アレでコレでソレな第四話




「空、結界頼んだわ」

「了解しました」


 啓斗の言葉に、空は短く答える。

 『結界術』は本来『空間魔法』の一部であり、逆に言えば『空間魔法』は『結界術』の上位互換なのである。『結界術』でできる事は、『空間魔法』でも可能だ。

 空が言葉と同時に張った結界は2つ。一つは「音声遮断」「幻覚」「空気遮断」など、隠蔽のみに重きをおいた物で、もう一つは広範囲索敵用の結界である。防御力等はどちらも紙の方がマシなレベルだ。


(イレギュラーが発生した以上、空の魔力を節約せなあかん……)


 最悪の状況に備えるため、元ライジングサン王国領土に転移するだけの魔力は残さねばならない。その分を差し引いた現在の空の魔力は殆どないのである。稠密な防御に割く魔力はない。


「松井くん?」

「……何だ?」

「『身体親和』って、魔族の胴体に拳で風穴開けたりできるんか?」

「勿論だ」

「よし。なら、俺がレイピアで突いた部分、その傷跡が分からんくらい派手に穴開けてくれんか? ここにある魔族の死体全部」

「了解した……」


 多少疑問の残る顔をした松井だが、すぐに了承し、啓斗の指示に従う。


「空、索敵は?」

「目立った反応はありません。小動物と小さな魔物、後は昆虫の類ですね」

「『害虫駆除』『害獣駆除』の結界を使って殺してな」

「……少々過剰では?」

「必要性が出てきたんや。魔物が多かったら位置教えてな。俺が殺るわ」

「いえ、魔物は極僅かです。誤差の範囲内で処理できます」

「よし」


(んじゃ、ちゃっちゃと偽装工作と)


「金城啓斗」


 啓斗も作業に移ろうとした所で、ズガンズガンとおよそ拳から発生するものではない音を鳴らしながら、魔族の胴体に穴を開けていた松井が、彼に声をかけた。


「なに?」

「先程の貴様の発言で合点が行った。これは皇帝の思惑か」

「なんや、ただの馬鹿やなかったんやな」

「貴様の加護とそこの空という少女の加護があれば、幾らでも暗殺が可能だ。勇者軍を解散したあとも宗主国として各国を抑止できる。そのため、各国首脳には危険性を匂わし、民衆には隠しているわけだな」

「いや待て待て待て」


 最初こそ感心した様子だった啓斗は、松井の話が進むにつれて顔をしかめ、額を抑えた。


「前言撤回。やっぱ脳筋やわ……」

「何?」

「皇帝にその考えが無いとは言わん。ただ、それやと『少々過剰』って話やろ。昆虫まで殺す必要ないやん?」

「ふむ」

「(ふむって何や……)皇帝の主な考えは、俺を対魔王の切り札にする事や。シンプルやろ」


 松井の発言も正しい事には正しいが、それ以上にマッカード帝国皇帝は魔王を警戒している。啓斗の加護を使えば、魔王の前に啓斗が立っただけで魔王を殺すことが可能なのだ。


「魔族が情報収集なんてするとは思わんけど、それでも念には念を重ねたっちゅー事。聞いたときはやりすぎやと思っとったけど、今になったら正解やったな」 

「どういう事だ?」

「さっきの魔族見たやろ。この世界の常識では、魔族は自身の能力に傲って策略を立てない知能の低い種族とされてる。けど、策略を立てる魔族も出てきたって事や。なら今回の同時多発的襲撃にも意味が見えてくる」


(出撃前にこの確認は自分でしたはずなんやけどな。俺もまだまだこの世界の常識に囚われてたわけか)


 啓斗は自嘲する。『カウント10』以外は、使用どころか情報を他人に渡すことすら禁止であったというのに、使用を避けられない事態となったのは、確実に一瞬の迷い、頭痛のせいであった。魔族は策略を立てないというこの世界の常識と、魔族は残忍で卑怯な手口を使うという自身の常識の混濁。そこに魔族への怨念が介入した結果だと、啓斗は考えていた。


