勇者軍のside story

──マッカード帝国、帝国城、特別会議室──



「──『タカフジ イノリという人間は、もうこの世にはいない』と発言。判定は白」


 円卓の一席で、正装に身を包んだ一人の女性が、手元の報告書を読み上げている。


「また、ライジングサン王国王城に放火をした犯人については、『魔族で、ライジングサン王国騎士団長に求婚を断られ、騎士団長を殺害。その後王城に魔法によって火を起こし、中の人間の肉体ごと焼いたと言っていた』との発言。こちらも白」


 円卓に座るのは、各国の重鎮である。そして現在発言している女性は、マッカード帝国の宰相、インデラ・ジェンダであった。


「その魔族に関しまして、『新たな魔王と名乗り、勇者軍に宣戦布告をしていた』との発言もありました。こちらも白です。……勇者、リュウト シンザキの証言は以上です」

「……新たな魔王、ですか。城を一つ焼いたという事は、相当な実力者……」

「無視はできんな」


「マッカード帝国は、今後勇者軍として捜査を進めるべきだと進言します。質問が有れば、挙手をお願いします」


 彼女が発言を促すと、円卓に座る一人の男が小さく手を挙げた。


「リーン聖国教皇様。どうぞ」

「タカフジ イノリという名前は初めて聞いたのじゃが、勇者の一人なのか?」

「お答えします。ライジングサン王国の勇者召喚で召喚された、四人目です」

「儂等は、そのような話は聞いていないぞ」


 リーン聖国教皇は不満げに言うが、マッカード帝国宰相は冷静に返答をした。


「ライジングサン王国が隠蔽していたようです。我が帝国の伝手により情報を得ましたが、確定した情報ではなかったので、勇者軍会議には情報を挙げませんでした」

「四人目の勇者、と言うことか?」

「勇者とは違い、身体能力は一般人と同じか、それ以下であったようですので、イレギュラーかと思われます。しかし今は確かめる手だてが御座いません」


 そこでリーン聖国教皇は一度顎に手を当て、少し考えるようにした後で、諦めるように言った。


「……わかったわい。これ以上は無駄な議論となろう」


 マッカード帝国宰相はそこでリーン聖国教皇との視線を切り、再び円卓の面々を見渡す。


「どなたか他に質問は御座いますか? なければ……」

「ちょい待ちな」


 一人の男が待ったをかけた。砕けた口調ではあったが、重低音で響く声が軽さを感じさせない。

 髭面で顔は厳つく、鍛え上げられた巨体を持つ男であった。


「ドイル連邦大統領ルドルフ・ビルゴン様。どうぞ」

「少し質問とは違うが……。マッカード帝国よ、ここは円卓であり、宗主であるお前達が『情報の交換は立場を等しく隠蔽せず公平に行う』よう約束したはずだ。しかし、お前達はライジングサン王国の四人目の事を黙っていた。これは公平フェアじゃないんじゃないか?」


 大統領ルドルフは、その鋭い眼光をマッカード帝国宰相インデラに向ける。

 インデラはその目を正面から受けとめた。


「先程も申しましたように、確度と優先度の低い情報でしたので、証拠が得られるまで情報公開を後回しにしていました。結果事後報告のような形となったことに関しましてはお詫び申し上げます。イノリ タカフジに関する情報は前述の内容を含めて全て公開するため……」

「いや、その四人目のことは、この際どうでもいい。俺が問題にしたいのは、マッカード帝国が勇者のことに関して、未だに隠蔽している情報があることだ」


 微かに室内がざわめく。

 その中で、ルドルフはインデラを睨みつつ、目を細めて笑う。

 インデラは柳に風とばかりに受け流しているが、先刻微かにその瞳が揺れたのを、ルドルフの眼は見逃さなかった。


「先代の勇者が停泊したと言われる、ギャリと言う小さな村落に残っていた伝承だ。その村で、先代勇者は『加護を超えた力』を使ったと伝えられている」

「あくまでも伝承です。年月を経て誇張された可能性があります」

「それ以外の集落でも似たような伝承が残っていた。偶然とは考えられんな」


 インデラは内心で焦った。先代勇者がドイル連邦を訪れたのは、旅の後半である。『力』を得た後だったため、それが露見している可能性はあったが、伝承として残っているとは考えていなかったのである。


