探ってんじゃねぇよ第一話

 絡んできたチンピラに、「私の弟子にならないかい?」なんて普通言いますかね? 頭沸いてんじゃないだろうかこの娘。


 俺が唖然として沈黙しているのを余所に、少女は話を続ける。


「確かに君はまだ未熟だ。精神的にも技術的にも肉体的にも」


 酷い言われようだ。


「人より力はあるんだろうが、魔動具の戦闘が主な冒険者にとって、それはあまり有利に働かない。だけど、君はそんなものじゃない才能がある……それはね、」


 そう言うと、彼女は俺の目を覗き込んだ。


「眼、だよ」


 いやドヤ顔されても困る。


「君は昨日の私の攻撃に反応できなかった。でも、私の攻撃をちゃんと目で追えてただろう?」


 《視の魔眼》の絶対動体視力があるからな。

 おー、やっぱすげえ攻撃だな、とか思いながら悠長に眺めてました。

 しかしそんな事で彼女の興味を引くとは、盲点であった。


「動体視力や眼っていうのは、なかなか修行では補えない才能なんだよ! 筋力をいかに魔動具で補ったところで、眼だけは鍛えるしか無いからね」


 彼女は熱弁するが、正直弟子など以ての外である。

 師弟関係とか能力バレ種族バレしない方がおかしい。


「チッ……悪いが嬢ちゃんの弟子」「おい、ゴブリン。良い機会だ。冒険者の礼儀や戦闘を、そこの嬢ちゃんに教わったらどうだ? お前は昨日コテンパンに負けたんだぜ? お前よか嬢ちゃんの方が圧倒的に実力者なんだよ」


 俺はぶっきらぼうに断ろうとするが、隣の席で様子を見ていた冒険者が口を出してきた。

 この場にいる全員が、ウンウンと頷いている。

 まずい。

 断りづらい空気が形成されている。


 ならば、こうだ。


「悪いが俺には黒薔薇がいるんだ。今更お前に教わる事なんてねーよ」

「その黒薔薇さんは忙しいんだろう? まともに教わるなんて出来ないはずだよ」


 な!

 速攻で反論して来やがった。

 こいつ……情報収集して十分に準備してから、俺に話を持ちかけてきたな……?


「私はそれよか暇だから、教える暇くらいあるよ」


 まずい。徐々に八方塞がりの状況になっている。

 この場にアリーヤがいれば、まだ彼女を使って反論できたかもしれないが、彼女は現在依頼に出ている。

 実際、黒薔薇としての彼女は忙しいのだ。

 うーむ。彼女に面倒を押しつけてきたツケが回ってきたのかもしれない。


 とりあえずアリーヤに聞いてみてから、と保留にすべきか?


 その時この場の様子を見かねてか、受付嬢がこちらに向かってきた。

 そうだ。ギルド側からすれば、この状況は止めたいはず!

 俺は一緒に冒険には出ていないが、一応アリーヤのパーティーとなっている。

 ただの馬鹿な喧嘩ならともかく、パーティーの誰かを他のメンバーの総意に関わらず、脅して引き抜くなんて事は禁止されていた。

 この場は俺が場に脅されて、引き抜かれようととしていると言っても良い! なら……


「ギルド側からも、できればお願いいたします。アリー様には、こちらから事情をお伝えしておきますので」


 ブルータス! お前もか!


「アリー様? とは誰だい?」

「黒薔薇、の二つ名を持つ彼女の名前でございます。それはともかく……この男は、依頼にも行かず飲んだくれているだけの、当冒険者ギルドの恥です。本来我々で対処しなければならない問題を、あなたに押し付けてしまうのは心痛いです」


 アリーとはアリーヤの偽名だ。さすがに本名(?)を名乗らせる訳には行かない。そのため、彼女が元々使っていた偽名を使っている。


「しかし、神官騎士であるあなたならば、肉体的にも精神的にも、正しく彼を導くには最適であると判断いたしました。これは当冒険者ギルド側からの指名依頼とします。どうぞよろしくお願いします」


 神官騎士か。聖国というなら、そういうのもあるのだろう。実際情報収集中に、その名称は聞いたことがある。


 ……ではなくて、今の状況を打開する方法を探さねば。


「ということで、宜しく」


 彼女が俺に向けて手を差し伸べてくる。


 周りの冒険者達は、「分かってんだろテメェ」とでも言いたそうな目で俺を見てくる。


 ……うん。詰みだ。


 ここで断ったりしたら、瀬戸際外交なみにギリギリの所を歩いていた俺の外聞が、最後の一線を越えてしまう。


「………チッ、分かったよ。クソ」


 初めて本気で舌打ちしてから、俺は彼女の手を握り返すしかなかった。


 例えチートを持っていたとしても、昼間の俺はただの人間だし、「空気読もうぜ?」には叶わないものだ。


 夜ならぶち壊してやったんだがな!