「魔法の技術に関しては魔族の方が上や。奇襲が前もって潰された原因を、例えば周囲の魔物や小動物の記憶を読み取り推察する、なんてこともあるかもしれんしな」

「……それを考えてもやりすぎな気がするがな」

「異常が発生しとんのに、その異常だけに対応しとったらただの後手やろ。念の為や念の為。さて、終わったな」


 松井は既に全ての魔族の死体に穴を開けた後であり、その死体も啓斗によって無作為的に移動させられていた。一見して、松井がその加護を持って魔族を殲滅させたような様子となった。

 空は隠蔽の結界を解く。啓斗はあたりを見渡してから、他の二人に向けて言った。


「空の転移魔法をこれ以上使うわけにもいかん。加えて俺も三時間弱は加護を使えん。空の魔力がある程度回復するまでは、ここから離れた場所で待機、というか野宿するで。グランツ共和国への救援は、今は諦める。情報は少ないけど、加護のランク見た限り、戦力として悪くはないはずや」

「はい」

「構わないが、それでは元ライジングサン王国領土が襲われた際、救援に迎えないのではないか?」

「それは心配要らん。元ライジングサン王国領土が襲われたらすぐに、この使い捨ての片側通信魔動具が作動するようになっとる」


 片側通信魔動具を複数用いれば、限定的に相互通信魔動具と同じ働きを持たせられるように思えるが、実のところこの2つの魔動具は根本的に原理が違う。相互通信魔動具は空間魔法を用いて、謂わば信号を転移させることで通話を可能としているが、片側通信魔動具は双子石という希少な鉱石の性質を利用している。双子石は基本的に2つの鉱石がセットで産出し、固有の内部構造を持っている。片方の石が破壊されたとき、その内部構造に対応した波長の魔力波が発せられ、もう片方の石がその魔力波と共鳴し、自壊する。実は同じような現象は他の魔力を含んだ鉱石でも見られるのだが、双子石はその周波数が異常に高く、遠距離でも届くのだ。しかし片側通信魔動具を複数同時に使用すると、波長が乱れ、うまく共振が起こらなかったり、別の石が間違って共振することがあるのである。

 故に片側通信魔動具は基本的に、一つの信号を片道でしか送れないのだ。


「ライジングサン王国が襲われた時のみ、取り敢えず転移だけは出来るということだな?」

「せや。他に何か質問は?」

「そうだな……」


 森に入っていく啓斗を追いながら、松井は思考する。

 暫く、三人が落ち葉を踏む音だけが辺りに響いた。


(一瞬の判断力。腕を切られても動揺しない胆力。圧倒的な加護の性能……)


 なる程、マッカード帝国が彼を贔屓にするのが分かるものである。松井は感嘆せざるを得なかった。いや、先程の瞬間、寧ろ動揺して動けなかったのは松井の方であった。他人に偉そうな目を向けておきながら、不甲斐ない結果となったことへの悔いと、啓斗への純粋な尊敬が彼の内心でない混ぜとなる。この瞬間、松井は啓斗の指示下に入ることを、本心から認めたのである。

 だが、松井には一つ気になることがあった。


「啓斗。あれ程の胆力、如何に身に着けたのだ?」

「胆力? なんの事や」

「腕を切られても、一切の動揺なく加護を発動しただろう。また、魔族とはいえ人型の敵を躊躇いなく殺した事など……我のように戦場にいた訳でもなく、この世界に転移して数ヶ月でそうはなれん。いや、我もあれ程冷静に行動は出来ん」


 松井の正直な言葉に、啓斗は失笑した。


「なんや。評価してくれるんか。俺としては致命的な隙を作ったつもりやったけどな」

「だからこそだ。そして何より、魔族に向けるあの目、殺意……貴様、魔族に遭遇するのは初めてではないのか?」

「あぁ……」


 啓斗は曖昧に頷く。先程失笑したときとは違い、松井を見る目には薄い落胆が映っていた。


「なあ。2016年11月24日って、何があったか覚えとるか?」

「啓斗さん!?」


 啓斗の言葉に、空は驚きの声を上げた。だが対象的に、松井は困惑顔である。

 振り返ってみても、特に大きな事件に思い当たる訳でもない。例え何かあったとしても、それは彼にとって二年前の出来事だ。余程印象的でない限り、記憶に残っていないのは当然であった。


