ドイルへの旅程編

道中愉快なプロローグ



『──我が忠実なる僕、闇の神官よ』


 誰かが彼に呼びかける。


『我が加護を以て、神敵、高富士 祈里を討伐せよ』


 闇の神官、グトゥレイレは腕を組み、片膝を付き、ただひたすらに傾聴する。


『闇の女神の名の下に──』


 神託が終わっても、グトゥレイレは姿勢を解かない。神の声の余韻に浸るように、肩を震わせる。


「畏まりました……我が主神」


 数分の後、彼は立ち上がる。

 迷いもなく歩き出す。自らに課された使命を果たさんがために。

 そんな彼を呼び止める声があった。


「──どこへいく」

「……ヘリウ様」


 声をかけたのは、魔王──いや、魔王代理人である、現在魔族のトップに君臨するヘリウであった。

 魔族に置いて力は絶対。トップともなれば、何人たりとも従わなくてはならない。無論、問われれば誠実に答えるのが鉄則だ。


「主神の思し召しのまま、行動するのみですよ」


 だが、グトゥレイレは答えをはぐらかす。

 グトゥレイレは最上の存在足る闇の神を信仰する神官である。例え魔王の言葉であろうと、使命のためならば無視する事も厭わない。

 そしてまた歩き出そうとするグトゥレイレに、ヘリウはため息を漏らした。


「別にとめるつもりはない。お前が言っても聞かん奴だと言うことはとうに理解している」

「……」

「ただ、こちらもこちらの計画があるからな。何をしに行くか、いつ帰ってくるか位は教えてほしいものだ」

「殺せとの命ですよ。ある人間をね。どこなのか、いつ終わるのかは、私にも分かりません……」

「一人で行くのか?」

「たとえ離れていても、闇の神の下、我々信徒は何時も隣にありますから。……では、これで」


 聞く耳を持たないグトゥレイレは、そのまま部屋を出ていく。


「宜しいのですか? 勝手に行かせて」


 ヘリウ以外の者がいない筈の部屋で、また別の男の声が聞こえた。

 その直後、影のように真っ黒な装束に身を包んだ人型が、ヘリウの脇に現れる。


「よくはない。今は人間に攻勢をかける大事な作戦の前だ。予定が狂ってしまっては困る」

「では、如何に?」

「ビース。クリスの件が片づいてすぐに、というのは悪いが、奴を尾行せよ」

「問題ありません。了解しました」


 その声を後に、ビースはグトゥレイレを尾けるために動き出す。


「……では、私も始めようか」


 本当に誰も居なくなった部屋で、ヘリウの不穏な台詞が微かに反響するのだった。







 同日。

 レギンからドイル連邦へ向かう主街道の中途、セバスチャンとその護衛団の馬車内は、カオスな様相を呈していた。

 商人の護衛では商人側が御者を用意するのが一般的ではあるが、今回はセバスチャン本人が御者を務めていた。

 馬車は二つあるため、元々の予定ではひとりだけ御者を雇うこととしていたが、勇者の新井 善太率いるパーティーの中に、馬車を扱える者が二人居たため、セバスチャンとその二人でローテーションを回すことにしていた。

 また一人乗馬して見張りをつとめる者が必要となる。新井は乗馬の経験がなく、またキリこと祈里は《乗馬 Lv.1》を習得していたが、初心者レベルでは見張り役など務まる筈もなく、パス。

 黒薔薇アリーことアリーヤは、王女教育の一環で乗馬を習ったことがあり、操馬技術はそこそこあった。新井パーティーのほかの二人も高い操馬技術を持っていたため、その三人で見張り役をローテーションする事となった。


 そして今、セバスチャンと新井パーティーの一人が御者を行い、新井パーティーの別の一人が見張り役を行っているため、護衛用の馬車の中にいるのは、高富士 祈里、アリーヤ、新井 善太、新井付きのメイドであるメイの四人である。