 ……これは、断じて負け惜しみではない。








「ええ! まだ教会に顔を出していないのかい!? なんて罰当たりな」


 教会に行ったことがない俺に、彼女は大げさに反応してくる。

 そんなこと言われても、用事など一切無かったのだから行くわけがないのだが。


 話を聞くに、リーン聖国に着たら、信者でなくとも形だけ祈りを捧げておくものだという。当たり前のことすぎて、俺の情報収集センサーには引っかからなかったのだ。

 まあ暗黙のマナーという奴で、法律でも何でもないから問題ないのだが。


「じゃあ決まりだね。今から一緒に教会に行こう!」

「は? 冒険者としての何かを教えてくれるんじゃねえのかよ」

「私は君を精神的にも鍛えるのさ。教会での祈りは、精神を浄化してくれるからね」


 いかにも神官っぽいやり方だ。

 うむ。俺はこれからこいつのことを、シスター師匠と呼ぶことにしよう。

 反論しようと思えばできたが、ぶっちゃけ戦うよりも色々バレるリスクは少ない。

 教会にはあまり立ち寄りたくないのだが、この際仕方ないと思おう。


 教会へと向かう道を歩く彼女の後ろに追従する。

 シスター師匠は、アリーヤより少し背丈が低いようだ。つまり、160cmに満たないくらい、というところか。

 ちなみにこの世界の単位は、金の単位を覗いて大体俺の元の世界と同じである。先代勇者が広めたらしい。そこんとこはグッショブだ。


 シスター師匠は、白い髪と透き通るような青い目が特徴の美少女だ。

 身にまとっているのは恐らくシスターとしての正装と、要所要所を防御するための鎧である。

 胸当てなどがあるため、正確な体型は分からないが、胸はそれ程大きく無さそうだ。しかし彼女の白い肌はそれを補うばかりの輝きを放っている。

 腰や手足は細く、魔動具があっても本当に戦えるのか分からないほど華奢だ。その細い指は、武器を持ったことが無いように思えるほど綺麗であった。その辺を保護する魔法があるのだろうか。

