厨二病全開の第六話



「今宵は月が綺麗だな……」


 雄一、改め六道院 恒人が、目を瞑りながらつぶやく。


「見えずとも、透き通る闇の龍脈は手に取るようにわかる。運が悪いな魍魎共。今宵の私は一味違うぞ」


 誰に向けてともなく宣言する恒人。光は唖然としながら、全く状況についていけていない。だが恒人はそんなことを意に介すことはしない。彼は自身の行動について、一抹の不安や疑念を抱くことはしないのだ。いたずらに自らを誇示することはないが、彼は自身が完璧であるという自負がある。

 彼はどこからともなく御札を取り出した。一般的な白い紙ではなく、ひたすらに黒い札だ。


「『六道院流陰術ノ拾伍りくどういんりゅうおんじつのじゅうご滅邪闇魔漆黒焔めつじゃあんましっこくえん』」


 恒人の紡いだ言葉とともに、闇という闇が札に集まる。まるで夜空が落ちてきたかのような膨大で澄んだ闇は、やがて漆黒に燃え盛る炎と化した。


「征け」


 恒人が腕を振るうと、闇の炎は意志を持っているかのように、前方へと広がっていった。

 初めに、今まで相対していた騎士が、その漆黒焔に焼かれた。何かが焼ける音とともに、騎士が頭を抱えながら呻き出す。


「こ、殺すの!?」

「否。私を信じ給え光」


 炎は只管に大きくなり、やがて戦場を敵味方関係なく、全て包み込む。クリプにより操られていた者達は、皆一様に頭を抑え悲鳴を上げるが、それと戦っていた兵士や騎士は唖然とするばかりだ。叫ぶことはなく、熱さに痛がる様子もない。

 痛がっている様子の者達も、頭を抑えるだけで火傷などの外傷は見当たらなかった。


「あれは……」

「私の焔は、魔と邪のみを、私の闇によって焼き払い、打ち消す。陰陽術より幾らか強引なため痛みを伴うが、人間である以上、肉体的な損傷は起こり得ない。魔によって洗脳された場合、その洗脳元の魔の闇のみを攻撃するのだ」


 要は洗脳のために仕込まれたクリプの魔力のみが燃えているわけだ。

 燃え盛る炎はさらに延焼し、クリプの魔物達にまでその驚異は至った。肉体的損傷が無かった人間と違い、魔物は恐ろしいまでの勢いで身体を燃やされ始めた。その断末魔の合唱が、戦場を越えた彼らの元にまで届く。


「奴等は闇によって身体を構成しているようだな。魔か邪かは分からぬが、その根源たる闇を焼いているのだから関係ない。これが火や水にできぬ事よ。火は魔を燃やし水は邪を清めるが、逆は適わぬからな」


 何やらひとりでに解説しているが、光は圧倒的な景色に驚愕するばかりで、その話は殆ど耳に入っていなかった。

 戦場ごと燃やしていたかのような炎は、遂に燃料が尽きたように勢いを衰えさせ、消えた。

 辺り一帯の魔物は焼け死に、膝を付きながらも正気を取り戻したような様子の人間がちらほらと居る。彼等は非常に疲労困憊とした状態でありながら、状況を把握しようと左右を見渡していた。


「ふむ……やはり範囲は足りなかったか」


 遠方を見つめながら、恒人は顎に手を当て呻る。滅邪闇魔漆黒焔は全ての魔物を倒したわけではなかった。焔の及ぶ範囲の外には、焔を警戒し攻めては来ないものの、魔物がまだ半分以上残っていたのである。

 恒人は懐から、今度は巻物を2つ取り出した。彼が巻物を投げると、それらはひとりでに紐が解け、開かれていく。


「我が召喚に応ぜよ。姫鬼きき觀躑躅みつじ』、精霊君せいれいくん華瑞紀はなみずき』」


 彼の呼びかけと共に、それぞれの巻物が淡く光りだす。文字によって描かれた陣の中から、片方は血のような赤い液体が、もう片方からは墨のような黒い液体が溢れた。


「な、何これ……?」

「まあ見ていろ」


二色の液体はやがて女性の形となる。


「おう、大将。久しぶりじゃねぇか。もうおっ死んでるかと思ってたぜ」


 姫鬼「觀躑躅」は、和装の赤い髪を後ろで一つに結んだ女性だ。紅色の袴を履いており、白い羽織にはツツジの花が刺繍されている。腰には太刀と脇差がくくりつけられていた。肌は少し日に焼けており、額には黒く細い角が二本あった。


