アリーヤと第三話
イグノア
魔族(?) キマイラホムンクルス(魔人16.66% 竜人16.66% 獣人16.66% エルフ16.66% ドワーフ16.66%人間16.66%)
HP 1200000/1200000
MP 7200000/7200000
STR 50000
VIT 50000
DEX 50000
AGI 50000
INT 50000
加護
《魔王の格》《六柱の神罰》
称号
今代魔王 先々代魔王 最凶の魔王 絶望の権化 暴君 天災級脅威 破壊者 殺戮者 殲滅者 絶対者 魔王の風格 残虐の極 サラリーマン 転生者 神罰を下されし者 嫌われ者
えっと、魔王ってなんですか?
おっさん魔王なの? マジで?
いや、最後に核弾頭並みの
しかもステータスとち狂ってるし、種族も意味わからん事になってるし。
あー、もう駄目だ。つっこみきれない。
正直「鑑定」のバグだって言われた方が信じられるくらいだ。
今の驚きが顔にでていないだろうか。正直ポーカーフェイスで隠し通せてるかわからない。
おっさん改めて魔王イグノアの前で思考の海に溺れている時、またギルドの扉が開かれた。
「あ、キリ。お待たせ」
シスター師匠だ。
思いの外早く帰ってきたな。まだ処女の匂いもしているし、食われなかったのか。良かったな。
……ふう、馬鹿な事を考えたおかげで、落ち着けた。
シスター師匠、ナイスタイミングだ。
「話ってなんだったんだ?」
「あぁ、私が男、キリを連れていた事に関して聞かれたんだよ。神官騎士は処女でなければならないから、異性間交遊とかには厳しいのさ」
しかし英雄とやらは処女を美味しく頂いているようだが。
「それで? 俺のことはなんだって?」
「師弟関係なら問題ないってさ。力は私の方が強いから、襲われることも無いしね」
チッ。ここでNGが出れば、鬱陶しい師弟関係を反故にすることも出来たと言うに。
夜になれば俺の方が強いんだからな? お前なんてレベル5の《性技》の餌食となるんだからな?
と、ふと思い出し、気になったことを聞いてみる。
「ん? そういや、初日に連れていた男は何なんだ?」
「まあ、ナンパ対策だね。神官の1人に頼んだのさ。男付きなら冒険者ギルドで絡まれないかと思っていたんだけど、結局絡まれたからやめたんだ」
あ、俺のことですね。わかります。
いやー、あの時は男付きだなんて考えず、逆テンプレのチャンスだって考えしかなかったからな。
「まあ、その話は良いじゃないか。ほら、訓練に行くよ?」
はいはい
シスター師匠に引っ張られるように席を立つ。
「じゃ、おっさんまたな」
「おい、その酒どうすんだ?」
イグノアに言われて気づく。飲んでいた酒が、でかいジョッキの中にまだ残っていた。
「残りはおっさんにやるよ」
「いるか。そんなん好んで飲むのお前くらいだろ。飲むと肝臓壊しそうだ」
このイグノアのステータスならどうとでもなる気がする。
……という思考が出来るあたり、大分冷静になれたな。
俺はジョッキを荒々しくつかむと、中に残っている分を一気に喉に流し込んだ。
さすがに酒、いや毒の一気飲みはつらいな。
吸血鬼の回復能力故か《毒耐性》が効いているのか、すぐに問題なくなるのだが。
「キーリー、早くー」
「はいはい」
シスター師匠の間延びした声に急かされながら、俺は冒険者ギルドを後にした。
鋭い蹴りが俺に向けて放たれる。
「くっ」
体を捻って回避するように努めるが、腕に掠ってしまう。掠るといってもかなりのパワーがある攻撃なので、かなり痛いし腕が痺れるような感覚を覚える。
「ほら、また当たっただろう? 見てから避けるんじゃなくて、攻撃を予測しなきゃいけないんだよ。折角人よりいい眼を持っているんだから、存分に生かさないと」
息を荒げている俺に、シスター師匠の駄目押しが入る。
シスター師匠の訓練は実戦訓練だ。基礎とかそういうのは一切無し。これって教育って言わない。
