マッカードのside story


「……またやってるんか」


 マッカード帝国の訓練場。広いドーム、その静寂の中で、風切り音が静かに鳴り続けている。

 この時間はどこの隊も訓練場を使わず、また勇者も使わない……ただ一人を除いては。


 一人の青年が、汗をまき散らし肌上気させながら、ただひたすらに剣を振り続ける。

 その姿は型どおりであり美しく、また激情で斬りつけるような、荒々しい鋭さも兼ね備えていた。


「呆れる程に訓練馬鹿やなぁ」


 そんな青年に、また別の、糸目が特徴的な男がため息混じりの声をかけながら近づいていく。

 後数歩という距離になって、漸く訓練していた青年──新崎 龍斗は答える。


「何か用か?」

「いや、たまには息抜きした方がええんちゃうかと。珠希ちゃんや葵ちゃんも心配してるで?」


 心配げに、だが調子は軽く、糸目の男──金城 啓斗は言う。


 実際、龍斗は祈里に不完全ながら催眠され、ライジングサン王国からマッカード帝国へ移動してから、日中起きている時間のほとんどを訓練につぎ込んでいた。


(その勤勉さは見習いたいけど、度が過ぎるんもなぁ。……勇者が過労で倒れるとかなったら、笑い事ちゃうやん)


 内心結構本気で心配しているマッカード帝国勇者、金城 啓斗は、柳に風とばかりに聞き流している龍斗を見つめる。


 龍斗は彼の忠告を気にした素振りも見せずに、言う。


「強くなったらそうする」

「アバウトすぎやろ……」

「で? 用はそれだけなのか? だとしたら訓練を続けたいんだが」

「いや、すまん。本題は別や」


 訓練しか頭にないような、文字通り訓練バカの台詞に、啓斗はあきれるばかりである。

 龍斗はまだ話が終わりそうもないのが分かり、少し不満げな空気を出す。

 啓斗はスルーして、本題を龍斗に伝えた。


「インデラ・ジェンダ宰相様からの伝言や。『聖剣の用意が出来たので渡します』やって」

「……聖剣?」


 聞いた覚えのない単語に、龍斗は首を傾げる。

 啓斗は思わず、一瞬言葉を失った。


「…………は!? おまえ嘘やろ! ちゃんと二週間前に言うたはずやで!」


 そう言われ、龍斗は思い出す努力をする。


「そう言えば……訓練中にそんなことを言っていたような、気がしなくもない? どうやら訓練に集中しすぎて、聞いていなかったようだ」

「おまえ大丈夫か? 呆けるんは五十年早いで?」


 啓斗は心底心配そうな目で龍斗をみる。


「……聖剣が何なのか知らんが、まぁ、分かった。それで、いつ取りに行けば良いんだ?」

「出来れば今で。もう珠希ちゃんと葵ちゃんには話が行ってるし。どうせこれから暇なんやろ?」

「まだ訓練が……」

「暇なんやな? よし来い」


 有無をいわさず、啓斗は龍斗を聖剣の間まで引き摺って行くのであった。








「これは……何とも奇妙な部屋だな」


 龍斗は部屋をぐるっと見回して、言う。

 龍斗や啓斗を取り囲むように、剣、刀、槍、弓、杖などのあらゆる煌びやかな武器が飾られていた。


「此処が聖剣の間やで。歴代勇者達の聖剣が飾られているんや」


 啓斗が苦笑しながら龍斗に言う。

 彼も始めにここに入ったときは、同じ事を思ったものであった。


「ここにある全てが聖剣なのか? 弓や杖もあるようだが」


 不思議に思って龍斗は言う。確かに部屋に飾られている内の多くは、聖という名には相応しくない。

 さらによく見れば、ガントレットやメリケンサックなどすら飾られている。


「それも説明したんやけどなぁ……まあええわ。改めて説明するけど、聖剣っていう名前はあくまでも伝統で、剣である必要はない。剣士なら剣、弓使いなら弓って感じで、所有者に合わせた形になるんや」

