銃と黒風と第六話



 視界が開ける。

 どうやら精神世界とやらから帰ってきたようである。

 目の前にはエルフの顔がある。フルス、いや、シルフが取り憑いていたエルフだ。本来端正な顔立ちをしているのだが、今は見る影もない。白目を向き、涙や鼻水がぐちゃぐちゃになり、顔が青ざめている。時折ビクビクと痙攣している。

 アヘ顔? という奴なのだろうか。だが残念ながら俺はアヘ顔で興奮する性質ではない。一部の人間にはサービスシーンなのかもしれないが、俺にとっては汚いだけである。

 正直今すぐ突き放したいのだが、現在進行形で「支配」を行っているのだ。その間は口づけをやめることは出来ない。

 横目で見ると、部屋の入り口で呆然としているアリーヤを発見。俺と目が合い、何かを聞きたそうにしている。

 だが今は手が、いや口が離せない。だから話せない。

 状況を把握できず驚いている所悪いが、暫く待っていてもらおう。というわけで、手で彼女を制止した。


 精神世界と自身の「支配」。あの時に出来ると思ったから、やっただけである。暴走のような雰囲気ではあったが、個人的な感覚では制御下にあったと思う。

 だが、今考えてみればおかしい。

 本来闇魔法の「支配」は、生物は適用外なのである。精霊は生物ではないのかもしれないが、魂がある存在であることは確かだ。生物を魂を持つ存在であると定義すると、やはり先程の精神世界での「支配」は矛盾している。

 というかそもそも、今同じことをやれと言われても、出来る気がしない。今現在シルフを「支配」しているのも、同じ動作を継続しているだけであって、自分が今どうやって「支配」しているのかは定かではないのだ。

 もしかしたら、精神世界だったからこそ、というものなのかもしれない……


 ……長くね?

 なんか精神世界から現実に帰ってきてから、「支配」の速度が落ちた気がする。

 あともう少しで終わりそうなのに、最後の一歩が出ない感覚。

 たとえるならば、ダウンロードが98%でずっと止まっている、あのじれったい感じである。

 ほら、アリーヤさんも流石にイラついてらっしゃる。

 恋愛感情云々抜きにしても、以上に長いディープキスを見せつけられるとか不快であろう。片方はやたらビクついているし。


 ……っと、ようやく終わったようだ。

 俺が口をはなすと、エルフの体から力が抜け、まるで抜け殻のようになって俺の体に崩れ込む。

 そこそこ重いし汚いので、ペイッと横に転がしておこう。


「……で、説明してくれるんですよね?」


 ああ、アリーヤさん不機嫌だ。声色がいつもより低い。

 が、俺はまだ喋れない。口にあるものを入れているのだ。

 ベッと手のひらに吐き出してみると、唾液にまみれた黒髪のフィギュアであった。

 ……いや、フィギュアサイズの、人間のような何かである。無機物ではなく、一応生物っぽい何かだ。黒いドレスのような物を着ている。

 こいつに説明させた方が楽なのだが、どうも意識を失っているらしい。ドレスの襟を摘まんで持ち上げてみるが、起きる気配は無い。


「なんなんですか、それ」


 おっとアリーヤの視線が一気に氷点下に。

 引かないでもらえますかね? 流石にフィギュアを口に入れて遊ぶような趣向は持ち合わせていない。


「精霊……のはずだ。元がつくかもしれないが」

「精霊!?」


 このフィギュアのような奴は、精霊シルフである。多分。

 白銀の髪も白い服も、今では全く真っ黒に染まっている。恐らくは俺の《闇魔法》の「支配」の影響であろう。

 振り子のように揺すっても起きない。

 埒があかないので、《性技》のスキルを発動させつつ、小さくなった巨乳という矛盾した存在を、指で弾く。


「ひゃんっ!?」


 お、起きた。


「な、どういう……こ……」


 キョロキョロとあたりを見渡していたシルフは、彼女をつまみ上げている俺を見て、体を強ばらせる。


「い、いやっ! ごめんなさいごめんなさい謝りますから!!」


 物凄い動揺の仕方である。そしてめっちゃ脅えられてる。

 ……俺何かしただろうか? 脅しと「支配」とセクハラしかしていない気がするが(棒)