「相変わらず口が悪いわね鬼。主様、ご無沙汰しております。相変わらず麗しくあられる」


 精霊君「華瑞紀」は觀躑躅とは対象的に、生気が無いほどの白い肌をしている。瞳、ストレートに長い髪、着物に至るまで、全てが光が沈むほど黒かった。手には扇子を持っているが、骨こそ黒いものの、これだけが白い和紙で出来ていて、ハナミズキの水墨画が描かれていた。


「お前みたいに猫被ってないだけだ。さて大将、呼ばれたからには敵が居るんだろう? この世界が何なのか知らねぇが、殺れと命ぜられれば殺るのがあたしだ」

「主様、私は此処が何処で有ろうが変わりませぬ。主様の為に癒やし、主様の為に働きましょう。何なりと御命令を」


 笑みを浮かべながら殺気を漂わせる觀躑躅と、眼を閉じ恭しく頭を下げる華瑞紀。光は二人に怯えてか、その小さい体を恒人の身体で隠すように、後ろに回った。


「觀躑躅。お前は勘に優れ、腕が立つ。前線に立ち、一騎当千の守護者となれ。味方の誰も傷つくことが無いように」

「大将、それは……」

「華瑞紀。お前は頭がいい。場を指揮し、精霊を遣い救護、お前自身はここに残り、闇を払え」

「大将、待ってくれ」


 觀躑躅が恒人に待ったをかける。それに対し、華瑞紀は眉をひそめた。


「主様の言葉を遮るなど、無礼にも程があります」

「だが……」

「疑問は分かります」


 彼女達は式神だ。この世界に顕現できるのは五分程度である。故に誰かを殺す、誰かを癒やすという命令を叶えることは可能だが、長期的な命令となると、途中で異界に帰還することになってしまうのだ。

 恒人も彼女達の懸念は察しがついた。だが二人の疑問に答えることはなく、黙って懐から二枚の札を取り出した。今度は血のような赤い札だ。


「我が式神よ、我が魂魄を2つに分かち、力を受け入れよ」

「大将!?」「主様……!」

「『六道院流りくどういんりゅう陰術外道ノ三おんじつげどうのさん式神式しきがみしき一心異体いっしんいたい』」


 恒人は二人の額に札を貼り付けた。札は溶けるように彼女達の額に吸い込まれていく。


「一心異体……!?」

「しかも同時に二体だなんて、それでは主様が!」

「分かっている。しかし私も此の世界においては、顕現できるのは十分程なのだ。しかし我が全霊力をお前達に分けた。一日は持つはずだ。私は数日間、眠る事になるがな……」


 一心異体は本来、一体の式神にのみ使うものだ。他の式神を召喚できなくなるほどの霊力を使う。それを二体同時に対して使いもすれば、当然霊力は空となる。そうなれば、霊力を回復し意識を取り戻すまで、数日はかかるのだ。

 恒人の足がふらつき、意識に霞がかかっていく。

 異変に気づいた光が、彼の体を支える。


「觀躑躅、華瑞紀、光や皆を、頼んだぞ……」


 その言葉を最後に、恒人の意識が落ちる。弛緩した体を、光は小さな体で受け止めた。

 恒人の服が、和服から魔動鎧に戻っていく。


「雄一……」

「光様、主様をこちらに。『精霊召喚』」


 華瑞紀の呼びかけにより、彼女の支配下にある精霊が喚び出された。彼等は雄一の体を包み、負傷者用のベッドへと運んでいく。


「えっと……」


 状況についていけず、何をすべきか分からない光に、觀躑躅が近づいていった。


「まさか大将に女ができていたとはね……」

「お、女……!? そんなんじゃ……」

「いや、大切にする人間が出来たってのが驚きなんだよ。何せ、一般人とも陰陽師と違うがために、昼も夜も孤独だったからな」

「……雄一くんは、地球でもこんなことを?」

「そうさ」


 六道院 恒人の存在、式神の二人の発言は、全て彼の創作ノートに雄一自身によって書かれた虚構の設定である。フィクションなのだ。例え元の世界でこんな話をされても、人々に鼻で笑われるだけだろう。

