グランツのside story
キャリキャリキャリキャリ! キャリキャリキャ………
「うるさいっ」
私は叩きつけるように目覚ましを止めた。
この耳障りな音から、私の一日は始まる。
「これの音、どうにかならないのかしら」
この世界の目覚まし時計は魔動具である。毎朝規則正しく鳴く、ある鳥型の魔物の声帯を浄化して使っているとかなんとか。耳障りな音は、この魔物の鳴き声であるらしい。
である以上、アラーム音の変更なんて便利な機能は持ち合わせていない。
全く、何で毎朝憂鬱な気分で目覚めなきゃならないのよ。
まあ嫌な音だからこそ私は起きられている訳だし? 元の世界では、朝に母が布団を引っ剥がしてくれないと起きられなかった私が、こうして自分で起きることが出来るのは奇跡に近いんだけど?
……やめようか。元の世界とか、母とか。
今考えても仕方ないや。
「みっつるっさまぁー! おきてますかぁー?」
コンコンと数回ノックしてから、私のお付きのメイドが声をかけてくる。
その明るい声に、少し鬱な雰囲気になっていた私は、クスッと笑ってしまった。
「起きてるわ」
「しつれいしますねー」
どこかポヤっとしてて、いつも明るいこのメイドさんは、この城の中で数少ない味方と言っていい。
私の癒やしタイムである。
「ご飯に行く準備をしますよー」
「お願い」
こうやって、メイドに着替えなどの身の回りの世話をしてもらうのも、随分と慣れた。
最初は日本の現代人としての固定観念が邪魔をして、一々戸惑ったりやたらと恥ずかしかったりした物である。
でも、徐々に気づいていった。
……メイドさんの居る生活って、楽。
世話してもらうの、ほんと楽。
この生活に慣れちゃヤバいなぁ。もうメイドさん無しじゃ生活できなくなってしまう。
だが。
その、白色のエプロンに包まれるたわわ。
貴様だけは許さん。
「あれ? どうしたんですかー? 怖い顔」
「なんでもー?」
ちょっと口をとがらせて、そっぽをむく。
メイドさんは疑問符を浮かべながら、また私の着替えに戻った。
あ、ちょ! 当たってる当たってる!
なんなんだそれは、当てつけか!
ご飯に向かう途中、雄一君が部屋から出てきてばったり遭遇する。
「おはよう、雄一君」
「……おはよ、光」
いつもの挨拶。
彼とも随分と親しくなったものだ。最初は合田さん、田中君と呼び合っていたのに。
ま、こんな味方が少ない環境に長く身を置けば、親身になるのも無理がないと思う。
「今日のご飯、何だと思う?」
「なんだろう。昨晩が牛だったから……」
私の他愛ない質問に、雄一君は顎に手を当てて考える。
いや、ちらちらこっち見てる。目は髪に隠れてるけど、案外視線ってわかるもの。
この視線は、元の世界でも何度か経験したことがあった。
自分で言うのも何だが、まあ、その、雄一君は、私に気があるのだと思う。
いわゆる、吊り橋効果って奴だろうけど。
まあそれでも、私に多少なりとも魅力を感じているのだろうか。
正直、私は顔はともかく、スタイルには自信がない。小柄だし、胸も無いし。
だから、こういう視線を感じると、ちょっと自信が戻ってくる。ちやほやされるのは嫌いじゃない。
それに、彼にそういう視線を向けられるのも、嫌ではない。
私には彼に対する恋愛感情は芽生えていないけど、それでも嫌でないと感じるくらいには、彼に気を許しているらしい。
私はチラッと雄一君の顔を見る。
長い髪に隠れた目は、まだ見たことがない。
こんなギャルゲーの主人公みたいな、根暗な奴、元の世界では友達になろうとも思わなかっただろう。気弱で、臆病で、男らしくないし、ちょっと内股なのがダサいし、身なりに気を配らないし、たまに挙動不審だったりするし、華奢で頼りないけれども。話してみたら普通に良い奴だったし、趣味も似通っていたし。
元の世界の私は、相当外見で判断して、視野を狭めていたのだなぁと思う。
……でも、雄一君には悪いけど、ちょっとタイプではないかな。
私の好みの男ってのは、男らしくて、かっこよくて、背中で守ってくれるような……
「あ、伊達君だ」
雄一君が前を見て呟く。
うん、雄一君、私は光って呼ぶのに、彼のことはまだ伊達って呼んでるんだよね。確かに伊達の方が圧倒的に言いやすいけども。
私も伊達って呼んでるし。
雄一君の言うように視線を前の方に向けると、そこには彼のお付きのメイドに、熱心にアプローチをかける伊達の姿があった。
……いくら男らしくても、あれはないわー
召喚当初は女神女神言ってたのに、巫女のリリー、魔族の子のリチウと来て、今度はメイド?