 とりあえずシルフを落ち着かせてから、彼女に状況説明を頼んだ。

 ついでに「精霊を『支配』するとか、理解不能なんですけど!」と騒いでいたアリーヤも落ち着かせた。


「つまり、神とやらの命令で、俺を籠絡しようとしたが、返り討ちにあって今現在ってことか」

「端的に過ぎる気もするけど、そうよ」


 俺の要約にシルフが頷く。これで神とやらが明確に俺と敵対していることが分かったわけだ。神と敵対するなんてワクワクが止まらない。だがまだラスボスの段階じゃないと思うんだ。勝算低すぎだろう。


 さっきまで錯乱状態だったわけだが、シルフはどうもいつもの調子を取り戻したようである。


「……いい加減離しなさいよ。いつまで私を掴んでいるつもり?」

「ぬ、……離したぞ」

「ありがと。ふふっ、これで自由の身ね。予め警戒しておけば、精神体の私が人間に捕まる訳がないのよ。残~念っ」


 前言撤回。調子に乗っているようである。


「さっきまで捕まっていたじゃないですか」

「油断していたからよ。ほらほら、捕まえてみなさい」

「ほっ……あれ?」


 アリーヤが彼女の体を掴もうとするが、立体映像のように手が空を切るだけだ。


「むぅ……、ほっ、やっ」

「ふふふっ」


 アリーヤが懸命に捕まえようとするが、尽く空振る。シルフはそれを見て、小悪魔的な笑みを浮かべる。


「手を離してしまったことが運の尽きね、諦めなさい」


 ……調子に乗りすぎて、そろそろウザくなってきたな。

 ふわふわと空中を泳ぐ彼女の体をパシッと掴む。


「え、きゃ! な、なんで!?」

「何でと言われても……『支配』した影響だろうか」


 シルフが俺の手から逃れようとして暴れる。ちょっと掴む力を強くすると、「むきゅっ」と声を出した後、暴れるのをやめた。


「なんか、黙っているとお人形さんみたいですね」


 アリーヤが微笑みながらシルフの頭を撫でる。

 いや、「お人形さん」ってあなた……。

 結構可愛いもの好きなのだろうか。


「そういや、なんで小さくなったんだ?」

「あら、これが精霊の元々の大きさよ……、ねぇあなた、そろそろ撫でるのやめてくれるかしら」

「あ、はい」


 ふむ。元々この大きさのシルフが、エルフに取り憑いていた、と言うわけだ。精神世界でのあの大きさは……まあ、精神世界だからなってことで片づくだろう。

 どうも『精霊の巫女』というのは、「精霊に仕える、エルフの巫女」ではなく、「神に仕える、精霊の中の巫女」と言うことらしい。つまりこの称号は、元々シルフが持っていたもので、エルフの称号では無いわけだ。