 しかし、なまじ異世界転移などというファンタジー現象に、現実として巻き込まれてしまった光は、素直に信じてしまう。


(私、雄一くんのこと全然知らなかったんだな……陰陽師? だったなんて……)


 不幸な事故であった。











「……ホント……しつこいわね……」


 クリプは苦虫を噛み潰したような表情で、そう言った。

 目の前には、依然として刀を構え、クリプを真っ直ぐに睨みつけている伊達 正義がいた。その体に傷はなく、返り血すら浴びていない。汗こそかいているものの、その顔と呼吸に披露の色は見えない。

 クリプが彼と出会ったときと、全く同じ様子であった。


「同意見だぜ」


 正義も吐き捨てるように答える。

 彼を囲む魔物、操られた騎士の数は、最初と殆ど変わらない。騎士が二人ほど少なくなっただけである。正義は当初、騎士達の手足を切り落とし、行動不能にしようとしていた。事実二人は、そのようにして動きを止めた。重要組織の隙間に刀を差し入れ、摩擦熱によって血管を塞ぐことで、手足を切り落としながらも失血死させないように行動不能に出来る。

 しかしそこで、クリプが彼らに「行動不能となったら自死する」よう命令したのだ。クリプの洗脳は非常に深く、彼らの呼吸を彼ら自身に止めさせることも出来る。故に伊達 正義としては、有効な手が打てない。

 それはクリプも同じであった。戦線は絶妙なバランスを持って拮抗し続けている。この騎士の人数、魔物の数が、信じがたい事だが伊達 正義を抑え込む最低ラインなのだ。騎士を人質に取ろうにも、その次の瞬間には自分の首が正義の聖剣によってはねられている可能性がある。


 始めの接敵から、幾程時間が経過したのか、クリプには判別つかなかった。少しでも油断すれば、ともすれば負ける。余計な思考をする暇は無かったのである。


 ふと、クリプは空が少し明るくなっていることに気づく。月明かりの類ではない。あるいは魔法の光、という規模でもない。


「朝……?」


 朝日は昇らずとも、既に空が白け始めていた。伊達との戦闘を始めたのがちょうど日の入りの時刻であったから、およそ十時間戦っていた事になる。

 体感、多くとも四時間ほどしか経過していないと考えていた彼女は、驚嘆せざるを得なかった。

 空が明るくなったことにより、山影が明瞭に確認できる。クリプはあたりを見渡し、またも驚愕した。日の入りの時と場所が大きく変わっていたのである。


(いつの間にか移動し続けていたの……? 一体ここは……)


 自分の位置を支配下の魔物を通じて知ろうとしたクリプは、ある事実に気がついた。自身の後ろの魔物の数が、妙に少なかったのだ。


「まさか……」


 クリプは後ろを振り向いた。そこには砦があった。公国軍が拠点としていた砦だ。


(こんな位置まで移動していたの!?)