「いや。悪いが殆ど覚えていないな」

「やろな。すまん。今の質問は忘れてくれ」


 今度は特に落胆も見せず、あっさりと啓斗は手を振った。そしてそのまま、何事もなかったように森の中を歩き始める。松井は未だに困惑していたが、黙って彼の背中についていく。空はなにか言いたげに啓斗を見つめた後、しかし無言で彼らに追従した。


 金城 啓斗と西条 空。元捨てられた世界アバンダンド・ワールドのβ世界の住人であり、遊戯狂いの神による暇潰しの哀れな被害者。


 金城 啓斗の魔族への思いは、過去に黒く塗りつぶされている。故に彼は、自身に起こっていた魔族への常識改変が、全世界規模の薄い精神干渉であったことに、最期まで気づくことが出来ないのである。







──ドイル連邦への街道──



 さあ温泉である。

 取り敢えず先に女性陣が入る運びとなった。これは毒味的な目的で、暗殺メイドがコミュ障勇者よりも先に入ることを希望したことと、後はコミュ障勇者本人たっての希望である。

 ということで、老執事の護衛は一応コミュ障勇者がすることになり、一同は幕に遮られた温泉へ向かっていった。

 索敵がいなかったり、無防備な彼女達の護衛もなかったりする訳だが、その点は心配いらないという。暗殺メイド殿は裸一貫で温泉に入っていても、索敵となんなら男性じんの護衛までこなせると言う。もはや暗殺者どころじゃないな。

 さて、そんな中で俺の状態はというと、何とテントの中で縛られております。暗殺メイド曰く、


「あなたは私達が出てくるまでそのままで居てください。というか一晩中そうしていなさい。別に温泉などに入らなくても良いでしょう?」


 とのことらしい。覗き防止と、コミュ障勇者に何もしないように、という2つの目的を兼ねて俺を緊縛しているのだ。緊縛に興奮する趣味があるならともかく、俺にとっては嫌なだけである。

 容赦なく使い古された荒縄を使用した緊縛だ。ゴワゴワするし臭い。跡になったらどう責任とってくれるんだろうか。

 まさか縛ってくるとは予想外だったが、想定の範囲内で事は進んでいる。現状、暗殺メイドの注意はアリーヤに向かっているのだ。そこには護衛としての責任、多少ながらアリーヤへの嫉妬まがいの敵意がある。故にこの温泉という特殊な状況下、暗殺メイドは自分の視界からアリーヤが外れることを恐れたのだ。そうでなければ、わざわざ男性陣と女性陣で入る時間を分けたりしない。それこそパーティー毎に入ればいいのだから。

 そして暗殺メイドは、俺のことを警戒して対応したつもりになっている。緊縛しただけで俺の行動を封じたつもりになっている。俺の存在は、今彼女の盲点となっているのだ。


「よっと……」


 そりゃ縄くらい抜けられますよ。

 力ずくで引きちぎる、影空間からナイフを取り出して切るなどいくつも方法はあるが、今回はじっくり《闇魔法》で支配して、遠隔操作で解く手段にした。これでこの縄は再利用可能だ。俺の体を切断して抜けるって方法もあるが、音が出そうなので流石に却下した。

 予め《探知》で二人位置を探っておいた。セバスチャンは俺とは別のテントで待機。コミュ障勇者は外で焚き火の番だ。

 番と言っても、薪を逐一入れる必要はない。この焚き火も魔動具の一種だからだ。魔力節約のため多少薪を入れる必要はあるが、火の持続、大きさの調節などはすべて自動だ。冒険者御用達の一品である。

 故にコミュ障勇者のやることは、ぼーっと焚き火を見ることだけである。


 では行動開始だ。

 セバスチャンにもコミュ障勇者にも気付かれないようにテントから抜け出し、そーっとコミュ障勇者の後ろに近づく。


「ぜーっんたさん」


 肩を軽く叩きつつ、囁き声でコミュ障勇者に話しかける。

 当然こいつは過剰に驚き、俺の方を振り向いて何か口をパクパクと開閉させた。

 この勇者か驚くと声が出なくなるのは把握済みだ。まあ万が一悲鳴をあげられても、日中使っているアリーヤの防音の魔法を使っているので問題ないのだが。


「しーっ。バレたらどうするんすか」

「な、な、……君……」

「縄のことっすか。実は俺、いわゆる盗賊っぽい役割やってて、縄抜けとか隠密とか得意なんすわ」


 勿論嘘である。まあ得意なのは間違いないのだが。

 というかこの世界において、盗賊と言えばそのまま文字通りに盗賊のことを指す。だからこの世界の住人であれば、この時点でおかしいと感じるのだが、元日本人であるこいつなら寧ろこの言い方のほうが分かりやすいだろう。


