レギンの冒険者編

新天地のプロローグ

──数年前──


 殆ど光のない、真っ暗な部屋。

 石造りの壁に覆われ、段々のような特殊な形をした部屋の一番高いところに、一つの荘厳な玉座がある。しかし今、その席に腰を落ち着ける事の出来る人物はいない。


 そしてその玉座の正面に、複数の影が何かを囲んでいた。

 中心にあるのは、あらゆる種族の死体が積み重なった山。そこら中から血が滴り、床をぬらす。


 床には緻密かつ壮大に描かれた魔法陣がある。その魔法陣に膨大な魔力が込められると、数多の文字と図形が紫に光り始める。

 魔法陣を取り囲む者達──魔族は、その様子に感嘆の声を漏らした。


 彼らの現在行っている儀式は、「魔王復活」の儀式である。魔王は本来自然発生的に産まれるものだが、今回ばかりは違った。


 歴代最強とも言われた先々代魔王、イグノアの魂を呼び出し、イグノアを現世に復活させようと試みているのだ。


 先代勇者、歴代最強の勇者が魔族に残した爪痕は大きかった。

 魔族の地位向上、自信の再獲得、領土奪還、そして人間、亜人共への侵略のため、先代魔王を上回る圧倒的な力が必要であった。

 強い魔王が自然発生するのを待つなど、あまりに心許なかった。そしてまた、先代魔王が散った今、先々代魔王の偉大さが強調されたのである。


 魔族は長命だ。その中でも長く生きた者には、600年前、先々代魔王の頃から生きている者も居たのである。彼らは強くイグノアを想った。やはり彼こそが、イグノアこそが魔王だったのだと。


