緊急事態の第ニ話




「アリーヤ、あなた祈里と口づけしたそうじゃない?」


 祈里達の野営テントの中、これまでの道中姿を消していたシルフが現れ、唐突にアリーヤに聞いた。

 アリーヤはちょうど水を飲んでいるところであったため、ひとしきりむせることとなった。

 今見張りを担当しているのは勇者のパーティーであり、祈里達は自身のテントで休むことになっている。だが祈里は用事があるといって、気づかれないように外に出かけているため、テントの中にはアリーヤとシルフしかいない。


「な、何故それを?」

「何故って、祈里から聞いたからよ。精神世界の練習をしたって。その上で色々質問されたわ。まあ、精神世界って感覚に頼る物が多いから、間接的に聞かれても分からないんだけど」


 まったくデリカシーがない、とアリーヤは内心祈里に向けて憤る。祈里はアリーヤの心情が全く分からないという程鈍感な訳ではない。分かった上で、こういう態度を取っているのである。

 アリーヤは祈里にとって、都合のいい道具であるようにしか思われていない。それは彼女にとって、悲しくもあり嬉しくもあった。


「で、どうだったの?」

「ど、どう!?」


 アリーヤはシルフの質問で、その時の事を思い出し、頬を赤くする。


「どうって……意外と柔らかかったな、というか」

「いやキスの感想じゃなくて、精神世界での感想聞いてるのよ」

「…………え?」


 アリーヤは問答を思い返してみる。すると確かに、口づけの感想を聞いている文脈ではなかった。またも頬を赤くし、アリーヤはその場にうずくまった。


「悶えるのは良いけど、ちゃんと質問にも答えてくれないかしら」

「……と言われても、そもそも私は精神世界のことについてさっぱりで、なんか黒い世界だったな、という感想しか無いですよ?」

「そうね……まず精神世界が何たるかを教えた方が良さそうね。端的に言ってしまえば、精神世界とはその人の魂そのものよ」


 精神世界は、各人が持つ固有の世界である。その性質はそれぞれの性格、精神状態によって左右される。これを極限まで拡張すれば、神々が管理する世界と同義の物となる。

 他人との間に精神世界を開くと、複数の人間の精神世界が混在する状態となる。ここで他者の精神世界を自身の精神世界で侵略する事で、その人間の精神を破壊、もしくは精神的に致命的なダメージを与える事ができる。

 重要なのは、精神世界で起こっていることはあくまでイメージの産物に過ぎないという事である。精神世界の形状、当人の強さがどうであるかは関係なく、勝敗を決めるのは魂の強さ、すなわち精神力となる。


「精神世界を知らない相手なら初見殺しなんだけど、祈里と私の時は、私がちょっと回りくどいことしてる間にあっちがコツ掴んじゃった訳。彼、精神力は化け物だから、精神世界使えばほぼ必殺よ。で、何となくわかった?」

「抽象的過ぎてイメージし辛いというか」


 アリーヤは一度祈里によって精神世界に引きずり込まれたが、それは一瞬の出来事であり、まずそれどころではなかったため、鮮明に実感できた訳ではない。


「……そう。じゃ、これから私が質問していくから答えて頂戴。私が見た彼の精神世界は真っ黒だったのだけど、そこに違いは無いわよね?」

「ええ。あれが、祈里の魂のイメージ、と言うことですか?」

「そ。まぁ、らしいんじゃないかしら」


 確かにアリーヤにとっても、らしいと言えばらしいと思えた。黒髪黒目、いつでも黒い服を見に纏い、使う武器も黒一色。服と武器は《闇魔法》の影響であり、祈里が性能を重視する故の格好だが、やはり黒という印象が濃かった。

 全ての色を染め上げる黒。最も純粋で、それ故に最も残酷な色である。


(それに祈里は腹も黒いですし……)


