魔王様と第四話

 ぶらぶらと武器屋を覗いては見たものの、これといったものは結局見つかっていない。

 魔動具が当たり前のこの世界で、魔動具じゃない実用的な武器なんて売ってるわけも無し。


「無かったです、って正直に言うか」

「おめでとうございます。訓練メニューおかわり追加ですね」

「…………」


 まあ確かに、アリーヤの言うような結果しか見えない。

 全く、いったいどうしてシスター師匠はそこまで俺にかまってくるのか。


「ん、武器屋だ」


 ふと目線をあげると、こじんまりとした武器屋があった。看板はありきたりで、あまり主張してこない。外装も少々ボロボロで、店の前の僅かに生えた雑草が、客の少なさを暗示していた。


「オンボロですね」

「入ってみるか」

「……その辺の売れてない武器屋にしか見えませんが……まさか隠れた名店かもしれないなんて理由じゃないですよね?」

「隠れた名店かもしれないっ!」


 あえて言い切ってみる。

 視界の端でアリーヤの視線が冷たくなる。

 最近は心地良くなってきたね。


 勢いに任せ、ボロボロの扉を開き、入店する。


「……うー……ん……」


 内装も、外装に負けずボロボロで、寂しい感じである。

 飾ってある武器も少なく、一見すると放置された物置のようだ。

 だが、鑑定してみると品質は悪くない。


「いらっしゃいませ」


 売り場にいた、執事服の老人が丁寧に挨拶してくる。


 …………ん?

 執事?


「「…………?」」

「本日はどのようなご用件でしょうか」

「「…………………?」」


 思わずアリーヤに視線をよこす。彼女も同じく俺を見てきたため、顔を見合わせる形となった。


 ボロい店の中にいる、白ネクタイに燕尾服という、いかにもな白髪の老執事。

 もはやギャップどころの騒ぎではない。不自然が極まり、この空間は混沌と言うべきである。

 眼前の光景に黙然としてしまった俺達と、返事を待っている老執事。結果その間には気まずい沈黙が生まれた。


「……武器を、買いに来たのですが」


 ナイスだ!

 アリーヤが空気をぶち壊して、老執事の質問に答えた。


「こちらに飾られている武器が、全てなのでしょうか」


 陳列されている商品は、武器屋としてはあまりにも少ない。

 ん? ここ武器屋であっているんだよな?

 どうも執事がいるとなると、不安が残る。もしかして貴族の屋敷の物置ではないだろうか。

 そして店の前の看板は、紛らわしいインテリアだったり。


「いえ。心配なさらず。ここは武器屋ですから」


 老執事がピンポイントな答えを口に出す。

 え? もしかして俺の心読まれてる?