「しかし……」

「いや、もういい宰相」

「陛下?」


 マッカード帝国皇帝はインデラを座らせると、あくまで威圧的に発言した。


「確かに、その情報に関して隠蔽していたことは認めよう。しかしこれは、必要な情報ではない、そして公開すべきでないと判断した為であると理解してくれ」

「不必要、だと? 勇者軍の戦力増強に繋がりかねない、いや、確実に寄与するであろうそれを? 冗談でも言っているのか?」

「いや……。詳しいことは宰相に説明させる」

「は」


 インデラは皇帝の命を受け、再び立ち上がる。


「連邦ルドルフ大統領様の発言にある『加護を超えた力』、これを我々は『オーバー・ボックス』と呼んでいます」

「オーバー・ボックス? 変な呼び名だな。単に『覚醒』とかの方がわかりやすいんじゃないか?」

「これは他でもない先代勇者の呼び方を流用したものです。曰わく、これほど言い得て妙なネーミングは無い、と」


 資料にはない情報であるため、インデラは発言内容を頭でまとめつつ、資料を整理する。


「オーバー・ボックスは先代勇者の発言になぞらえますと、『加護の本当の力を解放する』もので、先代勇者以外に行った者は居ません。オーバー・ボックスへと至る過程、条件は不明。これらのことから、勇者が安易にオーバー・ボックスへと走らず地道に研鑽するよう、情報を規制しました」

「理由が弱いだろ。それならまだ、オーバー・ボックスとやらの恩恵を独占するために情報を規制したって方が納得できるぜ」

「理由はそれだけではありません。国家が勇者にオーバー・ボックスを勧めること、またマッカード帝国含め何処かの国家にオーバー・ボックスを果たした勇者が現れることを危惧した為です」

「は? なんだと?」


 ルドルフは呆けた顔を作った。それは円卓の面々をしても同様である。


「それをわざわざ危惧した理由は?」

「あくまでも300年前の資料によりますが、オーバー・ボックスを果たした勇者、つまり先代勇者は国家兵力を軽々と上回る力を持っていた、との事です。オーバー・ボックス後の勇者は一国家の手に治まらないほど強大となり、世界を征服できても可笑しくなかったと記録にあります」

「……それこそ誇張じゃないのか?」

「多少誇張されている可能性はありますが、少なくともオーバー・ボックスが魔王を大きく上回る力を生み出すことは確実でしょう。先代勇者自身がマッカード帝国にオーバー・ボックスの情報を規制したほどです」

「300年前魔王討伐後に平和となったのは、先代勇者の人柄故……ということか」

「今回勇者軍を呼び掛けたのも、それが理由です。勇者を多く用意することにより、魔王の兵力を大きく上回る事でオーバー・ボックスが起こらないようにすることが、勇者軍の目的でした」


 魔王を余裕を持って倒すため、勇者を数多く召喚する必要があった。

 しかし一国が多くの勇者を持てば兵力のバランスが大きく傾き、魔王討伐以前に人間国家間で戦争が起きる可能性もあった。そのためそれぞれの国家に勇者を分散する、今回の勇者軍が出来たのである。


「ふん、まあいい、納得してやろう。しかし今回の件で、マッカード帝国に対する俺の信用は落ちた。それなりの対処を要求するぜ」

「わかった。良いだろう」

「他に何か質問はございますか? 無ければ次の議題に移ろうと思いますが」


 インデラは円卓の面々に目を向けた。

 しばらくの間、沈黙が続く。


「では、次の議題に移らせていただきます。既に述べましたが、ライジングサン王国の勇者三人は現在我々マッカード帝国が保護しています。彼らの管理をどの国が行うか、について」


 インデラは手元の資料を捲った。


「まず我々ライジングサン王国の意見を言わせて貰いますが、国力、財源の余裕、利便性、彼らの精神状態を踏まえまして、引き続きマッカード帝国で管理を行うべきだと考えます。異論がある方はお願いします」