「で、あなたの精神世界は無かったわけ?」

「そうですが、私は精神世界の作り方も知りませんし、当然では?」

「そうなのだけど……」


 シルフは暫し考えてから、アリーヤに言う。


「私にとって、彼の精神世界のイメージは、他者の存在を許さない完全な世界なの。他者の美しさを許容する私の世界と違ってね。だからあなた自身が直ぐに浸食されなかったのが不自然に思えて」


 その言葉を受けて、アリーヤは眉をひそめた。それはつまり、本来アリーヤは精神が壊れていて当然だったと言うことである。

 だが直ぐに彼女は思考を切り替える。今に始まった事ではないからだ。この彼女の残酷な思考回路が、祈里と長く過ごした故の結果であることに、アリーヤは気づいていない。


「でも、私は祈里の命令に勝手に体が動いてしまうような状態でしたから、浸食されていたのでは?」

「それはあくまでイメージの産物よ。彼の精神力があなたのそれより強かったからってだけのこと。精神の浸食って、そんなもんじゃないわよ?」


 そう言いつつ、シルフは自身の身を震わせる。自分の中の何かが勝手に書き換えられるような、自身の輪郭を無数の虫に喰われるような、漠然とした強烈な恐怖。

 シルフにとっても、何度も思い出したい物ではなかった。


「それがなかったって事は、例えば祈里があなたを自分に限りなく近い身内と考えていたから、という理由かしら」

「身内~~?」


 アリーヤは鳥肌を立たせながら、顔をひきつらせる。


「天地がひっくり返ってもそれは無いですよ。精々使い勝手のいい駒くらいにしか思われてませんって」

「そうかしら……」

「私と祈里は、彼のスキルによって下僕と主人の関係にあります。それか原因なのでは?」

「……たしかに、そう考えた方が無難かもしれないわね」


「なら確かめてみるか?」


 2人の会話に、突然一人の男の声が割り込んできた。祈里である。


「げっ……」

「祈里、帰ってきていたのですか?」

「ああ、案外と早く見つかってな。ついでにそこらの魔物でレベル上げしてから帰ってきた。てかシルフ、『げっ』ってなんだ」

「あはは……」


 シルフは頭を抑えて祈里から距離をとろうとする。デコピンは彼女にとって、中々に恐ろしいものであるようだ。


「祈里、確かめるとは何をするんですか」

「シルフを俺の精神世界に連れ込むのさ。シルフはアリーヤと比べて付き合いが短いし、シルフが精神世界で浸食されるか否かで俺のスキルが関係するかが分かるんじゃないか?」