「で、元々一人で行くつもりだったんすけど、どうせなら一緒に行かないっすか?」

「い、行く……? ………に……」

「決まってるじゃないっすか。覗きっすよ覗き」

「の……ぞ……!?」


 コミュ障勇者は童貞だ。元の地球での生活は、普段の様子を見ていれば予想はたやすい。この世界において彼は複数の女を侍らせている。しかし彼女等に手を出した形跡はない。

 性欲があるのは分かっている。そして同性愛者では無いことも。アリーヤへの反応と、コミュ障勇者を夜に探知し続けていれば分かる。

 普段の生活においてどれだけ溜まっているのだろうか? しかもこの旅中では、日中と食事時にアリーヤが、性的なアピールを繰り返しているのだ。

 こんな現状にありながら、それでもコミュ障勇者は俺の提案に首を縦に振らないだろう。というか振るような性格なら、既に彼女達に手を出している。

 だが迷うはずだ。すぐさま首を横に振ることを躊躇する程度には。

 そして迷ったならもう終わりだ。勢いで持っていける。


「じゃ、行くっすよ」

「ま、ま……」


 待たない。

 俺はコミュ障勇者を抱き上げる。所謂お姫様抱っこというものだ。そしてそのまま音を立てずに走り出した。


「どうっすか? これならバレないっすよ?」

「いや……」

「それにもしバレたら、全部俺のせいにすりゃいいんすよ。無理矢理連れてこられたって。それなら怒られるのは俺だけで済むっす」

「で、……でも」

「気にしなくていいっすよ。俺は怒られるのになれてるんで。……こっから先は声出したらバレるんで、静かにしてくれっす。正面からは流石にバレるんで、裏から行くっすよ」


 俺がそう言うと、コミュ障勇者は困惑顔をしながら黙った。森の部分までアリーヤの魔法は機能していないので、そこで声を出されると暗殺メイドにバレる可能性がある。

 さて、森に突入した時点で俺は徐々に加速し始める。月明かりは無し(というか黒風で隠している) 森の中は真っ暗なので、コミュ障勇者にはバレない。どのスキルの効果か、空気抵抗も通常より少なめだ。