 伊達正義を人間達から隔離していたからこそ、彼を相手に有利に立ち回れていたのだ。だがこの瞬間、クリプは伊達正義と公国軍に挟み撃ちにされる形となったのだ。

 伊達も砦を見て、不敵に笑う。


「お前、ここまで考えていたのね? 食えない奴!」


 フラストレーションを吐き出すように、クリプがヒステリックに叫ぶ。伊達は笑みを崩さないまま、何の気もなく答えた。


「いや? 偶然だぜ」

「は……?」

「だがよ。これは決着が早まったってだけの事だ。元々俺は、魔物を少しずつ減らして全滅させる作戦だったんだよ。どちらにせよ、お前が負けるのは確定していたんだ」

「お前、何を言っている……?」


 理解の範疇に無い彼の作戦に、クリプは彼を見ながら怒りも忘れて呆けた。


 次の瞬間、衝撃音と共に、クリプの背後にある魔物の一団が、空中に大きく吹っ飛んだ。司会を覆うように辺りを埋め尽くしていた魔物の一角が途切れ、砦までの道が開ける。

 開けた空間に立っていたのは、赤髪で和装の女性。姫鬼「觀躑躅」である。


「おう。お前が親玉か? それとそっちの男が伊達正義か。良い刀持ってるじゃねぇか」

「……な、誰よあんた!」


 額の角を見るに魔族の容姿のそれであるが、クリプはこんな魔族を知らない。何よりも目の前の鬼からは、同胞の匂いがしなかった。


「俺が伊達だ。で、お前はなんだよ」

「あたしは大将……雄一様の式神さ」

「そうかよ……あいつの加護か。やってくれるじゃねぇか」


「無視してんじゃないわよ!!」


 クリプが叫ぶと共に、彼女の支配下にある魔物や騎士に指令を出そうとする。


「「うるせぇ」」


 だが次の瞬間、伊達正義と觀躑躅が、クリプも反応しきれない速度で地を蹴った。

 右と左、左右から刀で切り込まれたクリプの体は、丁度腹の位置で上下に真っ二つに別れた。


「いぎっ……」


 何が起こったか分からないまま、クリプの上体は地面に落ちる。断面から腸がごぼれ、体液が地面に滲みていく。

 そんなクリプに見向きもせず、伊達と觀躑躅は刀を収めた。


「ほう。良い腕じゃねぇか。刀の質もあるが、それ以上に技が熟れている」

「そら俺の台詞だぜ。で、あいつらはどうしてる?」

「大将達のことか? それなら……」


「人間風情がァァァ!!」


 クリプの怨嗟の絶叫が響いた。しぶといな、と二人が面倒そうにとどめを刺そうと刀に手をかける。

 しかし二人にとって予想外のことが起きた。彼女の肩から突然翼が生え、上体のみが宙に飛び立ったのだ。


「クソっ!」


 伊達が飛びかかろうとするが、すでにクリプは届かないほど上空に居た。

 断面を見れば、下半身は無く腸が顕になっているものの、血は溢れておらず、穴だらけの膜のようなものが張っていた。

 先程までクリプが横たわっていた場所には、ガラスと思しきものの小さな破片が一欠片だけ落ちていた。


「何か、回復薬のようなものでも奥歯に仕込んでおったか。おい、あいつは飛べたのか!」

「いや、あいつ、隠してやがったな……?」


「この場は逃げてやるわよ!! でも私の報告を受けた魔王様が、あんたらを無事に生かしておくと思わないことね!」


 クリプは高らかに笑いながら、コウモリのような大きな翼をはばたかせ、飛び去ろうとした。


「そうは行かへん」


 突如聞こえた声。そして次の瞬間、クリプの羽根から力が抜けた。


「へ?」


 間抜けな声を上げながら、クリプは地面に激突する。彼女の翼は、根本の部分で折れていた。さらによく観察すれば、何か細いものに刺されたような傷が残っている。


「ぁ……な、何が……」


 クリプが土まみれの顔を上げると、少し距離を置いた所に一人の男が立っていた。糸目の男、金城 啓斗だ。

 その姿を視認した直後、ドンと大きな音が響いた。


「ふむ……確かに魔族だな」


 その音は、一人の巨漢がクリプの後ろに着地したものだった。松井 健吾である。


「拷問して情報を吐かせる手もあるが……」

「ないなそれは。さっきのしぶとさ見てみぃ。それに人も魔物も操れる。ここでさっさと殺しといたほうが無難やな」

「だな」


「誰を殺すですって!?」


 クリプが激昂する。彼女は近くにいた方の男、つまり松井へ、魔物と騎士を襲わせた。馬鹿なことに、松井は鎧を身に着けていなかった。魔物の爪と騎士の剣が、容赦なく彼の体を攻撃する。