 まさかこの老人、何らかの裏があるとかじゃないよな? 偶然だとは思うが、昨日からの流れだとあり得るやもしれぬ。

 鑑定してみよう。そうしよう。



セバスチャン

人族 人間

HP 85/85

MP 455/460

STR 62

VIT 68

DEX 408

AGI 67

INT 312


加護

 なし


称号

 なし



 あ、普通だぁ。

 なんか久しぶりだなぁ。普通のステータス。実家のような安心感。

 俺が内心安堵している間に、アリーヤと老執事の会話は続いている。


「では?」

「当店は注文制で御座います。お客様のご注文に沿った、唯一無二の武器を作り上げさせて頂きます」


 まさかのオーダーである。

 まずいな、先程からツッコミどころが多すぎて、脳内が対処し切れていない。

 混沌に出会うと、どうやら俺は口が利けなくなるらしい。

 しかし、いつまでもアリーヤに応答を任せておく訳にも行かないので、ツッコミの衝動を押さえ込んで、老執事に聞いた。


「それはたとえば、魔動具でない俺専用の武器を作れ、という注文も受けることが出来るのか?」

「問題ありません。当店はお客様の期待に沿うべく、全力を尽くす所存で御座います」


 先程から、老執事の丁寧な口調が貧相な店内の様子と不協和音を奏でている。

 しかし、ようやく光明が見えた。

 この老執事がどれほどの武器を仕上げてくるのか分からないが、まあもともとメインで使うつもりはない。品質がB-もあれば、シスター師匠も怒らないだろう。きっと。

 頼むだけ頼んでおこうか。


「なら、注文頼めるか?」

「なんなりと」


 注文出来るなら、俺の好みの武器にしてやろう。

 即ち、無駄の削がれた機能性重視のデザイン。


「じゃあ、人の丈に至らない位のロングソードを頼む。片刃で、幅と厚さは重厚な方がいい。グリップには手首を保護する機能を付けてくれ。柄や鍔に装飾は要らない」

「なるほど。叩き斬る鉈のような大剣で、シンプルイズベストという訳で御座いますね?」


 ほほう。この老執事、分かっているじゃないか。


「金はどれくらいになる?」

「予算は如何程で?」

「こんなものだ」


 俺は両手の指を立てて、予算を示す。

 冒険者ギルドの依頼を大量にこなしている上、装備の消耗で買い換えるようなことは無いため、かなりの金が溜まっているのだ。


「了解しました。ではその予算内で、最高のものを拵えましょう」

「よろしく」


 その後、俺は店内にあるサンプルの剣を振り、老執事がその様子を確認した。どうやらこれで俺の振りの癖や型を見つけ、その特徴に沿った武器を作るらしい。重心の位置とかな。

 そのあたりは出来上がってから確認するものだと思っていたが、出来あがってからも仕上げとして確認作業は残っていると言う。


 とにかく、その細かい色々を終えて、俺とアリーヤは店を出た。

 もしかして本当に名店だったのかも知れない。中々期待させてくれる店と執事だった。

 まあ結果が分からないが、後払いの上、気に入らなかったら買わなくても良いらしいので、騙されていることは無いだろう。

 ……今でも何故執事が武器屋をやっているのか分からないのだが。店番ではなく、かの執事が武器を作るらしいし。

 少なくとも、奇抜な店であったのは間違いないだろう。


「そう言えば、アリーは何も買わなくて良かったのか?」

「ええ。キリがこれを買ってくれましたので」


 そう言って、胸に抱いている短剣を見せてくる。

 ……さっきから思っていたが、何故袋にしまわないんですか?

 いや、鞘には収まっているから、刃が剥き出しって事は無いんだけれども。それでもなんか怖い。

 敵対心を持ってくれるのはウェルカムなんだが、なんというか、それ以上の得体の知れない怖さを感じるのは何だろうか。まあ僅かなものではあるのだが。


 ともかく、今日の用事はとりあえず終わりという事だ。わりかし早く終わらせることが出来たな。今は昼過ぎ。飯時である。


「どうしますか? このまま宿屋に帰りますか? それともお昼をどこかでいただきますか?」

「食べるとしようか。久しぶりに、ギルドと宿屋以外の所で飯を食いたい」


 宿屋のお袋の味も、ギルドのワイルドな味も嫌いじゃないのだが、どうせならたまには本格的な料理を食べたい。

 もちろんニンニクは抜きで。


「では、行ってみたかった所があるので、そこに行きませんか」

「任せる」


 先導するアリーヤについて行く。

 アリーヤは冒険者ギルドの依頼で、たまに野良パーティーを組むことがあるらしい。飯屋の情報も、そう言うところから拾ってきているのかも知れない。

 俺が冒険者ギルドで盗み聞きしているので掴んだ情報は、冒険者ギルド故か大体酒場の情報なのだ。昼飯を食えるようなちゃんとした飯屋は知らない。


「ここです」

「ここか。雰囲気あるな」


 ついたところは、店外にテラス席のある、深い茶色の気を柱としている白い壁が綺麗な店だった。

 落ち着いたお洒落な雰囲気で、なんとなく元の世界の喫茶店を思い出す。


 早速入店。

 雰囲気の割に、値段は良心的なようだ。客層も庶民が殆どで、老若男女と幅広い。

 お約束のように店員に苦い顔をされたが、さすがに入店拒否はされなかった。

 賑やかな店内ではなく、比較的人が少ないテラス席を勧められたが。

 はいはい。離れりゃいいんですね。

 直射日光は嫌だから、店内が良かったんだけどなぁ。






「あ! キリじゃないか!」


 何故貴様がそこにいる。

 アリーヤとテラス席で少し遅めの昼飯を頂いていると、横の道を通りかかったシスター師匠に見つかった。

 いやあなた、ガイダンスはどうしたのよ。

 そして彼女の声が聞こえた瞬間、向かいに座るアリーヤの眉がピクッと動く。

 シスター師匠もアリーヤの姿を見ると、ムッとした表情になる。


 シスター師匠はためらわず入店し、俺達のテーブルの空いているイスに座った。なんでや。


「ガイダンスが意外と早く終わってね。でもまだお昼ご飯を食べていないんだ」

「さいですか」


 シスター師匠は側にいた店員に声をかけ、自分の注文をすませる。


「キリはちゃんと武器を見つけたかい?」

「中々良いのが無くて、結局注文することになったな」

「注文?」


 む?