 つまりこのエルフ、完全なとばっちりである。悪いな君の唇を奪ってしまって。ファーストかは知らんけども。

 哀れみの目で転がっているエルフを見ていると、あることに気づく。


「……このエルフ、顔変わってないか?」

「酷い表情ですから多少は誤差の範囲じゃ……あれ、本当ですね」


 確かに涙と苦痛で歪みに歪みまくった表情をしていらっしゃるが、それを含めても顔立ちがさっきまでと違う気がする。ついでに胸も小さくなっているようだ。


「ああ、私が取り憑いていたからよ。私のような上級精霊が中にいたから、外見も私に引っ張られたのよ」


 言われてみれば確かに、シルフの顔とこのエルフの顔を足して二で割ると、フルスの顔になりそうだ。

 ……「ル」と「フ」でゲシュタルト崩壊しそうだ。ややこしい。


「それだけで美女と言われるのだから、私が如何に美しいかの証明になるわね」


 そう言いながらシルフはどや顔で、ビー玉のような小さな巨乳の胸を張る。

 ちょっとムカついたので、《性技》を発動させながら、先端を擦るように、ピピッと指で弾く。


「ヒャンっ!?」


 ピピピピピピピ………


「ぃやぁあぁああぁぁああ……」


 連続で弾いてやると、シルフの口から情けない声が出る。

 ……なんか楽しいなこれ。ハマりそう。

 《性技》の威力を知るアリーヤは、「うわぁ」って目でドン引きしている。

 ま、調子に乗りすぎた罰と言うものだ。あくまで俺とシルフは支配関係なのだから。


 シルフの嬌声をBGMに、アリーヤに質問する。


「そういやアリーヤ、俺の部屋を訪ねてきたのは、何か用があったのか?」

「あ、そうですね。是非、銃を使っているところを見たくて」


 アリーヤがちょっとワクワクした目でこちらを見ている。

 俺の知識がある程度インプットされているため、銃の威力や仕組み、歴史に関しては大まかに知っているわけだ。

 知っていることは、見てみたい。知的好奇心である。


「特に、イノリの《闇魔法》と銃を組み合わせた物を見てみたいです」

「んー、まあ、あまり期待するなよ。いい結果は期待できないからな」


 俺はもう失敗すると思っている。だがまあ、実際にやってみて損はない。


「今夜はもう無理だから、明日の夜にでも実験するか。ついでにこいつの能力も見てみたいし」


 と言いつつ、シルフに視線を戻す。


 シルフは気を失っていた。

 ……そういえばいつの間にかBGMが途絶えていたな。


「うわぁ」


 アリーヤがついに声を出してドン引きする。

 俺の手の中のシルフは、それはもうぐったりしている。白い肌は紅に染まり、なんか汗とか別の液体で濡れている。

 少しやり過ぎたか。もう少し話をする予定だったのだが、意識を失われるとそうも行かない。


「……もういっかい指で弾けば起きるかもしれん」

「やめてあげてください本気で」


 アリーヤに割と必死に止められた。

 どうやら《性技》の威力は予想以上に凄いようである。






「この依頼でどうでしょうか」

「その場所は開けた所がない、こっちだな」


 翌日、アリーヤと二人で掲示板とにらめっこ。

 銃の実験をするとなると、夜中に人里離れた外でやらねばならないわけで、俺は転移すれば夜中に街の外に出るなんて簡単なんだが、転移も影移動も使えないアリーヤはそうもいかない。

 と言うわけで、野営が必要で比較的楽そうな討伐依頼や採集依頼を探している。

 ちなみにフルスは俺の胸ポケットの中に隠れている。たまにチラッと顔を出すが、俺の服が黒であり、彼女が黒髪であることであまり目立たない。

 フルスに取り憑かれていたエルフはというと、起きた直後に《陣の魔眼》の「精神干渉魔法」で催眠かけて、記憶を弄った上で帰らせた。簡単にかかってよかったよ。まあ起きた直後の困惑している状態で催眠かけられるなんて、たまったもんじゃないだろう。……もしかしたら、「精神干渉魔法」のかかりやすさは、対象の精神状態も影響しているのかもしれないな。


「夜明け草の採集、ですか」

「偶然群生地を見つけていてな。お前がやるにはランクが低いが、不自然って程でもないだろう」


 夜明け草は、朝日が昇る頃にほんの一瞬だけ花が咲く草である。薬草の素材となるのだが、花が咲いていない状態で採取すると効果が格段に落ちる。


「じゃあ、これを出してきますね」


 アリーヤは依頼の紙を持って、冒険者ギルドの受付に向かった。

 帰ってくるのを待つ間、冒険者ギルドの中での噂話に耳を傾ける。

 やれ神官がどーの、やれどこそこの娼婦がこーの、やれモンスターがどーの、やれキリが依頼板を見ているだの、ようやく仕事をする気になっただの、黒薔薇だけが受付いっただの、結局依頼行かねーのかよあいつだの、いつも通り散漫とした噂話ばかりである。

 ……あいつら俺のこと何だと思ってるんだ?