分かってたけど、あいつは女の敵だわ。間違いない。
伊達の熱いアプローチを、彼のメイドさんは冷たくあしらっている。だけど、ちょっと口元が笑ってるし、落ち込む様子を見せる伊達に、可愛がるような目を向けている。
……まんざらでもなさそうですねっ!
彼には、人を引きつけるような力がある。カリスマと言うものだろうか。
ハーレムでも作る気ですかね?
長ーい食卓に座って、三人仲良く朝飯である。
給仕はメイドさんや執事さんが全部やってくれる。
うん、楽。
このグランツ共和国、食事はとても美味しい。国土だけは豊かで、あらゆる作物を自国で賄えるのだ。故にほぼ鎖国じみた政策が行える。
ただ、魔物の数が少なく、魔動具の供給だけは自国で補えない。そのため、魔動具を特産品としていて、かつ似たような政策をとっていたライジングサン王国とだけは交流を持っていたらしい。
「雄一君、そういえば、ライジングサン王国がどうなったとか、詳しいこと知ってる?」
そんな話を耳にしたことがあり、博識そうな雄一君に聞く。
いや、完全に外見からのイメージだし、そもこの世界の事に関しては知識にそう差は無いと思うけど。
だが彼は意外にも、うんと頷いた。口の中の物を咀嚼して、飲み込んでから私の質問に答える。
「どうも王族が全員殺されたらしいね」
「ぜ、全員? なんで?」
「さぁ? 魔族がやったことらしいし、理由なんて無いんじゃない? で、中枢が丸ごとなくなって、各地の領主が勢力を強めようとしてるけど、マッカード帝国の睨みもあって、膠着状態だね。仮にどこかの領主が全部制圧しても、ライジングサン王国とは名乗らないだろうから、実質ライジングサン王国は消えたことになる」
「それって……やばいんじゃない? この国」
「魔動具は完全にあそこ頼みだったからね。この国のお偉いさんも焦り始めたらしい」
「遅くない?」
「うん。勇者軍の会議すっぽかしちゃったし、割とお先真っ暗。魔王が居なきゃ、他国に攻められて滅ぼされても可笑しくない」
それ相当ピンチなんじゃない?
……まあでも、魔王がいる間は人間の他国は戦争ふっかける余裕はないし、魔王を倒しさえすれば私達はこの国ともおさらばだ。あんまり関係ない話だね。
「……ていうか、聞いた私が言うのもなんだけど、雄一君よく知ってるわね?」
「情報収集は大事だしね。僕に出来る事って、それくらいしか無いし」
おう。ごめんよ雄一君。
君めっちゃ頼れるね。頼りないとか思ってごめん。失礼しました。
そして話に一区切りついて、私は次の話題を探していた。
私が彼と会話しているのは、少し居心地が悪いからだ。
具体的に言えば、部屋の扉を護衛している兵士の、敵対的な、それでいて蔑むような目線を感じているからだ。現在進行形で。
私達への待遇の悪さは、伊達の大立ち回りのお陰で改善された。でもそれは伊達が怖いからであり、私達への敵対心は薄れていない所か、時を経るごとに不満がつのっているように見える。
こういう視線は、慣れない。
「……あぁんっ!?」
「「「ひぃっ!」」」
慣れる前に、伊達が潰しちゃうからだけど。
ただ伊達が睨みつけただけなのに、兵士達は情けない声を上げて萎縮する。例の大立ち回りが、余程利いているらしい。
……そんなに怖いなら、伊達がいるところで私達を睨まなければ良いのに。
大体こういう輩は、伊達が睨むだけでなんとかしてくれる。
だけど、それを承知でなお突き進む人が一人。
「あらマサヨシ様。またそんな無能共を庇っているのですか?」
「リリー、てめぇ」
私達を召喚した、巫女様ことリリーである。
食事中の部屋に入ってきて、雄一君と私の二人を蔑むような目で見る。
元々こういう部分はあったけど、以前はここまで直球じゃなかった。
