ボーナスステージの第七話


 岩集めの夜が明け、翌日。

 今日は、執事風の老人に注文しといた武器を受け取る日である。

 で、前回行ったときの道を思い出しながら歩いているわけだが。


「へー、こんな所にあるんだね」


 ……シスター師匠がついてきています。

 今日、アリーヤは外で依頼を受けている事になっているので、前回みたく出歩けない。シスター師匠に言って、一人で行こうとしたのだが、「私も行くよ! 師匠だからね」とか言ってついてきたのだ。

 師匠っていうかストーカー並みになっている気がするが。


「お、あったあった」


 視線を前に向けると、一昨日の記憶通りに例の武器屋があった。相変わらず武器屋とは思えないが。


「うわ、本当にあったよ……。この道何度も通ったはずなんだけどねぇ、こんな建物無かったと思うんだけど」


 シスター師匠が首を傾げて言う。


「まあ、一見して倉庫だからな。認識していなくてもしょうがないだろう」

「あとそれに、ここ物凄く入りがたい雰囲気なんだけど」

「そうか?」


 物凄く汚いという感じでもないし、入る分には問題ないと思うが……。まあ、印象の受け方は人それぞれってことで。

 ちょっと腰が引け気味の彼女を押して、店内に入る。


「こんちーっす」

「いらっしゃいませ。キリ様、お待ちしておりました」


 入ると同時に老執事に挨拶される。一回の注文で顔と名前を覚えられているとか、本当にこの店俺しか客が居ないんじゃなかろうか。


「品を受け取りに来た」

「少々お待ちください」


 と言って、老執事は店裏に入っていく。そして殆ど間をおかず、布に包まれたそれを持ってきた。


「こちらで御座います」


 老執事は机の上に置き、包みをほどく。

 中から現れたのは、鈍色に光る重厚で無骨なロングソードだった。


「ふむ」


 鑑定結果も文句なし。

 俺は手にとって確認してみる。

 異常なほどに手に馴染むな。

 その後、老執事に言われて軽く素振りしてみる。

 老執事に剣を返すと、何かしらの調整をして、再び俺の手に戻した。


「おぉ?」


 返された剣は、手に馴染むというレベルではなかった。まるで剣の中にまで神経が通っているようである。

 人間の感覚という物は、持っていた物の先まで延長されることがあるという。まさにそれだ。


「いい仕事ぶりだ。金は?」

「こちらの代金でございます」


 金額が書かれた紙を渡してくる。

 うん。思ったよか安いな。今持っている分で足りる。


「キリ……そのお金は?」

「……アリーのだが」


 実際は俺のだが、一応名目上はアリーヤの金となっている。


「駄目だよ、元々私が払うつもりだったんだから」

「は? いいのか?」

「師匠だからね」


 ……まあ、払ってくれるならそれでいいや。礼は言ってやらんが。シスター師匠が勝手にやったことだしな。


「あ、あとお爺さん、良かったら私の武器も作ってくれないかな」


 ついでとばかりにシスター師匠がお願いする。

 この剣といい、この老執事の能力は文句のつけようがない。シスター師匠が注文しようとするのも分かる。

 だが、老執事はシスター師匠の言葉に首を振った。


「実はそろそろこの店ごとを別の街に引っ越そうと考えておりまして、もう準備をしてしまったのです。それ故、そちらの方が最後のお客様となります」


 この街では上手くいってないようだがな。外装を変えなければ、他の街でも上手くいかないと思うが。


「そっかぁ、残念だよ」


 シスター師匠は多少渋ったが、すぐに諦めたようである。

 老執事の声を後に、俺達は店を出た。


「それで、実戦訓練だったか?」


 もともと武器を買うというのは、街の外で実戦訓練をするためであったはずだ。だからすぐに街の外にくり出すのかと思えば、シスター師匠は首を横に振る。