「馬鹿ね! かすり傷でも付けられれば私の勝ちよ! アハハハ……ハ……?」


 クリプの勝ち誇った笑いが止まり、その目が見開かれる。確かに切りつけられたはずだが、彼の体にはかすり傷の一つもついていなかったのだ。


「この程度で我を傷つけられると思うな」


 鬱陶しそうに魔物と騎士の剣をどかし、クリプに近づく松井。


「い、イヤァァア」

「失せろ」


 渾身の拳が振り下ろされる。魔族としてそこまで身体が硬くないクリプでは、それを受け止めるのは不可能であった。風穴どころの騒ぎではなく、爆発音を立てながら、周囲に肉片と赤い血を撒き散らすのみ。筋肉、内蔵組織としてもはや再生の見込みのないそれらは、傍目に見てもクリプの復活が不可能であると判断できるほどだ。

 クリプが死亡した瞬間、魔物への支配が消える。同時に支配されていた騎士も解放された。


「お前らは……」

「ん、君が伊達君かな? 始めまして、やな」


 伊達正義の誰何に、啓斗は何気ない様子で、片手を上げて答えた。


「ホントはここで自己紹介とかしたいんやけど、残念ながらその余裕がない」


 そう言いつつ、彼は石のような何かを取り出した。結晶のようなもので、魔法陣が刻まれており、中心から大きく砕けていた。


「ライジングサン王国元領土で、今さっき魔族の襲撃があったらしい。松井、空、いくで」


 彼の言葉に、拳を血に濡らした松井と、いつの間にか啓斗の側に立っていた空は、真剣な面持ちで頷いた。









「うぇ〜い」

「やあああああめええええええひゃぁぁあああああ」


 こんばんは、祈里です。

 現在シルフを手に掴んで意味もなく《性技》の力を行使中。

 彼女の目からは涙が飛び、口からは言語化できない悲鳴が漏れる。

 テントにはアリーヤの魔法がかかっており、外に音が漏れないようになっている。


「……何やってるのか、いい加減聞いてもいいですか? 祈里」


 呆れと困惑と諦念が混ざった表情で、アリーヤが聞いてきた。


「シルフで遊んでる」

「見たまま形容されても困ります……」

「しかしそれ以外に説明のしようかない」

「じゃあ質問を変えます。何故遊んでいるのですか?」

「暇だから」

「えぇ……」


 アリーヤの顔が100%困惑で染まった。

 しかししょうがないのである。本当に暇なのだから。


 俺は先日まで、夜はコミュ障勇者を催眠するための策を練りつつ、弾丸を飛ばして魔物を狩ってレベル上げをしつつ、コミュ障勇者や暗殺メイド達の動きを警戒し続けるというマルチタスクを行っていた。

 しかし、コミュ障勇者はもう催眠してしまったのだ。レベル上げは継続しているが、暗殺メイド達の動きを上手く誘導するよう、コミュ障勇者の行動に精神干渉魔法を通じて刷り込んである。