 簡素な鎧の隙間から見える白いうなじは、俺の吸血鬼としての何かをそそる。匂いからするに恐らく処女だろう。

 シスターは処女でなければならないという規定があるのだろうか。


 しばらくして、シスター師匠は何か思いついたように、俺の方を振り返った。


「ねえ、そういえば君、何て名前なんだい?」

「……まず自分から名乗ったらどうだ?」

「あれ? 名乗ってなかったかな? 確かに名乗ってなかった気もする」


 まあ名乗られても、俺は内心シスター師匠と呼び続けるが。


「私はリーン聖国神官騎士のファナティーク。ファナって呼んで良いよ」

「俺はキリだ」


 キリ、というのは、分かっていると思うが俺の偽名である。

 祈里を音読みしただけだが、異世界であるここの住民にそれが分かるはずもない。

 日本人だって、キリからイノリを連想するのは難しいだろう。


「それで、神官騎士というのは、どういうものなんだ?」

「え? 知らないのかい?」

「あいにくと余所者なものでね。名前は聞いたことあっても、詳しい内容は知らない」


 この街に図書館でもあればいいものの、やはり本は高価なのか、無かったのだ。

 お陰で大体の情報が「聞いたことがある」だけで終わっていて、さらに詳しい内容には踏み込めていない。


「そうだね。簡単に説明すると、戦う神官ってところさ。主に魔物や魔族を討伐して、神に捧げるのを生業としている」


 まあ。大体予想通りだな。


「他にも色々とあるんだけど、まあそれはおいおい説明しておくよ。ほら。着いたよ」


 シスター師匠の声に、俺は視線を前に向けた。

 荘厳な建物があった。

 尖塔のようなものが特徴的な作りだ。王城と比べると見劣りするが、この街の建物から見ると異様な存在感がある。

 アーチのような構造が組み合わさる、中世の建造物という感じだ。

 白い煉瓦が規則的に隙間なく綺麗に積み上げれた壁、柱やアーチ部分には繊細な彫刻が掘られており、白一色でありながら、圧倒的な豪華さであった。


 何度か遠目で見たことはあるが、近くで見てみると感心するものだ。


「さあ、礼儀や作法は私についてくればなんとかなるから、さっさと入ろう」


 面倒見が良い師匠だ。

 俺は言われたとおりに(不機嫌です、不満ですという態度を表しながら)シスター師匠についていく。


 所々彼女にフォローされつつ、礼拝堂に入る。


 礼拝堂の奥には、美女と言っていい女性の石像が置かれている。察するに、あれが女神像というやつなのだろう。そしてその両傍らに二体ずつ、比較的小さめの像がならんでいる。

 礼拝堂には長椅子のような物はなく、座るものもない。床は大理石のような美しい模様の床がむき出しで、中にいる人間は立ちながら祈りを捧げていた。

 祈りを捧げる場所は、礼拝堂の中ならどこでもいいらしい。

 礼拝堂の中にはそこそこの人数がいたが、礼拝堂の天井が吹き抜けになっていて高いためか、窮屈さを感じさせない。

 アーチや柱の細工は、教会の正面に比べると幾らか程度が落ちるが、変わりに神話を表したと思われる絵画がいくつか飾られていた。


「では、祈りの作法を教えます」


 シスター師匠の口調が変わった事に驚きながら、俺は無言で頷く。礼拝堂の中は静かで、ちょっした物音でさえ高い天井に反響するのだ。

 シスター師匠の声も小声だった。恐らくこれがシスターとしての口調なのだろう。


「まず背筋を伸ばして、指がしっかりと揃うように、手を合わせます。そのまま目を閉じ、五本の指を広げ、祈りを捧げて下さい。目安は十秒です。最後に中指の先にキスをして、終わりです」


 シスター師匠が軽く実演しながら説明した。

 やり方は、なんとなく本の知識で知っていた。

 確か、五本の指がそれぞれ親指から、土、火、光、風、水を表しているらしい。五本の指を広げることで、それぞれの神々への信仰を表して、最後に主神である光の中指にキスをして、祈りを締めくくるのだ。

 なお、闇属性は魔の属性と言われ、暗黙のスルーがなされている。光属性を持つ者は誰でも闇属性を持つことは誰も触れない。そういうの宗教あるあるだよね。


「では、やってみましょうか」

「ああ」


 とりあえず素直に頷いて、同じようにやってみる。

 背筋をのばす……のは適当で良いか。

 そして手を合わせ、目を閉じて、指を広げる。


 しかし昔から思っていたことだが、神を信じずに全く祈りも捧げたことがない俺が、「イノリ」なんて名前を持っているのは、皮肉なものだ。

 実際、これは初めての祈り体験といっても過言ではない。

 まあ本来必死に祈りを捧げなければならないこのタイミングで、別の思考をしている時点で失礼極まりないのだが。


 目を閉じると、礼拝堂の静寂が浮き彫りになる。

 《探知》で強化された聴覚をもってしても、微かな物音しか聞こえない。

 神とやらはともかくとして、こう静かなのは居心地がいいな。静かな場所にいるだけで、心も静まると言うものだ。


 もともと神など信じるつもりはないのだが、形だけでもこうやっていると、自分の魂と神がつながっているような感じが──


──なんだ? この繋がり。


 咄嗟に《探知》の精度を最大にして、周りを探る。しかし魔力的にも物理的にも、不自然なところは何もない。


 じゃあ、この繋がりのような物はなんだ。

 気のせい? いや。俺の本能が気のせいではないと確信している。


 繋がる、とはまた違うような感じがしてきた。もっと一方的な……


 探る? という感じか?

 俺は今、何かを探られている? 誰に?


 ……誰かはともかく、俺の魂を直接探ろうとするとは、良い度胸だ。

 沸々と怒りが沸いてくる。

 俺の許可なく、俺に触れる? ふざけるなよ。


(──誰だか知らねえが、探ってんじゃねえよ!!!)