「いい加減にしろよ。お漏らし女」
「んっ……あら、何の事かしら?」
「とぼけんなよ」
………うん。
「私はただ、勇者様の為を思って、そこの役立たずの屑共と付き合わない方が良いと、忠告しているだけです」
「ぶち犯されてぇか」
「はぁんっ」
うん。まあ、察しの通り。
Mが頭文字の性癖を持ってしまった彼女は、伊達に罵倒してもらいたいが為に、私たちをあからさまに蔑むようになったのである。
なんか当て馬にされたようで、あまりいい気分はしないのだが……
「い、いつでもどうぞ……」
「……ビッチめ。勝手に小便垂れ流してろ」
「んんっ……はぁ……はぁ……」
放っておこう。
結局、リリーはすぐに帰って行った。何の用だったんだ。ただ罵倒されたいだけだったのか。……すごくあり得る。
そして私達も食事を終え、部屋に戻る際、柱の裏からこちらを覗き見る小さな影を見つけた。
「リチウ」
伊達がその魔族の少女に呼びかけると、そろっと顔を出して、私の顔を見てビクつき、すぐに柱に隠れてしまう。
ん? 私の顔になにかついてるのか? 失礼ね。
「リチウ? リーチーウー」
伊達が根気よく呼びかけると、ゆっくりと柱から出てくる。だが、近寄ってはこない。
そして頭に被ったフードの隙間から、ちらっと魔族を表す角が見えた。
そのたびに私は、どうしようもない嫌悪感を覚える。
彼女が人間とは別種なのだと感じ、気味悪く思う。彼女がこの城に入って幾らか経つが、リチウの存在に好感を抱いたことは──無い。
この件に関してだけは、私は伊達に全く同意できない。頼まれたから仕方なく、彼に女の子の扱い方を教えたが、こんな気持ち悪い物を飼うなんて、本当に伊達はどうかしている。
いい加減苛ついてきて、何か言おうとしたところで、誰かが私の手を取った。
「光、行こう」
「雄一君?」
「彼女、僕達が苦手らしいからね。伊達君、先行ってるよ」
「おう。分かった」
私を放って話が進む。
そして、雄一君は私の手を引っ張って、どんどん廊下を進んでいった。
後ろを振り返ると、魔族の少女リチウが、伊達に抱きついている姿が見えた。
私達が離れたらすぐ抱きつくとか。一番強い伊達に媚び売ろうって? あからさまね。意地汚い。魔族らしいやり方だわ。こんな敵が同じ城にいるなんて、本当に──
「光、大丈夫?」
前を進んでいた雄一君が、私を振り返って聞いてきた。
「え? だ、大丈夫って? 大丈夫だけど。……それより、もう手はいいと思うんだけど?」
「え、あ……ご、ごめん」
ようやくまだ私の手を握っている事を思い出したのか、あわてて手を離す。
ちょっと雄一君の頬が赤い。
うぶすぎるよ雄一君。
「で、大丈夫?」
「だから大丈夫だって……」
「怖くない? リチウの事」
それは──
「……怖い。怖いよ」
「だよね。光は攻撃出来ないし」
ちょっとドキッとした。
彼の言うそれは、きっと私の性質じゃなくて、《光魔法》の事だとは思う。
でも、一瞬だけ、私の奥底を見透かれた気がした。
そう。私は攻撃が出来ない。
だからリチウが裏切って攻撃してきても、私には守る術がない。それが、本当にたまらなく怖い。
「……駄目だと思ったら、『助けて』って言って。僕が出来る範囲で、君を助けるから」
雄一君が、私の目を見つめながら言う。髪の間から微かに見える、綺麗な瞳が私を掴んで離さない。
暫くして、彼はバツが悪そうに顔を逸らし、
「いや、伊達君よりも何も出来ない僕が、何言ってんだって話だけど」
そう、乾いた笑みを漏らした。
目をそらされて、私もほっと息をつく。
そして、少し前に抱いたちょっとした疑いが、形をとってきた。
「……もしかしてだけど、雄一君ってもう、加護使えるの?」
「う、な、何をっ……!?」