 数多くの生け贄を捧げ、さらに膨大な魔力と準備の時間を経て、魔王復活の下地は成された。ならばあとは、復活した魔王イグノアを新たな魔王として迎えるのみである。


 魔法陣の放つ光は徐々に強くなり、魔法陣の上に置かれた生け贄の死体がとろけるように混ざり、一つの塊と化していく。


 その光景を、現在魔族の中で最大権力を持つ吸血鬼ヘリウは、複雑な感情を抱きながら眺めた。


 魔族は、戦闘能力が強いものから権力が強いという、単純な支配形態を持っている。つまり、現在ヘリウは最強の魔族であるという事である。

 また、魔王と化す魔族は、より強い者の方が確率が高い。よってこのまま行けば、ヘリウが魔王となる確率は十分に高かった。 

 しかし、周囲はヘリウでは足りないと意見し、魔王を召喚するという進言を行った。

 その意見に異論は無いし、ヘリウは素直にその意見に従い決定したが、やりきれぬ思いを抱いているのも事実であった。彼女には強い野望があったのである。


 吸血鬼は長命である。ヘリウは人間でいうところの十代後半のような容姿をしているが、実に700年という時を生きた。

 つまり、彼女は先々代の魔王に仕えていたのである。故に、彼への崇拝の感情は強かった。

 イグノアに畏敬を持っていたからこそ、彼女は自身の野望を抑え込み、周囲の意見を聞いたのだ。


 光が一際明るくなり、魔族達は「おぉ」という声を口々に上げた。

 不定形の肉が人型となり、魔王の召喚は成された。


 その存在に対する周囲の感情は、圧倒的な力に対する恐怖、敬意、畏敬、そして──


──敵意と強い殺意であった。


「「「「「!?」」」」」


 本能的に沸き立つ殺意に、ヘリウを含めた魔族達は戸惑う。

 殺意と恐怖の板挟みにより、魔族は体を硬直させて、動くどころか喋ることすら不可能であった。


 光が収まり、召喚された魔王の姿が明白となる。

 その異形さは誰しもが目にしたことがなく、そしてその姿がさらに彼らの敵意を高めた。


 ヘリウは自らの感情に困惑する。


 彼女はイグノアを知っていた。かの時とは姿が違えども、目の前の存在は間違いなく、先々代魔王イグノアである。


 しかし何故、自分は畏敬を払い、付き従うべき相手に殺意を抱いているのか。700年前は、そんなことは絶対に有り得なかった。

 魔王とは魔族にとって絶対的な存在である。逆らおうなど考えるのは馬鹿のすることであり、敵意あるいは殺意を抱くような魔族はいない。


 それなのに、何故。


「──ははッ」

「「「「「っ!?」」」」」


 幾重に重なる殺意のど真ん中で、イグノアは軽く笑った。周囲の魔族達は、面白いようにビクッと身体を震わせる。


 自分が殺意を抱かれているのが、さも当然であるかのように笑うのだ。未知の恐怖がヘリウに流れ込む。しかし抱く殺意は衰えない。


 イグノアはスクッと立ち上がると、あたりの魔族達を見回した。そして彼の視界にヘリウの姿が入ったとき、彼女にゆっくりと指を向けた。


「お前、か」


 その重低音の声は、囲む石壁によく反響した。


「お前が一番強いのだろう? これからお前達は、彼女を魔王として崇め、従え」


 簡潔であるが、訳が分からない命令であった。


 つまり、魔王としての権力を放棄し、全てをヘリウに委譲すると言うことである。

 意味は分かる。だが意図は分からない。


 しかし混乱しようと、敵意を抱こうと、魔族にとって魔王の命令は絶対なのは変わらない。

 命令を受けたならば、従うまで。


 もっとも、魔族達は喋ることすら出来ぬほど硬直してしまっているため、その肯定の意を表すことは出来ないのだが。


 その光景を見て、イグノアは軽く鼻で笑うと、歩いてその場を去ろうとする。


「……お、お待ちください!」


 硬直からいち早く抜け出したヘリウは、魔王の背中に呼びかける。

 イグノアは足を止め、ゆっくりと振り返った。


 なんのおつもりですか、と命令の意図をヘリウは問いかけたくなる。

 しかし、絶対である魔王の命令の意図を聞くなど、愚問。しかも敵意を抱いてしまっている自分に、それを聞く権利はない。

 ヘリウはかろうじて、質問を絞り出した。


「どこに行く……、おつもりですか?」

「……さあな。ここ以外のどこかだ」


 何もわからなかったが、しかし聞き返すのは失礼に値する。

 彼女はもう一つだけ、質問した。


「では、何をしに?」


 イグノアは、うっすらとその口元に笑みを浮かべた。



──世界を壊しに。











「ヘイラッシャイ! なんか買ってくかい?」「あらこれ高過ぎじゃない? ちょっとくらい負けてよ」「ねー、おとーさーん」

「オイテメェ! 何ぶつかってんだコラァ」「キレーなお嬢さん、俺とお茶しに行かない?」「クズ」


 ……探知で聴覚が強化されているから、やたらと街のざわめきが鮮明に聞こえてくるな。やはり人混みは嫌いだ。


「……すごい人混みですね。ライジングサン王国の城下町でも、こんなに混んだことはありませんでした」

「他国の街とか行かなかったのか?」

「もともと閉鎖的な国で外交にもあまり行ったことがありませんし、行くとしてもガッチガチの馬車で城まで送られるだけで、町並みやその様子をじっくり見たことはありませんでした」

「箱入り娘ってやつか……いや、放置されてたな」


 俺達は今、リーン聖国の辺境の街「レギン」に居た。ここはそのレギンの中心街である。

 辺境でありながら、街道が通っている商業の中継都市、そして地方都市の役割を担っており、活気だけで言えばライジングサン王国の王都を上回っていた。


 どんだけあの国不況だったのよ、とも思うが。


「辺境でもこの賑わいとは……今私は自由の素晴らしさを実感しています。あのまま王城にいては、こんな光景は一生見られなかったんですから」


 街の様子を眺めながら、感動の声を上げるアリーヤ。


 いや確かに、素晴らしいとは思う。


 大きな声で客引きをする店員達、値引き交渉を行う主婦達、レンガで舗装された道に、魔動具の明かりが煌めく看板。ナンパする男と、金的蹴りを返答とする女。

 ……最後はともかくとして、どこかどんよりした空気の王都とはまるで違う。


 あ、なんか辺りがザワザワしてきた。


 さっきのナンパと金的蹴りの男女の周りに、少しばかりの人だかりができている。見せ物かよ。辛いな、男にとっては。


 そしてアリーヤさん。なんで金的蹴りの練習してるんですか?