 そうこうしているうちに、アリーヤが受け付けから帰ってきた。


「キリ、夜明け草の採集依頼の他に、スケルトンなどの討伐依頼をついでに受けました」

「ん。それくらいなら大丈夫だろ」


 スケルトン位ならいくらでも狩れるしな。


「とりあえず街の外で2日間は野宿することが出来ます」

「……まあ実験に二日も要らんが、久しぶりに二人で組んでもいいか」


 フルスも交えて、戦い方を改めて考えた方が良いかもしれない。

 そう思っていると、突然冒険者ギルドの扉が、激しく音を立てて開いた。

 中に数人の冒険者が転がり込んでくる。


「む、新入りか?」

「なんかあったのか?」


 冒険者ギルドがざわつく中、新入りの冒険者が立ち上がり、皆に向けて叫んだ。


魔物暴走スタンピードだ! 魔物暴走スタンピードが来る!」

「はぁ? 魔物暴走スタンピードぉ?」


 新入りは必死な顔で訴えるが、冒険者ギルドの常連は怪訝な顔をするだけである。


「ほんとかぁ?」

「法螺吹いてんじゃねーの?」


 口々に疑惑の声が上がる。ついでに俺も「やーい、ビビりめー」って言ったらアリーヤに蹴られた。

 その騒ぎを見て、冒険者ギルドの受付嬢が新入りに近寄る。


「Fランクパーティーの『境界線の覇者ロード・オブ・ホライズン』ですね?」


 名前すげぇ。


「あなたがたの見たのが本当に魔物暴走スタンピードであるならば一大事です。が、皆さんが実際に見たのは、どのような種類が何匹ですか?」

「あ、あぁ、スケルトンが五匹も居たんだ。その上、周りから沢山の気配がした。ありゃあ物凄い数の魔物が……」

「あー、なんだよ」「日常茶飯事だろそのくらい」「たまにいるんだよなぁこういうの」


 あらゆる所からため息混じりの台詞が零れる。そんな様子に新入りの冒険者は驚いている様子だ。


「申し訳ありませんが、魔物暴走スタンピードの可能性は低いと判断せざるを得ません」

「な、なんでだよ!」

「まず、ここレギンの付近では、スケルトンが五体現れるのは日常茶飯事。周りの沢山の気配は、おそらくコジキオオカミでしょう」

「え?」

「スケルトンは人間を殺した後、捕食せずに放置します。その死肉を狙い、スケルトンをつけ回すのがコジキオオカミです。どちらも危険性が低く、良くいる魔物なので、魔物暴走スタンピードの可能性は低いでしょう」