 シスター師匠のこの反応だと、どうやらあの老執事の武器屋を知らないらしい。


「どこの店だい? それは」


 シスター師匠に簡単に場所を説明するが、それでも彼女は知らないようだ。


「まあ、ボロすぎてパッと見ただけでは倉庫にしか見えないから、知らなかったのかもな」

「……その店、大丈夫なのかい?」

「後払いで返品も可らしいから、騙されていることは無い」


 と、そこまで話したところで、シスター師匠が注文した料理が来た。

 この店、料理届くの早いな。

 あれか。元の世界のサイゼ○ヤか。


 シスター師匠は料理を前にして、例のお祈りの略式を行った後、料理に手をつける。

 これが教会の「いただきます」なのだろう。

 

 しばらくして、シスター師匠はアリーヤを向いて言う。


「それで、なんでアリーさんかいるのかな?」

「……あなたには関係のない事でしょう」


 何か意図を含むような目線を寄越したシスター師匠に、アリーヤは少しばかり不機嫌な様子で応答する。


「まあ確かに私は一人で、とキリには言ってなかったけど、君までついてくることは無いだろう? 依頼で忙しいはずだし」

「丁度今日は暇だったんですよ。別に私が来ても問題ないはずです」

「いやいや、またキリが君に甘やかされるんじゃないかって思ったんだよ。あ、もしかしてデートだったのかい? だったら邪魔して悪かったね」

「デートじゃないですっ!」

「へえー。でもこのテラス席で一緒に食事ってどうみても……」

「だからそうじゃなくて……」


 …………俺の事が話題になっているはずなのに、俺が完全に蚊帳の外なのは何でだろうか。

 そしてもう俺は食事を終えてしまっている。だが二人の皿にはまだ料理が残っている。

 後から注文したシスター師匠は良いとして、アリーヤはやはり王女だったときの癖が抜けないのか、非常に上品に食べている。見た目は美しく優雅だ。

 だが食べるの遅い。


 相も変わらず俺をほっぽりだして俺の事で喧嘩している二人から視線を外し、道行く人をぼーっと眺めた。

 ゆったりした時間が流れる。

 ポカポカとしていて、寝不足もあり俺の瞼はだんだんと重くなっていく。

 直射日光で頭痛がするが、それがさらに眠気を誘発した。


「あ………で……」

「だか……に……」

「……へ……」

「……」

「……」








「だから、私の方が彼との付き合いは長いんですよ! その分私の方が理解していることがあります!」

「いーや、師弟の目線からしか分からないことがあると思うよ! それに、恋は盲目とも言うしね」


 一体、彼女らの会話はどのように流れていったのか。空になった料理の皿も、話題の中心である祈里のことすら眼中になく、元の話題から離れて跡形もなくなっている。


「だからっ……~~もう! ならキリ本人に聞いてみましょう! どうなんですか!?」

「キリ! どうなんだい!?」


 ようやく彼女らの視線が祈里に向き、質問が飛ぶ。

 そしてその先の彼は、


「…………zzz」

「「……………」」


 見事に爆睡していた。


「寝ないで下さい!」「起きてくれよキリ!」


「…………ハッ!」


 この流れ久しぶりだな、と寝起きに思った祈里であった。 






 料理を食べ終わったのでさっさと店を出たのだが、帰り道もお二方は俺を放って、口喧嘩し始めた。

 話題は俺のはずなのに、やはり俺のことは眼中にない。なんなの。


 ということで、目を盗んで逃げ出す。

 え? 俺のことで口喧嘩してるんじゃないかって?