「だが、予測しても攻撃を変えるだろ?」
後出しはずるいです。
「その辺も含めて予測するんだよ」
無茶ぶりにも程がある。
しかし、この訓練が俺の身のためになっていないかと言われると、そうでもない。
実際、俺は《視の魔眼》の「絶対動体視力」に頼り、見てから攻撃を避けている節がある。フェンリルの様な直線的な攻撃ならともかく、例えばイージアナのような達人の攻撃は予測できなかった。
スキルで《予測》なんてものもありそうだ。実際俺よりもAGIが高い奴は居るのだから、あまり《視の魔眼》とステータスの一辺倒でいくのもよろしくないだろう。
ただ、この訓練が非常に役に立っているかと聞かれると、またもそうでもないと答えざるを得ない。
昼間はスキルアップしないのだから、ここで延々とシスター師匠の攻撃を予測するよりも、夜にちょっと自力で訓練した方がましなのだ。
俺のやる気が出ないのも、しょうがないと言うものである。
「ほら、いつまでもバテてないで、続きをやるよ?」
シスター師匠は俺の腕を掴むと、強引に立ち上がらせた。
なんか、彼女の強引な感じとか、微妙に脳筋だったりするあたり、なんとなくイージアナににている気がする。
「あ、そういえば」
俺に襲いかかる姿勢を解いて、シスター師匠は思い出したように言った。
「明日は強化合宿のガイダンスがあってね、君の面倒を見られないんだ。ごめんね」
お、ということは明日は訓練なしですか?
やっふー! 久々の休日だぜ。
何をするか? 決まっている。連日の寝不足を解消するのだ。明日はギルドにも行かず、一日中寝ているかもしれないな。だがそれでいい。睡眠欲は満たさねばならない。
「あ、一日中寝ていようなんて考えちゃ駄目だよ?」
何!?
「そろそろ外に出て実戦訓練をしたいんだ」
今でも十分実戦訓練なんですが?
「そのために、ちゃんとした武器を持って欲しい。あ、今なんかちゃんとした武器持ってるかい?」
武器は、ある。影空間の中には闇鉄のナイフとか黒木刀とか、あらゆる使い慣れた武器がある。しかし、ここでこれを彼女に見せるのは愚策だろう。
闇鉄は俺の《闇魔法》で生み出されたものだ。この世界には存在しないはずの物質である。そんな物を、シスター師匠にじっくりと観察させるわけには行かない。
「いや、持ってないな」
「分かっていたけど、それでよく冒険者だなんて名乗れるね」
昼間中ずっと寝ているか酒を飲んでいるかという俺のキャラなら、まともな武器を持っていなくても不自然なことはあるまい。
「それじゃあ、明日は武器屋を回って自分に合う物を選んでおいて。まだ買わないでよ? ちゃんと私が明後日に見てから判断するから」
はいはいよ。それじゃあさっさと適当に選んで、後は寝るとしますかね。
「適当に選ぶなんてしないでおくれよ? ちゃんと考えて選んでなかったら、明後日以降の訓練は更にキツくするから」
ウップス。まるで心の中を読んでいるかのようなタイミングだ。
「……はいよ」
「その絶妙な間、図星だったのかい?」
「さあ訓練の続きをしようじゃないか」
このままだと訓練をキツくされる気がするので、早々に話を切り上げる。
シスター師匠はジト目で俺を見た後、諦めたようにため息をついた。
日も暮れようとしている時間に、俺はようやく訓練から解放されて宿屋まで帰ってきた。
日が落ちるまで僅かな時間しかないが、取りあえず眠ることとする。宿屋の扉を開けて、固いベッドに倒れるように寝転んだ。
隣の部屋のアリーヤのベッドを「透視」で見る。どうやらアリーヤはまだ帰ってきていないようだ。
さて、では考察して行きますか。
まず何よりも、かの魔王イグノアだろう。
先々代魔王イグノア。史上最強の魔王と言われている奴だ。結局幾度となく召喚された勇者たちは殺すことが出来ず、百年近くも略奪と侵略に会い、ようやく寿命で死んだことで世界に平和が訪れたって話だ。