 どうやらこういう事態は少なくないらしい。

 レギンの冒険者ギルドでは、コジキオオカミにちなんでこういう者達を、「狼少年」と故障しているようだ。謎の偶然である。


「さ、帰った帰った。スケルトンにビビっちゃうお子様は、家でチャンバラした方がマシだぜ」「ちげえねぇ」「「ぎゃはははははは」」


 冒険者ギルドに笑い声が広がる。

 笑い物にされた新入り冒険者は、とぼとぼと情けなく家に帰ることとなった。


「……いつかリアルな設定で『スタンピードだぁ!』って喚いてみようかな」

「やめてください。本当に狼少年になるつもりですか」






 武器が出来るのは明日らしいので、今日はいつも通りの訓練をシスター師匠と行った。

 オーダーメイドで翌々日に武器が出来るとか早すぎな気がしないでもないが、ファンタジー世界だし、客も少なそうだったので、とりあえず納得しておく。


 そんでもって夜。

 アリーヤと待ち合わせをした場所に転移と影移動で向かう。

 もちろん銃は影空間に入れてある。


 待ち合わせ場所では、アリーヤが翼を開いて飛行練習を行っていた。

 もう随分と上手くなったようだ。宙返りもなんのその、である。


「待ったか」

「いや、そうでもないです」


 なんか恋人同士の会話みたいだな、などと思いつつ、影空間から早速銃を取り出す。

 先込式なので、色々と準備がいる。


「討伐依頼は?」

「どうせならと思って、それなりの数を狩りました。場所がないので、イノリの影空間にしまってもらえますか?」

「んじゃ後でやろう」


 とりあえず、《闇魔法》とか無しに撃ってみますか。

 買ったのは火縄銃。その他の比較的発達している銃は、火薬の点火に魔法陣と魔石を使っており、実は小規模な魔動具なのだ。火花を出すだけの非常に簡単な魔法しか使っていないため、魔力が少ない人でも使える仕様になっていた。だが、結局俺は使えない。魔動具でない銃となると、火縄銃一択なのだ。

 まあ構造がわからないこっちの世界の銃よか、構造を理解している火縄銃の方が扱いやすい。

 火縄に火打ち石で着火、筒に匙で火薬をいれ、鉛玉を込める。早合すらないとかどんだけ進んでないんだか。カルカで押し込み、火皿に口薬を盛り、火蓋を閉じる。火縄を火鋏につけるっ……と。


「結構めんどくさいですね」

「めんどくさいんですよ」


 ぶっちゃけ魔法の詠唱よりも時間がかかっている。俺が不慣れなのもあるだろうが、まあこりゃ銃は発達しないよな。

 そういや火縄銃と言えば、信長の三段撃ちが有名だが、同じ様なのがこの世界にもある。魔法を戦略的に使用するに当たって、呪文詠唱だの魔法陣構築だのの時間を削減するために、魔法版三段撃ちなるものが存在する。戦争だと一般的らしい。

 まあ、あってしかるべきだよな。魔法を取り入れた戦争戦略というものが発達しているのがこの世界だ。銃なんて要らないんじゃないか、というくらいに。


 さて、準備が出来たので撃たんとする。

 的は……そこにある木で良いか。どうせ当たらんし。


「じゃー撃つぞー」

「はい」


 アリーヤが心なしか下がるのを確認する。無いとは思うが、暴発でもしたら洒落にならん。

 火蓋を切り、狙いはそこそこに、引き金を引く。

 発砲音を確認。

 放たれた鉛玉を《視の魔眼》で追っていくと、幹から大きく右側に逸れて着弾した。


「駄目だアリーヤ、当たらん」

「相変わらず射撃が下手すぎます」


 意外にもアリーヤが乗ってくれた。

 この世界にきて久しくパロが通じた感覚。ちょっと嬉しい。


 まあ俺の技術云々じゃなく、ライフリングもない銃身で、ただの球形の弾が狙い通りに飛んでくれるわけもない、と。


「じゃあ《闇魔法》使うか」


 とりあえず鉛玉を《闇魔法》で「支配」する。

 これで発射後の弾の遠隔操作が可能になったわけだ。


 同じ手順をくり返す。

 《武器錬成》を使えば、リボルバーの拳銃もライフルもオートマチックの拳銃も、ある程度構造は知っているため、スキルの補正で作ることが可能だろう。だがそのためには薬莢が必要なわけで、さらにそのためには雷管が必要なわけで。