「いやよ!!」


 シルフは小さな体を縮こませながら、さらに祈里から逃げるように距離をとった。


「何故だ?」

「だって死ぬかも知れないじゃない!」

「そうですよ祈里。シルフの死の可能性を孕んでまで確かめる程の問題には思いません」

「アリーヤ、俺はお前を精神世界に連れ込む前にシルフに相談したんだが」

「当然の結果ですねシルフ。諦めて死にに行って下さい」

「アリーヤ!?」


 アリーヤの冷酷な手のひら返しに困惑するシルフ。

 だが残念ながら当然の結果である。祈里の証言はつまり、シルフはアリーヤが死にうる事態を承知した上で黙認したということに他ならないのだから。


「まあ心配することはない。何とか大丈夫だろうと、俺の勘が告げている」

「勘って何よ! あなたそういう非論理的なこと言わない人間でしょ!?」

「いや、俺は勘って信じてるぞ。知識と経験の集積から反射的に導き出される判断及び結論って奴だ」

「じゃあ論理的に否定しちゃってるじゃない! 祈里にどれ程の精神世界の経験があるっていうのよ!!」

「二回だな。まあ世界中の人間の平均以上の経験量じゃないか?」

「それは殆どゼロだからでしょ!」

「ごたごたとうるさいな。兎に角お前に拒否権は無い。諦めろ」

「イヤ! 嫌だってば! ちょ……うばっ……」


 問答無用でシルフを掴み、口に含む祈里。そしてそのまま横になり、目を閉じる。精神世界に意識を沈めたのである。


「これもドナドナと言うのでしょうか」


 アリーヤは自身が直接聞いたこともない歌を口ずさもうとして、ハッと思い出した。


「そういえば、私が祈里の精神世界で見たものを伝え忘れていたものがありましたね」


 アリーヤはその時の光景を脳裏に思い浮かべる。確かに一目見るだけでは、ただ黒い世界という印象しかない。アリーヤも最初は、地平線すらわからない程黒い世界だと思っていたが、意識が浮上する寸前に気づいたのである。地平線をなぞるように囲む黒い何かに。


「あれは石垣……いや、石壁でしたかね?」





「最っ……悪よ!!」


 精神世界から戻ってきたシルフの、祈里の口から飛び出てからの第一声はこれであった。


「あ、シルフ。生きてましたか」

「唾液まみれで汚いぞシルフ」

「あんたの唾液でしょうが!」


 シルフは苛ついた様子で憤慨する。


「何がどう最悪だったんですか?」

「全部よ全部! 問答無用で口に突っ込まれたし、またあのトラウマの場所に連れてかれたし、侵食されてきてるから危ないって何度も祈里に言ってるのに『まだ行ける』とか言われてギリギリまで帰らせなかったのよ!」

「ギリギリって、余裕あったぞ。多分」

「そういう問題じゃない!」


 祈里は呆れた様子で首を傾げる。だがギリギリとは言わずとも、焦らす遊びを楽しんでいたのは事実である。


「侵食された、ということは、スキルの影響では無かったのですか?」

「……多分スキルの影響よ。侵食されたといっても、前回に比べて格段に遅かったし、私のみを守るバリアのような物を感じたわ。あれがスキルの制限にあたるのかしらね。あなたが侵食されなかったのは、時間が短かったからか、あなたが酷く鈍感だったから、ってところかしら」

「鈍感……」

「まあ流石にそれはないと思うけどね。魂を削るようなあの感覚に気づかないなんてあり得ないし」


 そこでアリーヤは一応の納得を見せた。アリーヤが祈里の精神世界に行っていた時間はかなり短い。対して先刻、シルフと祈里が精神世界に行っていた時間は五分ほどであった。


「そういえば、精神世界に行っている間はかなり無防備だと思いますが、大丈夫なんですか?」

「そうよ。だからいつでも使えるものじゃないの」

「いや、問題ないぞ。千里眼で外を観察していればいいし、探知で索敵もできる」


 何気なく言った祈里に、シルフは目を見開く。


「は!? 何言ってんのよ!」

「それは俺の台詞だシルフ。お前も魔力探知とかできるだろう」

「体が動かない状態でできるわけ無いでしょ!」

「いや精神世界の中で使うんだよ。それを外の世界まで拡張する感覚で」

「だから精神世界の中でなんて……」


 そこでシルフは言い淀み、しばし考え込む。


「……精神力によっては、できるのかしら。精神世界の中で自分自身をイメージさせれば、あくまで想像の産物として創造して……」

「まあとにかく、その点に関しては心配いらないということだ」

「はぁ……」


 精神世界のなんたるかを知らないアリーヤは、とりあえず納得するしかない。未だに腑に落ちないのはシルフである。


(理論上は可能……でも生身の生物がそれをやるなんて……)


 シルフは、かつて自分が形容した「化物」というイメージですら、過小評価であった事に戦慄した。


(既に精神力で言えば、あの女神達なんて比じゃない、神の領域に片足を踏み入れているのかも……)











 マッカード帝国、リリブ砦。


「ホーリーウェーブ!!」


 珠希の持つ魔玉の棍から白い光の濁流が放たれる。城壁を土石流がごとく下ったそれは、スケルトンの群衆をいともたやすく呑み込んだ。呑まれたスケルトンはアンデッドとしての力を失い、ただの骸骨と化す。