 INTが人外レベルに到達している俺のマルチタスクは、レベル上げ程度片手間なのだ。

 その上吸血鬼は夜は眠れない。昼は馬車の中である程度睡眠を取っているため睡眠不足でもない。武器の手入れと点検はもうやり過ぎた程だ。


 暇の極みだ。

 その辺にあった手頃なもので遊んでもしょうがないのだ。


「いや、暇だからシルフで遊ぶ、という結論が飛躍しすぎです」


 懇切丁寧にアリーヤに暇の理由を説明したところ、帰ってきた文言がこれであった。


「いや、弄りたくなるだろ」

「理解し難いです。なにより、暇になるたびにそんな目に合わされては、流石にシルフがかわいそうです」

「そうかぁ……?」


 いや、確かに言われてみればそうかも知れない。

 暇つぶしなんていくらでもあるではないか。かつて俺がいた世界でも、偉大なる文明の利器をもって数ある暇つぶしが生み出されてきた。

 何もシルフの左右のアレを弾き続ける事だけが暇つぶしとは限らない。


 俺はシルフを持った手を止めた。


「ハァ……ハァ……も、もう気は済んだのかしら……イノリィィィイ!?」


 羽を掴んでクルクル。

 《性技》とはまた違った趣がある。


「ち、千切れる千切れるぅぅぅ!」

「い、祈里! それは遊ぶとか弄るとかの領域を超えて虐待です!」

「虐待て。コイツは別にペットでもなんでも無いのだが?」


 あえて表現するなら玩具おもちゃ


「えーっと、じゃなくて、そうです! 勇者、新井善太から得られた情報って何なんですか!?」


 悲鳴を上げるシルフ。必死に俺の腕を止めようとしつつ、露骨に話題を転換しようとしてくるアリーヤ。

 あ〜、うん。もういいかな。飽きた。

 クルクルしてるシルフを途中で手放す。シルフは慣性でテントの幕に飛んでいった。

 アリーヤがほっと息をつく。


「そうだな……、色々ある情報の中でも一番重要なのは、金城 啓斗とかいう勇者の加護だな。『カウント』というらしい」

「『カウント』、ですか。私の記憶にはない加護ですね。規格外の加護でしょうか」

「思っきり規格外だな。ランクも性能も。どうやら一秒を十秒に引き伸ばせるらしい。本人の時間だけな。要は一秒間だけ、十倍速で動けるってことだ」

「時間……空間ならともかく、時間に干渉する能力というのは初めてです。……しかし、あまり祈里にとっては問題ではないのでは?」

「ああ、まあ勇者の身体能力といっても1000程度だ。コミュ障勇者によると金城啓斗は勇者の中では身体能力が高いというほどでは無いらしいから、『カウント』を使われても俺のほうがかなり速いだろう」


 例え金城啓斗が龍斗以上の身体能力を隠し持っていようと、今の俺よりも遅いのだ。伊達に昼夜レベル上げに没頭していたわけではない。



高富士 祈理

魔族 吸血鬼(子爵級)

Lv.28

HP 19230/26295(+4000+7065)

MP 98971/103477(+40000+4506)

STR 25006(+4000+8232)

VIT 27850(+4000+5183)

DEX 16151(+4000+5321)

AGI 25282(+6000+7810)

INT 31573(+12000+4878)


固有スキル

《成長度向上》《獲得経験値10倍》《必要経験値四半》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《子爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》《王たる器》《武術・極》


一般スキル

《剣術 Lv.9》《隠密術 Lv.10》《投擲術 Lv.10》《短剣術Lv.10》《飛び蹴り Lv.10》《詐術 Lv.9》《罠解除 Lv.6》《飛行 Lv.8》《罠設置 Lv.9》《噛みつき Lv.10》《跳躍 Lv.10》《回避 Lv.9》《姿勢制御 Lv.9》《糸術 Lv.10》《弓術 Lv.4》《杖術 Lv.3》《拳術 Lv.5》《棍術 Lv.3》《盾術 Lv.5》《刀術 Lv.4》《槍術 Lv.5》《射撃 Lv.10》《火魔法 Lv.1》《水魔法 Lv.1》《風魔法 Lv.1》《土魔法 Lv.1》《光魔法 Lv.1》《闇魔法 Lv.1》《魔力操作 Lv.2》《鎧術 Lv.3》《歩法 Lv.4》《暗殺術 Lv.10》《暗器術 Lv.6》《料理 Lv.4》《掃除 Lv.4》《洗濯 Lv.3》《運搬 Lv.4》《裁縫 Lv.4》《奉仕 Lv.3》《商売 Lv.4》《暗算 Lv.8》《暗記 Lv.8》《介抱 Lv.3》《策謀 Lv.8》《達筆 Lv.3》《速筆 Lv.3》《農耕 Lv.3》《並列思考 Lv.10》《速読 Lv.3》《手品 Lv.3》《酒乱 Lv.5》《性技 Lv.8》《思考加速 Lv.10》《空間把握 Lv.10》《宴会芸 Lv.3》《ペン回し Lv.3》《ボードゲーム Lv.3》《賭事 Lv.3》《強運 Lv.5》《凶運 Lv.5》《女難の相 Lv.4》《絵画 Lv.3》《演奏 Lv.3》《建築 Lv.6》《歌唱 Lv.3》《ダンス Lv.5》《宮廷儀礼 Lv.3》《ポーカーフェイス Lv.7》《反復横飛び Lv.4》《縮地 Lv.5》《早撃ち Lv.10》《二刀流 Lv.5》《緊縛 Lv.6》《ナンパ Lv.5》《ウィンク Lv.3》《作り笑い Lv.5》《我慢 Lv.4》《恐怖耐性 Lv.3》《痛覚遮断 Lv.8》《毒耐性 Lv.8》《魅了耐性 Lv.5》《熱耐性 Lv.4》《物理耐性 Lv.5》《寒耐性 Lv.4》《行動予測 Lv.5》《見切り Lv.5》《変身 Lv.2》《狂化 Lv.10》《地脈予測 Lv.3》《脅迫 Lv.2》《瞑想 Lv.1》