「慣れない武器でいきなり実戦なんて自殺行為だよ。まずはいつも通り、私と修行して新しい剣に慣れてね」


 はいはいりょーかい。

 あぁねむい。








「……そろそろ、なぜ岩を集めているのかを教えてくれても良いと思うんですが」

「そうしてやりたい所なんだが……」


 はっきり言おう、実験対象がない。

 ほとんど成功すると確信しているのだが、この攻撃は範囲攻撃かつ高威力攻撃であるため、並みの的だと練習台にもならんのだ。

 ちなみに昨日と同じく岩集め中である。

 《探知》で見つけた岩をアリーヤと二人で掘り出し、「支配」しつつ《武器錬成》で圧縮しつつ紡錘状にして、先端をアダマンタイトでコーティング。

 終わったら影空間に放り込み、次の岩を《探知》で探す。


「もう大分集めましたよ?」

「あるだけあった方がいい。……お、あっちに岩があるぞ」

「はぁ」


 と言ってそちらに歩いていくと、アリーヤも渋々ながらついてくる。

 ちなみにシルフは俺の頭に座っている。いたたたた髪引っ張るな。


「ほい、じゃあ掘り出し……」

『ご主人、ご主人!』


 さあ掘り出そうと言うところで、眷属である黒狼の一匹が俺を呼びながら駆け寄ってくる。

 黒狼達には、俺の《探知》が届かない範囲の森の警戒を任せていた。


「どうした」

『ご主人の言うとおりだったよ』

「ほう」

『魔物っぽいのが、一杯一面に広がってる』

「ま、まさか! 魔物暴走スタンピード!?」


 昨日の昼間、新入り冒険者が「魔物暴走スタンピードだ!」とか言っていたので、黒狼にそれらしき影がないか探させていたのだ。


「──フェンリル」

『我が主ぃぃ……そこまで運べばいいのかぁぁ?』

「分かっているじゃないか」


 影空間から現れた、巨大な狼──フェンリルの背中に飛び乗り、アリーヤに手を差し出す。


「ほら、さっさと乗れ。現場に急行するぞ」

「え、えぇ」


 アリーヤは戸惑いながらも俺の手をつかむ。アリーヤの体を引っ張って持ち上げ、フェンリルの背中に乗せた。

 アリーヤの手を俺の体に回させ、俺の背中に抱きつかせる。


「よし行け」

『了解したぁぁ』


 フェンリルは森の障害物など物ともせず、地を駆ける。

 フェンリルの背中はかなり揺れるが、乗り心地は悪くない。何かのアトラクションに乗っている気分だ。


「あ、あの、イノリ?」


 後ろで俺の背中から抱きついていたアリーヤが、恐る恐ると言った感じで声をかけてくる。

 ちなみにアリーヤの胸は俺の背中で潰れている。フェンリルの背中はかなり揺れるので、俺は背中でアリーヤのそれの感触を楽しむことが出来る。

 うん。フェンリルの乗り心地はやはり悪くないな。むしろ最高だ。


「なんだ?」

「何故、魔物暴走スタンピードが起こるって分かったんですか?」

「ふむ。突然冒険者ギルドで魔物暴走スタンピードの話が出ると、その街は魔物暴走スタンピードに襲われる可能性が高いのだ」

「……それって、フィクションの話ですよね?」

「そうだな」

「つまり?」

「ただの勘だ」


 俺の答えに、アリーヤは呆れたようなため息をこぼした。

 良いじゃないか、勘でも結果としては当たったのだから。

 ていうか耳元でため息つかないで。普通に興奮するんで。


『我が主ぃぃ……見えてきたぞぉぉ』


 フェンリルの声に視線を前に戻す。

 確かに森の切れ間の先で、平原が真っ赤に染まっている。それぞれが少しずつ動いていることから、一つ一つが魔物なのだろうと予測できた。


「そんな……本当に魔物暴走スタンピードが起こるなんて」


 アリーヤが驚き、呆然とした声を出す。

 まぁ、確かに町の人から見たら絶望でしかないのだろうが。


「俺達は、街を守る必要なんて無い。あの魔物達は黒狼の報告によれば、脇目もふらずレギンに向かっているらしい。つまり、ちょっかいをかけるだけかけて、飽きたら離脱して逃げても良いわけだ」