 アリーヤは、正直目の前の光景に当惑していた。

 繰り広げられる会話が、言葉で表すのが難しい程に混沌としていたためである。


「へぇっ! じゃあ、この馬車のクッションも、人を駄目にする枕も、善太さんが作ったって事っすか!? マジ尊敬っす!」


 まず、勇者である善太に、異常に気安い言葉遣いで話しかける金髪金眼の男──その正体は、《変身》を使い姿を偽った、祈里であった。


「………」


 そして姿はともかく、祈里の口調の完全な変貌っぷりに戦慄するアリーヤ。


「あ、……ぃゃ………の、思い付ぃ……けで……れは」


 その舎弟のような口調で迫る祈里に、若干怯えて引きながら、たどたどしく小声で返事をしようとチャレンジする善太。


「それ以上の詮索はマナー違反でございます。キリ様」


 その横でフォローを続ける、メイ。


「ホッホッホ、これが若さでございますか」


 朗らかに笑いながら、意味不明な感心をしつつ静観に徹するセバスチャン。

 もはやどこから突っ込めばいいか分からない状況であった。


「えー! いいじゃないっすか! 親睦を深めようってだけっすよ!」

「…………」

「それが過剰であると言っているのです」

「そんなことないっすよ! ねぇ善太さん!」

「…………」

「な、ぃゃ、……の、別、に……」

「だから、近づきすぎだと言っているのです!」

「えー、じゃぁメイちゃぁん。パンツの色教えてよ」

「…………」

「何を言っているのですかあなたは!!」

「ホッホッホ」


 ──やはりカオスである。








「で、結局あからさまに拒絶された訳ですが、釈明をどうぞ」


 セバスチャンの護衛依頼を受けて2日後。

 アリーヤと俺だけが居る馬車の中で、俺への詰問が始まった。

 馬車の御者はセバスチャンが務めているが、アリーヤがエアホールの魔法を応用した防音の魔法により、こちらの会話は御者台までは届いていない。代わりにあちらからの声も聞こえないから、セバスチャンの口の動きは常に透視して監視する必要があるが。


「釈明も何も、予定通りだから問題ない」


 俺は自身の金髪を指で弄くりながら、アリーヤの質問に適当に答える。

 護衛初日朝、同一の依頼を請け負おうとしていたもう一つのパーティーの中に勇者の存在を確認した俺は、念のために未明にセットしておいた《変身》スキルで髪色と目の色を変更したのである。


 鑑定結果から、勇者が日本人であることは容易に察せられたので、黒髪黒目のまま会うのは危険だと判断した次第だ。

 昔に召還された勇者の子孫が相当数残っているからか、この世界でも黒髪黒目というのは居ないわけではない。だが「もしかして日本人ではないか」という疑問を浮かばせる一要因にはなり得る。そして出来るならば、その可能性すら排除したかった。あの勇者に知られるだけなら良い。だが、周りの取り巻きにまで知られれば、間違いなく面倒なことになる。


 幸いな事に、アリーヤの「黒薔薇」という二つ名のイメージ先行により、俺自身の容姿の情報は殆ど出回っていない。現にあの勇者ハーレムパーティーも情報は持っていなかったようだ。


 セバスチャンは俺が変装して登場したことにピクリと眉を動かしたが、それだけだった。それ以降何のアクションも言及もして来ない。

 どうしようまた借りが一つ増えた気がする。


「予定ですか?」

「常時あいつらと一緒だと、俺達の行動も制限されるだろう。道中魔物を倒してレベル上げもしたいからな」


 ぱっと見、というかどう見ても、あのどもり勇者はコミュ障って奴だ。精神医学的な用語ではなく、俗語的な意味で。

 加護が《ヒキニート》とかいう謎能力ではあったが、召喚される前は引き籠もりでニートだった可能性は高い。

 そんなコミュ障君に、チャラくてやたら絡んでくる奴が話しかけたらどうなるか。結果は目に見えて居る。嫌がられて怖がられる。

 そしてそんなコミュ障君の横に居た、場に不相応な服を着たメイド。

 鑑定するに、その能力はかなり高い──男性神官騎士に迫る程である。さらにロングスカートで装飾多めなメイド服の下に隠されている、戦闘用魔動具と、大量の暗器に毒物。称号にマッカード帝国裏部隊云々と記されていたから、おそらくマッカード帝国が所有する暗殺者か何かかと推察できる。