 元素レベルの錬成が出来ない以上、雷管の着火薬は作れない。結局火縄銃しかないのである。もうこの時点で実用性に乏しいと思う。


 二回目であることと、俺のDEX人外ステータスが効果を発揮し、比較的早く射撃準備が整った。


「イノリ、いっきまーす」


 適当に声をかけて発射。狙いも適当である。

 発射後の弾を「遠隔操作」で超高速でくるくると動かしてみる。


「えーっと、うまくいってるんですか?」


 おっと。アリーヤは《視の魔眼》を持っていないから、闇を見る目があろうと、夜闇を超高速で飛ぶ弾丸は捉えられないらしい。


「ほれ」


 速度を落としてアリーヤの周りをくるくると。


「……なんか虫みたいです」


 失敬な。

 見れたようなので、速度を高速に戻す。

 ビジュアルだけ見れば、魔弾使いっぽいな。

 そろそろ飛ばすのも飽きてきたので、木の幹を狙って飛ばす。

 無事着弾。

 弾丸は狙い通り、木の幹のど真ん中に命中した。というか外すわけがない。


「実験成功ですね」


 とアリーヤが言うが、実のところそうでもない。


「いや、やっぱり失敗だな」

「そうなんですか?」

「うむ。弾の回収が出来ん」


 木の幹にめり込んで動かせない、と言うことではない。


「着弾の衝撃で弾が変形するが、それが『壊れた』と見なされるらしい」


 「支配」されていたものが壊れると、《闇魔法》で「遠隔操作」が出来なくなる。

 鉛玉が潰れたことで、弾の遠隔操作が出来なくなってしまった。

 まあ、分かっていたことである。

 回収出来ないとなると、跳弾や貫通後の弾を使ってもう一度攻撃することも、物資削減をすることも出来ない。一々使い捨てになるのだ。

 コスパ悪し。ナイフでも投げていた方がよかろう。


「それなら、潰れないようにアダマンタイトで弾丸を作れば良いのでは?」

「それこそコスパ悪いし、なにより威力が減るだろう」

「……そうなんですか?」


 ……あら?

 マッシュルーミングとか、俺の知識がインプットされているなら知っていて然るべきだと思うのだが。

 ……もしかして、俺から譲渡された知識というのは、かなり限定的なのだろうか。漫画やアニメのパロについてこれたりするから、高校レベルの知識だったり雑学だったりも譲渡されていると思っていた。

 少し試してみるか。


「アリーヤ、突然ですが問題です。デデン!」

「ピンポン! 越◯製菓!」

「いやふざけてるわけじゃなくて」


 そういう無駄なパロは良いんですよ。


「質問なんだが、ベンゼンって構造書けるか」

「えーっ……と?」


 あらん?


「じゃあ、レールガンは知ってる?」

「あ、それは知ってますよ」

「仕組みは? あ、超電磁砲じゃなくて、リアルの奴」

「いや仕組みまでは……」


 おぉっと……?


「知っている単語を以下から選べ。『区分求積』『常用対数』『加法定理』『恒等式』『ユークリッドの互除法』『メネラウスの定理』『対偶証明法』『因数分解』」

「えっと、後半の三つなら……」


 ほほうほうほう。


 ……その後幾つか質問して調べたところ、アリーヤにあるのは「俺が中学生の頃に持っていた知識」だった。予想以上に限定的である。

 銃の仕組みとかを詳しく知ったのは、俺が高校生になってからだ。アリーヤにその知識が欠如しているのは当然と言えよう。


「じゃあ、脱線した話を元に戻すが、どっから説明すればいいだろうか……。もういい、最初から説明しようか」

「お願いします」

「銃弾は通常、着弾と同時に潰れて変型する。キノコの笠のような形になるため、マッシュルーミング効果って言うんだが……」


 銃弾が潰れることにより、運動エネルギーが衝撃に変換されて、被弾者にダメージを与える。変形せずに貫通すると、ただ小さな穴をあけただけだ。まあ当たり所によってはこれで十分なんだが。それと、別にすべての弾丸が変形するわけではなく、例えば軍用だと変形をなるべく防ぐように出来ているが、装甲を貫通して人にダメージを与えることが目的だし。相手が人ならともかく、魔物だと上手くいかないだろう。