 別にレギンが襲われてめちゃくちゃになったところで、正直どうだっていい。


「つまりあれは魔物暴走スタンピードではなく、魔物暴走ボーナスステージだ」











 魔物の群れの、進行方向真正面に陣取る。

 フェンリルと黒狼はすべて集結させ、アリーヤにも戦闘態勢を取らせた。

 群を作る魔物の外見は、デカい虫である。キショい。

 百足とかヤスデとか蜘蛛とかダンゴムシとか……あれ昆虫居ねぇ。多足類ばっかなんだが。よりキショい。




No name

虫系魔物 バーサクワーム

HP 4367/4367

MP 1080/1080

STR 741

VIT 5532

DEX 12

AGI 213

INT 5


加護

『魔王の加護』


称号

なし




 凄く加護が気になる。おっさんが命令したのか?

 ……いや、そんなことしたらおっさんが死ぬ。ならばどういうことだろう。

 あ、おっさんの話の中にあったな、この加護。魔王の配下にもたらされる加護で、魔王の強さに応じて能力が上がるとか。

 やめろマジで。あの魔王の強さに応じられたらマジで困る。


 虫はどうやらVIT特化らしい。固くて滅茶苦茶多い敵とか、厄介にもほどがあるだろう。

 大体他の種類の虫も同じ様な感じのステータスだった。


「さて諸君。奴らは固い。ヒジョーに固い。そして無茶苦茶数が多い。こんな敵と相対する機会は、なかなか無い」


 フェンリルら黒狼と、アリーヤに話しかける。


「つまりこれは貴重な実験だ。多対多戦闘の実戦訓練である。フェンリル、お前が黒狼を指揮せよ」

『ハハァァ』

「おそらく簡単に殺せる敵ではない。それを考慮し、戦略をくみ、配下の黒狼と連携し、効率よく敵を倒せ」

『了解したぁぁ』

「んで、アリーヤ」

「はいっ」


 俺がまじめな口調だからか、それとも張り切っているからかはわからんが、アリーヤがやたらはきはきと返事をする。


「お前は単独で戦え。一対多戦闘の訓練をせよ。実戦は訓練に勝る。お前ら、この経験を糧にしろ」

『『『「ハッ」』』』


 なんか俺今指揮者っぽいことしてる。こんなロープレもなかなか楽しいな。


「俺も多少戦闘に関わるが、少しそれ以外の用事があるから、基本的に不干渉だ」


 砂埃を上げながら向かってくる魔物の群れは、もう随分と近くまできていた。


「よーし、行け!」


 俺の号令に、全員が一斉に駆け出す。

 俺達──特にフェンリルには、戦略的に行動する経験が足りない。それをこの機会に培ってもらおう。


「んじゃ、俺もいきますかね」


 と言いつつ、影空間からロングソードを取り出す。すでに《闇魔法》で「支配」済みだが、《武器錬成》すると材質すら変わってしまうため、やめておいた。昼間も使う用なんでな。




片刃ロングソード(作者 セバスチャン)

品質 A  値段 14500デル

鉈のようなロングソードです。分厚い刃と無骨な見た目が特徴です。



 品質Aとは。やはりあの老執事はいい仕事をする。

 ロングソードを片手に、虫の魔物の群れに突っ込む。


「キシャァァア」「ウジュルゥゥゥ」「ブジュブジュブジュ……」


 うるせぇキショい。

 虫の魔物の大きさは、大体人間サイズだ。デカい。キショい。

 その体表は赤黒い艶のある殻につつまれていて、月明かりを反射して光る。キショい。

 どうもビジュアルは、ただ単に多足類を大きくしただけではないようだ。口元になまこのような触手があり、粘液が垂れている。キショいキショいキショい。


「おぉらぁ!」


 とりあえずロングソードをダンゴムシにぶち込んでみる。


「キシャァァア」


 うーむ、殻は凹んだが、斬ることは出来なかった。

 ロングソードを受けたダンゴムシは、まだまだ元気にのたうち回っている。致命傷には出来ていない?