 つまり、このコミュ障君はマッカード帝国から追放された勇者という訳ではない可能性がある。少なくとも、マッカード帝国から見捨てられた訳ではない。このメイとかいうメイドは、コミュ障君の監視役か護衛役だろう。

 俺のように怪しく、そしてコミュ障君に怖がられている男がいれば、彼女はどうするか。なるべくその男(俺)を排除するだろう。

 だが護衛依頼である以上、その一護衛でしかない彼女たちが、俺達の依頼を取り下げさせることは出来ない。そのため、メイはセバスチャンに無理を言って、荷物を二つの馬車に分け、パーティー毎に馬車に乗るよう、セバスチャンに打診したのだ。

 荷物を移す作業をコミュ障君のパーティーがやってくれるなら、という条件で、セバスチャンは承諾。元々荷物用だった馬車から半分ほどの荷物をあちらに移し、代わりに俺達のパーティーは、見張りに馬に乗る必要は無くなった。まあ俺は関係ないのだが。


「ま、簡単に言えば、煙たがられて別行動したかったのさ」

「……まあ、分かりましたけど、何故こんな回りくどい方法を? 手早く催眠でもすれば良かったのでは」


 さらっと外道発言。

 最近アリーヤの毒が強くなっている気がするぜ。誰のせいだろう(棒)


「この《変身》、常時スキルを使ってなければ元に戻るっていう仕様なんだが」

「MPが常に削られていたりするんですか?」

「いやそれはない。スキル使用に関しては何も消費しないんだが、問題は昼のスキルだ」

「あ……」


 昼間、俺は予め朝にセットしておいた四つのスキルしか使用することが出来ない。そして《変身》している限り、俺の四つのスキルスロットの内一つが常に埋まっている状況となる。


「一つは《変装》、汎用性を考慮して《闇魔法・真》と《視の魔眼》。あと万一の時のために《武術・極》。《陣の魔眼》に関しては《武術・極》と迷ったが、『精神干渉魔法』の効果が極稀に不安定になることを考えると、正直入れられないな」


 その点、《武術・極》はイージアナの卓越した武術を模倣した動きを可能とするスキルだ。俺の意志で自由に扱えないことが玉に瑕であるが、実際に戦ったからこそ分かるあの人外地味た武術は、ステータスが下がって手札が極端に少なくなっている昼間には有用だろう。

 自分の意志で自由に動かせないのが嫌いなので、非常事態でないと使いたくないが。


「なるほど……そういえば、《探知》は入れていないんですか?」

「今みたいに集中できる場であれば、《視の魔眼》の『千里眼』である程度事足りるからな」


 爵位が上がって以後、「千里眼」は障害物に阻まれなくなった。お陰で森の中でも自由自在に視点を動かすことが出来る。

 そこに「透視」「遠見」などを組み合わせれば、《探知》の代わりもある程度務まる。

 問題があるとすれば視覚以外の情報は得られないことだが、《探知》もこれでこの世界の隠蔽魔動具で隠された者を《探知》出来ない事があるから、信用の出来なさで言えばどっこいどっこい。


「それに、フェンリルや黒狼、シルフにも索敵は頼んでいるから、あまり心配しなくて良いだろう」


 黒狼達は影に潜り、シルフは不可視化が可能だ。コミュ障君のパーティーの索敵で見つかることは無い。


「なるほど……ところで、話は変わりますが、あの妙な喋り方は何だったんですか?」

「ん? 喋り方って……これの事っすかぁ?」

「ひぃっ……!」


 口調を変えた途端、アリーヤがおぞましい物を見るような目でこちらを見る。腕を抱えて、狭い馬車の中後ずさるように体を動かす。腕を見ると、鳥肌が立っているようである。

 ……そういや、コミュ障君と馬車の中にいたときも、俺が話す度一々そんな目で見て沈黙していたな。


「なんすか?」

「やっ、やめて下さい! それ!」

「何のことっすか?」

「わざとですね? わざとですよね!?」

「ちょっと何言ってるかわからないっすわ」

「謝るから許して下さいごめんなさいです!!」


 面白いようにビビる。

 楽しい。


「……そんなにこの口調変か?」

「現実との乖離が甚だしすぎて……生理的嫌悪感が……」


 本能レベルで嫌っているのかよ。少し傷つくぞ。


「その、演技とか出来るんですね。ちょっと意外です」

「俺を何だと思っているんだ」


 ライジングサン王国に居たときも演技くらいしていただろうに……

 してたっけな?