 いやいや。彼女らが俺に対してどう思っていようと、俺に責任は生まれないだろう。

 つまりあの口喧嘩は、俺に関係ないと言って良い。

 わざわざつきあう必要はない。


「ということで、逃げてきた」

「相変わらずだなお前は」


 魔王が俺に向けて呆れたようにため息をついた。


 いつもの如く、ギルドの酒場に逃げてきた。

 そしておっさんこと魔王イグノアが居るのを見つけ、いつものようにそのテーブルの席に座ったのだ。


 自然、なはずだ。

 大分自分でも落ち着いているから、振る舞いには現れていないと思う。

 しかし、目の前の人物に警戒心は持っておく。


「だが、すぐにばれるんじゃないか?」

「む?」

「前だってあのシスターの娘が、ここでお前を見つけただろう」


 うむ。それは確かにそうだ。

 ならここで彼女らに見つかるのも時間の問題か。

 せめてアリーヤとシスター師匠の間の熱が冷めて、別れるまではみつかりたくない。


「……どうするか」

「依頼にでも行けばいいだろう。街の外ならそうそう見つかることもない」

「それもそうだが、残念ながら武器がない」


 武器がない、という俺の言葉に、おっさんはさらに呆れた顔をする。

 そして酒を一口飲んだ後、少し思案する様子を見せてから、俺に言った。


「なら、俺と行くか? 依頼」

「ぇ」


 思わず変な声がでる。


「余程危険なところに行かない限り、お前の安全は保証するさ」


 魔王は俺の目をまっすぐ見て言う。

 冗談で言っている雰囲気ではない。


「どういうつもりだ?」


「……いや、俺もお前と、少し二人で話したいことがある」



 ──心臓の音が聞こえた。


 二人で話したいこと?

 ここではなく、人目のない町の外で?

 そんなことをする理由は?


 俺が気づいたことに・・・・・・・気づいている・・・・・・

 その可能性が高い。


 断るか? わざわざ危険に踏み込む意義はない。

 いや、だが、最初から生殺与奪は目の前のこいつにある。

 いつだって、あのステータスなら俺を殺せる。例え夜であっても。

 そんな相手が、わざわざ対話の場を設ける理由は?


 思考速度を最大にするが、それでも会話には僅かな間が生じる。


「大丈夫だ。祈里を殺すつもりはない。いや、殺せない、と言った方が正しいな」


 魔王が比較的小さい声で、俺に言った。


 嘘か本当か。

 いや。ここで嘘をつく理由は、こいつにはないはず。

 先ほどから言うように、俺の生殺与奪はこいつが握っている。そんなわざわざ回りくどい方法をとる理由はない。

 それに、「殺せない」ってのはどういう意味だ?

 つまり、打ち消しの意志ではなく、不可能。

 そんなことを言う理由は?


 幾ばくかの思考の末、俺は言った。


「……わかった」


 これは有意義な危険だ。

 俺は最終的に、そう判断した。






 昼過ぎの太陽は、天頂からは少し傾いていた。

 やはり直射日光は辛い。

 清々しい青空が広がっていて、白い雲がちらほらと浮いている。風で少しずつ、形が流れる。

 そよ風が草原の雑草を揺らし、俺の頬を撫でる。

 草原の先の街はもう小さくなっているが、《探知》を広げても、魔物の反応は近くになかった。

 うららか。そんな言葉を体現したような光景の中で、俺の心は今までになく緊張していた。

 前を歩く魔王の、一挙手一投足も見逃さない。見逃せない。見ずにはいられない。

 警戒せずにはいられなかった。心臓が高鳴る。こんな感情は初めてだ。

 ……いや、恋とかではなく。


「この辺で良いか」


 そう言って、魔王は立ち止まって、俺の方を振り向いた。

 瞬間、


「!?」


 俺の探知が異常を感知した。

 魔王から何かが広がった。それだけはわかる。

 振り向いた瞬間、世界がざわついたような錯覚を受けた。

 《探知》で確認しても、彼が魔法的な何かを使った様子はない。魔力が動いた痕跡もない。

 だが、何かしたのは確かだ。

 感覚的に、結界のようなものだと思う。


「よっこらせ」


 俺のそんな内心を知ってか知らずか、魔王はのんきな様子であぐらをかく。

 それでも立ったままの俺を見て、魔王は少し笑った。


「そんな警戒すんな。ま、座れや」


 俺はしばらく彼の目をみた後、言われた通りに草原の土の上に腰を下ろした。


「で、話というのは?」

「まあそう急くな」


 そう言いながら、魔王は煙草を取り出して火をつけた。

 仕草が微妙にデジャヴ。

 記憶の奥底の片隅にある父親の仕草に似ている気がする。ほんとおっさん臭い。

 ………え? ていうかこの世界煙草あったのか?