「無し」「ありません」「無いわい」「無いな」「構わない」「無し」「無い」「ねえよ」「特になし」


 円卓に座る面々はそれぞれが即答した。

 魔王軍の攻撃により国力が低下している今、さらに三人の勇者を抱え込める余裕がある国はマッカード帝国のみである。

 そもそも勇者を除いた国力で劣っているため、勇者がマッカード帝国に6人集中するというのは、あまり問題では無かった。


「この場にいない『グランツ共和国』と滅亡した『ライジングサン王国』を除きまして、マッカード帝国を含め十名の賛成がありましたので、次の議題に移らせていただきます」


 インデラはまた資料を捲った。


「滅亡したライジングサン王国の国土に関しまして、本来勇者軍の議論の管轄外ですが、『グランツ共和国』を除いて全ての人間国家がこの場に揃っているため、協定を組むべきだと考えます。異論があればどうぞ」

「魔王軍の侵略中に人間国家間でいざこざなど馬鹿らしい。この場で協定をくめるなら、そうすべきだ」

「同意」


 全員が同意の意を示したため、インデラは議論を進める。


「では『マッカード帝国』『ドイル連邦』『リーン聖国』『ジールハン皇国』『カナディ公国』『イギル連合国』『オーザ神国』『エルサムル国』『アレイン公国』『キッシュ共和国』以上十カ国の同意が得られましたので、元ライジングサン王国領土に関する協定を結びます。協定内容に関しましては数日中に再び円卓会議を開会致します。では、次の議題に移らせていただきます」


 インデラは資料のページを捲りつつ言う。


「お手元の資料、24ページをお開きください」


 その声の後、紙が擦れる音が断続的に会議室に聞こえた。

 一通り収まった後で、インデラが続ける。


「ご覧の表は、勇者軍の勇者三十六名の加護をランク分けして纏めた物になります。円卓に参加してこなかったライジングサン王国の勇者三人、また彼らからの情報により、グランツ共和国の勇者三人の加護の情報を得ましたので、改正版として急遽編集致しました。追加の情報を載せた完成版は、後日改めて配布致します」




Aランク

 『魔力親和』『身体親和』『武術』『空間魔法』


Bランク

 『剣術』『槍術』『弓術』『盾術』『結界術』『光魔法』『火魔法』『風魔法』『水魔法』『土魔法』


Cランク

 『柔術』『格闘術』『杖術』『空手術』『熱魔法』『氷魔法』『塵魔法』『熔魔法』『限界突破』『身体強化』『魔力強化』『テレパス』『千里眼』


Dランク

『生活魔法』『料理』『透視』『錬金』


Eランク

『闇魔法』『獣化』


規格外

『カウント』『ノート』『ヒキニート』




「ほう、『魔力親和』に『結界術』か」

「ライジングサン王国もさっさと情報よこしゃ良かったのによ。これなら幾らか援助しても良かったぐらいだぜ」

「あの国は、女王が女王でしたから……」

「規格外も一つ増えていますね。これはグランツ共和国の勇者ですか?」

「今回は規格外が多すぎるのう……分母が多いにしても、異常じゃな」


「補足ですが、規格外の加護の中で能力が判明しているのはマッカード帝国の勇者が持つ『カウント』のみです。『ノート』はグランツ共和国の勇者。また、『ヒキニート』持ちのマッカード帝国勇者はカウンセリングを兼ね、監視下で漫遊中です」

「……規格外の加護は、名前だけでは判別できんな……」

「だいたいなんなんだ、『ヒキニート』って。言葉自体聞いたことすらねぇよ。本人もどんな意味の言葉か知らねぇらしいしよ」


(いや、あれは知っているが話したくなかっただけなのでは……)


 一通りざわめきが落ち着いた後、インデラは失礼、と少し咳払いをしてから、発言を続けた。


「また、後に情報の摺り合わせを行い確かめますが、現在Cランクと分類されている、元ライジングサン王国勇者の『限界突破』ですが…………『規格外』に変更する可能性があります」