 逆により堅い装甲を貫通させようって時も、ただ硬い玉を飛ばせばいいわけではない。少しでも着弾の角度がずれてしまえば、跳ねて弾かれることとなる。故に柔らかい装甲で弾丸を覆う徹甲弾が開発されたのだ。まあ、現代の徹甲弾はまたコンセプトが違うのだが。

 ……と言うことをもう少し丁寧に説明する。


「どちらにせよ、弾丸は変型するものってことだ」

「なるほど……」

「他にも、銃を使うに当たる問題点はある。一つは火薬をいちいち買わなければならないことだ。弾丸ならいくらでも《武器錬成》で作れるが、黒色火薬は元素レベルの錬成になるからな」


 炭と硝石と硫黄で作れると言うが、その配分は分からないしな。自分で生産するのは現実的とは言えない。


「二つ目は、威力に限界があることだ。銃身をアダマンタイトでコーティングして、火薬の量を増やせば威力は増える。だが、いくら俺のSTRが高くても、体重が60キロ程度しかないのは変わらない」


 そうなるとやはり、物理的な限界がある。


「上に向かって撃てば、体重は関係ないのでは?」

「『遠隔操作』で運動のベクトルは変えられないから、かなり不自由になる」


 下への防御を固められた時点で詰みになるな。それはよろしくない。


「……難しいですね」

「先々まで見ると、ナイフに比べて良い点がないな。まあ、昼間のサブウェポンって感じなら、まだ使い所はあるだろう」


 今日シスター師匠にも銃を買ったことを伝えたが、やはりあくまで護身用のサブウェポンとすべきだと言われた。


「ま、とりあえず銃に関してはこんな所かな」

「後は精霊シルフですか……先程から姿が見えませんが、どこに?」

「胸ポケットの中で寝てる」


 「出番が来たら起こしてね」とか言って。こいつ俺の支配下の癖に自由すぎやしないか。風の精霊だからだろうか。


「ヘイ、ウェイクアップ、シルフ」


 胸ポケットを軽くたたきながら呼びかける。

 ……反応なし。未だに健やかな寝息をたてている。

 起きないじゃないか。「起こせ」じゃねえよふざけんな。

 胸ポケットからつまみ出す。

 宙ぶらりんの姿勢になっても起きないぞこいつ。どんだけ爆睡してんだ。


 ……よし。

 ピピッとな。


「ひゃわ!?」


 お、起きた。

 《性技》スキルが思いの外役立っている件。《性技》様々である。


「何するのよ!」

「だって起きないんだもんなぁ」

「癖になったらどう責任取ってくれるのよ」

「責任の所在が不明だな。諦めろ」

「大丈夫ですよシルフさん。ほぼ毎晩やられても私は何とかなってますから」


 いやあなた結構毒されてると思いますが。


「さて、とにかくお前の能力? を把握するぞ」


 とりあえず、精霊を使った盗聴を防げることだけは聞いている。そしてやってもらっている。

 これでなんの心配もせず、外に出ることが出来るようになったわけだ。


「えっと……残念なお知らせだけど、精霊魔法は使えなくなったわ」


 ……まあ、それは何となく予想していた。


「精霊を従えることが出来ない、ってことか」

「威圧して何もさせないことなら出来るけど、命令を聞かせるのは無理。どうもこの状態になってから、魔力と魔法がしっくりこないのよね」


 それは元々俺も覚えていた違和感だ。昨日魔王に色々聞いて、理由は知っている。まあ魔王にしても予測の範疇でしかないようだが。


「俺の《探知》と合わせて、精霊を感知出来ないか?」

「多分だけど、出来るわ。……ほら」


 シルフがそう言った次の瞬間、俺の《探知》に明確な違いが現れる。

 そうか、この感覚が精霊なのか。


「精霊との契約者なら誰でも多少はできるわよ。支配も契約のうちってことね。あと出来ることといえば、こんなことが出来るようになったわ」


 シルフは虚空に手をかざした。すると、その手の先から真っ黒な煙のようなものが現れる。


「『黒風』って言うらしいわ」