 HPは減ってはいるが、それでも500程度のタメージしか与えられないらしい。これはかなりつらいな。


「ブジュゥゥ!」

「うるせぇ!」


 背後から飛びかかってきた百足にロングソードを叩き込む。百足はくの字になって吹っ飛んだが、着地してまた元気に動き始めた。

 防御特化、厄介すぎるな。火力がない俺だと難しい。


「くっ! 魔法が効きません!」


 アリーヤの声が聞こえる。どうもこの赤黒い殻は、特に魔法に耐性があるようだ。

 アリーヤを見れば、彼女は絶斬黒太刀で虫を切り刻んでいるが、魔法で吹き飛ばすことが出来ないため、囲まれている。

 それに、イージアナと比べるとまだまだ絶斬黒太刀の扱いが悪い。魔力消費が多すぎる。このままだといずれ尽きるだろう。

 ……魔法は防がれるのに、絶斬黒太刀なら斬れるのか。流石アーティファクト、と言ったところか。

 と、アリーヤが斬り飛ばした虫の死体に食らいつく。《吸血》で魔力回復を図っている訳か。

 すっごく嫌そうな顔をしていらっしゃる。そしてまずそうだ。だがこの作戦なら、MPが尽きることも無いだろう。

 ていうかアリーヤ、あれを喰うとか度胸あるなぁ。


 さて、糸を虫の足に絡ませれば、多足類故かどんどん絡まって動けなくなる。

 そして動けなくなった虫を、ロングソードで徹底的に叩く。

 ふむ。どうも殻は固いが、節々の間は比較的柔らかいらしい。

 では、落ち着いたところで「支配した」ロングソードの扱い方を色々と試してみる。


 そしてチラッとフェンリルの戦っている場所をみた。

 フェンリルはいとも簡単に虫を蹴散らしている。噛み砕き、踏み潰せば、簡単に虫を破壊できるようだ。まあ奴のSTRは10000越えてるもんな。

 だが、遠距離射撃だと即死には出来ないらしい。せいぜい殻に傷を付ける程度。

 そのため、遠距離射撃と黒狼の陣形で虫を誘導し、フェンリルがひたすらに叩き潰している。効率よし。

 今回は知能が低い敵だから、初歩としては打ってつけの実戦だろう。


「イーノーリー」


 色々俺も試していると、シルフが声をかけてきた。

 あらかじめシルフには、仕事を頼んでおいたのだ。


「見つけたのか?」

「見つけたわ」

「良くやった。場所は?」

「あの崖の上ね」


 シルフの小さな指がさした先に、確かに小さな崖がある。

 よし、急襲するぜ。


 俺は《陣の魔眼》で、崖の上に転移した。







「──お前さん、こんな場所で何してんの?」

「な!?」


 シルフの見つけた奴はこいつらしい。周りに人影は無いし。

 崖の上にいたのは、黒ローブを来た茶髪の女性だった。おそらく美人の部類に入るだろう。

 そして、その額に小さな角が生えていた。


 突然俺に声をかけられた彼女は、杖を向けて身構えた。


「あなた! いつからいたの!?」

「偶然通りがかっただけだ」

「信じられないわ」

「それでだね、そこに凄い大きな魔物の群れがあって、レギンの街の方に向かっているみたいなんだが……」


 俺は崖の先、平原に視線を送る。

 巨大な魔物の群れの、全貌が見渡せる。


「それをこんな高台から見ているなんて、俺は疑り深くてね、あなたが怪しくてしょうがない」

「……ふん! 最初から分かっている癖して、白々しい」


 そう吐き捨てながら、彼女は持っている杖を掲げた。


「そうよ、あの魔物達は私が召喚したの」



クリス・カマセル

魔族 魔人(催眠契約下)