「何?」

「『限界突破』の加護は、文献の記録にも残されている筈だが……?」


 当然の反応に、インデラは一つ頷いて言った。


「能力自体も文献の『限界突破』と変わりませんが、能力判明と発現が召喚時ではなく、最近だったようです」

「それは……規格外の特徴ですね」

「よって、リュート シンザキの加護は、四人目の規格外、二人目の判明済み規格外となる可能性があります」







──マッカード帝国、帝国城、訓練場──



「ね、ねぇ……リュート? もうやめた方が」

「………………黙ってて……ゥグッ!」


 珠希を制止した龍斗は、一端呻くと全身を脱力させて地面に這いつくばった。

 四つ脚の獣のような姿勢で、喉を叩くように激しくて咳き込む。


「カハッ……ゲボッ、ガホゲホッ……グッ……ハァ……ハァッ……」


 呼吸が落ち着いてくると、生まれたての子鹿のように足を震わせながら、再び立ち上がる。


(『限界突破』を連続で掛け続けるのは辛い……だけど、少しずつ効果時間は伸びている……)


「……『限界突破』っ!」


 元々『限界突破』の反動で全身が強い倦怠感と激しい筋肉痛に脅かされている中、さらに『限界突破』を重ね掛けすることで、感覚が鋭敏になり痛覚が増す。

 さらに疲労困憊の身体を強引に強化するため、より全身が傷つく形となる。


「ガァァァアッ!」


 激しい痛みに獣のような声を上げ、身体中を汗で濡らしながら、龍斗はなおも『限界突破』を解除しない。


(勇者の体だからか、『限界突破』の効果かわからないけどっ、この全身の筋肉痛によって体が鍛えられているのは事実っ! 体全体を鍛えるのにも、これが一番効率がいいはずっ!)


「カハッ……~~~~ッ!」


 『限界突破』が切れた反動で、龍斗は更なる激痛にみまわれる。

 珠希は今にも泣きそうな顔で、しかし痛々しい龍斗の姿から目を離さなかった。


「りゅ、龍斗? 何を……!?」


 訓練場を訪れた葵は龍斗に駆け寄ろうとするが、龍斗はそれを手で制止した。


(二人には悪いけど……はもっと強くならなくちゃならない……力を手に入れないと……)


 龍斗の脳裏には、自分を軽くあしらった騎士団長、そしてこちらを嘲笑する祈里の姿がフラッシュバックする。


(糞みたいな理不尽に抗う力を……!)


「……『限界」


「はーい、ちょっとそこまで」


 龍斗が『限界突破』をかけ直そうとした所で、訓練場に気の抜けるような声が聞こえた。


「なに焦ってるんのか知らんけど、お前、張り詰め過ぎやわ」


 龍斗が訝しげに視線を向けた先に居たのは、黒髪の糸目が特徴的な青年だった。その隣には、フワフワとした印象を受ける黒髪の女がいた。

 青年はヘラヘラと笑いながら龍斗の元に歩いてくる。


「あんた、誰だ?」

「ああ、そうやな。まずは自己紹介するわ」


 龍斗の不躾な質問に、青年はポンと手を打って答える。


「俺は金城きんじょう 啓斗けいと、こっちの可愛い子が西条さいじょう そらちゃんや。よろしく」

「か、かわいいって、もう! 金城さんたら」


 イラッ。

 なぜか龍斗は目の前の光景に苛立ちを覚えた。

 しかし一応の礼節として、自分達も自己紹介をしなければと思い、発言する。


「……俺は新崎 龍斗だ。こっちが唐沢 珠希と磯谷 葵」

「珠希です」

「葵……です」

「で、その名前からして、あんた達は日本人……勇者なのか?」


 龍斗の問いかけに、笑みを浮かべて啓斗と名乗った青年は答える。


「そーやなー。マッカード帝国の勇者……ってことになってる。一応『加護』も教えとくわ、俺が規格外の『カウント』、空ちゃんがAランクの『空間魔法』や。お前らの加護も教えてくれんか?」