 能力こそ隠してあれ、態度は殆ど素だった気がしないでもない。

 だがまあ口調を変えるくらいの演技なら誰でも出来るだろう。


 そう思いながら、「影空間」から一つの長い物体を取り出す。

 色は黒。形状は筒状。引き金がついていて、先には穴が空いている。つまり銃だ。

 だがビジュアルは、一般的な銃のそれとは違う。

 まず引き金が銃身の真ん中にある。そして両端に銃口だ。二つの銃を、百八十度反対に組み合わせたような形、というとわかりやすいだろうか。

 そして異様に長い。2メートル近い長さだ。直方体の馬車の対角線でもギリギリの長さである。

 引き金に薬莢の底を打つハンマーこそ内部にあれ、オートマチックな構造も、中折れの構造もない。つまり先込式だ。

 完全に俺が使うこと以外考えていない、俺専用の銃である。


 先込式とは言ったが、実際のところ火縄銃のような七面倒臭い手順もない。リボルバー式の拳銃のリロードや、ボトムアクション式よりも早い。マガジンの交換の時間まで加味すれば、フルオートマチックの拳銃よりも下手すれば早いだろう。

 なんせ俺は、銃身内部の「影空間」から直接弾丸をセット出来るのだから。俺が認識できる最大の速度で弾を入れることが出来る。


 銃身の内部はアダマンタイトでコーティングされており、ライフリングも刻まれている。銃身全てが《闇魔法》で「支配」されているため、焼き付く心配も余りない。

 口径は20mm。ほぼ砲と言っていいサイズだ。火薬はガンパウダーではなく約二倍の火力のあるTNTであり、しかも銃身が壊れない程度に大量に使用する。威力は対物狙撃銃など比較にならない。

 勿論反動はえげつない物になるが、そのための反対方向の二つの銃身だ。真ん中の引き金を引くと二つのハンマーが作動し、二つの弾丸が同時に反対方向に発射される。《闇魔法》を使えば弾丸の弾道は自由自在であるため、狙いを定める必要はないのだ。どこに打とうと威力さえあればいいのである。


 そういえば、弾薬をTNTにしたとき、一つの問題が生じた。市販の火薬を使ったときより、各段に威力が下がったのである。

 考えられるのは、《闇魔法》の弊害だった。


 「支配」された物体は空気抵抗の影響を受けない。それが火薬が起こした爆風にまで影響していたのだ。空気抵抗とは言うが、実際は影を作らない透明な物体を透過する、というのが実体である。黒色火薬を用いたときは硝煙が発生していたため、気体を溶媒とする固体のコロイドである煙は透明な物体と見なされず、「支配」された弾丸に運動エネルギーを与えることが出来た。


 だがTNTはほぼ無煙火薬。発生するのは窒素や二酸化炭素などの無色透明な気体のみであり、その気体がいくら爆発しようと、弾丸には殆ど影響しなかったのだ。


 目的と用途は違えど、レールガンのような対処でこの問題は解決することが出来た。レールガンは導体を二つのレールに乗せて、電流を流し導体を飛ばすのが主な仕組みだが、現在の技術だと導体内の抵抗により導体が発熱し、融けるどころかプラズマ化してしまうため、弾丸としての機能を果たせないという難点があった。そこで導体の前に絶縁体を置いておくと、プラズマ化した導体は絶縁体を押し、結果として絶縁体が弾丸としての役割を果たすのだ。

 同様に、「支配」されていない物質を火薬と弾丸の間に挟んでおく。すると爆風はその物質を押し、物質は「支配」された弾丸を押す。物質を「支配」された弾丸と付着させないでおけば、発射後に物質は分離し、闇魔法で「支配」された弾丸を自由に「遠隔操作」できるのである。