「なんか、見るからに禍々しいですね……」


 ああ、名前の由来はそれか。





シルフ

精霊 黒風の唯一位階

HP 2300/2300

MP 11237/13700

STR 9

VIT 1200

DEX 9821

AGI 7835

INT 10291


加護

『主神の反逆者』


称号

 堕精霊





 黒風の精霊、と言うことなのだろう。風を操れなくなったかわりに、黒風を操れるようになったわけだ。

 ステータスはほとんどが変動なしだが、HPとVITが100倍になっている。吹けば飛ぶ、って貧弱さでは無くなったようだ。

 ……あと、大変不名誉な加護と称号がついている。別に彼女は勧んで反逆した訳じゃないのになぁ。神様とやらも器が小さい。


「『黒風』の消費魔力は?」

「ほとんど無いに等しいわ。生成には魔力が多少要るけど、むしろ盗聴防止に威圧する方が魔力を喰ってるわね」

「『黒風』の効果は?」

「毒とかありそうですね」


 アリーヤが「黒風」から一歩下がるが、シルフは首を振る。


「毒なんて無いわ。それどころか、煙たくも無いし重さもないの。自由に動かせるだけ」

「つまり?」

「ただの煙幕ね」


 ……なんだそれ。完全に名前負けしているぞ。


「なんというか、拍子抜けですね」

「敵の間は強いのに、味方になると途端に弱くなるあれか」

「弱くなるとか言わないでよ! 私だって好きでこんな能力になったわけじゃないのよ!?」


 私だって風を操りたいのよー! と誰に向けてでもなく叫ぶシルフ。ちょっと申し訳なくなるな。まあ弱体化の責任の一端が俺にあるかと問われれば、先に喧嘩を売ったのはあっちなので、知ったこっちゃ無いのだが。


「なあシルフ、それ俺でも操れるか?」

「え、えぇ、出来るわよ。契約なら詠唱が必要だったりするけど、私は上級だし、『支配』だからつながりも太いから、無詠唱で自由に操れるわ」


 ならやってみよう。せっかくだから、自分で「黒風」を出してみる。

 お、思っただけで簡単に出せたな。

 ……しばらく伸ばしたり、広げたり、形どらせたりしてみる。

 軽く操ってみた感じ、《闇魔法》の「遠隔操作」とかなり似ている。

 どうやらあくまでシルフが操っているととなるので、俺の思考リソースは消費しなくても良いらしい。普通にマックスまで「遠隔操作」を同時多発展開した上で、さらに「黒風」も扱えると言うことだ。流動体を「支配」して「遠隔操作」するには、普通は思考のリソースが足りなくなるが、「黒風」は別と言うことだ。


 うん。実体もないし、空中に影を作る感覚って感じだ。

 ……いや、ちょっと待て。


「もしかしてこんなことも

 …………できるのか」 

「え?」

「な、何をやったんですか!」


 黒い霧のような「黒風」の中から、俺の手にナイフが落ちてきた。

 「影空間」から取り出す感じでやったら、出来てしまった。


「この『黒風』は、俺の《闇魔法》の影と同じ扱いらしいな」


 「黒風」は「影空間」の窓口として使えると言うことだ。

 今まで地面や壁の影を窓口に使うしかなかったのが、空中に自由に窓口を作れるようになったのだ。

 これは大分戦略の幅が広がるぞ。


「でも、使い所あるんですかね」

「何を言うか、物凄く有用だぞ。シルフさんに即刻謝りたまえ」

「うわ、超速手のひら返し」

「今からそれを証明しに行くぞ」


 早速一つ、有効な使い方を思いついた。

 俺はアリーヤを向いて、言う。


「討伐と採集は後回しだ。まずは、大きな岩を集めに行くぞ」

「は?」「え?」


 二人の声を無視して、《探知》で岩を探す。

 もしかしたらこれで、俺の欠点の一つである「火力不足」を補える攻撃手段を手に入れる事が出来るかもしれない。


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