「おぉ……」

「……これが勇者様の力か」


 圧倒的と形容せざるを得ない光景。先代勇者の残した伝説は誇張ではなかったのだと、リリブ砦の兵士達は驚嘆する。

 彼女だけではない。

 スケルトンが射った矢は、城壁に届くことすらなく光の壁に弾かれて、地に落ちた。放たれた魔法は尽く鏡のように反射し跳ね返され、スケルトン達の損傷を増やすばかりである。


「葵様、そろそろ休まれては……」

「ん。よゆー」


 体調を気遣う兵士に対し、葵は汗一つかかない澄ました顔で平易に答える。砦を覆う光の壁は、葵の結界であった。聖剣の結界操作補助もあり、強力な魔物ならともかくスケルトン程度の攻撃であれば、山のように集られても破られることはなかった。


「葵! もう一発行くわよ!」

「ん!」


 珠希の正面一部分のみ、葵が結界を解いた。


「ホーリーウェーブ!」


 再びの、白く輝く濁流。かつてライジングサン王国でも同じような事はやっていたが、現在の二人のコンビネーションは質が違う。勇者二人のみをもって、砦の防衛戦を安定して成立させていた。


「なんと頼もしい……」


 実際のところ、マッカード帝国の末端の兵士達は、勇者の実力に不安を抱いていたのである。彼らにとっての勇者とは先代勇者であり、仲間を集めて戦いに挑むのが勇者の固定観念なのだ。それが二十人を超える勇者が召喚され、仲間を集める動きすらない。「勇者は弱いのではないか。だから数を揃えたのではないか」そういう疑念がどことなく広まっていたのである。

 杞憂であった。

 実際はどうだ。万を超える魔物の大群に、たった二人のみで、かつ余裕すらもって対応できている。伝説が目前に顕現したような心地で、兵士達はその姿に見惚れていた。

 そして何より彼らの士気を上げたのが──


 城壁の扉が重々しい軋みを上げて開く。

 軋みの音を聞き、防衛に務めていた兵士達がざわめき出した。


「行くのか? まだ行くのか!?」

「さっき帰ってきたばかりだぞ!?」


 扉の中から現れたのは、五百の騎士と、地に二の足で立つ青年。扉が開ききった途端、彼らは我先にとスケルトンの群衆へ向けて飛び出した。

 防衛の任務すら忘れ、兵士達は城壁から身を乗り出し、観客が如く歓声を上げる。


「きたぁぁぁあ!!」

「凄え! 馬より速く走ってるぞ!!」


 五百の騎馬を率いるのは、己が足で地を駆ける一人の勇者、新崎 龍斗であった。勇者に追従する形となっている騎馬たちは、深紅の装備に身を包んでいる。


「今度ははフセール大尉殿の血の中隊か!」

「やっぱり騎士は交代してますね」

「羨ましいなぁ。俺も騎士試験に受かっていれば今頃……」


 伝説を作り上げる一員となる。勇者に率いられることは、それを意味していた。

 龍斗を戦闘とした錐状の陣形が、スケルトンの横隊に正面から衝突する。と同時に、十体ほどのスケルトンがバラバラになった骨を撒き散らしながら吹き飛んだ。

 砦からは再び歓声が上がる。

 龍斗達は殆ど速度を落とさず、織り重なる白骨を切り裂き進んでいった。


「う·ら·や·ま·し·いぃぃい!」

「……珠希?」


 奮戦する龍斗を見ながら珠希が突然憤慨した。葵はそんな様子に首を傾げる。


「私も前に出て戦いたい!」

「魔術師自重して……」


 葵は呆れながらため息をついた。そういう作戦なのだからしょうがない。なにより現時点でスケルトンを一番倒しているのは珠希なのである。それならば弓も射らせて貰えず、ひたすら防御に徹している自分の方が余程羨ましがるべき立場ではないか、と葵は思う。だが彼女は口に出さない性質であった。