称号


魂強者 巻き込まれた者 大根役者 ジャイアントキリング クズの中のクズ スキルホルダー 殺戮者 殲滅者 無慈悲 無敵 進化する者 天災 道化師



 Lv.15超えた後のステータスの跳ね上がり方が尋常じゃない。多分あと一回爵位上がったら、あのおっさん魔王に肉薄するぞ……


「ただ気掛かりなのは、コミュ障勇者から出たもう一つの重要な情報だな。『オーバー・ボックス』……要は加護の覚醒だ」


 これは本来勇者達には秘密の話らしい。コミュ障勇者は自分の加護の発現のため旅に出たのだが、その加護の名前が『ヒキニート』、発現したところで大した加護じゃないと、あいつは落ち込んでいたらしい。そこで暗殺メイドが彼にポロッと溢したのだとか。

 暗殺メイド、随分と入れ込んでるな。


「例えばそれで、十倍以上に時を加速させられるなら、厄介だ。俺が手を付けられないくらい速くなるかも知れない。金城啓斗がどんな聖剣を持っているか分からない以上、うかつに手出しは出来ない」


 『オーバー・ボックス』を行う前に芽を摘んでおくというやり方もある。先手必勝だな。しかし、この覚醒は精神的な負荷がかかることで起こりうるそうだ。そいつを殺そうとして、逆に『オーバー・ボックス』を誘発する事態になりかねない。

 コミュ障勇者からの情報は、他にも西条空の『空魔法』があったが、これは厄介ではあるが《探知》で対処できそうだ。


「『オーバー・ボックス』ですか。その言葉も私は聞いたことがありませんね。各国に伝承としてすら伝わっていないと言うことは、あり得るのでしょうか」

「その辺はコミュ障勇者に聞いても分からんかったな。ま、戦争に利用されないようにするためじゃないか? 順当に考えて。マッカード帝国は宗主国を気取りたがるみたいだからな」

「あーー、なるほど」


 アリーヤは苦笑する。各国が仮にその情報を得たとして、一番利用しそうなのはライジングサン王国だっただろうからな。勇者を道具、或いはそれ以下としか見ていない国だ。


「気になるのは『オーバー・ボックス』の覚醒の仕組みだな……主神並びに神たちがそれを許すようには思えない。ワンサイドゲームになるからだ。おっさんによると魔王にはそういった覚醒は無さそうだし、主神による加護の抑圧とバックドラフト的な現象かも知れない」