 繋がっているパスのような物をぶっちぎるイメージで、俺は拒絶の意志を強めた。


 ブチッという音が聞こえたような錯覚を覚えた後、俺を探ろうとしてた繋がりは、もう感じ取れなくなっていた。


 俺はひとまず集中を解き、目を開ける。

 横では、輝いた目をしたシスター師匠がこちらを見つめていた。


「それほど熱心に祈りを捧げるなんて、素晴らしいよ」


 小声で、かつ素の口調で俺に話しかけてくる。


 さっきの違和感は、こいつには感じ取らなかったのか?

 辺りを見回してみても、目を閉じる前とほとんど変わらない光景が広がっている。

 何も、不自然な所はない。



 そのままシスター師匠に連れられて礼拝堂を出る。

 やはり何も変わりない。

 さっきまでの怒りが、まるで夢であったかのように。

 しかし、あれは現実だった。誰かが俺を探ろうとしていたのは事実。

 だとしたら、誰が? 何の目的で?


 《探知》ですら分からなかった方法を使う。

 そして教会という場所。

 神官にはそんな事はできないと思う。片っ端からその場にいた人間を鑑定したが、怪しい人物はいなかった。

 《探知》という加護に対抗できるのは、同じ加護か、古代兵器アーティファクト、あるいは先代勇者のパーティーの魔女の作った魔動具くらいなものだ。そう易々と、対抗できる代物ではない。

 だとしたら、後考えられるのは……



 神、だろう。


 仮説も仮説だが、神々が教会を窓口にして、下界の調査を行っていたら? そこから管理をしているのなら?


 証拠も情報もないが、考えられなくもない。ついでに俺の直感は、そうだと告げている。

 だとしたら、この世界の神は教会に訪れた人間を片っ端から探っていたのだろうか。

 そこから情報を集めていたら?


 少し困ったことになった。

 礼拝堂の全員を探るように何かを繋げていたのなら、それを俺がブチ切ったことは関知される。

 つまり、俺の存在に目を付けられる。


 いやしかし、ブチ切らなければ全ての情報が神に把握されていたかもしれない。

 そう考えると結果としては悪くない。そもそも結果論であって、どうあっても教会の事は事前に知ることはできなかったのだ。

 今の内にそのことを知れたのは、悪いことではない。


 しかし、もう少し後ならな、と思わなくもない。今の俺は弱いのだ。

 これから真剣に、この世界の神と相対しなけらばならない。俺は、そんな予感をせずにはいられなかった。








「ぬーーん。つまらない……」


 透き通るような青色の空間で、女性が愚痴を漏らした。

 その体は明らかに人間ではない。透き通った青色の、まるでゼリーのような体。いや、これは全て聖水とよばれる水であった。

 いつものデスクワークに一区切りついた女は、ぐっと体を後ろに反らす。

 彼女は、下界では水の女神とよばれている、神の一柱であった。

 主神の命に従い、教会や神具を通して下界の管理、監視を努めている。


 しかし、それはたった一人でなせる仕事ではない。だからこそ彼女が抜擢されたのだ。

 水の分体を作り、何人分もの仕事をできる彼女が。


 彼女自身、自分の仕事やそれを任せた主神に不満はない。しかし神とも有ろう者が地味なデスクワークなど、と思わないこともないのだ。

 独り言のように愚痴をこぼしても、仕方ないのである。


 毎日毎日、何万年と同じルーティンをくり返す。それが可能なのは、やはり木っ端であっても神の精神力のなせる技と言えるだろう。


 しかし次の瞬間、彼女の退屈なルーティンは終わりを告げる。


 プチッという音を彼女は聞いた。


「え?」


 驚きながらも調べると、リーン聖国のレギンの教会で、パスが無理やり切られたようである。

 そのようなことは並の人間には不可能。強靭な精神力──魂の強さを持っていなければ不可能なのだ。


 危険だ。

 彼女はすぐにそう思い、わずかな間で探ることができた情報を精査する。

 手に入れられた情報は、ほんの僅か。しかし、彼女を深く驚愕させるには充分であった。


「異なる、八つの世界因子!!」


 あまりに異常。

 本来被造物主である人間は、彼らが住んである一つの世界因子しか持ちえない。

 ごく稀に世界を超えて魂が転生した存在や、勇者として異世界から召喚された物は、二つの世界因子を持ちうる。

 しかし人の身で八つの世界因子など、あり得るわけもなかった。

 そもそもどうやってかはともかく、世界を越えるのは人間の魂にとって非常に困難で存在自体を削るものなのだ。一回世界を越えるだけで精一杯。二回目は絶対に耐えられないのだ。


 情報の間違いではないか、とも考えたが、神の力に間違いなどあり得ない。


 そこまで思考を進めて、水の女神ははたと思い至った。


(主神は、世界の歪みがあるといっていた…………まさか、こいつがその原因!?)