「その辺のは堪弁してな?」


 兵士達とはまた別の熱視線を送っている彼女達の後ろからかけられる声があった。


「この作戦はあくまで殲滅じゃなくて陽動やからな。どっちかというと、目立つ動きをして欲しいんやわ」

「金城さん……。あ、いや、それは分かってるんですけど」


 啓斗の言葉に珠希はうろたえた。彼女も勿論作戦の要点は理解しているのであって、先程の発言はあくまで愚痴。不平不満を連ねたいものではなかったよだから。


「いや、こっちこそすまんな。今なんて固定砲台とシェルターの代わりやらせてるだけやもん。そらつまらんくなるわ」

「いえ、責任重大な仕事であることは理解してます。手は抜きません」

「ん」

「よし、ならこれからも頼むわ。きつなったら言うてな」


 張り切って仕事を再開した珠希と葵の背中を見ながら、啓斗は内心でため息をつく。


「……相手が人じゃなくて良かったな」


「ん?」

「啓斗さん? 今何か言いました?」


 キョトンとした顔をする二人に、啓斗はとぼけた顔で答える。


「いや? 空耳ちゃう?」

「ごめんなさい。そうでしたか」


 啓斗の声だと判別できるほど聞き取れていなかった二人は、素直に納得し、お辞儀してから背中を向けた。

 啓斗は口を抑えながら、足早にその場を立ち去る。


(アホか俺は……! なんで冷水浴びせるような事言うねん。今は忘れろ!)


 首を振って、ひとしきり歩いた啓斗は、深呼吸して戦場に目を送った。


(Aランク一人、Bランク一人、さらに最低Cランクの規格外一人。相手が雑魚の群れとはいえ、圧倒的やな。俺の出番はなさそうや)


 珠希、葵だけでも十二分に陽動の意味は果たしていた。一切の攻撃が通らない結界、圧倒的な魔法による範囲攻撃。その見た目の派手さは、数字以上に大きな効果を持つ。

 龍斗の度重なる突撃は兵士達の士気向上を目的としたものだ。巨大な力を持つ勇者に率いられる事は騎士達にとってこの上ない誉れであり、自らの国の騎士が勇者とともに鎧袖一触の活躍を見せるのは、兵士達に高揚感をもたらす。


(俺がすることは、奇襲などの不意打ちへの対処のみ。どうせならこの状況、精一杯利用させてもらおか……)


「啓斗さん!」

「うぉ!? なんやっ!」


 空間魔法の転移で突然背後に現れた空に対し、啓斗は声を上げて驚く。丁度不意打ちのことを考えていたのも運が悪かった。

 冷静に考えれば、転移魔法は葵の結界によって防ぐことができるため、通行を許可されている空以外は余程の術者でない限り転移による奇襲は不可能なのである。

 情けない声を上げてしまった啓斗は、咳払いをしてお茶を濁し、空に向き合った。


「……何かあったんか?」

「緊急の要件で、インデラ宰相がお呼びです」

「『緊急』やと……?」


 啓斗の周りに、緊急を要する事態が発生した様子はない。すなわち、砦の外部での動きを意味していた。








「来られましたか」


 金城と空が会議室に入ると、インデラ宰相が机から目を離し、振り向いた。一見落ち着いた様子だが、その声は緊張の色を孕んでいる。


「何があったんや?」

「端的に申し上げれば、国外における緊急事態です」

「国外……?」


 啓斗は砦の外での問題であることは察していたが、それでもあくまでマッカード帝国内での動きであると考えていたため、インデラの言葉は意外であった。


(俺の嫌な予感の正体はこれか……?)