 そのまま温泉とは見当違いの方向にダッシュ。アリーヤに事前に魔法を使ってもらったポイントに向かう。


「ね、ねぇ……」


 暫くして、コミュ障勇者が俺の袖を引っ張りながら声をかけてきた。


「静かにしてくれって言ったっす」

「で、でも……全然……」


 まあ流石にバレるよね。

 野宿していた広場と温泉。そんなに離れているわけがない。いくらなんでも時間がかかり過ぎだ。


 気づかれたんで猛ダッシュ。


 勇者が次に声を出すまでに、ポイントに到着した。

 俺はそこで勇者を優しく地面に下ろした。


「な、なに……」

「俺ねぇ、アリーヤと善太さんが仲良く飯を食べていたとき、嫉妬してたんすよ」


 俺はしみじみとした風を装いコミュ障勇者に語りかける。

 勇者は混乱が抜けきらないまま、しかし多少面食らった顔をして口を開いた。


「そ、それは………ごめ……ん」

「ん? 何を誤ってるんすか? 俺が嫉妬していたのはあんたにじゃないっす。アリーヤに、っす」


「…………へ?」


 コミュ障勇者、今度こそ本当に訳がわからないと言ったご様子。


「あれ? 気づいてなかったんすか? 俺、ゲイなんすよ」


 さあ話が明後日の方向にぶっ飛んだぞ。

 コミュ障勇者は混乱してばかりで、話に頭がついてこれてない。大丈夫だ俺もよく分からない。


「さっき抱き上げていたときも、尻を撫でさせてもらってたっす」


 撫でてない。

 むしろお姫様抱っこですら結構キツかったのだが。

 しかしこう言われれば、「そうかもしれない」と勘違いするだろう。

 勇者に考える暇を与えはしない。勢いだ勢い。


「え? ………いや………え?」

「一目惚れだったんす。ずっと我慢してきたっす。でももう我慢出来ないっす」


 そう言うやいなや、コミュ障勇者の腕を縄で拘束する。《緊縛 Lv.3》のお陰で無駄に手際がいい。

 ちなみにこの縄は先程俺を縛っていた縄である。《闇魔法》で強度を上げているため、このコミュ障勇者の腕力でも引きちぎれない。


「いや……嘘……え? 何で」

「まだ信じられないっすか? それならコレ見てくださいよ」


 俺は自身の股間を指差して見せる。俺のズボンには巨大なテントが出来ていた。


「ひぇ……」


 コミュ障勇者の顔が一気に青くなった。質の悪い冗談かもしれない、という可能性がほとんど消え失せたのである。


「よーく見せてあげるっすよぉ」


 粘っこい声を出してみた。

 自分でも引くほど気持ち悪かった。

 コミュ障勇者の顔が更に引きつる。可哀相に震えていらっしゃる。

 俺はゆっくりとズボンのジッパーを下ろし、ホックを外す。パンツの切れ目から飛び出すキノコの形したソレが、勇者の眼前に突き出された。

 大丈夫かなこの光景。BANされないかな。

 まあいいや。勇者の喉からはァ、ァという声にならない何かが漏れている。冷や汗が目に見えて取れるほど彼の肌に浮いており、鳥肌も立っているようだ。だがあまりにあまりな眼前のソレに、彼は目を離せない。

 では、トドメの一言。


「こいつを見てくれ。こいつをどう思う?」


 完全に固まって声が出せない様子の勇者。

 もう十分だろう。

 《精神干渉魔法》


「うっ……」


 殆ど抵抗なく、コミュ障勇者は催眠に落ちた。

 俺はパンツの切れ目から飛び出てるソレを外して、影空間にしまい、勇者から情報を聞き出すのであった。







「……本当にやったんですか」


 テントの中、アリーヤが心底呆れたというように聞いてきた。

 えぇ。本当にやりました。


 現在、女性陣と男性陣の入浴が終わり、各々のテントに戻ったところである。俺は風呂入ってないけど。

 勇者を催眠してある程度情報を聞き出した後、記憶を諸々消してしれっと野営地に戻った。コミュ障勇者には変わらず焚き火の番をさせ、俺は《闇魔法》の支配を解いた縄で自身を縛ってテントに転がっておいたのだ。これで証拠は無事隠滅。暗殺メイド含む勇者のパーティーは何も違和感を覚えることなく帰ってきた。

 そして俺は放置された。何でや。

 ま、その後アリーヤが解いてくれたという体で、今は自由の身である。後で風呂入って綺麗な身も手に入れよう。


「精神干渉を起こしやすくする方法は、何も大掛かりに絶望させるだけじゃないってことさ」


 同性愛者に対する偏見が少なくなりつつある地球の国でも、男性がゲイに対して恐怖を抱くことはままある。それは女性が強姦に抱く恐怖と似た、本能的な感情なのだろう。

 ただの驚きは本能的な警戒心を引き上げるため、寧ろ精神干渉への耐性が強くなることが分かっている。これはレギンで散々住民に対し実験した結果だ。逆に混乱や恐怖は、精神干渉への耐性を著しく下げる。


「それにしたって、アレを使うというのは」

「コレのことか?」

「出さなくて結構です!」


 影空間から取り出そうとすると、直ぐさまアリーヤが拒否してきた。そんなに嫌か。


「ただの変な形の銃なんだけどなぁ」


 そう言って俺が取り出したのは、松茸のような形……というか、男のアレを模した形をした銃である。

 え? アリーヤの拒否権? ないない。

 肌色の装甲であり、先端は別の色で……とにかく、アレの形をした銃だ。とはいっても、そこまで精密には拘っていない。暗がりで見せることになるだろうから、シルエットだけ似てれば十分なのだ。何より精密な再現を俺がしたくない。