「……形に、なる?」


 龍斗は啓斗の言葉に違和感を覚える。


「そ。聖剣はな……」


「あ、龍斗! 遅い!」

「ん」


 啓斗が説明しようとしたところで、龍斗の姿を見つけた珠希と葵が声をかけた。

 責めているようであるが、その表情には喜色が僅かに見えた。彼女らも、延々と訓練する龍斗と話す機会が少なくなっていたのだ。


「龍斗様、お待ちしておりました」

「はぁ」


 インデラ宰相の言葉に、龍斗は気の抜けた返事をする。だが彼女も含め、この場にそれを責め立てるような人間はいない。


 珠希や葵の言葉を信じるならば、龍斗はライジングサン王国に居た頃は、礼節をわきまえた心優しい青年であったという。

 だがあの日以来、彼の言動は粗野になり、宰相や皇帝に対しても無礼な態度を取ることが多くなった。

 マッカード帝国は、ライジングサン王国王城が燃え落ちたその日に彼に何らかのトラウマが生まれたとして、言動には触れぬようにしたのだ。

 何より、言動は粗野だが、勇者としての訓練は帝国側が心配になるくらい真面目に打ち込んでいるので、責める理由は無かった。

 故にインデラ宰相は彼に微笑んだ後、一つの箱を取り出す。


「こちらがお三方の聖剣でございます」


 ゆっくりと開けられた箱の中にあったのは、三つの無色透明な宝石であった。


「綺麗!」

「ん!」


 女子二人の表情が輝くのと同時に、龍斗は首を傾げる。


「……これが、聖剣?」

「そや。これに魔力を流すと、武器になる。ついでに勇者として世界に認められるとか何とかゆうけど、それは今はええやろ」


 珠希が我先にと宝石を手に取り、魔力を流す。

 すると宝石から光が溢れ、収まった頃には美しい輝きを放つ杖となっていた。

 片方の先端には宝玉が、もう片方の先端は目立って太くなっている。


 珠希は自身の手の中にある杖を一振りして、


「うん。いい感じ!」


 と笑う。

 そんな様子に、


「まず振り心地を確かめるんか……」


 と呆れた様子で啓斗が呟いた。


 その後、葵も同じように魔力を流し、銀色の弓を手に入れた。

 彼女は構えてみて、ん! と満足げに呟いた。


「……俺もやってみるか」


 龍斗は前の二人と同じように、宝石に魔力を流し込む。


「剣だな。そりゃそうだ」


 龍斗の手の中にあるのは、白光りする標準的なサイズの長剣だった。

 振り心地も悪くない。重心や重さも、所有者に合わせられているのかと、龍斗は感心した。


「問題ないようですので、銘を教えてくださいますか?」

「銘?」


 インデラの問い掛けに、龍斗は疑問を抱く。生まれたばかりの武器に、銘など存在するものなのだろうか。

 そこまで考えたところで、啓斗は龍斗に教える。


「手に持つ辺りに、さっきの宝石がはめ込まれてるはずや。そこに書かれてるわ」


 言われたとおりに見ると、確かに何か文字が刻まれていた。

 龍斗はそのまま読み上げる。


「堅固の剣、か」


「……銀翼の大弓」

「魔玉の棍ね」


 それ棍棒扱いだったのか、とその場の全員が内心で呟いた。

 念のために述べると、珠希の加護は魔法特化である。


(俺のだけ普通な名前だな……)