それまでも魔動具はあったが、その魔王が死んでからより本格的に開発が進められ、今の形になったという。
イグノアの残した爪痕は大きかった。先代魔王が現れたとき、ほとんどの人間はイグノアを思い出して絶望し、勇者を召喚することなく降伏することを望んだらしい。召喚したのはマッカード帝国だけで、先代勇者達が単独で魔王を撃破したことでさらに英雄視されることになった。
ま、というわけで、現在も語り継がれている死と絶望の象徴が、先々代魔王イグノアというわけだ。
そしてそのイグノアが、何故かフードを被って酒を飲みつつ冒険者ギルドの嫌われ者として冒険者してるわけだが、一体全体どういう事だろう。
敵か味方か。その判別はつけづらい。
もしあのイグノアのまま、文献通りに虐殺侵略をしようというなら、こんな場所に居る意味はない。コソコソやらなくても、一国を一人で潰せるくらいの力は持っているはずだ。
味方っていうか、無害というのも考えにくい。穏便に暮らすなら、もっといい方法があるはずだ。まだ冒険者ギルドから嫌われている理由は分からないしな。
それに、気になることがある。「映像記憶」でステータスを再確認してみたが、おっさんのステータスに「転生者」とか「サラリーマン」とかあった。これは、日本でサラリーマンだった奴が死んで転生して、先々代イグノアとして暴虐の限りを尽くしたという事だろうか。サラリーマンというのは和製英語だし(称号に言語は関係しないのかもしれないが)、「元カノ」と言う言葉も、今思い返せば日本語の発音だった。彼が元々日本人であった可能性は高いだろう。
……元日本人が、転生して殺戮できるのかは疑わしいかな。日本人としての価値観があるままに、暴君となることが出来るのだろうか。愉快犯的に殺戮することは考えられるが、そこから暴君たらしめるまで侵略できるのだろうか。
俺ならどうだ? ……やりそうだ。
俺がやるというのなら、そういう日本人も居るのかもしれない。
まあそもそも、おっさんと俺が同じ世界出身だとは限らないのだが。
あとは、あのエルフ……フルスとか言ったか。どうせあっちから接触してくるだろうから、どうせなら夜に相対したい。夜なら「精神干渉魔法」が使える。催眠にかければこっちのものだ。
多分あっちから接触してくるだろうから、方針は会話だのの成り行きから後々決めるしかないな。
色欲の英雄 (勝手に命名)様は、まあ放っておきましょう。いくらシスター師匠や神官騎士が性的に食われようが、知ったことではない。
神様対策は……どうだろう。一回夜とかに教会に侵入して、「聖光の石」を調査、できれば《闇魔法》で支配したい。「鑑定」が通用したんだ。他の世界の魔法である俺の《闇魔法》も通用する可能性が高い。
他には……さすがに神と言うべきか、とっかかる切り口が無い。出来ることは多分ないだろう。
一通り思考に整理をつけてから、俺の意識は眠りに沈んだ。
日が沈んだようだ。
一気に意識が浮上する。眠気は醒めていないくせに、眠る事は出来ないのだ。全く腹立たしい体質である。
そのまま目を開けて、普通に起きようかと思ったのだが、部屋の中に気配を感じて思いとどまる、
鍵をかけて居なかったのか? そうかもしれない。眠気と戦うのに夢中であったため、鍵をかけるのを忘れた可能性は十分ある。不用心にも程があるな。
すわ侵入者か!? と思ったのだが、すぐに警戒を解いた。
この気配はアリーヤのものだ。全く驚かせやがって。
まぶたを「透視」して、アリーヤを見る。……まぶたを透視できるとか、まぶたの意義が半分くらい消えた気がするが、気にしない。
アリーヤは俺の顔を見つつ、動かないでいた。
近くもなく遠くもなく、絶妙な距離で微動だにせず、俺の寝顔を見続ける。何か考え事をしている様子だ。
いや君なにやってんの?
