闇魔法使いの閑話 その二


 私は名も知らぬ男に連れられ、歩いている。

 男は白いローブのような服をはためかせ、私の前を悠々と闊歩していた。


 つい先ほど、私──闇魔法使いのシーナは、目の前の男に救われたのだ。


 ベッドに臥せ、男と会話を交わした時。

 頬に人肌に近い暖かさを感じ、次に首筋にチクッとする微かな痛みを覚えた。

 首筋を噛まれた、と分かった次の瞬間、私の意識は闇に飲まれた。


 そして次に目が覚めたときには、私の視界に世界が飛び込んできた。

 目が見えるようになっていた。

 鉛のように動かなかったボロボロの体は、寿命を延ばし若さを保っていた数日前の瑞々しさを取り戻していた。いや、寧ろそのときよりも、肌のキメが細かくなっている。

 肌は不気味なほどに青白かった。それが妙に、自分が人間ではないのだと感じさせた。

 締め付けるような痛みも、呻くような飢えも感じない。

 体の中から、不思議と力がわいてくる。

 魔力に至っては、寧ろ倍増していた。


「目が覚めたか」


 聞こえた男の声のもとに、私は視線を向ける。

 そこにいた男──私を助けてくれた人物──は、微かに頬を緩ませた。

 精悍な顔つきの男だった。

 肌は浅黒く、彫りの深い顔に、優しそうな垂れ目が印象的だった。

 着ている服は、どこまでも真っ白なローブ。一切の穢れを除いたような、美しく、恐ろしい白だった。

 男はベッドの横まで来ると、私の顔を覗き込む。


「どうやら問題はないようだな」

「ええ。寧ろ良すぎるくらいよ」

「それは重畳」


 男は頷くと、視線をふと外に向けた。


「目覚めてすぐで悪いが、早速やってもらうことがある。付いてきて欲しい」

「……ま、まさかすぐに? そんな」


 早速この男に抱かれるのだろうか……。

 いや、既に覚悟はできている。それに、私は自身の処女に価値を感じていない。いくら見た目が若くても、実際はいきおくれのババアだ。

 それに、この男に処女を捧げるのも、きっと悪くない。男は見てくれは良いし、なにより私を救ってくれた男だ。

 初めて抱かれる相手としては、悪くないんじゃ無かろうか。


 私の葛藤に気づいたのか、男はため息をついて、


「下らない事を考えてないで、ついてきてくれ」


 といった。


「あんたが想像してるようなことは無いから安心しろ」

「……う……うぅ」


 恥ずかしい。

 心を見透かされたことも、早とちりして勘違いしていたことも。

 自分の頬が熱くなるのが分かる。


 私が一人赤面していると、男は不意に手を差し伸べてきた。


「掴まれ。世界を移動する」


 は? 世界?

 軽く鼻で笑う所かも知れないが、異世界召喚を実際に行使した私にすれば、聞き流せない言葉だった。

 しかも、召喚ではなく、移動である。この二つは似ているようで難易度が全く違う。

 世界を超えずに、遠隔地にただ転移することは、熟練した魔法使いにとってはそう難しいことではない。

 だが世界を越えるとなると、莫大なエネルギーを消費することになる。世界の法則を越えることは、それだけ大変なのだ。なにより世界の壁を超えるとき、嵐によって魂が磨耗してしまうため、魂の質にも問題が出てくる。

 異世界召喚なら、その問題を幾つかクリアできる。異世界から魂を直接持ってくるのではなく、エネルギーによってパスを作り、後は女神に委託すればいい。転魂の女神がいるという世界は、いわばあらゆる世界の上位にあり、一度女神がそこまで魂を引き上げてから、召喚した世界に落としてくれるのだ。これが勇者召喚の術式と言われている。