HP 57/57

MP 5023/15300

STR 1020

VIT 980

DEX 870

AGI 58

INT 5900


加護

 《魔王の加護》


称号

 召喚術士 復讐者



 魔族、魔人ですか。始めてみたよ、俺以外の魔族。


「それで? あなたはどうするの? 私をレギンの教会に突き出すのかしら? それともレギンに戻って冒険者ギルドに助けを呼ぶ?」


 俺は右手に持っていたロングソードを、右斜め上に振ってから構える。


「あら、まさかここで殺すつもり? ……でも、残念」


 召喚術士の声とともに、魔法陣が展開される。

 紫の光があたりを包み、魔法陣が消えた頃には、俺の周りに大量の虫魔物が召喚されていた。


「あなたはここで死ぬのよ。まさかもう召喚できないと思ってた? 即発動の予備魔法陣くらい用意しているわよ」


 召喚術士は口に手を当て、笑みを浮かべる。


「ま、武器を捨てて情けなく投降するなら、命だけは見逃しても良いけどね」


 本当に愉しそうですね。ドSですかね。

 周りの虫がキシャァァアと声を上げながら、俺の体に徐々に近づいてくる。キショい。


「これで勝てる、なんて思ってないでしょうね」

「……チッ」


 俺は舌打ちして、苦い顔をする。

 演技ですけど。


「彼我の戦力差くらい理解できる。……降伏する」

「あらあら残念。さぁ、さっさと武器を捨てなさい」


 捨てろと言われたので、ロングソードを放り投げる。

 ……彼女の方に。


「ちょ! なんでこっちに投げんのよ!!」

「わりぃ、手が滑った」


 ロングソードは召喚術士の少し左に落ちた。

 召喚術士はロングソードを一瞥してから、俺を見る。


「ま、潔いのは評価するわ。でも、知られたからには殺すしか無いのよねぇ」


 うわぁ、いきなり前言撤回かよ。


「せめて苦しまずに逝かせてあげるわ」

「約束破るのか」

「あなたが馬鹿なのよ。生かしておくわけないで……」

「なら俺も約束破らせてもらおう」

「は?」


 先程試した方法を使わせてもらおう。顔をしかめた彼女の前で、指を鳴らす。

 その瞬間、召喚術士の足元に落ちていた俺のロングソードが、突然跳ね上がるように彼女を襲った。

 ロングソードは、召喚術士の足首を容易に叩き斬る。

 両足を斬られた彼女の体は崩れ落ちた。まだ状況を理解できていないのか、唖然とした表情である。

 その間に動かない周りの虫の魔物達を糸で縛り上げ、動きを封じる。沢山の足が絡まれば、もう驚異では無い。


 先程ロングソードが跳ね上がったのは、《闇魔法》の使い方の一つだ。予め剣を振っておき、その運動ベクトルを保存したまま《闇魔法》「遠隔操作」でまるで何もなかったかのように見せかける。

 そして、「遠隔操作」を解けば、俺が剣を振った方向に跳ね上がるのだ。ナイフのホバリングの応用技術である。

 あ、指を鳴らしたのは演出です。


「へ? わ、わたしの足が? 私の足がぁぁ!!」

「うっせぇな」


 召喚術士の元に跳び、その肩を踏みつける。


「さて、あんたの魔物はもう動けない。そして……チェックメイトだ」


 手袋の甲を見てストックを入れ替え、《陣の魔眼》で「精神干渉魔法」を発動させる。

 催眠してしまおうと思ったのだが、上手く行かずに弾かれた。最近催眠が上手くいかないなぁ。ほんと信用できない能力だ。

 ……そういえば、鑑定で(催眠契約下)って出てたな。もしかして催眠状態の奴は催眠にかからないってあれか?