 世界の歪みなど、より高位な存在か、世界に空いた穴が原因でないと起こり得ない。

 しかし、八つの世界因子をもつこの人間なら、世界の歪みの原因となる可能性は十分にあった。


(たった一人の人間如きが歪みを……信じにくい話ではある、が……)


 どちらにせよ、主神に報告せねばならない。

 水の女神は、すぐに緊急用のパスを主神とつなげる。


『なんじゃ? 何かあったのかの、水の女神?』


 パス越しに聞こえてくる、美しいお声。

 しかし、今はそれに感激している暇はない。


「八つの世界因子を持つ人間を発見しました」

『なんじゃと!?』


 それから水の女神は、自分の得た僅かな情報、そして立てた予想を伝えた。


『……考えられん話ではない。が、信じにくい話じゃな……その人間、名前はなんという?』

「少々お待ちください……わかりました。高富士 祈里と言うようです」

『その名前……聞いたことがあるな、つい最近に』


 主神は暫く悩むような声を出した後、思い出したように言った。


『そうじゃ、神具「真偽の審議」で、そんな証言を聞いた気がするの』


 神具、「真偽の審議」は、マッカード帝国にある神具であった。


『証言によると、高富士 祈里は勇者として召喚された異世界人じゃ。ライジングサン王国とやらの、四人目。エラー中のエラーじゃな』

「そこまで木っ端人間のことを覚えていらっしゃるとは、さすが主神様でございます」

『いや今カンニングしているだけなんじゃが』

「…………」


 素直に告げる主神。

 しかし水の女神は、嘘をつかず見栄を張らぬ主神を内心で褒め称えた。

 彼女にとって、主神は盲信の対象なのである。

 この主神以上に世界を安定させることのできる神を、彼女は知らなかった。

 彼女の中では主神こそが最上の存在なのである。


『証言で、巻き込まれて死んだと言われておったが、生きておったのか』

「まさか! 神具が間違いを!?」

『いや、言い方の問題じゃな。高富士祈里という人間はいない、といっとったから、高富士祈里は人間ではないのかもしれん』


 探ることのできたわずかな情報では、祈里の種族について知ることはできなかった。

 水の女神は、木っ端な存在はやはり姑息だ、と見たこともない祈里に嫌悪感を抱く。


「では、これを如何なさいますか? 世界の歪みの原因ならば、すぐに排除せねばなりません。火の女神を遣わせますか? こやつの能力は知れず、未だ不明ですが、火の女神ならば対処できるかと」