待てども待てども彼女は動く気配がない。
ずっと膠着状態を続けているのもアレなので、さっさと目を覚ますこととする。
「どうしたんだ、アリーヤ」
開眼と同時に一言。
アリーヤの体が、ビクッと動いた。
彼女の顔には、驚きと焦りが見て取れた。
「……いや、マジでどうした?」
「何でもないです」
何でもないことは無いだろう。
彼女はさっきまでは俺の顔をじっと見つめていたというのに、今は目を合わせようとしない。
これは今突然起こった事じゃない。しばらくちゃんとコンタクトを取れなかったからあやふやだが、ここ二日彼女との空気が気まずい。
いや、アリーヤの俺への対応がいつもの違うのだ。
……もういいか。間違っていたら超恥ずかしいのだろうが、気にすることでもない。
「シスター師匠……ファナティークだったか。あいつの言葉を気にしているなら、あまり意識しすぎない方がいい」
「え……言葉、ですか?」
アリーヤはまだよくわかっていない様子だ。
「俺のことが好きなんじゃないかとか、そういう話だよ」
自分で言うのも変な感じだな。
アリーヤはしばらく惚けていたが、すぐに目を瞬いて顔を赤くした。
「だからっ……」
「今までは知らん。だが、あいつに言われてからは、俺のことを変に意識しているはずだ」
アリーヤは顔を赤くしながら固まる。まあ、そうでないと奇行の理由が説明できん。
「恋愛には大抵性欲、性的快感が伴う。確実ではないが、逆もまた然り。その上ここ1カ月ずっと一緒にいるんだ。異性として意識しても可笑しくない」
これらはあくまでも観察の結果だ。考察の結果だ。
俺は他人の感情に共感できない。ましてや恋愛感情など、非合理の塊と言っていい。心理学者でもない以上、それを俺が理解するのは無理だと思う。
「恋愛は一種の暗示に近いものだ。理屈に合わなくても、例えば他人に言われて初めて意識するなんて事はよくある話」
いわんや彼女は箱入り娘。この年で処女なら、まともな恋愛感情を持ったことが無くても可笑しくない。それゆえ、一度意識し出すとドツボにはまる。
「まあ、現状俺と気まずくなっているのは、最低でも俺のことを異性として意識しているから、ということでいいか?」
聞いてはみたが、彼女が答えを言う前に続ける。今のタイミングで否定されたら流れがおかしくなるからな。
「その上で言ってるんだ。意識するなと」
「え?」
「異性として意識するなとは言っていない。俺の内面を気にするなと言っている」
恋愛における気まずさ、緊張とは何から生まれるか。
性的な興奮を除き、相手が自分をどう思っているかへの不安や恐怖である。
「おまえが俺をどう思っていようと、お前は俺の
俺がそういうと、しばらくの沈黙の後に、アリーヤはため息を一つついた。
「……なんか、色々と冷めました」
「そりゃ結構」
それも目的の一つだったからな。……まあ、内心結構恥ずかしかったが。
これ後の黒歴史となりうるぞ。
「いつまでも主人の立場でふんぞり返っていればいいでしょう。その間に倒して見せますから」
うむ。そちらの方がアリーヤらしい。
「じゃ、さっさと情報共有をしようか。ここ二日で色々判明したからな」
「……ずっと女と遊び回っていた訳じゃなかったんですね」
「当たり前だろ……というか、
俺が言うと、アリーヤはふふっと微かに笑った。
その笑いの中に、僅かに安堵の色が見えた気がした。
それから俺はある程度情報を共有した。もしかしたらあのフルスとやらがまた風の精霊を使って盗聴しているかもしれないが、こんな所まで聞かれたらもう対処できない。うまく処分しましょう。
魔王イグノアのことは、ひとまずアリーヤには黙っておいた。彼女も冒険者ギルドで顔を合わすことになるだろう。その時にアリーヤが、警戒するような態度をとったら、怪しまれるかもしれない。もう俺が気づいていることに、おっさんも勘づいているかもしれないけどな。
