修行(つっこみ)のside story

「起きてくださいイノリ」


──早朝、涼やかな声と共に、俺は目を覚ます。

 俺が目を開いたのを見ると、側にいた彼女は、にこやかに笑いかけてきた。

 何度も聞いた台詞だ。どこか懐かしいようにも思える。

 なんだか可笑しく思えてきて、俺はクスッと笑ってしまった。

 そうだ。あの頃は刺激のない毎日だったが、平穏で幸せだったかも知れない。

 今となっては思い出の一ページだ。しかし、日常が崩れ去った後でも、彼女が側にいてくれるなら、充分幸せだと言えるのかな。

 なんて事ない日常の一コマ。だが俺は、その一瞬に幸せの片鱗を垣間見た。

 またこの時を思い出して、あの頃は幸せだったと思い返す日があるかも知れない。

 その時も彼女は、俺の側にいてくれるだろうか。

 例えこの日常が再び崩れ去ろうと、彼女だけは守って見せよう。

 俺はその決意を胸にしまって、再び瞼を閉じた」

「……」

「………」

「………イノリ?」

「………」

「下手なモノローグを言って、いい感じにまとめないで貰えませんか?」

「……zzz」

「寝ないで下さい!!」


 うるさいな。


「なんだ? 下僕の分際で俺の二度寝の邪魔をしようというのか阿婆擦れめ」

「落差が酷いです!」


 耳元で甲高い声を出されると、頭が痛くなってくる。《探知》で聴覚が常人より鋭くなっている俺には酷である。

 あ、ちなみに断じて朝チュンなどではないぞ。


「もう朝ですよ! しかも早朝じゃなくて、昼近いです。いい加減起きてください」

「と言ってもな、俺はさっき寝始めたばかりなんだ。つか吸血鬼なのに夜行性じゃないお前がおかしい」


 アリーヤは吸血鬼化したのだが、どうも俺の吸血鬼とは少し違うようだ。

 アリーヤは昼でもステータスが十分の一にならない。

 デイウォーカーと言う奴だろうか。羨ましい限りである。

 しかも、そのステータスはそれぞれ吸血鬼になる前の十倍になっているらしい。ずいぶん強くなったなふざけんな。


「早々に寝たお前と違って、俺は夜間ずっと勉強してたんだ。だからこれからお前は一人で訓練したまえ」

「勉強って、本読んでただけじゃないですか……。確かにスキルなどの知識は幾らか貰いましたが、やはり実体験が有る方に説明して貰った方が良いんです。側にいてくれるだけでいいので」

「えーー」


 うーむ。しかし、昨日は本ばかり読んでいて、大量に取得したスキルの確認をしないままだったな。

 別に今する必要はないのだが、会話しているうちにある程度目が覚めてしまったので、今から寝るのもどうか、と言う思いがある。


「じゃあ、貸し一つな」


 そう言って、俺はアリーヤと共に小屋から出た。

 ちなみにこの小屋は、俺が《武器錬成》で作り出したものである。そこそこでかいだけあって、結構なMPを消費した。

 え? 小屋は武器じゃないって?