 それはおっさん魔王の転生の際にもあったらしい事だ。その場合加護じゃなく、情報の話だが。

 ……いや、むしろ『オーバー・ボックス』にもそれが付随する可能性があるな。


「あの……」


 思考にふけっていると、アリーヤがおずおずと声をかけてきた。


「正直、何を言っているのかさっぱり分かりません」

「……あれ、アリーヤにはおっさん魔王から聞いた話はしていなかったか」

「記憶大丈夫ですか祈里? 全くされた覚えがありませんね」


 あら。そういやそこでぐでっと寝そべってるシルフと、情報の擦り合わせをしただけだったな。てっきりついでにアリーヤにも話したと勘違いしていた。


「まず今崇められている主神達ってのは本物の神じゃなくてな、嘗てこの世界の創造神で、今どこかに封じられている存在が用意していた………」




 そこで俺は口を止めた。




 探知の範囲ギリギリ、強い反応が高速で空から飛んできている。

 着地点はドンピシャ、この野営中の広場。

 すぐさま千里眼と遠見を併用してその存在を視認する。


 人型。

 人間にしては大きい体躯。

 黒い肌。

 二本の角。

 おそらく魔族か。


 鑑定して詳細を知りたいが、じっくり読む時間はない。


 このスピード、このパワー、衝撃で辺り一帯吹き飛びそうだ。

 魔族ということは、狙いはコミュ障勇者。

 一緒の暗殺メイドに死なれると困る。

 マッカードの勇者が転移で飛んでくるだろう。


 グレイプニルを展開。


「アリーヤ、『命令』だ」


 限界まで収縮した状態のまま編み上げる。

 同時になるべく早口でアリーヤに命令。

 吸血鬼の下僕に対する能力。


「『出来る限り複雑且つ発動しない魔法陣を構築せよ』」


 アリーヤは無言で虚ろな目をしつつ、手を掲げる。

 魔法陣の構築が始まる。

 完成は間に合わなそうだ。

 グレイプニルで作った網をテントの外に放り投げる。

 『遠隔操作』


 勇者達はまだ気づけない。

 音速超えてるからな。


 収縮解除。

 グレイプニルの細かい網が野営地の空を覆う。

 ドーム状に広げる。

 木に結んで支えに。

 硬化。


 ここでアリーヤの魔法陣完成。

 想定より大分早い。


「『そのまま維持してろ』」


 着弾。


 衝撃音と共にグレイプニルの網が軋む。支えにした木々が折れ、その根本の土が大きく抉れる。魔族の身体は、硬化したグレイプニルの網によりバラバラになった。風と衝撃は殺しきれず、俺達やコミュ障勇者達のテント、老執事の馬車に至るまでを、壊しながら吹き飛ばす。

 魔族だった肉片は、広場の中心にドチャドチャと降り注いだ。


「な、何だ!?」

「うわぁ!?」

「ゼンタ様!」


 コミュ障勇者達の声。今の衝撃で死んではいなかったみたいだ。ぱっと見た限り、老執事も怪我はしてるが生きてはいる。

 彼らに注視されない内に、グレイプニルの硬化を解いて影に収納する。


「……っハァッ……! ハァ……」


 アリーヤが荒い呼吸をしながら膝をつく。あの魔法陣の構築で、随分と無理をさせたらしい。魔力切れか……。

 しかしこれで、アリーヤがコミュ障勇者達の知り得ぬ魔法で、突然の攻撃を凌いだ風に装えた。アリーヤの使える魔法で、広場全面を、あの攻撃──俺並みの攻撃を、防御できるようなものはないのだ。かといって建前上は俺が防御する事はできない。衝撃波や風圧を殺しきれないことはわかってた。テントが吹き飛び、コミュ障勇者や暗殺メイドに俺たちの姿を見られる可能性も。

 だからこそ、前述のように装う必要があったのだ。


 ここまでは想定内。

 しかしここからが想定外だ。


 ……何で生きてるんですかね、魔族あなた


 広場の中心に血溜まりのようになっていた魔族だったもの・・・・・が、うぞうぞと動き始めた。


「あ、アリーさ……」

「何だこいつは!」


 すまんが君らのリアクションにコメントする余裕はないんだコミュ障勇者君。

 肉片が繋ぎ合い、見る間に人型になっていく。完全に再生した姿は、衝突前に《視の魔眼》で見たものと全く同じだ。

 馬鹿げた再生速度。何よりミンチから完全に再生してやがる。まるで俺みたいだ。なんなら、心臓もぶっ壊れてるだろうに再生してる分、俺より再生の性能は上なんじゃないか?


 鑑定の結果、名前はグトゥレイレ。魔族で闇の神官とかなんとか。

 その闇神官とやらが、周りを見渡しながら言う。



「神敵、高富士 祈里はどこだ……」


 ……あ、俺方面の案件でしたか。

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