「あと、そうだ。明日武器屋に行って、武器を選ぶんだが」
「武器ですか? イノリはもう持ってますよね……あっ」
「うむ。あのシスター師匠からの命令だ。明日用事があるらしくてな。ということで、ついてきてくれるか?」
「え? 私がですか?」
「ああ。俺は『鑑定』で武器の性能はわかるが、使い心地とかは知らないし、この世界の武器の常識も知らない。魔動具の使い心地など以ての外だ。ボロを出さないように、サポートを頼みたい」
慎重すぎる? いや、慎重すぎるくらいがいいだろう。それでも現状、万事うまく行っているわけではないのだから。
「それに、俺が突然武器を買い出したら『こいつ心変わりしたのか!?』と驚かれるだろう。だがお前がついてきてくれれば、『黒薔薇』に奢るように強請っているやな奴に見られるはずだ」
「…………」
アリーヤが呆れたような目でこちらを見てくるが、柳に風とばかりに受け流す。
シスター師匠が来る前までは、俺の周囲関係は順調だった。いや、順調に嫌われていた。腫れ物のように、疎まれる方向で。
『黒薔薇』のファンなどは俺を明確に敵視していたようだが、レギンの冒険者はなかなか賢い。俺が『黒薔薇』に公共の場では暴力をふるったことも、何かを強要した事もないから、あくまでこれは俺とアリーヤの問題なのだ。そこに介入するのは、でしゃばりと言うほか無いだろう。
「分かりました。ちょうど明日受けている依頼はないので、お供しましょう」
「よし、決まりだな。じゃあ、今日は寝て良いぞ」
「え、良いのですか?」
うむ。今日の所は、《性技》のレベルアップは無しだ。それよりもやりたいことがある。
「今夜は狩りに?」
「いや。今夜は多分ずっと部屋にいると思う。試したいことがあってな。ってことで、《性技》はお預けで」
「……そうですか」
安心したような、しかし少しだけ残念そうな顔をするアリーヤ。
うん。君毒され始めているね。
まあ原因は紛れもなく俺ですが。
「では、失礼します」
そう言って、アリーヤは俺の部屋を出て自室に戻った。
では、さっそくやってみますかね。
俺は床に座り込んで、あぐらをかき、体をリラックスさせる。
座禅のような姿勢だ。
まあ座禅はあぐらではないのだが、今回は本当に座禅するつもりはないので、適当で良いのだ。
そのまま目を閉じて、意識を集中させ、《探知》の精度を限界まで高めていく。
俺が試したいことは、精霊を感知すること。できれば目視することである。
あのエルフのような存在がある以上、精霊感知は優先事項と言える。昨夜に立てた仮説を元に、普段の《探知》をさらに明瞭化させていく。
どんどん周りの世界の情報が俺の頭に流れ込んでくる。ベッドの裏から、天井のわずかな窪みまで。今まで分からなかった範囲の情報まで、手に取るように把握できた。
しかし、精霊は未だに感知できていない。
これは長い戦いになりそうだ。
今夜中に終わるだろうか。
いや、そもそも精霊魔法への対抗策が見つかるまで、夜間もまともに行動することは出来ないのだ。
何日かけても感知してやろう。
心を新たにしてから、俺はもう一度集中していった。
朝が来た。
まだ《探知》による精霊感知は出来ていないが、なんとなーく、ザワザワする何かを感じ取れるような気がしないでもない。
まあ、気のせいなのかもしれないのだが。
日の出とともに、どっと疲れが押し寄せてくる。このまま寝れそうだ。寝てしまおう。
朝早くから武器を探さなければならない訳でもないのだから、暫くゆっくりと寝ることにする。アリーヤも気を利かせて、遅い時間まで起こさないで欲しいものだ。
俺はそのまま、流れるようにベッドに倒れ込んだ。
「相変わらず活気がいいなぁ」