「……別に構わない、が、ランクってのは何だ? 聞いたことがない」

「ま、それもぼちぼちな」


 常に軽い調子である啓斗に、龍斗は目を細める。


「俺が『限界突破』、珠希が『魔力親和』、葵が『結界術』だ」

「ふーん、まあ知ってたけどな」

「……」


 腹の底から苛立ちが湧いてくる。なぜこんなにも苛立つのか、龍斗にはまるで分からなかった。


「勇者ってのは三人なんだろ? もう一人はなにやってんだ」

「ん、あぁ。新井あらい 善多ぜんた言うんやけど、今は旅に出とるんやわ」

「旅?」

「この国の志向でな。よくわからんけど、加護を発現させるためって言ってたわ」


 ま、今はそれはいいわ、と啓斗は一端仕切り直し、再び龍斗達に笑いかけて言った。


「ようこそマッカード帝国へ。わからんことがあったら何でも聞いていいし。これから同じ国で過ごす仲やからな、仲良くやろか」

「よろしくお願いしますねっ!」


 空が明るい声を出してから、啓斗は龍斗に手を差し出した。

 龍斗は一瞬の間の後、その手を握り返した。


「……あぁ、よろしく」


 龍斗は低い声でそう言った。











 平原を割る一本の街道。

 薄茶色の土がむき出しの道の上を、ガタガタと音を鳴らしながら一つの馬車が走っていた。

 その傍らには一騎の護衛と思しき冒険者がおり、計三頭の馬が並んで歩みを進めている。

 地味な馬車の中、一人の男の情けない声が聞こえた。


「あー、尻痛い……これならサスペンションの知識を日本で学ぶべきだった……。ねー、メイ。まだ着かないの?」

「まだ出発したばかりでございます。それと、少々高価になりますがサスペンション付きの馬車は既に作られています」


 ナヨっとした印象を与える青年に、メイと呼ばれたメイドは淡々と答える。


「まじ? じゃあそっち買おうよ。金は有るんだし」

「帝国に支給されたお金には限りがあります。ちゃんとした稼ぎが無い限りは、ある程度節約すべきです」

「護衛には大盤振る舞いだったのに……」

「護衛には安全のため多くの金を払うべきですが、乗り心地に金を払うのは贅沢な話です」

「固いなぁ、メイは。君は僕の尻の皮が剥けても構わないの?」

「剥けたら剥けたで、私が回復魔法でなおして差し上げますのでご安心を」

「……なぁ」


 メイドと青年の会話を聞いていた、護衛として雇われた冒険者は、ふと気になって声をかけた。

 しかし、その瞬間に青年はビクッとして、固まってしまう。


「……えー……っと?」

「は、ハイ、ナンでしょうカ」


 ガチガチに固まってしまった青年を前に、冒険者は戸惑ってしまう。

 そこで、メイドが二人の間に入った。


「申し訳ありません冒険者様。ゼンタ様は人見知りが激しく、初対面の方との会話が困難でして……」

「……その割にはお前さんとは気軽に話していたようだが?」

「私はゼンタ様のメイドですので、特別なのです。それで、何かご用でしょうか?」

「あ、いや。二人がどんな関係か気になってな。主人とメイドというのは分かるんだが、それにしてはどちらも気さくすぎる。坊ちゃんは貴族ってなりじゃねぇし……」

「……依頼人の素性を詮索するのは、マナー違反ではありませんか?」

「あ、あぁ。気になっただけで、深く聞くつもりはない。話したくないなら話さなくても良い」

「では、そういうことで」


 話を切ってしまったため、馬車の中には沈黙が下りた。先程まではゼンタと呼ばれた青年とメイドが話していたが、その青年が固まってしまったため、誰一人口を開くことがない。

 その時、ガタッと大きく馬車が揺れ、青年は強く尻を打ってしまう。


「いっ……たぁ~~」

「……ゼンタ様、大丈夫ですか? 回復魔法をかけて差し上げましょうか?」

「いや、いい……」


 こんなことで一々回復魔法をかけられても困る、というか情けないと青年は、メイドの提案を却下した。


(……はぁ。せっかく異世界に勇者として召喚されたのに、情けないなぁ。加護とやらも『ヒキニート』なんて名前だし……使い方も分からないし……)


 青年はため息をついた。

 この青年こそ、マッカード帝国に召喚された三人目の勇者、『ヒキニート』の加護を得た新井 善多であった。


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