 誰に食らわせるつもりなんですかね、それ。


 ……《性技》のレベル上げは夜にしよう。昼のステータスであの金的蹴りをかわす自信がない。


 アリーヤは、城を出た頃から大分落ち着いてきた、というか明るくなってきた。

 普通両親と妹が死んだなら、もう少し引きずるものではないだろうか。確かに彼らからはまともな扱いを受けていなかったようだが、両親が死んで「ザマァ」とか思う奴ではないだろう。


 ……やはり他人の心というのはよくわからん。


「それで、これからどうするんですか?」

「まずは、金がほしい」


 ライジングサン王国からかっさらってきた金貨などは少しあるが、かの国がヤバい状態にある今、その価値は幾らか暴落している事だろう。


 やはりこの街でちゃんとリーン聖国の金を稼ぐべきである。


「仕事をするんですか?」

「ああ。冒険者というのがあるんだろ? それになろう」

「え? わざわざ罠に自分からかかっていくスタイルですか? 魔物との戦闘とか、能力を隠す上で罠でしかない気がしますが。まさかロマンなんて馬鹿な理由じゃないですよね?」


 この娘、徐々に俺への態度が軟化、いや、激しくなってきた。嬉々として毒舌をぶちこんでくる。


 あの夕日に当てられていたお前さんはそんなキツい性格じゃなかっただろ? あの時は毒舌にも程度というものがあっただろう?