アリーヤを連れて、街を歩く。相も変わらず、様々な店の従業員が我先にと客引きの声を上げている。
さてと、武器屋に行かねばならないのだが、どこの武器屋が良いだろうか。
「アリー。どこに行くべきだと思う?」
「そうですね……幾つかお勧めしてもらった店はあるのですが、自分が実際に行ったことはないので」
だろうな。
俺も、酒場での噂を拾ったくらいで、どこの店が有名なのかは大体わかるが、実際に行ったことはない。どこが本当に良い店なのかは、何もわからないのだ。
「まあ、適当に回っていくか」
「あ、あそこお勧めされたことがありますよ」
アリーヤは武器屋のものらしき看板を指差した。確かに、その名前は俺も酒場の噂で聞いたことがある。
「じゃあ、とりあえず入っていこうか」
「はい」
ありきたりな作りの武器屋に、アリーヤを連れて入る。
店内はあらゆる武器で満たされていた。壁に立てかけてあったり、壁の出っ張りに引っかけてあったり、専用の台を用意して飾ってある物もある。
種類別に綺麗に纏められていて、同じ装備や武器が二つと並べられていることはなかった。同種類別サイズの物は、倉庫にでも入れてあるのだろう。
床は気が張ってあって、土足で上がるためかいくらか砂に汚れていたが、隅の方が汚れていないのを見るに、掃除はきちんとされている様であった。
パッと見は、いい。並べられている武器も、ちゃちゃっと鑑定したところ、殆どの品質がB程度であった。一介の武器やとしては、十分な出来である。
これはいきなり当たりかな。
「あ……、いらっしゃいませ」
残念。減点だ。
俺の姿を見た瞬間、売場にいた従業員が一瞬だが苦い顔をした。どうも俺の悪名はここまで響いているようだが、それでも何の実害も迷惑も与えていないのに、初対面の客にそういう顔をするのは宜しくないだろう。
まあ、それでも取り繕って直ぐに挨拶していたから、大減点には至らない。
え? 自分のことを棚上げして、上から目線すぎるって?
人間そんなものですよ。
では武器を選んでいこうか。
とは言っても、正直俺に適した武器という物は見つからない。店に飾られている武器は、ほとんど全てが魔動具なのだ。
武器と言えば魔動具。魔動具じゃない武器は、あくまでも訓練用なのだ。
魔動具の武器は、魔動具を使える者にとっては物凄く協力だが、魔動具を使えない俺にとっては只のガラクタに等しい。
そしてそのガラクタを選ぶのは、シスター師匠が許容してくれないだろう。彼女には俺が魔動具を使えないことは教えている。おそらくそれをふまえて、俺に適した武器を探してこいと言っているのだ。何という無茶ぶり。
「お、これなんかどうだ」
目に付いたのは、壁にかけてあった大鎌である。
俺の背丈程もある柄に、巨大な黒光りする刃。厨二病が喜びそうだ。どうやら魔動具の類ではないらしい。
「わざわざそれを選ぶとか正気ですか? ロマンとか馬鹿なことを言っている年でも無いでしょう」
アリーヤさん毒舌フルスロットル。少しは自重してくれ。
「いや、魔動具じゃないからって理由なんだが」
「圧倒的に訓練武器の方が使いやすく、かつ効果的だと思いますが?」
俺もそう思います。
いいじゃないか、どうせメインで使う武器ではないのだから。少しくらいはロマンを求めたって。
「訓練内容増やされないと良いですね」
まあ大鎌選んだら、訓練内容増加への道を一直線だろう。この大鎌は誰もが見るだけで手に取ろうともしない。あくまで見せ物なんだろうか。
「アリーもある程度武器選らんどけよ。いつまでも
「……そうですね。では適当に見ておきます」
それ、というのは、アリーヤに以前渡した絶斬黒太刀である。アリーヤには極力それを使わないか、他人に見せないようにさせていた。絶斬黒太刀は、闇魔法で生み出された金属であるとともに