 実はこの小屋、あばら屋に見えて小規模な要塞なのだ。それ故にあらゆる物騒な機能が付属している。

 要塞を武器としていいのかは疑問だが、《武器錬成》で作れたという結果が有れば、それでいい。それでいいのだ。









「く、この、空を飛ぶのは慣れませんねっ」


 アリーヤは現在、空を飛ぶのを練習中である。

 人間の時にはなかった羽という器官を使いこなすのは、かなりの時間を要するだろう。スキルを手に入れられないアリーヤにとっては、なおさらだ。

 アリーヤはどうやら、吸血鬼としての力は幾つか手に入れたが、レベルアップやスキル習得は出来ないらしい。

 この世界の住民である以上、仕方ないのだろう。


 また、俺の下僕になったせいなのか、闇魔法の適性が強くなったらしい。

 本で得た知識だが、この世界の魔法使いは、通常二属性を併せ持つという。

 大抵は一つの属性への適性が多く、それと対になる属性の適性が現れるとか。例えば、火属性魔法使いは、同時に水の属性も持っているのだ。

 これは体内で魔力が中和されているとか、そういうのらしい。なんやそれ。

 火の魔法を使うとき、水の魔力で体を覆うことで、術者に影響が及ぶのを防ぐのだとか。この世界の魔法が使えない俺は実感がわかないな。

 それで、アリーヤの元々持っていた属性は、光、闇、風、土の四属性。その中で、光と風が比較的強かった。

 もともと闇属性は気休め程度の物だったが、それが光属性と同じくらい強化されたのだとか。

 これは俺の《闇魔法・真》の影響なのだろうか? しかしこの世界の闇魔法と俺の闇魔法は全く異なったものなので、可能性は薄いか。

 この世界の闇魔法は、呪ったり相手の視界を奪ったり、生命力を直接減らしたりと、生物相手に特化した魔法だ。対して俺の魔法は非生物特化と言えるので、全く別物だろう。

 ちなみに俺は、アリーヤがもともと光属性を持っていたのが、デイウォーカーになった原因だと考えている。


 さて、アリーヤが飛行練習している間に、俺はツッコミ……もとい、スキルの検証に入ろう。

 とりあえず、もう一度ステータスを確認してみる。





高富士 祈理

魔族 吸血鬼(男爵級)

Lv.14

HP 3782/3782

MP 22037/22037

STR 4133

VIT 3661

DEX 3417

AGI 4325

INT 5975


固有スキル

《成長度向上》《獲得経験値5倍》《必要経験値半減》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《男爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》《王たる器》《武術・極》


一般スキル

《剣術 Lv.7》《隠密術 Lv.7》《投擲術 Lv.8》《短剣術Lv.6》《飛び蹴り Lv.10》《詐術 Lv.7》《罠解除 Lv.4》《飛行 Lv.5》《罠設置 Lv.4》《噛みつき Lv.10》《跳躍 Lv.10》《回避 Lv.8》《姿勢制御 Lv.7》《糸術 Lv.6》《弓術 Lv.3》《杖術 Lv.1》《拳術 Lv.2》《棍術 Lv.1》《盾術 Lv.4》《刀術 Lv.1》《槍術 Lv.4》《射撃 Lv.1》《火魔法 Lv.1》《水魔法 Lv.1》《風魔法 Lv.1》《土魔法 Lv.1》《光魔法 Lv.1》《闇魔法 Lv.1》《魔力操作 Lv.1》《鎧術 Lv.1》《歩法 Lv.1》《暗殺術 Lv.4》《暗器術 Lv.1》《料理 Lv.3》《掃除 Lv.3》《洗濯 Lv.2》《運搬 Lv.2》《裁縫 Lv.3》《奉仕 Lv.2》《商売 Lv.3》《暗算 Lv.2》《暗記 Lv.3》《介抱 Lv.2》《策謀 Lv.2》《達筆 Lv.2》《速筆 Lv.1》《農耕 Lv.1》《並列思考 Lv.2》《速読 Lv.1》《手品 Lv.1》《酒乱 Lv.1》《性技 Lv.1》《思考加速 Lv.2》《空間把握 Lv.1》《宴会芸 Lv.1》《ペン回し Lv.1》《ボードゲーム Lv.1》《賭事 Lv.1》《強運 Lv.1》《凶運 Lv.1》《女難の相 Lv.1》《絵画 Lv.1》《演奏 Lv.2》《建築 Lv.3》《歌唱 Lv.2》《ダンス Lv.4》《宮廷儀礼 Lv.2》《ポーカーフェイス Lv.3》《反復横飛び Lv.1》《縮地 Lv.1》《早撃ち Lv.1》《二刀流 Lv.1》《緊縛 Lv.1》《ナンパ Lv.1》《ウィンク Lv.1》《作り笑い Lv.1》《我慢 Lv.1》《恐怖耐性 Lv.1》《痛覚遮断 Lv.1》《毒耐性 Lv.2》《魅了耐性 Lv.1》《熱耐性 Lv.1》《物理耐性 Lv.1》《寒耐性 Lv.1》