 あれですかね、やはり毎晩とまでは行かなくても、《性技》の実験台にしているのが原因ですかね。


「もともとこの街には長く滞在する予定はない。なら定職につくのは論外だ。それなら冒険者が一番だろう」


 商いをやるにしても、この世界の常識を完全には理解できていない俺が、なんのボロをだすかもわからん。

 頭が良くて利害云々がドロドロしている商業の世界よりも、馬鹿で単純な冒険者の方が能力バレや種族バレしなくてすむのだ。



 リーン聖国辺境。この街に俺達が今いる理由は……近かったからだ。


 いや、まあそれだけではない。


 ライジングサン王国はあの後、案の定それぞれの権力ある領主達が立ち上がり、群雄割拠時代に突入している。

 始まったばかりであるし、もともと国力がそれほど無かったため、大規模な争いは未だに起こっていない。ちょっとしたいざこざくらいである。


 それでも、それぞれの領地や街では、出入りの警備や監視が厳しくなる。しかし逆に言えば、未開発地域のような領地で無いところには目が向かないという事。


 フェンリルのいた森から人里に出ずに行くと、未だに魔物が蔓延っている未開発地域に辿り着く。そこを抜けて、俺達はこのリーン聖国辺境に至ったわけだ。


 この町が辺境と言われているのも、それが原因だ。近くに国境を跨いだ未開発地域があり、国境を守り、魔物から守るという二つの意味で辺境なのである。


 まあつまり、最初に着いた街がここだったという事だ。

 辺境の魔物はそこそこ強く、レベル上げやスキル上げには良いだろう。知能が高そうな魔物も見受けられた。


 レベル上げするだけなら、別に街に出ずにサバイバル生活を続けても良いだろうが、俺は昼間弱体化するという欠点がある。

 昼に無防備な姿をさらし続けるのは、自殺行為と言っても良いだろう。しばらく引きこもれたのは、あのフェンリルの森に結界があったからである。

 昼間に弱体化した状態で、のうのうと野宿するつもりはない。


 あ、ちなみにライジングサン王国王城を出てから、一切レベルアップはしていない。

 結界の周りにはケッチョー位しかいないので、俺達が欲している魔物はいないのだ。

 そこらで無駄に狩るよか、別の場所で効率的に狩る方が良い。多少なりともレベルアップする俺ならともかく、アリーヤにはあの辺の魔物は全く旨みがないからな。


 しかし、王都からこの街まで、一晩中でたどり着ける訳じゃない。そこそこ距離が離れているからだ。

 つまり普通に行けば、俺は少なくとも一回、昼間に弱体化してしまう。


 じゃあどうしたかって言うと、昼間も弱体化しないアリーヤを先に行かして、俺は千里眼で結界の中から彼女の姿を道を覚えながら覗き続けた。

 そしてアリーヤがリーン聖国のレギンにたどり着いた時に、連続転移をもってここまでやってきたのだ。

 臆病というなかれ。あくまでも慎重なのだよ。無意味な危険は必要ない。


 強くなるためにはこの街は良いところではあるが、聖国、というのが厄介だと考えている。


 女神を見た以上、この世界の神も実在するのだと認める必要がある。それを信仰している国など、正直厄介極まりない。


 俺がこの世界の法則を無視し続けている自覚はある。それがこの世界の神にとって不都合なことなら、俺は神に狙われるかもしれない。

 いや、神と敵対するのは望むところなのだが、今の状態で神に勝てるかと問われると、即座に否定するだろう。イージアナという人間一人にさえ、苦戦するようなレベルなのだ。


 そういうわけで、この国に留まり続けるのは危険かな、と思っているのだ。精々1ヶ月って所だろうか。


 まあ、そこから先は流れに任せましょう。

 無計画ではない。臨機応変に対応しましょうってやつだ。

 え? 新たなる魔王? そんなもん知らん。

 勇者軍が新たなる魔王を探している間に、我々は悠々と旅をするつもりである。


 幾つか思考を巡らせながら道を進むと、周りよりも少し大きい建物が見えてきた。


「お、ここか?」

「私もギルドというのは初めて見ましたが、看板に大きく『冒険者ギルド レギン支部』と書かれているので、間違いないでしょう」


 見た目はそう悪くはない。

 物凄く豪華ってわけではないが、だからといってお粗末さは感じない。


 主に木を柱として使った、しっかりした造りの中世風の建物。一階には通常よりも少し大きな両開きの扉がある。

 窓から酒場のような物が見えるから、定番のギルドと酒場が隣接した仕様なのだろう。


 別に、異世界といえば冒険者、なんていう短絡的なロマン思考で来たわけではないのだが、漫画や小説にあった設定が自分の前に現実としてあることを目の当たりにすると、思わぬ所がないでもない。


 では行こうか。

 お馴染みのテンプレ、「冒険者ギルドに登録に行くと何故かチンピラに絡まれる」へ!