 それに彼女、この状況にどうもまだ諦めていないようだ。


「ふふふ、これで終わりだと思う? 私にはあの大群がついているのよ」


 ああ、大群があって気が強くなっているだけか。

 状況はよく理解できていないが、あの虫魔物の大群があれば何とかなると思っちゃってるわけだ。さっさと諦めればいいのに。


 ……じゃあ、「精神干渉魔法」のかかりやすさは、対象の精神状態に関係しているという仮説を試してみよう。

 糸で彼女を縛り、吊し上げる。


「きゃぁぁあ!? な、何すんのよ!?」


 金切り声を上げるが無視だ無視。虫だけに。

 これで平原──魔物暴走スタンピードがよく見えることだろう。


『──フェンリル、即戦闘から離脱し、群れから距離をとれ』

『むぅぅ、良いところなのだがぁぁ、仕方がないぃぃ。了解したぁぁ』

『アリーヤにも伝えといてくれ』


 《王の器》の「意志疎通」は、本来テレパシーのような使い方は出来ず、顔を見れる位の距離でないと、コミュニケーションは取れない。

 だが、元々『王の器』を持っており、普通に喋れたフェンリルは別で、俺とフェンリルの間のみこんなテレパシー紛いのことが出来る。

 《視の魔眼》の「遠見」で確認すると、アリーヤ含めフェンリル達は群から距離を取ったようだ。よーしよし。


「んじゃシルフ、やるぞ」

「どんな風になるかしらね」


 シルフが軽い調子で返してくる。シルフもちょっと楽しみらしい。


「な、何をするつもり……?」


 吊し上げられた召喚術士が、声を震わせながら聞いてくる。

 俺は口元に笑みを浮かべて言った。


「絶望を見せてあげようと思ってな」

「絶望?」

「なあ、雨がどうして痛くないか知っているか? 遥か上空から落ちてきているのに」


 彼女の呟きには答えず、俺は話を始める。疑問形だが、もともと答えさせるつもりはない。


「答えは空気抵抗だ。そのせいで終端速度以上に速くなることは出来ない」


 この理屈を彼女が理解できる気はしない。

 ただ漠然とヤバいことが分かればいいのだ。あとついでにロープレ的楽しみがある。


「だが俺の《闇魔法》は空気抵抗を無視できる。これが意味することは? 遥か上空、高度1000kmの位置から空気抵抗を無視して約六トンの岩が落ちてきたら?」


 1000kmを落下する間、余すことなく重力加速度を受けた岩が、着地時点で達する速度を計算。難しくはない。中学生の理科の問題だ。


「重力加速度を10として計算すれば、着地時点での速度は約4472.1358m/s。時速にして16100km、約マッハ13!」


 マッハがあるかは知らんが、この世界の単位は基本的に地球と同じだ。

 大体何を言っているかは彼女も分かっているようだが、なぜ俺がこんな話を今しているのかは分からないかもしれない。


 そんな俺たちの前で、上空から、おぞましい速度で「何か」が落ちてきた。それも大量に。

 ああ、鳥肌が立つ。


 降ってきたのは紡錘型の岩だ。それも一つ一つの重さが6トンはある巨石である。

 それが、夜闇の中、音もなく、魔物の群れに降り注ぐ。


 破壊だ。


 その岩の雨は全てを破壊する。


 頑丈さが取り柄の虫魔物も、岩が落ちれば呆気なく数匹まとめて爆散する。

 そこかしこで粉塵が張り裂け、幾多のクレーターが現れる。


「はは……ハハハハ……ハハハハハハハハ!!」


 いつの間にか、俺は笑っていた。

 火力が足りないなどと言いながら、この威力はなんだ。軽く虫けらなど吹っ飛ばしているではないか。現代兵器も真っ青だ。オーバーキルにもほどがある。

 やったことは簡単な話。「黒風」を上空1000kmに配置して、そこで影空間から岩を取り出し、落としただけ。多少「遠隔操作」で軌道修正しても、ほとんど労力を費やさず、この威力を可能とする。唯一の懸念は、上空で岩を落としてから弾着まで五分以上かかることだ。今回はだいぶ前に始めていた。