 ちなみにパンツにつけることが出来る。


「形が問題なんです!」

「明るい場所で見ればそこまで気持ち悪くないだろ。それに、水鉄砲だから先から液体が出るんだぜ」

「その機能要りますか!? なんですかその拘り!」


 いやぶっちゃけ要らないけど。実弾が出ても危険だろうし、アイデアを思いついてしまったからなぁ。

 どうやら俺のスキル的には、水鉄砲は武器扱いらしい。確かに毒とか入れたら武器になるのかな。

 おや、そうするとこの銃、暗殺武器として使えるのでは? ちょっとドイルあたりで試しに売ってみるか。このままだと影空間の肥やしになりそうだし。


「ところで……アレなんですが……」


 少し聞きづらそうに、アリーヤが口を開く。


「モデルは祈里のアレなんですか?」

「いや違うが。適当にイメージしたのを《武器錬成》の補正で……。あー、何? コレ使う?」

「要りません!!」


 一際大きい拒絶であった。








──グランツ共和国 ジーン砦(魔族の襲撃を受けている砦)──



「光様! 重症です」

「分かった! こっち運んで!」


 砦内部に設置された救護施設の中で、怒号が飛び交っていた。魔族の襲撃が行われてからそう時間が経っていないにも関わらず、負傷した兵士の数は着実に増加していた。


「ひっ……ふっ……」

「……っ」


 運ばれてきた重症の兵士を見て、光は息を飲む。実戦を経験していない彼女にとって、怪我人は想像以上に痛々しく、汚れていて、無機質であった。


「ごめん。もう大丈夫」


 光は喉奥からこみ上げる吐き気を我慢しつつ、『光魔法』の加護を用いて治癒を行った。みるみるうちに塞がっていく傷に、周囲の人間は簡単の息を漏らす。


 戦場において、光の魔法は共和国の人間の予想以上に大きな効果を齎した。重症患者が戦力として脱落しない。これは実質的に、兵士の数を増やしているも同義であった。

 共和国の兵士、騎士の練度は低い。防衛側が有利であるはずの砦での戦いで、既に負傷者が続出していることがその証拠である。ただ、『剣術』の加護を持つ伊達正義の戦力により前線は維持され、『光魔法』の加護を持つ会田 光の働きにより戦力が維持されている。戦況は拮抗していると言っても良い。

 回復を得意とする彼女が、死の飛交う戦場にて評価されるのは皮肉でもある。


「よし、終わった。次は?」

「加護が必要な程の怪我を負った兵士は居ません。後の兵士は我々で対処します。勇者様はそちらで休んでいてください」

「分かった(勇者……ね)」


 光は苦笑しつつ、勧められるままにベンチに腰掛けた。

 先刻感じた吐き気は収まっていたが、救護施設の中に充満する血と泥と糞尿の臭いが慣れず鼻孔を刺激した。どこか頭がボーッとするのを光は自覚する。悪夢のような非現実感、臭いに酔った感覚。


(まさか突然こんな事になるなんて……)


 勇者軍より魔族襲撃の可能性の報がなされてから、グランツ共和国の動きは遅かった。軍の編成に時間がかかった事もあるが、何よりの原因は、共和国の人間がその報を信じて切れていなかった事である。そこに魔族の襲撃。彼らは、突如としてぬるま湯から放り出されたのである。

 光と雄一についてもそれは同じであった。スムーズに行動を切り替えられたのは、正義くらいのものである。


(……雄一君、無事かな)


 雄一は正義とともに前線へ向かった。彼は加護を使わないものの勇者の高い身体能力を持ち、修行にも真剣に取り組んでいたため魔動鎧の扱いも心得ていた。一騎当千とは言わずとも、強力な一人の兵士として十分な戦力を持っているのである。

 しかし光は、不安を抑えられなかった。気が弱い彼が戦場でまともに活躍できるとも思えない。気配を読むような達人でも無いから、奇襲を食らって重症を負うかも知れない。負傷者が救護施設に運ばれてくるたび、光は嫌に心臓を鳴らしていた。

 彼女の本心としては、やはり雄一に戦場に行ってほしくなかった。救護施設の護衛として側にいて欲しいくらいであった。しかし何より前線を希望したのは雄一自身だ。そうなれば、光に彼を止める術はない。

 前線へ行く、と言ったときの彼の目の光を思い出す。


(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)


 暫く内心で唱え続けた光は、気合を入れ直すように両の頬を手で叩くのであった。








──────────────


これ(カクヨム)って後書き機能ありましたっけ……


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