の加護》以外の全スキルを強制停止します》
《《転魂の女神の加護》の「緊急適応プログラム」を開始します》
《《転魂の女神の加護》の「緊急接続プログラム」を開始します》
《《成長度向上》の適応に成功しました》
《《獲得経験値10倍》の適応に失敗しました》
《《必要経験値四半》の適応に成功しました》
《《視の魔眼》の適応に成功しました》
《《転魂の女神の加護》の「緊急接続プログラム」に失敗しました》
《《陣の魔眼》の適応に失敗しました》
《《太陽神の嫌悪》の適応に失敗しました》
《《吸血》の適応に失敗しました》
《《子爵級権限》の適応に失敗しました》
《《スキル強奪》の適応に失敗しました》
《《闇魔法・真》の適応に失敗しました》
《《転魂の女神の加護》の「緊急情報取得プログラム」を開始します》
《《武器錬成》の適応に失敗しました》
《メモリー不足です。《転魂の女神の加護》の「緊急情報取得プログラム」を「緊急適応プログラム」が終了するまで保留します》
《《探知》の適応に失敗しました》
《《レベルアップ》の適応に成功しました》
《《スキル習得》の適応に成功しました》
《《王たる器》の適応に失敗しました》
《《武術・極》の適応に成功しました》
《《剣術 Lv.9》の適応に成功しました》
《《隠密術 Lv.10》の適応に失敗しました》
《《投擲術 Lv.10》の適応に成功しました》
《《短剣術Lv.10》の適応に成功しました》
《《飛び蹴り Lv.10》の適応に成功しました》
《《詐術 Lv.9》の適応に失敗しました》
《《罠解除 Lv.6》の適応に失敗しました》
《《飛行 Lv.8》の適応に成功しました》
《《罠設置 Lv.9》の適応に失敗しました》
・
・
・
・
「はぁ……はぁ……」
「あ、アリーさん、一体何が……」
地面に四肢を付き、息を切らすアリー。
新井 善太が、心配した様子で声をかける。
「善太様、あまり彼女に近づかないよう」
近付こうとした善太を、メイが制止する。
彼女には、闇の網のようなバリアが見えていた。そして魔法陣の内容こそ分からなかったが、アリーが魔法陣を発動していた以上、あれがアリーの魔法であるのは明らかであった。
人間において、闇魔法とは無条件で警戒と侮蔑の対象なのだ。
「メイ……アリーさんは僕達を守ってくれたんだ。そこは変わりないでしょ?」
「はい……」
善太の意見も一理あった。過程がどうであれ、彼等がアリーに守られたのは変わりがない。
何より、彼等には情報が不足していた。
タカフジイノリという名前、キリの突然の奇行、魔族の目的。何一つとして分からないのである。
やがて、アリーヤが息を整え始めた。
それを見つつ、警戒を解かないメイは内心で疑問を抱く。
(魔力切れにしては息切れが長い……)
魔法使いにや魔動具使用者にとって、魔力切れはそう珍しいことではない。初体験の魔力切れこそ吐くほどきついが、徐々に訓練で慣らしていくのがマッカード帝国での常識であった。
(訓練を受けてこなかったのか……滅多に魔力切れを起こさないほど魔力に恵まれていたのか……或いは本当に限界の限界まで絞り尽くしたのか……)
一般的な魔力切れも、完全に魔力がゼロになる訳ではない。ほんの僅かだが残るのだ。しかしそれを絞り尽くした場合、生命的な危機に陥ることもある危険な行為である。
(あるいは魔力切れの
「──あのバカ……」
息の落ち着いたアリーヤが、あらゆる感情を吐き出すようにつぶやいた。
「なんでこういう場面に限って、囮になろうとするんですか……」
そのアリーヤの迫真の演技で、メイはハッとする。
キリの奇行。その理由。
分かっていない様子の善太が、素直に聞く。
「あのバカって、キリのこと? 森に飛び込んでいったけど……」
「魔族を騙して、自分を狙わせるよう仕向けたんですよ。貴方達を助けるためにね! 本当に
そう、キリはタカフジイノリなど知らなかったのだ。知らないまま、そう名乗ったのである。
とりあえず勇者達の中ではそうなった。
「私……あのバカを追います」
「……魔力が切れているのでしょう? 危険では?」
メイの問いに、眉間をわずかに歪めながらアリーは答えた。
「それでも、バカ一人よりはマシです。みなさんはここでセバスチャンさんと一緒にいてください!」
言うやいなや、アリーヤは森に向かって走り出した。
「アリーさん!」
「善太様。行ってはなりません」
「でも!」
「危険です」
メイは森を見る。おそらく魔族による物である、破壊の跡があった。木々がへし折れ、地面がえぐれて出来た
アリーには悪いが、メイは正直キリが生きて帰ってこれるとは思っていなかった。
そしてまた、メイがどうにか出来る範疇超えている。それがあの魔族の力量に対する彼女の評価であった。
「何より、この任務はセバスチャン様の護衛依頼です。彼の安全を優先してください」
「……分かった」
既に祈里の催眠下にある善太は、素直に引いた。
(らしくない……本当に
祈里の破壊によってできた道を、アリーヤは全力で走る。
(何が「フォローしとけ」ですか! 「命令」、効いてないじゃないですか!)
最初の二つの命令と違い、祈里の最後に出した命令は、アリーヤに効果が無かったのである。原因は定かではないが、前二つの命令に比べ、「フォロー」の内容に具体性が足りなかったのではないか。そうアリーヤは考えていた。
勿論それを祈里に言う余裕もなく、とにかく頷くしかなかったのだ。
そのせいで、先程アリーヤは即興でフォローのしかたを考え、演技する必要に迫られたのである。
(あーもう、心臓バクバクでしたよ! メイさんにバレてませんよね!?)
アリーヤが長く息を切らしていた理由は二つだ。
一つは、本当に魔力切れだったため。背後の森から聞こえてくる、恐らく祈里の攻撃による爆音を、なけなしの魔力で抑える必要があったのだ。今彼女が気丈に振る舞い全力で走れているのは、吸血鬼という種族の生命力のお陰である。
二つは、策を考えていたためだ。祈里の行動の意図を読み取り、勇者たちの注意を上手く反らす策だ。
結果としてはただ普通に嘘をついただけであったが、咄嗟の演技にしてはよくやった方だと、アリーヤは自分で自分を褒めた。
なお、この演技力が最近の祈里を彷彿させることに、少し愕然としてもいる。
(それもこれも、祈里の
能力としては知っていたが、祈里がアリーヤに対して「命令」したのは今日が初めてであったのだ。
だからこそ、らしくない。慎重であり、常にスキルや能力の把握を怠らない祈里らしくないのだ。
(いや、……とにかく、追いついたら祈里を殴るか文句言いましょう)
祈里の心配は欠片もしていないアリーヤであった。
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