 水の女神は提案するが、主神は即座に否定する。


『駄目じゃな。火の女神がやってよいのは、他の世界の干渉を断ち切るまでじゃ。それ以上は下界への過干渉となろう』

「ならば、放っておくと?」

『いや』


 主神はパスの向こうで小さく笑うと、笑いを含んだ声で言った。


『過干渉にならぬ方法を取ればよいのじゃ。何、我々が直接手を下さなければ、それでいいのじゃ』


 水の女神は主神の言葉の含む意味を汲み取り、微笑を浮かべるのだった。









 俺はギルドの酒場に駆け込むと、いつもの飲み友達(?)の姿を見つけ、駆け寄っていく。


「おっす」

「ん、ああ、何だ。お前か」


 薄汚いローブを頭までかぶったおっさんは、俺の方へゆっくりと振り向いた。

 ローブのフードを被っているとはいえ、そのやる気ない髭面はよく見える。


「なんか、師匠とやらが出来たそうじゃないか。修行していたんじゃないのか?」


 少々しわがれた重低音で、おっさんは俺に聞いてくる。


「そうだ。その事なんだおっさん。あ、いつもので」


 俺は返事をしながら、テーブルを挟んだおっさんの向かい側の席に座った。ついでにいつもの酒を店員に注文する。店員は訝しげな目を向けながら小さく頷いた。


 シスター師匠と教会から出た後、俺は彼女に戦闘のやり方を教わった。

 しかし彼女の戦い方は、あくまで魔動具を使う前提のものだったのだ。

 俺が魔動具を使えないことを知ると、「じゃあそのままでいいよ、生身で同じメニューをやろう」とかほざき始めたのである。

 スパルタどころではない。明らかに物理的に無理な領域なのだ。

 何度「ギルドの受付嬢さん、人選間違ってますよ」と思ったことか。


 耐えきれなくなった俺は、休憩中に彼女がトイレに行った隙に逃げてきたというわけだ。


 と、そんな感じのことを少々端折っておっさんに話す。


「へぇ、そりゃ大変だったな」

「大変どころじゃないさ。何度死を覚悟したことか」


 まあ、あちらもある程度加減はしているようだし、そう簡単に死にはしないだろうが。


「しかし、魔動具前提の戦い方なぁ。俺はあまり気にいらねぇな」

「お? おっさん。どういう事だ」


 おっさんは、冒険者ギルドの全員から何故か嫌われている存在である。

 いくら酒場が満席でも、彼が一つのテーブルに座ると周りの隣接するテーブルから客が居なくなるくらいである。

 彼が受付に行くときも、受付嬢は射殺すような視線を向けるのだ。

 つまり、冒険者にもギルド側にも嫌われている男なのである。

 過去に何があったか、俺は知らない。そもそも俺はおっさんの名前も知らない。多分おっさんも、俺の名前は知らないだろう。


 しかし、おっさんの周りは少し居心地が良い。人がいなくて、静かだ。わざわざ話しかけてくる奴もいない。

 俺はおっさんを嫌っていないし、俺自身嫌われているので、嬉々として彼のテーブルで飲むのだ。


 前述の通り、おっさんは俺以外の全員から何故か嫌われている。そのため、おっさんは常にソロで依頼を受ける。

 おっさんの戦績は安定している。つまり、戦闘に関しては相当な能力があるとみていた。


 おっさんは、無精ひげに包まれた口を動かして、話す。


「魔動具ってのは、ある程度かさばる。すると、四六時中魔動具を付けていられる訳じゃないって事だ」

「ほう」

「魔動具をつけていない時間……例えば、宿で寝込みを襲われたら終わりだ」

「ほう?」


 冒険者とは、宿で寝込みを襲われることを警戒しなければ行けないのか。

 というか、おっさん襲われた経験があるのか。ちょっとおっさんの過去が気になった来た。


「そんなとこまで気にすんのか」

「それだけじゃない。武装を解除しなきゃならない場ってのは、ある。そこでちゃんと対処できるだけの地力を持たなきゃ無らんのだ」


 なるほど正論である。次にシスター師匠と会うときは、この正論をぶつけてみよう。


 店員が酒を運んできて、ドン、と音を立てて置かれた時、同時に強く冒険者ギルドの扉が開かれる。

 そこから中をキョロキョロと探したシスター師匠は、俺の姿を見つけると、こっちに向かってきた。


「キリ! やっぱりここにいたのかい! 何で逃げたのさ」


 次、早すぎだろう。

 シスター師匠はおっさんの姿を見て、少し体を強ばらせた。


「……うわっ、何この人」


 小声でそう言ったのが聞こえる。

 すごいなおっさん。初対面の人間に嫌われるとか、凄すぎだろう。

 なんだ? 臭いのか? 俺の《探知》で強化された嗅覚でも、おっさんからは一般的なおっさん臭しかしないが。


 シスター師匠はおっさんから距離をとりつつ、俺の腕を掴んで言った。


「ほら、修行再開するよ!」

「嫌だ! あれは修行じゃなくて、無慈悲な虐めだ!」


 俺は喚くが、周りの冒険者達は俺を助けようとしない。

 おっさんの近くに行きたくないというのもあるのだろうが、俺が虐められてて「ザマァミロ」とでも思っているのだろう。薄情な奴らだ。


「このおっさんが言ってたぞ、魔動具を前提とした戦い方は、魔動具が無いときに襲われると対処できないって! 修行内容の修正を求める」


 とりあえず先ほどのおっさんの正論を言ってみる。

 シスター師匠は少しばかり引っ張る手をとめて考えていたが、すぐにまた引っ張り始めた。


「間違ってはいないけど、それってちゃんとした戦闘力がある前提だろう? それすらないキリは、ちゃんと魔物と戦う術を身につけないと。それにそもそもキリは魔動具を使わないだろう?」