まあ、アリーヤにあう武器はすぐに見つかるだろう。
問題は俺だ。訓練用の武器、先程の大鎌を除くと、魔動具でない使えそうな武器はほとんどない。
「そういえば、キリは銃を使わないんですか?」
アリーヤが銃を指差しながら聞いてきた。
そう。この世界は中世西欧風ファンタジー世界であり、銃も存在はしている。しかし俺達の世界の銃と比べれば、まだまだ未発達な物である。
簡単に言えばマスケット銃のようなもの、それも火縄銃に近い程度のレベルしかない。弾丸も球状で、ライフリングが無く、もちろん先込め式だ。制度も威力も、弓矢に比べて劣るものである。
開発が進めば確実に歴史を覆す強力な武器となるが、歴史が浅い上に魔法という遠距離攻撃方法があるからというのも大きい。それにこの銃の弾丸程度では、本当に弱小な魔物しか殺すことが出来ないのも問題だ。
銃を伝えたのは、先代勇者であるらしい。正直、戦争の種を撒くなよ、と言いたいのだが。薬莢などの技術が伝えられていないのは、危険すぎると判断したのか、或いは知らなかったのか。
薬莢の概念自体は知っていても、雷管などは再現するのが難しかったのかも知れないな。
アリーヤが俺に銃を使わないかと聞いてきたのは、この世界の銃が魔動具ではないからだ。魔動具でわざわざ銃を再現するなら、補助具使って魔法を撃った方が何倍もましであるだろうし。
「キリの魔法とも相性がいいと思いますが」
俺の魔法というのは、《闇魔法・真》の「遠隔操作」の事だろう。弾丸を「支配」し、それを「遠隔操作」すれば、この世界の銃の欠点の一つである、命中率の悪さを克服できるだろう。
「一概に相性がいいとも言えないんだけどな」
「そうなんですか?」
「ま、食わず嫌いもあれだし、とりあえず買ってみるか」
シスター師匠に見せる用ではなく、あくまで夜間の実験用だ。実際に使って、実用性を確かめてみよう。
さあ他はないか。無ければ次の武器屋にいこうと思うのだが、正直どこもこんな調子な予感しかしない。武器屋というよりは魔動具屋であるからだ。
アリーヤはまだ色々と見て回っている。彼女は魔動具を十二分に使えるから、選択肢が多いのだろう。慣れない武器を選んでも、『天才』の加護の効果ですぐに使えるようになりそうである。
少しなら迷うのは良いが、女子の買い物特有の長時間迷路には迷い込まないで欲しいものだ。
暫く武器屋を眺めつつ、「千里眼」で武器屋の裏手の倉庫の中身も一通り見てみたが、目当ての物は無さそうだ。
ふとアリーヤを見てみると、彼女は一振りの短剣を手にとって眺めていた。
その短剣は美しい銀色に輝いている。柄に相当な装飾が施されていることから、戦闘用と言うよりは飾る、アクセサリー、或いは儀式のための短剣に思える。
鑑定してみようか。
ミスリルの短剣(作者 アルデイン・ワーフ)
品質 B+ 値段 150000デル
比較的高純度なミスリルで出来た短剣である。儀式用、装飾用であるが、魔法補助具としても高い効果を発揮する。
へえ。
品質も高いし、実用性もあることにはあるようだ。
ぱっと見派手だから、アリーヤの好みではないように思っていたのだが、やはり血筋だろうか。彼女の姉も母も派手好きであったから、もしかしたら彼女も意外と同じなのかも知れない。
なんだかんだいって俺がこしらえたゴシックドレス(鎧)も着ているしな。
「アリーヤ、それ欲しいのか?」
「え、あ、いえ」
アリーヤは俺に唐突に話しかけられビクッとしたが、すぐに首を振って短剣を戻そうとした。
「いや、それくらいなら買っても良いだろう」
手元に高純度なミスリルがあるのは悪い事じゃない。《武器錬成》でもミスリルを抽出して高純度にする事は出来ないのだから。
さっさとアリーヤの手からミスリル剣を取ると、購入予定の銃と弾丸と共に会計をしてしまう。