 少し気落ちしている龍斗をよそに、インデラ宰相は四人に告げた。


「聖剣を渡すのが遅くなって申し訳ありません。改めて詫びさせて貰います」


 彼女は謝るが、マッカード帝国に責任は無いと言える。

 原因は、クーデターのため勇者に聖剣と魔動具の存在を隠したライジングサン王国にあるのは間違いなかった。



「大丈夫ですって! この魔玉の棍で、魔王をきっちり殴り殺して来ますから」


 殴る前提なのか……と、再び珠希以外の内心が一致する。重ねて言うが、彼女は本来超級の魔術師である。

 そんな彼女に、インデラは安堵したように微笑んだ。


「有り難う御座います。これからも皆さんをサポートして参ります」


 その言葉を最後に、その場はひとまず解散となる。


 自分の剣の名前が思いの外普通であることに傷心している龍斗は、聖剣の間にズラッと展示されている聖剣を見ることにした。

 飾られた聖剣の下に、銘が刻まれているプレートがある。

 そのどれもが一々厨二臭く、少し昔の彼によくあった、青年特有の疼きを感じた。


「ん? 先代の聖剣は無いのか?」


 今の時代もっとも有名である、先代の勇者の聖剣が見つからないことに龍斗は気づいた。


「それがなぁ、どうも魔王との戦いで壊れたって話や」

「へぇ」


 この世界にいると、自然と先代勇者の伝記は耳に入る。そのどれもが死闘と称していたが、あながち誇張でもないのかと龍斗は考える。

 そしてふと興味をもって、隣の啓斗に尋ねる。


「そういや、お前にも聖剣はあるのか?」

「そりゃあるわ」

「どんなだ?」

「レイピアやで。非力な俺にも使えるようにな」

「共和国の勇者も持ってるのか?」

「ああ、会ったことあるんやっけ? 決闘したって話やったか。多分その時に使ってたのが聖剣やと思う」


 幾ら訓練用のダンジョンとはいえ、そのボスを一刀で倒すような剣が、まずふつうの剣では無いだろう。


「あの共和国でも渡されてたのか……」

「勇者に聖剣が渡されへんなんて話、聞いたこともないわ」


 いかに自分達の待遇がひどかったかを知り、すこしうなだれながら龍斗は扉に歩き始めた。


「ん? どこいくんや?」

「訓練場」


 啓斗の問いに、龍斗は素っ気なく答える。


「飽きひんなぁ」

聖剣これに慣れないと行けないからな」


 そう言って龍斗はまた歩き始める。

 その後ろ姿を見送ろうとした啓斗は、ふと思いついた。


「なぁ、龍斗。模擬戦せぇへん?」

「は? 模擬戦? 誰と?」

「俺と。聖剣馴らすなら実戦の方がええやろ」

「……」


 しばらく考えていた龍斗だったが、結局彼の意見に首肯したのであった。








「あれ? どういう状況なんですか?」

「あ、空さん」


 龍斗と啓斗が己の片手に聖剣を持ち、訓練場の真ん中で向かい合う。

 その脇で心配そうに様子を見ている珠希と葵の所に、Aランク加護『空間魔法』を持つマッカード帝国勇者である、西城 空が現れた。

 空が声をかけると、珠希は彼女に気づいたらしく、答える。


「実は、二人が模擬戦をすると言って……でも」

「模擬戦、という空気じゃありませんね……」

「ん」


 何となく重い空気を感じ、空は頷く。葵も小さく首肯した。

 珠希がこれまでの経緯を説明する。

 いつの間にかこの模擬戦には、敗者に行動を強制する、二人の間での賭事が生まれていたのだ。

 そして空はため息を一つついた。

 何かを賭けた模擬戦など、略式の決闘と違いはないのだから。


 そんな三人の見つめる先で向かい合う二人は、賭事の内容を決めようとしていた。


「なんで賭けなんか……」

「そっちの方が本気になれるやろ。俺ら二人で聖剣持って加護使って真面目に戦った事なんてなかったしな」