 確かにその通りである。

 先ほどの正論は正論であったが、全く見当違いな物だった。

 くそ、作戦失敗だ。

 俺はおっさんに視線を向けて、無言で助けを求める。


「…………」


 おっさんはそっぽ向いて、酒を無言でちびちびと飲み始めた。

 ブルータス!! お前もか!! (二回目)


「ほら、さっさと行くよ!」

「ちょ、ちょっと待て! 腕折れる腕折れる」


 関節が極まってやがる。このまま魔動具ありきの力を込められたら、マジで折れてしまう。

 今の状況を打開する方法を模索していると、鈴の音を鳴らしながら、再び冒険者ギルドの扉が開かれた。


「キリ、今日分の依頼が終わりましたよ。これで………………なにやってるんですか、キリ」


 冒険者ギルドに入ってきたのはアリーヤだった。ナイスタイミングである。


「あ、アリー! 俺を地獄から助けてくれ!」

「酷い言いようだね!」

「……本当に何なんですか? これ」


 まあ、アリーヤから見たら訳分からないだろう。

 昨日絡まれた被害者と返り討ちにあった加害者が、引っ張り合いをしているのだ。


「もしかして、またキリが何かしでかしましたか?」


 ほぼ確信を込めた言い方である。俺に対する信用はゼロか。

 アリーヤを見て、1人の受付嬢が彼女の元に駆け寄っていく。


「申し訳ありませんアリー様。こちらからご説明させて頂きます」


 そう切り出して、受付嬢はアリーヤに事の次第を伝え始めた。

 この間にも、俺の肘関節はギリギリと音を立てる。


「……弟子、ですか」


 呟いてから、アリーヤは考え始めた。

 アリーヤなら分かるはずだ。師弟関係というのが、とれほどリスクがあるものなのか。

 アリーヤはチラリとシスター師匠に掴まれている俺の腕を見ると、彼女に言った。


「……ファナティーク様。ご厚意は有り難いのですが、やはり私が何とかしなくてはいけない問題です。私が」

「でも、君じゃちゃんと教育出来ていないんじゃないか」


 シスター師匠が被せるように言う。

 ていうか教育教育って、俺は出来の悪い子供か何かですか。


「その点、私ならちゃんと面倒を見れると思うよ? 悪い話じゃないと思うけど?」


 なんか二人の間で火花が飛び散っているような錯覚を覚える。

 女の戦争勃発って奴ですか。怖いです。

 ……とりあえず腕を離してくれますかね? マジで肘が折れる五秒前。


「これからは愚行を起こさないように気をつけさせます。ですから、お引き取りを」

「そこまで彼に執着するのかい? あ、もしかして、キリのこと好きなの?」


「…………………は?」


 おや? 流れが変わったな。明らかに変な方向に。


「だって、キリに魔物を貢いでいるようなものじゃないか。それに、いつもキリのことを庇うんだろう? 腐れ縁とも言ってたけど」

「……私とイノ……キリの間に、恋愛感情など存在しません」


 むしろ殺るか殺られるかの関係だよな。


「それなら私がキリを鍛えても、別に問題ないんじゃないかい?」


 そう言いながら、グイッと俺の腕を引っ張る。

 ヤバい。より深く極まっている。折れる折れる折れる。


「それは……」

「束縛しすぎるのは、嫌われると思うよ」

「だ、から! 私とキリはそう言うんじゃ無いです!」


 おい。相手のペースに乗せられるな、アリーヤ。俺の肘を速やかに助けてくれ……じゃなくて、師弟関係を取り消してくれ。


「嫉妬かい? 大丈夫だよ。弟子を男として狙うなんて事しないから。そもそも私は神官騎士だしね」

「───もう! 良いです! 好きにしてくださいっ」


 ブルータス!!! お前もか!!! (三回目)


「よし、じゃあ全員の合意が得られたから、キリは私の弟子だよ! さあ早く早く」

「ちょ! 待て待てマジで! 折れる! 折れるから」

「折れても魔法で治してあげるから大丈夫だよ」

「なにも安心できねぇ!」


 そう喚きながら、俺は理不尽にもシスター師匠に引きずられていくのだった。


 ……なんか俺、無理やり女性に運ばれるの多くない?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る