 俺が興味津々に煙草を見ていると、魔王がふと俺の様子に気づく。


「ん、ああ。これか? 煙草はここでは売ってないが、魔族は普通に売ってるぜ」


 はい盛大なカミングアウトいただきましたー。


「ま、気づいていると思うが、俺は魔王イグノアだ」


 はいド真ん中ドストレートいただきましたー。


 もうこの人隠す気ねぇな。

 さっきまで異常に警戒していた俺が馬鹿みたいだ。

 真意は全く見えないから、警戒は解かないが。


 動揺しない……いや別の意味で動揺しているのだが、そんな俺を見て、魔王は鼻で笑う。


「やっぱ気づいてたな。何で気づいたかは聞かない。その上で、幾つか質問に答えよう」


 早速質疑応答の時間か。有り難い。

 だが問題がある。俺は精霊を使って盗み聞きされた記憶がある。例え《探知》の中に他人が居なくても、安心できないことを身を持って知っている。


「精霊を使った盗聴の心配は無いのか?」

「まず聞くことがそれかよ……まあ、精霊使って盗み聞き出来る奴なんて限られている。相当なエルフの精霊魔法の使い手でも、早々出来る事じゃないし、聞き拾える情報も雑音混じりだからな。そこまで警戒する必要はない」


 そうなのか。

 ……ん? あのフルスとかいうエルフは、会話すらしてきたんだが。


「会話、とかは出来ないのか?」

「会話? 声を届かせる魔法と組み合わせて、無線みたいには出来るとは思うが」


 無線ときたか。まあわかりやすい例だが。


「いや、そんなんじゃない。普通に電話みたいな会話だ」

「そりゃ次元が違うな。エルフでもとうてい無理だろう。精霊ぐらいじゃないのか? そんなことが出来るのは」


 そう言えば、フルスのステータスにはエルフ(精霊憑き)というのがあった。それが影響しているのかも知れない。


「ま、そんな事が出来る術者が居ても大丈夫だ。この辺の精霊はとりあえず全部無理矢理支配下に治めたからな」


 は?

 《探知》で精霊を探ってみる。いや探れないのだが。

 しかし、どうもいつもとは違う様子だ。それだけは分かった。

 てかそんなことできるのか。

 魔王だからか?

 まああのステータスなら、納得できるかもしれない。


「わかった。じゃあ質問に移ろう」

「今のは質問に数えないのか」


 魔王が細かい事を言っているが、無視する。


「俺を殺せない、というのはどう言うことだ?」

「……魔王が何故ここにいるか? とかじゃないのか」


 普通ならそう聞くかもしれんが、この質問は俺の死活問題なのだ。優先順位が高くて当然である。


「まあいい。それも話したかった事だしな。……見てろ」


 そう言って口から煙草の煙を吐いた後、魔王は頭に被っていたフードを、俄かに外す。

 中から現れた頭部を見て、俺は驚愕する。


 獣のような耳があった。

 それなら、獣人かと思って俺もそう驚かない。問題はそれだけじゃないのだ。

 本来の人間の耳がある所にも、耳がある。獣人はそんなことないのだ。耳が四つなんて、可笑しいだろう。

 しかもだ。

 その耳が、長いのだ。

 それはまるでエルフのように。

 頭に二本の角があった。魔族のような巻き角だ。

 瞳はよく見れば三日月のようだ。蜥蜴のようである。首筋には竜人の特徴である鱗がチラリと見えた。

 こう見てみると、蓄えた髭はドワーフのものと類似している。


 なんというか、感想を一言で言えば、そう、


「なんかゴチャゴチャしてるな」

「だろう? 頭がうんざりするほどやかましいだろ?」


 まるで種族を一緒くたに混ぜ合わせたような頭部だ。主張がうるさくて仕方がない。


「まあ、俺の種族から説明するが、キマイラホムンクルスっていうのさ」


 俺は魔王のステータスを思い出した。

 確かこう書かれていた。

 

キマイラホムンクルス(魔人16.66% 竜人16.66% 獣人16.66% エルフ16.66% ドワーフ16.66%人間16.66%)