「分かりやすい……」
おかしくなって、つい笑ってしまう。
雄一君は、少し前から強気になった。ほんの僅かだけど。
それは、何かされても何とか出来るって言う、無自覚な自信から来ているんだと思う。
本当に僅かな差で、多分伊達もリリーも、他のみんなも気づいてない。何時も隣にいた、私だけが分かる。
私だけが。
「でも、それなら何で皆に言わないのよ」
そう。それがずっと疑問だった。
使えない加護だったりしたら、きっと逆に雄一君は気を落としていたと思う。彼は、強くない、平凡は男子だから。
でも強気になれたってことは、彼の武器になる加護なんだと思う。
じゃあなんで、黙ったままでいるのか。
「それは、その、は……いや、精神にダメージを受けるんだ。結構深刻に」
「……『規格外』の加護がピーキーだとは聞いていたけど」
「だから、気軽に使えない……っていうか、出来れば使いたくない」
幾らリターンが大きくても、代償となる大きいリスクを無視することは出来ない。
そんな人に、力があるならそれを振るえと言うのは、傲慢だと思う。
「それなら……」
「だけど、君が『助けて』って言ったら」
再び、私を見つめる。
「僕は迷い無く使うから。安心してて」
……なにそれときめく。
「──って、なんか、恥ずかしいね、これ」
彼は苦笑しながら、照れ臭そうに頬を掻いた。
かわいい。
ていうか、今の雄一君、超かっくいーんですけど。
心臓が暴れてるんですけど。
どう責任とってくれんのよ。
「……ありがと」
私は俯いて、そう言うしかなかった。
きっと頬が赤くなってる。それを雄一君に見せるのは、ちょっと恥ずかしかった。
以降、連れてこられた猫のように、私は雄一君の背中を追っていった。
(なんだろう──)
合田 光を後ろに連れながら、田中 雄一は考え込んでいた。
彼女を守るといった、その決意は間違いない。彼女への気持ちも確かだ。
そして、彼自身リチウに関して良い思いはしていない。どうやらリチウは純粋な魔族ではなく、人と魔族の間の子である、半魔族であるらしいのだが、その事実が、田中に虫酸を走らせる。
魔族は敵であり、それを無警戒に城に入れておくなんて、愚策だと思う。
フードの隙間から見える角に、明確な嫌悪感を抱く。
だが、元の世界にいる時、リチウと似たようなキャラクターは数多く存在していた。三次元にも、そういうコスプレはよく行われている。
──田中 雄一は、そんな彼女等に好意的な印象を抱く、健全な青年では無かったか。
二次元だとよくあるけど、三次元だと気持ち悪い。そんな物だと、当初は思っていた。
だが、かつて見た魔族っ娘のコスプレに、そんな嫌悪感は抱かなかった。
しかしながら、リチウを見る度、魂が支配されるような、吐きたくなるような嫌悪感を抱いているのも事実。
そのすれ違いが、彼を困惑させた。
合田は恐怖が勝り、違和感に気づかないようであったが、ある意味彼女より臆病な田中は違う。
(──『僕』が、おかしい?)
だが不安定な合田に、これを相談するなんて出来ない。伊達はリチウに構ってばかりであり、田中はただ黙って自問するしかない。
思考の迷宮。ヒントが少なすぎるそれは、答えが一向に見つからない。
「リチウ、何故あの二人を避けるんだ?」
「……二人、だけじゃない。他の人間は、皆怖い……」
「じゃあ俺は?」
「怖くない」
「そうかそうかー!」
でれっとした表情を浮かべ、リチウを胸元に抱きしめる伊達。
だが数瞬後、真剣な面持ちになった彼は、小さくつぶやいた。
「……この世界、おかしくないか?」
それらの問いに答える者はなく。針は残酷に時を刻む。
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