「はぁ、まあいい。俺が勝ったら、『訓練場における俺への接触禁止』で」

「そんなに訓練したいんか……わかったけどな」

「んで、俺が負けたときは何を要求するんだ?」


 そうやなぁ、と特に迷った様子もなく呟く啓斗。

 ニタリと笑いながら、こう言った。


「じゃあ、俺が勝ったら『龍斗、珠希ちゃん、葵ちゃん、の三人で強制1日デート』でどや?」

「はぁ?」

「「えぇ!?」」


 啓斗の言葉に呆ける龍斗。

 そして困惑の声を出す珠希と葵。


「そんなことして、お前になんかあんのか?」

「いや? あ、デートの日はちゃんと休めよ? あと武器屋とか外に出て魔物狩りも無しで。デートらしいデートするんやで?」

「お前なんか勝つ前提で話してないか?」

「そんなことないで?」


 半目で睨む龍斗に、あっけらかんと啓斗ははぐらかす。


「ど、どうしよう……勝って欲しいんだけど、負けて欲しい……」

「ん……応援、しづらい」


 こちらはこちらで困惑していた。

 龍斗はここ最近は訓練ばかりで彼女らに構っていない。一生懸命な彼の訓練を邪魔するつもりはこれっぽっちも無いのだが、不満があるのも事実であった。

 乙女的な板挟みに逢っている二人の横で、空は微笑みながらあっさりと言った。


「良かったですね。デート出掛けられて」

「……それは、龍斗が負けると?」


 珠希が聞き返すが、空の答えは変わらない。


「ええ」

「龍斗も強いんですけど? 身体能力じゃ比較にもなりませんが?」


 流石にここまで断言されては、珠希も腹が立つ。

 実際、『限界突破』による筋繊維の破壊と回復を日常的に繰り返している龍斗の身体能力は、召喚当初とは一線を画している。

 だが空は再び断言した。


「万に一つも、龍斗さんに勝ちはありません。……ちゃんと見ててくださいね一秒・・で片づきますよ」







(随分な自信だな……)


 龍斗は啓斗と一定距離をとって向かい合った。

 なんやかんやで模擬戦の開始の合図は空がやることになっている。模擬戦の筈なのに完全に決闘の空気になっているのだが、龍斗は気にしないことにしていた。


(コイツの訓練を思い返しても、身体能力、技術共に俺が上だ。すると問題なのは、聖剣と加護、か)


 龍斗は啓斗を見据えながら考察する。

 元々先天的な武の才能を持っていた上、訓練に没頭したことで龍斗は精神、肉体共に殆ど最高水準まで極めていたのだ。

 『限界突破』連続使用によるブートキャンプは、激痛を伴いつつ筋繊維の破壊、超回復を繰り返し行うため、肉体と精神を同時に、効率的に鍛えることに成功していた。

 事実、彼の身体能力は召喚時の倍近くにまで達している。


(聖剣は……俺のはただの堅い剣だから良いとして、あいつの加護、何だったかな、『カウント』、だったか? ……何の能力だかさっぱりわからん)


 啓斗の目を見る。

 細い糸目の瞳には、緊張の色は見られない──まるで勝ちを確信しているような。


(油断は大敵。最初から全力で行こうか)


 龍斗が内心で方針を決めた所で、空が二人の横に歩いてきた。その横には珠希と葵も付いてきている。

 二人の顔を見て頷くと、その可憐な唇を開いた。


「始め!」


(『限界突破』多段展開だ!)


 龍斗の『限界突破』は、つい最近にようやく『規格外』だと認定された。これは龍斗の『限界突破』が、文献にない正に規格外の能力を持っていたためである。

 『限界突破』の重ね掛け。

 龍斗が訓練の末に身につけた可能性であり、理論上は一時的に身体能力を際限なく上げることが出来る。

 啓斗の手札が分からない状況で龍斗が立てた方針は、身体能力を充分に上げることで、啓斗の聖剣や加護がどのような性能を持っていたとしても対応できるようにすることであった。