 ああ。うん。

 なんか言わんとしている事が分かった。


「いくつかの人種を合成した、人造人間ってことか」

「そこに俺の魂が入り込んだ形だな。先々代魔王を勤めていた時は、普通の魔族だったんだが……今は、そうだな。どの種族でもあってどの種族とも違う、そんな存在だ」


 ややこしいな。

 ……というか、俺を殺せない、という話に繋がってこないのだが。


「で、問題は俺の加護にあってな」


 どうも話に続きがあるようだ。

 確かこいつの加護は、あれだな。


「六柱の神罰というのが俺の加護だ。ま、加護っつーか呪いだがな」

「神罰というくらいだしな」

「この加護の内容は、『俺が直接的間接的問わず、故意に同種族を殺した場合、その瞬間俺も死亡する』ってものだ」


 ふーん。同族殺しは死刑、か。


 ……ん?


「どの種族でもあってどの種族とも違う、と言ってなかったか?」

「ああ。そしてそれが適用される」


 つまりは、そういうことか。


「俺は魔族、竜人、獣人、エルフ、ドワーフ、人間のいずれかを殺した時点で死ぬ」


 ああうん。

 そりゃ魔王出来ないな。

 しかし、少し安心した。

 こいつの話が本当なら、俺の生殺与奪は握られていなかったらしい。

 ここで嘘をつくメリットはやはりないしな。


「それで人間である俺を殺せない、というわけか」

「そう言うことになる」


 さらっとカマをかけてみたが、どうも俺が吸血鬼だと気づいている様子はない。

 流石に俺のすべてを分かっている訳ではないらしいな。

 しかし、こいつの目は、まるで俺の本質まで見透かすような目をしている。なんとも気味が悪いというか、やりにくい。

 まあ、それはおいといて。


「それなら魔王がここにいるのも理解できるな。命令を下したら死ぬとか、魔王出来ないだろ」

「ま、それもあるな」


 それも?

 こいつの言い方からして、他にも理由があるらしい。


「他に理由があるのか?」

「ああ、まあそっちがメインなんだが……そうだな。少し昔話でもするか」


 え? 昔話?

 突然だな。

 こいつの過去生ってことか?


「俺は知っての通り、先々代魔王をやっていた」


 ああ。そこからか。


「生まれたときから異常な力を持っていて、何でも思うとおりに行った。魔王としての力が発現してからは、それが顕著になったな。酒も金も女も、奪えばいくらでも手に入る。力をふるえば誰もが言うことを聞く。美人な嫁をたくさん手に入れて、豪勢な生活をして、笑いながら生きた」


 魔族は力、戦闘能力で序列が決まるらしいから、それは顕著だっただろうと推測できる。


「しかし、何を得ても、満足は出来なかった。魔王となり、未だ見ぬ人間の土地を侵略しようと、俺の心が満たされることはなかった。俺を止める事が出来る奴なんて居なかったからな。最期の最期まで、俺は幸福を追い求めた。……果たされることは無かったが」


 まあ、典型的な魔王って感じだな。


「俺は死んだ後、何処とも分からない白い空間で、神に出会った」


 ん? 白い空間? 神?

 俺と同じ状況か?


「その神とやらは、自分のことを世界の主神だと名乗った」


 あ、人違いでした。


「主神曰わく、俺はやりすぎたらしい。神の思惑を超えて、大きな爪痕を残してしまった、と。そして俺に罰が下った」

「それが、六柱の神罰か?」

「いや。その時の神罰は別だ。力、才能、記憶、俺のその全てを奪った上で、『見放された世界アバンダンス・ワールド』に転生させられたのさ」


 ん? 聞き慣れない単語が出てきたぞ?