 カランカラン、と扉に付けられていた鈴が鳴る音と共に両開きの扉が開き、一組の男女が入ってくる。


 冒険者ギルドに隣接した酒場でたむろしていた男達は、ちらりとそちらを見た後に、見定めるような目で二人を観察し始めた。


 ここはリーン聖国の辺境、レギン。この街の冒険者は、殆どが腕に覚えのあり経験豊富な実力者である。そしてそれ故に、冒険者ギルドに訪れるメンバーは大体固定であった。


 しかしその場にいる誰一人として、その二人を見たことはなかった。依頼人という雰囲気ではない。服装が明らかに一般人のそれとは異なっていた。

 それが何らかの魔動具である、とは簡単に推察できた。


 ある程度の武装をもってこの冒険者ギルドに来たと言うことは、新しく冒険者が移住してきたか、或いは冒険者登録をしに来たか。


 男は平均よりは長身で、あまり筋肉は無さそうに見える。

 女の方などもってのほかだ。か弱い少女、という表現がよく似合う。


 しかし、この世界で「見た目で判断してはいけない」というのは鉄則だった。

 結局のところ、魔動具の性能と魔動具を扱う技量が物を言うのである。


 魔動具を使うのが巧ければ、か弱い少女でも軽々と成人男性の三人くらいはなぎ倒せる。

 冒険者全体の人口から言えばまだ男の方が数は多いのだが、女の冒険者も多くいて、実力者として名をあげることも多々ある。


 また勇者の有名な話で、「冒険者登録をしに来た勇者達に絡んだチンピラが返り討ちにあう」という有名過ぎるシチュエーションがあったのだ。


 そんな恥ずかしい事をわざわざやる馬鹿は居ない。

 そも歩き方を見るに、ある程度戦闘の場数があることは明白だった。

 酒場の冒険者達は、ひとまず二人をしばらく放っておこうという結論に至ったのだ。


 しかし、どこにでも馬鹿というのは居るものである。


「おいおい嬢ちゃーん、ここはお店じゃないんだぜ? おつかいなら隣に行きな」


 馬鹿かコイツは。

 酒場にいた冒険者達は一斉に思った。

 二人、特に少女に絡んでいったのは、この冒険者ギルドの新入りだった。そこそこ長身で細身の青年である。


「……私はこう見えても冒険者だよ」


 少女が彼に対して簡潔な返答を述べる。

 その言葉に、青年はいやらしく笑みを浮かべた。


「冒険者~~まじで~~? 嬢ちゃんよ、保護者に守られながら魔物だけギルドに渡して金を得るのは、冒険者って言わないんだよ? わかるか?」


 お前が言うな。

 他の冒険者達全員の内心のつっこみであった。

 この青年、同時期に冒険者登録をした実力者「黒薔薇」の、腰巾着なのである。

 青年が魔物をしっかりと討伐したのを見た者は、この酒場には誰一人としていない。

 ただ黒薔薇のおこぼれに預かっているだけの野郎、もっとも冒険者には遠いとも言える。

 しかし黒薔薇がバックにいるからなのか、やけに偉ぶった態度をとったりする事が多かった。現在のレギン冒険者ギルドの悩みの種の一つであったのである。


 少女は一つため息をついて、青年の言葉を無視し始めた。まともに関わらない方が良い。そう判断したのである。

 しかしその態度が、青年の機嫌をより悪化させた様に見えた。


「おーいおいおい! なんで俺よりも弱っちいやつが、俺様の言葉を無視するんだ? こちとら『黒薔薇』の舎弟だぞ?」


 安い挑発である。

 少女と横の男はまともに取り合わず、受付嬢の下へ向かった。


「……チッ! ガキが。いつまでも手を出さねえと思って、調子扱いてんじゃねぇぞコラァ」


 青年が少女の肩に手をかける。

 それでも振り向こうとしないため、青年は彼女の白い髪を掴もうとした。


 しかし少女が一歩動いたために、するっと青年の手から髪がこぼれていった。


「……………ンの、黙ってりゃ調子乗りやがって……痛い目見なきゃどうしようもねえみたいだっ、なっ!!」


 青年は大きく振りかぶり、握り拳を少女に振るった。

 少女はそれを一目見ると、常人ではない速度でそれをかわした。


 ほう、と冒険者の何人かが感嘆の息をもらす。

 少女は相当に熟練した魔動具の技術があると見受けられたのだ。


「~~~んのゃろっ」


 もう一発殴ろうとするが、その拳は少女の小さな手のひらであっさりと止められてしまう。

 少女は視線を青年から話さずに、受付嬢に聞く。


「……このギルドだと、私は反撃しても良いのかい?」

「問題有りません。武器の使用、あるいは死亡者重傷者が出ない限り、冒険者同士の争いに当ギルドは関与しません」


 物騒な話ではあるが、辺境の冒険者ギルドだからこその対応だとも言える。血の気が多い物が集まるからこそ、小さな諍いや殴り合いが絶えないのだ。


「と言うことだから、ちゃんと歯を食いしばっておくれ?」


 少女は可愛く青年に語りかけると、目にも留まらぬ速さでその拳を腹に叩き込んだ。


「ッグっ!?」


 青年は体を曲げながら吹っ飛び、冒険者ギルドの床を転がる。

 そのまま隣接する酒場の方まで飛んでいき、あわやテーブルとぶつかると言うところで、傍観していた冒険者がその体を止めた。


「一人で騒ぐのは良いが、他人様に迷惑かけんなよ」


 そのまま酒場から離れさせるように、彼の体を軽く蹴り転がした。

 青年は何度も咳き込んでいるが、そう重いダメージには見られなかった。


「私はちゃんと手加減してあげたんだよ。感謝してくれ」