「現在、ジールハン皇国、カナディ公国、エルサムル国が魔族の攻撃を受けています」

「なんやと……皇国に至っては島国やないか。魔族領との境界から離れてるとか言うレベルちゃうで」

「三国が隣接しているという訳でもありません。これは一体どういう……」

「奴らの侵入経路が分からないのです。これでは対策のしようがありません」

「いや、問題はそこやない……」


 インデラと空、二人の心配以上の危機感を啓斗は抱いていた。


「境界に面したわけでもない四ヶ国がほぼ同時に襲撃を受けてる。計画性のある匂いがせんと思わんか?」

「申し訳ありませんが啓斗様。相手は人間ではなく魔族です。そこをご留意頂ければと」

「せやから問題はそこやないって言うたんよ。偶然の一言で片付けたら楽やけどな。計画的な動きであるって考えた方が、余程しっくり来ると思うけど?」


 それでも納得がいっていない様子のインデラに対し、啓斗はその糸目を少し開いて言う。


「多分まだ続報がある……その四ヶ国以外の襲撃や。そうなったらインデラ。宰相として、最悪の場合に備えなあかんで」

「しかし……」


 その時、警報に近い音が室内に響き渡った。


「なんや!?」

「相互通信の魔動具です!」


 インデラはそういうなり、ある魔動具に駆け込み、何らかの操作を行った。この世界の相互通信の魔動具は、電話よりはモールス信号に近い。送信されたメッセージを受信し、読み取るまでにある程度の時間がかかる。

 だが啓斗は、その内容をだいたい推測できていた。


 受信を終えたインデラは、緊張の面持ちで啓斗に向き直った。


「……オーザ神国、キッシュ共和国が魔族の接近を確認したようです」

「決まりやな。ほなこれからの事考えよか」


 啓斗が軽い調子で声をかけるが、インデラの反応は悪い。彼女の顔には、絶望の色すら見えた。

 魔族が戦略を立てているということは、少なくとも知性があるものが統率をとっていることを意味する。知性とは人間の武器であり、魔族に勝る唯一の要素なのだ。知性が無いからこそ魔族は魔動具を使わず、だからこそ人間は本来能力的に遥かに勝る魔族と対抗でき、知性がないからこそ人間は勇者という一本槍で戦うことができていたのだ。

 そのアドバンテージが無くなれば、人間の敗色は濃厚となる。


「しゃんとせい!」

「ひぅ!?」


 突然背中を叩かれ、インデラは不覚にも小さく悲鳴を上げた。


「宰相がそんなんでどうすんねん。お前の判断の遅さが国の遅さにつながるんやぞ」

「し、しかし」

「ポジティブに考えようや。今回は幸いにも勇者が三十人は居るんやで? もしも一人や三人だけ召喚しとったら、それこそ終わりやったかもしれんけどな、今回は勇者軍として作戦も組める。むしろ勇者軍を結成しといてラッキーくらいに思っとけ。最悪の事態に視点は置いても、気持ちまで置く必要ないで」

「……そう、ですね」


 インデラは一つ深呼吸すると、両頬を軽く手で叩いた。


「醜態を見せて申し訳ありません」

「よし。空も問題ないな?」

「啓斗さん。問題ありませんよ」


 啓斗の確認に、空は狼狽した様子もなく頷いた。


「じゃ、改めてこれからの話をしよか。現在人間の12国家のうちマッカード帝国、ジールハン皇国、カナディ公国、エルサムル国、オーザ神国、キッシュ共和国の六ヶ国が襲撃を受けてる訳やけど、ここで止まるとは考えにくいやろ」

「六ヶ国に何か共通項がある訳でもありませんので、その通りだと思います。最悪、人間国家すべてが魔族の襲撃を受ける可能性も……」

「最悪の事態は全ての国が襲撃を受けることやないで宰相。元国家まで襲撃を受けることや」

「元国家……? まさか!」


 しばらく首を傾げていた空は、ハッとした様子で啓斗を見る。インデラも察した様子で、啓斗に頷く。


「そう。最悪なのは、元ライジングサン王国領土に魔族が襲撃してくることや。あそこには勇者はおろか、今はまともな軍もない。もしそうなれば、間違いなく地獄になるで……」


 






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これ(カクヨム)って後書き機能ありましたっけ……


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さいとうさ @saitousasan

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