「アバンダンス・ワールド、とは?」

「お前が元々いた世界だ。単純に、神に見放された世界のことだ」


 あ、うん。俺が元日本人ってのはやっぱりばれてるみたいですね。


「で、転生してから俺はどうなったと思う? 何の変哲もない一般家庭に、特別に整っている訳でもない容姿で生まれ落ちて、特に取り柄のない人生を、厳しい人生を一生懸命頑張って、別に綺麗でもない女と結婚して、ちょっと格好良い息子が生まれて、家計が火の車の中、たまに嫁と喧嘩して、ただひたすらに一介のサラリーマンとして働いた俺の人生は?」


 そう一気に言った後、おっさんは笑った。


「──幸せだった。……皮肉なもんだろう? 前世の俺は前々世の俺が持っていた物を何も持っていなかったのに、前々世の俺が生涯求めていた只一つの物を持っていたんだ」


 欲望には限りがない。

 だが、幸せを論じた自己啓発本が売れるように、幸せにはなれる。


「結局は、幸せってのは当人の考え方次第なのさ」

「……だろうな。幸せってのは、一種の自己暗示と言ってもいいだろう」


 魔王の言葉に、俺は頷いて同意する。

 幸福に一般化されたボーダーは無い。それを決めるのは当人だ。

 当人が自分が幸福だと思い込んだら、それでそいつは幸福なのだ。


「この世界に魔王として召喚されたとき、神と出会って六柱の神罰を下されると同時に、前々世と前世を思い出した。笑わずには居られなかった。そうだろう? そしてこの世界で何をしようかと考えたとき、自分が幸福になろう、という目標は捨てた。何が欲しいとも思わなかった」


 おっさんは青空を仰いで、口から煙を吐いた。

 頭上で只の小鳥が、せわしなく羽ばたきながら、どこかへ飛んでいく。


「この世の全てを手に入れた。幸福にもなった。そもそも、思いこめればいつでもなれる幸福を人生の目標にするなど、つまらないにもほどがある」

「なら、どうするつもりだ?」

「他人の幸せのために動こうと思った」


 おや。そうくるとは意外だった。


「別にすべての人を幸せにするなんて、馬鹿なことを言うつもりはない。ただこの奇抜な体でこそ出来る、他人のための幸福を、と考えた」

「その体でこそ?」

「ああ。ハーフとして生まれ落ちた者、あるいは種族で虐げられている者。この全ての種族である俺だからこそ出来ることだと思わないか」

「……まあ、そうかもな。本当にできるかはともかくとして」

「出来なきゃそれまでだ。所詮思いつきだからな」


 ああ。

 こいつに感じていた違和感、何となく分かった。

 主体性がないんだ。自分が生きようとする意志が、欠片もない。

 奇天烈な過去生を歩んだ結果か。


「そのために、俺はこの雁字搦めの世界はこにわを壊す。神なんざ知るか。魔王なんざ勇者なんざ知るか。全てぶち壊してやる」

「そのために、魔王城を出たのか」

「ああ。世界を壊すためにな」


 世界、ねぇ。そういう過激な考え方は嫌いじゃないが、わざわざ壊そうとは思わん。


 ……というか、随分喋ったな。

 これだけで結構な情報を手に入れられたんだが。


「……それを話すことで、お前にメリットはあるのか? お前の真意が分からん」

「ん、ああ。そうだな、協力料の前払いってやつだ」


 ん? 協力料?


「俺が直々に世界を壊そう、と当初は思っていたんだが、神罰が厳しくてな。それに、ある男に出会って、考えが変わった」

「ある男?」


 俺が聞くと、魔王はニヤリと笑い、俺に向けて指を指す。


「お前だよ」


 え? 俺ですか?


「お前が世界を壊すのに協力しろと? 勝手なこと言うなよ」

「いや別に、お前に協力を頼もうとしている訳じゃない」


 魔王は俺に向けていた指をゆっくりと下ろした。


「お前は壊すさ。お前にその意志が無くとも、ただ進むだけで世界を壊す。結果的に俺の目的に協力する事になるだろう」

「それで、協力料ってわけか?」

「その通りだ」


 だから、と魔王は続けた。


「お前はただ『生きろ』。命を踏みにじり、他人を潰しながら、ただ己の道を前へ進め」


 何を勝手なことを──と思いもしたが、不思議と怒りがわいてこなかった。

 拒絶する代わりに、俺は口角を上げて言い放った。


「わざわざ言われなくてもそうするさ」

「はっ! そういうと思ったぜ」


 息子を見る父親のような目をして、イグノアは笑った。

 それを見て、俺もつられるようにして笑い、言った。


「だが協力料が足らん、もっと情報寄越せ」


 イグノアは表情を一転して、心底呆れたような顔をして言う。


「お前、お前……いや、本当にお前らしいな……。あーもうわかった、何が聞きたい」


 よっし!

 さあ情報のボーナスタイム突入だ!


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