 衝突音がここまで聞こえてくる。重低音の連鎖が腹に響いて喉を震わせる。

 素晴らしきかな「黒風」。シルフを「支配」できて心の底から良かったと思う。


「その運動量実に26832814.8kgm/s。その力は3000トン。もはや隕石。隕石群だな」


 《暗算》スキルがよく働いてくれる。その数字を具体化させるだけでこうも実感を持って恐ろしさを把握できるとは。

 深い笑みを浮かべながら、召喚術士を見やる。

 彼女は震えながら、その光景を見ようとはしていなかった。

 瞳を潤ませ、青い顔をしている彼女の髪をつかみ、視線を向けさせる。


「ほら、よく見ろよ、お前の自慢の虫けらどもが弾けとんていく様を」

「い、いやぁ」

「泣くなよ、見ろよ? 素晴らしい光景だぞ? どうした、体が震えているぞ。さっきまでの強気はどこへいった」

「いやぁぁあぁ」


 彼女は泣き叫ぶ。声が言葉になっていない。

 ……今ならいけるか。

 「精神干渉魔法」を発動させる。ちょっとした引っ掛かりがあるが、ごり押せるな。


 ──よし、掛かった。


 催眠状態になった彼女は、泣きはらして酷い顔のまま、瞳から光を失う。目の焦点があっていない。完璧だな。

 「精神干渉魔法」のかかりやすさは、やはり対象の精神状態に依存するようだ。

 隕石群もどきといい、ロングソードといい、良い実験が出来た。


「もう止めても良いんじゃない? 魔物なんて生き残ってないでしょう」

「そうだな。シルフ、あの当たりに黒風を展開して、岩と魔物の死骸を全部回収するぞ」

「はーい。……ほんと凄いわね。死屍累々ってレベルじゃないわよ。アリーヤ達、大丈夫かしら」

「ま、まあ、大丈夫なんじゃないか?」


 距離は取ってたし、空気抵抗は無視しているから爆発も起きていないはずだ。だが多少衝撃波は届いているかも……やばいだろうか。

 ……きっとアリーヤが魔法で何とかしてくれるさ、大丈夫大丈夫。


 そんな自問自答を繰り返している間に、魔物の死骸と岩の回収が終わった。どうやら攻撃に使った岩は、ほとんどが壊れているようだ。


「繰り返し使えないのか……迂闊に使うわけにはいかない……か……な…………?」


「え? イノリ!?」


 シルフの声が遠く聞こえる。


 ヤバイ、意識を保てない。


 体がぐらつき、地平線が垂直に……ってこれ、倒れてるのか。

 さっきからシルフが何か叫んでいるが、ほとんど聞こえなくなっている。


 魔力切れ? そんなわけがない。そもそもほとんど使っていない。


 自分で意識を失うというよりかは、無理矢理魂を持って行かれる、あの感覚。

 まるで精神世界に連れて行かれた、あのときのようだ。


 さからおうとしても逆らえない。


 これは……まさか、神とやらの仕業か?

 くそ、直接手を出してくるとは……


 悔しさに唇を噛みながら、俺の意識は底へと吸い込まれていった。









──Lv.15に到達しました。魔族爵位が男爵から子爵に変更されました。


──スキル《男爵級権限》がスキル《子爵級権限》に進化しました。


──これに伴い、全てのスキル、能力を進化させます。


──「転魂の女神」により、「高富士 祈里」の魂を「転魂の間」へと強制転移させます。



 ……オイ女神さん。あんたかよ。


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