アリーヤが何か言いたそうであるが、多分あまり気にする事じゃないと思う。無視だ無視。
「……毎度あり」
そこそこ、特にミスリルの短剣が値を張ったが、今の俺たちの懐なら十分払える金額だ。
ちなみに金の管理は俺が行っている。アリーヤがやっている依頼や、ギルドに素材として売った魔物の半分は、俺が夜間に狩った分なのだ。現状、俺がアリーヤのヒモになっているなんて事はない。
その上、アリーヤはあくまで俺の下僕だ。金の管理をするのは俺が妥当だろう。俺は守銭奴と言うわけでもないが、殆ど無駄遣いしないからな。
「あの……」
会計を終えて去ろうとしたところで、会計を担当していた店の従業員が呼び止めた。
小さな声であったから無視することも出来たが、とりあえず聞き返してみる。
「なんだ?」
「その……アナタサマと『黒薔薇』様は、やはりそういう御関係なのでしょうか……?」
俺に向けての貴方様というのがやたらカタコトだったのは、まあいい。そういう関係、とはどういう関係なのか。
疑問に思っていると、アリーヤが耳元で、小声で教えてくれた。
「その、ミスリルの短剣を男性から女性に与える行為は、とくに小説などでは『違えたならば刺せ』というプロポーズの代名詞なのです」
ふむ。結婚指輪のようなものか。刺せなど、少々過激ではあるが。
図鑑、魔導書、歴史書などを重点的に読んでいたから、映像記憶として残ってはいても、小説はあまり読んでいなかった。
しかし、そういう創作物でこそ、文化や俗というのが分かるものだ。そろそろ読んでおいた方が良いだろう。
と、まあそれはおいといて。どのようにこの場をやり過ごすか。
「悪いが田舎者なんでな。今短剣の意味を知ったところだ」
まあ誤解させたままでもそう問題はないかも知れないが、とりあえずこの場は濁しておこう。
紙が高く活版印刷もないこの世界では、本という物は非常に高価だ。田舎の村なら一冊も本がないことすらある。ならば、本で有名なその文化を知らなくても可笑しくはない。
「あらあらそれは……」
どうやら店員も納得したようだ。田舎者を蔑む視線が少々いただけないが。
というかこの街も辺境だろう? 笑える立場ではないのではないか?
「無駄に派手だが、これはそういう用途の物なのか?」
婚約短剣とか、そういうのがあるのだろうか。
「いえ。どちらかといえば儀式用です」
ふむ。まあ高純度ミスリル故、なんらかの用途における実用性があるのかもしれない。
「それに、使われているのが銀なので、背中から刺すのには向いていませんね」
ん?
今なんと言った?
「銀が使われているのか」
「ええ。そのため美しい銀色となっています」
なるほど。ここまでミスリルの純粋な銀色に近いのは、イージアナの使っていたミスリル剣しか見たことない。
とにかく、これは返品だな。自身の弱点の武器なんて、諸刃の剣どころじゃない。
「悪いがこれへんぴ」「
返品しようとしたところで、後ろでアリーヤが大きな声で言った。
良い、のニュアンスが普通と違う気がするのは何故だろうか『俺を殺すのに都合がいい』と聞こえてしまうのだが。
さっきまですこし反対気味だったのに、酷い手のひら返しである。
結果、アリーヤにごり押しされて、ミスリル(銀)の剣を買うこととなった。そして短剣はアリーヤの手元にある。まあ元々、彼女のために買ったのだから仕方はないのだが。
俺に敵意を持ってくれることは大歓迎なのだが、俺がラスボスと対峙したり、あるいは敵に囲まれたときに、後ろから心臓を短剣でさされたら一溜まりもない。
そういうことは辞めて欲しいものだ。……これってフラグだろうか。
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