 少女は青年を見ながら、フンと鼻を鳴らした。

 そして誰ともなく拍手が沸き起こる。

 下らない茶番では有ったが、少なくとも少女の実力は証明されたのだ。

 酒の酔いがそこそこ回っていたのもあって、ギルドの中は笑い声に包まれた。


 その中で腹を抑えていた青年は顔を真っ赤にして震える。

 完全に笑い物にされているのだ。激しい屈辱と恥辱に苛まれても、仕方ないであろう。


「クソっ、まぐれだ! てめぇ、外で決と……」


 青年が破れかぶれで馬鹿な発言をしようとしたところで、冒険者ギルドの扉がバン!と大きな音を立てて開かれた。


 自然と、ギルドの中は沈黙に包まれた。

 そして一拍遅れて、カランカランという鈴の音が辺りに響く。


 入ってきたのは、黒いドレスのような服に身を包んだ女性であった。

 彼女こそが期待の新入りで、現在のレギンの冒険者の中でも指折りの実力者と噂されている、「黒薔薇」であった。


 黒薔薇はギルドの中を見回して、ツカツカとうずくまる青年の元へと歩み寄ると、白い髪の少女に向き合った。


「何が起こったかは知りませんが、なんとなく予想できます」


 凛とした声でそういった後、彼女は惜しげもなくその頭を少女に向けて下げた。


「ウチの馬鹿が申し訳ないことをしました。代わって謝罪させて頂きます」


 「黒薔薇」が頭を下げたことで、冒険者ギルドの中はざわついた。

 黒薔薇が冒険者登録を行ってから一週間、その間に早々に、彼女のファンクラブに似たものが生まれていた。

 そのメンバー達は、彼女に頭を下げさせている元凶である青年に、恨みがましい視線を向ける。


 しばらくポカンとしていた少女は、状況を理解した後すぐに慌て始めた。


「な、あ、君が謝らなくても良いよ! 私はそんなに気にしていないし、良い物を見れたと思っているさ!」

「そうですか? それなら良いのですが……」


 黒薔薇は頭を上げ、反転すると再度頭を下げた。


「皆様にもご迷惑をおかけしてしまって……」


「い、いやいやいや」「『黒薔薇』のせいじゃないよ!」「そっちの馬鹿が馬鹿しただけだっつの」

「本当にすみません。教育し直してきます」


 そう言うと黒薔薇は、呻くだけでまともに動けない青年の体を軽々と持ち上げた。

 160cmちょっとの女性が、軽々と170cm後半の男の体を持ち上げているとは、なかなかにシュールな光景であった。


「てかさ、なんで『黒薔薇』みたいな人が、そんな馬鹿と一緒に居るのさ」

「さっさと捨てた方が良いんじゃないか?」


 口々に冒険者達が言う中、彼女は苦笑いを浮かべた。


「捨てられるなら捨てたいのですが、腐れ縁……みたいなものです」


 そう言って彼女は青年を運びながら、冒険者ギルドから出たのであった。

 少女はその様子を暫く見つめる。

 興味がなくなったのか、視線を切ると受付嬢のもとにいき、軽い手続きを受けた後、依頼をいつも通りに受諾するのであった。



 「黒薔薇」は暫く歩き、一目のつかぬ路地裏までいくと、青年の体を放り投げた。


「さっさと起きてください。どうせ演技なんでしょ?」

「……いや実は結構キツいんだけど……え? 何? 怒ってらっしゃる?」


 言葉の割にはスクッと立ち上がった青年に向けて、呆れなどの様々な感情をのせたため息を着いた後、「黒薔薇」は聞いた。


「怒ってるかはともかくとして、一体なんのつもりであんな騒ぎを起こしたんですか? イノリ・・・?」


 黒薔薇──アリーヤの問いかけに、祈里は軽く笑いながら答えた。


「俺たちが冒険者登録したときテンプレが起こらなかったから、逆に起こしに行こうかな、と思って」

「それだけ、ですか?」

「それだけです」


 満足そうな笑みを浮かべる祈里に、アリーヤはどうしようもない怒りがたちこめてきた。


「……殴られたばかりですみませんが、もう一発我慢していただけますか?」

「いや待って待って。アリーヤのステータスで殴られたら、昼間の俺死んじゃうから」

「では、蹴り一発で良いので……」

「悪化してる! ていうかお前俺の金的狙うつもりだろ! 一週間前のやつまだ練習続けていたのか!?」


 前後に不吉に揺れるアリーヤの足を見ながら、祈里は少し内股になる。

 もう色々諦めたのか、アリーヤはもう一つため息をついて祈里に言った。


「遊びもほどほどにしてくださいよ?」

「何を言ってるんだ。俺はこれからも全力を持って楽しむ」

「…………」


 本気で殴ろうかな、と思うアリーヤであった。











 はいどーも。

 先日自ら逆テンプレを起こしにいって、あっさり殴り飛ばされた祈里でございます。


 もちろん決闘までするつもりはなかった。そこまで行くと本当に面倒な事態になるからな。

 あそこで決闘しろ! なんて台詞を言おうとしたのは、アリーヤが近づいてくるのを《探知》で知っていたからだ。彼女が見たら、確実に止めに来るであろうと思ってな。


 このレギンに来てから既に一週間が経過している。

 その間にアリーヤは実力をある程度隠しつつ発揮し、『黒薔薇』なんて二つ名を得るまでに有名になった。

 聞くところによると、ファンクラブまで有るそうだ。


 元王女がこんなに目立っていいのか、隠すべきなんじゃないか、とも思うかもしれないが、正直黒髪赤目となった今の姿を元ライジングサン王国の第二王女だ、と断定できる者は少ないだろう。