 簡単そうであるが、実際はこれだけでも大変なのだ。

 しかし世界移動となると次元が違ってくる。なにせ術者ごと転移する上、目的の世界にマークを作れない。女神の力を借りる訳にも行かず、世界移動に必要な全てのエネルギーを自身が消費することとなるのだ。こんなの神の所行であり、人間では無理だと結論づけられている。

 だが、これらはこの世界における理論と仮説だ。

 私は召喚した例の異世界人が、すぐに別世界へ転移した事を思い出す。あれが仮に世界移動なのだとすれば、異世界では世界移動が難しいことではない可能性も、十分ありえるだろう。

 そう自分で結論づけて、私は現実を直視する。


「えっと、手を繋げばいいの?」

「あぁ」


 事もなげに男は言う。

 対して私はプチパニックだ。さっきまでのも、現状を理解したくないための現実逃避だったりする。

 何せ私は本当に長い間、異性との交流を持っていなかった。

 おかげで異性に対する免疫はほぼゼロなのだ。

 自分でも情けない話だとは思うが、異性と手をつなぐなど、私にとってはハードルが高すぎた。


「…………」


 手を伸ばしかけたり、引っ込めたりを繰り返していると、男の視線に呆れが混ざるようになってきた。

 いい加減しびれを切らしたのか、


「さっさと行くぞ」


 と言い捨てて、私の手を強引に掴んだ。


 次の瞬間、私は全く知らない空間に居て。

 訳の分からぬまま、男の後ろをついて行っている。

 それが現状だった。



「着いたぞ」


 しばらくキョロキョロしながら歩いていると、男はある扉の前で立ち止まった。


「……ここは?」

「執務室、のようなものだ。中にいる人物……存在? と面会してもらう」

「………」


 またハードルの高いことを……。


「ちなみに、ここにいるのはこの世界の神様だから」


 訂正。ハードルが高いどころの騒ぎじゃない。


「冗談よね……?」

「まあ、まだ完全な神ではない。安心しろ」


 さてどこに安心する要素があったのだろう。

 結局の所、神に近しいという格の違う存在に変わりないじゃないか。


 尻込む私を置いて、無慈悲にも男は扉を開け放った。


 


「闇魔法使いシーナよ。妾は主神。宜しくなのじゃ」


 待ち構えていたのは、金髪な幼女だった。

 幼女だった。


「主……えっと……?」


 世界の神様とか言うので、余程荘厳な存在を予想していたのだが、この幼い少女の姿には戸惑わずに居られない。

 どもりながらも、助けを求めるように男に視線を送る。


「俺の上司みたいなもんだ」

「……」


 さて、さらに情報が錯綜してしまったのだが。

 呆然とする私を余所に、男は踵を返し、部屋を出ていこうとする。


「どこいくのじゃ」

「もう俺は用済みだろう? この吸血鬼の姿は久し振りだからな。下界で遊んでくる」

「程々にのう」


 そんな短いやりとりの後、男は出て行った。

 無慈悲すぎるだろうあの男。


「さて、闇魔法使いシーナよ。お主を呼んだのは訳があっての」


 私の返事も聞かず、主神とやらは話を進める。

 そうしてくれるとありがたい。コミュニケーション能力が不足気味の私では、この混乱状態でまともに口から言語を為し得るか測りかねる。


「妾達には、ある敵がおる。世界を歪ませる敵がの。そこで、奴を倒すために、お主の闇魔法の力を使いたいのじゃ。あの男と組み、敵を討伐するのじゃ」


 壮大な話だ。まだ頭がついていけてない。

 だが、拒否権は無いのだろう。私はあの男に助けられた時、全てに従うと約束してしまった。

 これからどうなるのだろうな、と、混乱冷めやらぬ頭の片隅で、呆然と呟いた。




──────────


さいとうさです。

リアルの事情、詳しく言えば受験勉強云々により、来年3月辺りまで更新を停止します。

更新再開した際は、なろう小説と同時に投稿すると思います。

ではまた約一年後に──

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