「『限界突破!』『限界──」


 二回目の限界突破を発動した所で、啓斗が加護を発動させた。


「──カウント 10テン』」








「勝負あり、ですね」


「え……」

「……」


 珠希は思わず呆然と声を漏らし、葵は開いた口が塞がらないと言わんばかりに沈黙する。

 その中で、少し誇らしげに空は言った。


「啓斗さんの加護は、まさしく『規格外』なのです。言ったでしょう? 一秒で片づくって」


 彼女の言葉の通りであった。

 一秒──いやそれ以下かもしれない。瞬き一つする間に、啓斗のレイピアの剣先が、龍斗の喉元の寸前で突きつけられていた。


 決着の合図を受け、啓斗がレイピアを下ろし、鞘にしまう。

 『限界突破』を解除した龍斗は、反動の倦怠感に身を包まれ、尻餅をついた。


「今の……何……?」

「見えなかった……」


 尚も呆然としている珠希と葵。


「それが『カウント』の加護か……」

「ん、まぁな」


 龍斗が啓斗を見上げながら呟くと、啓斗はいつもの軽い調子で答えた。


「物凄く速く動く能力……じゃないな。あまりにも動きが不自然すぎる……まるで早送り映像を見ているみたいだ」

「へぇ、見えてたんか」


 感心する啓斗をよそに、龍斗は内心で唸る。

 最初は速度を上げる能力かと思ったが、否定せざるを得なかった。幾ら速く動けても、髪の揺れまで速くすることは出来ない。


「どういう能力だ?」

「勇者同士、情報交換するのは必要やろな。早送りってのは、正解に近いで」


 そう切り出してから、啓斗は自身の能力を説明する。


「俺の加護『カウント』は、簡単に言うたら一秒を引き伸ばす能力や」

「引き伸ばす?」

「そや。俺が『カウント 10テン』と宣言した次の俺の一秒を、十秒に引き伸ばす。言い方変えたら、加護発動後の次の一秒間、俺は十倍速で動けるってことや」

「空間魔法を使える私でも、時間に干渉することは出来ません。過去にも時間を操る加護を持った勇者は居ませんでした。それ故に規格外中の規格外なのです」


 啓斗の説明に、空が補足する。


「といっても、弱点みたいなのはあるんやけどな。『カウント 10テン』はクールタイムが百秒あるし」

「そうか……となると、決闘では無敵だな」

「あとは捨て身の不意打ちとかな」


 龍斗の呟きに啓斗が答える。


「ま、説教臭くてあれやけど、訓練するんもありやけどもっと周りを見るのも大事ってことやわ。俺は十倍速で動くことができるけど、実は攻撃力が増えへんねん」


 だから、と啓斗は葵を向く。


「決闘開始直後に俺が破れへん結界張られて、一秒耐えきられたら俺の負けやし、俺の攻撃が通らへん固い魔物とかも無理やな」

「要は相性、ってことか?」

「そや。特に加護持ち同士の戦いは、相性に依るところが多いんや。一応言うとくけどな、俺は自分の加護の詳細を秘匿したりしてへん。帝国騎士あたりに聞いたら分かることやわ」


 未だに座り込んでいた龍斗に、啓斗は手を差し出す。


「情報戦も強さの一つやで。視野狭窄はよーない。……まあ、今回ばかりは情報あっても勝てへんかったやろけどな」

「……」


 引っ張られて立たされた龍斗は、黙り込む。苛立ちこそあれ、啓斗の言っていることは間違いなく正論であった。


「正直、珠希ちゃんと葵ちゃんは俺の加護知ってると思ってたんやけど」

「う……はい」

「……ん」

「あまり根詰めるのもあれやけど、いつまでも龍斗に依存してたらあかん。おんぶにだっこは嫌やろ? 例えば龍斗が訓練に集中出来るように、情報は君らが何とかするとかな。勇者の加護の詳細や、対処法も知っとかんと」

 

 珠希はうなだれる。

 同じように下を向きながら、葵は啓斗に聞いた。


「対処法、も?」

「あ、そうですよ。一緒に戦う以上、加護の詳細を知る事は必要ですけど、対処法は別に要らないんじゃ……」

「あんたは、他の勇者と敵対する可能性を考えているのか?」


 龍斗が啓斗に尋ねる。啓斗は当然のように頷いた。


「帝国が加護の情報を集めてるんも、それが理由やと思うで? 魔族と契約したら、人は魔人になる。その上身体能力も強化されるんや。裏切りは簡単やで」


 啓斗の言葉に、葵と珠希は顔を青ざめる。自分達が楽観視していた現状を理解した。


「……魔人になると、強くなれるのか……」

「……なんか言うたか?」

「いや」


 龍斗は首を振る。

 先ほど微かに聞こえた不穏な呟きに、啓斗はイヤな予感を覚える。


(一時の気の迷い、やったらええんやけど……)


「ま、とにかく、賭は俺の勝ちや。三人はデート決定な。空ちゃんと珠希と葵で、デートコースの相談しといて」

「あ、はい」

「ん」

「分かりました啓斗さん」


 啓斗の言葉に、三人が頷く。

 姦しい女性陣が訓練場を去った後で、啓斗は龍斗に向き直った。


「……なんだ?」

「いや。建前でも果たさなあかん、と思ってな」


 啓斗は自身の聖剣であるレイピアを抜く。


「聖剣に慣れんとあかんのやろう? 加護なしでもう一回模擬戦しよか」

「……そうだな」


 龍斗は僅かに笑いながら答えた。次は負けないぞ、とでも言うように。


(杞憂やったらええんやけどな……)


 不安を抱きながら、啓斗は龍斗と剣を重ね合わせた。

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