 分離した物質は、弾丸が銃口から出る瞬間に、銃身内に出来た影を「影空間」にして回収する。これで物質まで銃口から発射されることはない。


 また、起爆剤となる雷管には、なんと黄リンが使われている。黄リンは常温で自然発火することで有名であり、今は危険すぎて使われなくなったが、かつてはマッチとして使われていた。黄リンは僅かな衝撃で激しく発火する。無論撃鉄で打っても発火した。危険すぎて本来は雷管として使われないだろうが、俺は使わないときは空気に触れない影空間の中に保存しておける。さらに闇魔法で「支配」しておけば、かつて臭いの発散を止めたのと同じ要領で、空気中の酸化も任意に防げる。ノーリスクと言っても良い。

 ちなみに黄リンは俺の体からリンを「元素錬成」で抽出して原料としている。構造は四面体を作れば良いだけなので至って単純だ。自分の体を原料とするのは如何なものかと思うかも知れないが、初めこそ空気中の窒素、酸素と木材の炭素でTNTを作っていたものの、最近は全部俺の体を原料にしてしまっている。

 なにせ人体にはリンが約700g、窒素は約2100gも入っていたりする。炭素と酸素は言わずもがなだ。ぶっちゃけ空気中の元素を頑張って集めるより、人体から錬成した方が早い。その上損傷は軽微だから、再生によるHPの減少も僅かな物だ。すぐ自然回復するので、気にするまでもない。

 これで戦闘中も火薬作り放題だ。


「そういや、あいつらを催眠出来ない理由がもう一つあった」


 引き金に指をかけ、銃を適当に構えながらアリーヤに話しかける。

 それまで俺の銃を興味深そうに見ていたアリーヤは、視線を俺の顔に向け、首を傾げることで続きを促す。


「精神干渉魔法は、発動から効果が出るまでに若干のタイムラグがある。殆ど反撃出来ない程のわずかな差だが、その間に歯に詰めている毒薬を噛んで呑む位なら出来る」

「毒薬……メイさんが、ですか?」

「そうだ。奥歯に常に仕込んでる。しかも『透視』した所、心臓に変な物が埋め込まれていた。多分魔動具だな」


 予想できるのは、何かしらの約束を破ると、心臓を止める魔動具。あるいは、心臓が止まったことで発動する魔動具。

 心臓を止めるような機構は見られなかった。では後者であったとき、ありがちなのは自爆だが、この場合それは無い。それだとコミュ障君を巻き込む可能性がある。

 ならば──鑑定結果は、簡単に言えば『発信機』だった。


「相互通信ではなく、使い捨ての一方通行の通信魔動具。しかも魔力を貯めておいて使うタイプだ」


 相互通信の魔動具は非常に高価で、先代勇者が開発して数は多少増えたものの、未だに希少だ。各国家首都間及び、主要都市間に一つずつ限定的に配置されて居るのみである。

 対して、一回限りの通信魔動具は高価ではある物の、相互通信魔動具よりは圧倒的に安価。国家直属の特殊部隊に使われることが多いと言う。


「それがメイさんの心臓にあったという事は、心臓が止まった時に信号を送る魔動具かもしれない、と」

「まーほぼ確定的だな。そして恐らく送信先はマッカード帝国だ」


 答えながら、引き金を無造作に引く。

 発射音が鳴り響くが、アリーヤが魔法を使って馬車を真空の層で包んでいる限り、音が外に漏れることはない。

 爆風の力を媒介する物質を「影空間」に収納。銃口から殺人的な勢いで飛び出す弾丸を「遠隔操作」して、気付かれないように馬車の出口から外に出す。

 さらに三発追加。


「催眠をしようとした場合、効果を発揮する前にあの殺し屋メイドが毒を飲み死亡、マッカード帝国がそれを感知……という事態は避けたい」


 信号が届いて直ちにマッカード帝国が俺をどうこうできるとは考えづらい。だがマッカード帝国には勇者がいる。

 勇者の加護は極めて強力だ。一対一なら昼でも対応できる気がするが、それ以上……多対一となると敗色が濃厚となる。夜ですら、完全に勝利するためには入念な準備を必要とするだろう。