 実際、ファンクラブまで出来てバレていないのが証拠だ。

 まあここが他国の辺境であり、アリーヤは殆ど外交に出なかった、というのも大きな原因なんだが。


 また、彼女にはなるべく黒いドレス(鎧)を着てもらっている。

 そのおかげで黒いドレスが黒薔薇を表す記号となっているのだ。

 これならば、彼女の顔などの情報よりもまず、黒いドレスを着た女性戦士の方が広まるはずだ。

 結果として元第二王女ということはうまく隠せるのである。

 余程の事がない限り、彼女の正体(?)はバレないはずだ。


 さて、そんな中でこの一週間俺が何をしていたかというと、簡潔に言ってしまえば「寝る」「飲む」である。


 ……昼間はね。


 夜の間は陰移動を駆使して宿を抜け出し、嬉々として狩りを行っているよ。……レベルはまだ上がってないんだがな!

 何時もならレベルアップしてしかるべき何だが、どうも遅い。

 経験値の数値も見れたら分かりやすいのだが……。


 昼間の「寝る」「飲む」に関してだが。

 まあ夜行性である俺が昼間に寝ているのは当然として、「飲む」というのは俺が酒好きだからなんて理由ではない。二つのちゃんとした理由があるのだ。


 一つは、情報収集。

 やはり情報というのは非常に価値がある。暇有れば情報集めをすべしと言うほど重要な事だ。

 誰かと飲んで聞き出す必要はない。俺の聴力をもってすれば、酒場で噂される情報を全てキャッチすることくらい簡単なのだ。


 二つ目は、状態異常耐性である。

 俺は酒場で最も強力な酒を頼む。さすがに荒れくれ者の冒険者を相手にする酒場だから、平均的に酒は強い。

 その中で最も強い酒など、ただの毒でしかないのだ。

 そう。毒でしかないのだ。

 俺は嬉々としてそれを飲み、《毒耐性》のスキル上げをするのである。最初こそキツかったが、今は耐性が利いてきたのか、水を飲むようにとは言わなくてもがぶ飲みできる程には成長した。

 《毒耐性》のレベルも今や5だ。上出来だと言えよう。


 まあそんなわけで、昼間は寝るか飲むかの2択である俺の外聞はひどく悪い。

 曰わく、黒薔薇の腰巾着。金魚の糞。飲んだくれ。ゴブリン。

 ゴブリン、というのは、オーガの威を借るゴブリンが略されたらしい。


 俺が夜間に倒した魔物は、全てアリーヤが黒薔薇として依頼を達成している形となるのだ。

 そのおかげで、面倒事は全てアリーヤに任せ、俺はお気楽に冒険者気分を味わっているのだ。


 アリーヤの俺を見る視線が、どんどんゴミを見るような眼差しになっているのは、気にしないでおく。



 さて、俺は今日も今日とて冒険者ギルドの横の酒場にいる。

 俺はだいたい一人で飲んでいるか、同じく嫌われ者の飲み友達(?)と飲んでいるかである。

 今日はその飲み友達はいないようなので、皆さんに遠巻きにザワザワされながら一人酒を楽しむ予定であった。まあ酒は不味いのだが。


 ちなみに冒険者ギルドに入ってきたとき、俺に「よく昨日の今日で顔を出せるな」という視線が集中した。当然だろう。睨み返してやったが。

 小物感満載ですね俺。


 俺は目の前のジョッキを口に当て、液体を流し込む。

 喉が焼け爛れるような感覚も今や慣れたものである。

 味の悪い、ただ痛いだけの酒を飲んだ後、俺はそのジョッキを音を立ててテーブルに置く。

 そして目の前の対面席に座っている少女に、俺は言うのだった。


「で、昨日の今日で何の用だよ」


 あくまで不機嫌ですよ、という雰囲気の声を出した。

 昨日俺が絡みにいった少女は、玩具を見るような目をこちらに向ける。

 そう。昨日の少女が、俺と話している。

 酒場内の視線が集中するのも当然の話だ。


「君! 私の弟子にならないかい?」


 ……うん。何を言っているんだろう、この娘。

 弟子にならないか、と言う言葉は酒場中に聞こえたようで、中にいた冒険者がざわつく。


 ……調子に乗って自ら騒動を起こさない方が良かった。


 俺は、少しばかり昨日の己の行動を後悔したのであった。


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