 勇者の能力を把握できていない以上、勇者やその戦力を有するマッカード帝国に対して下手な対応は悪手だ。


 空を飛ぶ弾丸。黒狼の報告にあった地点へ方向を修正し……獲物(経験値)へとすぐにたどり着いた。


 この世界に経験値が無い以上、俺のレベルアップに必要な経験値の計算は、俺自身のスキルで決定していると思われる。

 だが鑑定しても式は出ないため、ガバが存在して非効率な行動をしていようと、俺はその判別をすることができない。

 しかしその中でも仕様として分かっていることがある。黒狼達が獲物を仕留めようと、その経験値は俺に入ってこない。だが黒狼達が倒す前に俺が一撃でも攻撃を入れていれば、なぜか経験値全てが俺の物となる。

 最後の一撃を入れた者に全てか、或いは倒すまでに攻撃を入れた者に分配、という二つのシステムが一般的なのかも知れないが、おそらく俺のスキルの場合は後者だ。だが経験値を受け取るのが俺だけな以上、結果的に俺に全て寄越されるのではないか。

 まあ過程をいくら考察しようと、結果は変わらない。


 弾丸はゴブリンの膝に当たり、関節を破壊。残り三つの弾丸でさらに残りの足と武器を持った両手を撃ち抜く。

 機動力と攻撃手段を失ったゴブリンは、現状把握が出来ない呆気にとられた表情のまま、地面に崩れ落ちる。

 そこで黒狼がゴブリンの顎を噛み砕いた時点でターンエンド。


 昼間に使えるスキルに《レベルアップ》を入れていないため、昼間に魔物を殺したところで経験値は得られない。だが殺すのが夜ならば話は別だ。例え《レベルアップ》をセットしていない状態で入れた攻撃も、経験値の判定に加味される事は確認済みだ。

 つまり昼間に死なない程度に攻撃を加えておき、夜になって殺せば経験値を頂けるというわけである。


 俺が行動不能にした魔物を、黒狼達が運んで一カ所に纏めておく。他の魔物や冒険者に見つからないよう、影の中に仕舞っておくのだ。

 かつて俺がケッチョーを影の中に引きずり込む戦法を取っていたように、俺の影空間に収納するという形以外ならば、生物でも木などの影空間に隠すことができる。(無論暴れられれば外にでてしまうので、行動不能にする必要はある)

 後は夜になって黒狼達に全て留めをさしてもらえば、晴れて経験値ゲットだ。

 その際に魔物の体に残された弾丸も回収しておこう。


 なんだかんだで昼間にも経験値を稼げる手段ができたことは嬉しい。無論簡単にレベルは上がらないだろうが、塵も積もればなんとやらだ。


「では、これからどうするのですか?」


 また黒狼から報告があったため、四発撃って弾丸を操作しつつ、アリーヤの質問に答える。


「そろそろ勇者の情報が欲しい。良い機会だし、彼から教えてもらおう」

「……この段階で、ですか?」


 確かに俺達への警戒心はMAXだろう。とくに暗殺メイドは尚更。

 こんな状況で探りを入れるなど難易度ハードなミッションではあろうが。


「取り敢えずあの勇者を暗殺メイドにバレないように催眠すりゃいいだろう」


 正直あの勇者が、「精神干渉魔法」に抵抗できるだけの精神力があるとは到底思えない。問題なのは、《陣の魔眼》を使った瞬間を暗殺メイドに見られれば、マッカード帝国に伝わる可能性があるという事のみだ。


「そもそも昼間に何か仕掛けるって言うのが悪手なんだ。やるなら何が起きてもどーとでもなる夜間だろ」

「へ?」


 いくら馬車を分けようと、夕飯、就寝中の見張りなど、チャンスはいくらでもある。


「と言う訳でアリーヤ、働いて貰うぞ」

「は、はぁ……」


 さあ似非ハニートラップ作戦と行こうじゃないか。


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