称号

魂強者 巻き込まれた者 大根役者 ジャイアントキリング クズの中のクズ スキルホルダー 殺戮者 殲滅者 無慈悲




 うん。改めて見ると、これは酷い。

 スキル強奪は、生前に最も得意としていたものを奪う、ということを考慮しつつ、一つずつ見てみよう。



《剣術 Lv.7》《隠密術 Lv.7》《投擲術 Lv.8》《短剣術Lv.6》《飛び蹴り Lv.10》《詐術 Lv.7》《罠解除 Lv.4》《飛行 Lv.5》《罠設置 Lv.4》《噛みつき Lv.10》《跳躍 Lv.10》《回避 Lv.8》《姿勢制御 Lv.7》《糸術 Lv.6》


 この辺までは元々あったスキルだ。それぞれ少しずつレベルが上がっている。


《弓術 Lv.3》《杖術 Lv.1》《拳術 Lv.2》《棍術 Lv.1》《盾術 Lv.4》《刀術 Lv.1》《槍術 Lv.4》《射撃 Lv.1》


 おそらく兵士達から奪ったであろうスキル。さすがに盾と槍は伸びるな。


《火魔法 Lv.1》《水魔法 Lv.1》《風魔法 Lv.1》《土魔法 Lv.1》《光魔法 Lv.1》《闇魔法 Lv.1》


 騎士の中の、魔法使いから奪ったのだろうか。もう少しあがっても良いと思うが、レベルは一律で1だ。不思議なものである。


《魔力操作 Lv.1》


 魔動具にでも使えるのだろうか。


《鎧術 Lv.1》


 鎧に術があるのかははなはだ疑問だが、動きやすくなるとかそんなんだろう。きっと。


《歩法 Lv.1》


 アバウトすぎてわからん。


《暗殺術 Lv.4》《暗器術 Lv.1》


 城内に暗殺者が忍び込んでますが、大丈夫ですか?


《料理 Lv.3》《掃除 Lv.3》《洗濯 Lv.2》《運搬 Lv.2》


 この辺は使用人からのスキルかな?


《裁縫 Lv.3》《奉仕 Lv.2》《商売 Lv.3》《暗算 Lv.2》《暗記 Lv.3》《介抱 Lv.2》《策謀 Lv.2》《達筆 Lv.2》《速筆 Lv.1》


 この辺は貴族からだろうか。策謀してるやつ居ますけど。レベルを見ると、複数人いるようですけど。策謀が一番得意って何だよ。


《農耕 Lv.1》


 何故農民が紛れ込んでる。


《並列思考 Lv.2》《速読 Lv.1》


 突然の有用そうなスキルにビックリ。貴族からかな? ありがとうございます。


《手品 Lv.1》


 一発芸じゃねえか。


《酒乱 Lv.1》


 乱れてどうする。


《性技 Lv.1》


 娼婦でも居たんですかね? なんかこのスキル、嬉しいような要らないような……


《思考加速 Lv.2》《空間把握 Lv.1》


 またも有用なスキルだ。きっと騎士の誰かだろう。ありがとう誰か。まあ《空間把握》は《視の魔眼》があるから要らないだろうが。


《宴会芸 Lv.1》《ペン回し Lv.1》


 それが一番得意って、悲しい人生だな。


《ボードゲーム Lv.1》


 ボードゲームか、暇があったら作ってみるか。


《賭事 Lv.1》


 賭事はあまりするつもりがないが、戦闘や戦略においての賭けまで有効だったら嬉しいスキルだ。


《強運 Lv.1》


 嬉しいスキルである。レベルの上げ方が分からないが。


《凶運 Lv.1》


 超絶いらないスキルである。レベルが上がらないことを祈るばかりだ。


《女難の相 Lv.1》


 そういう主人公にだけはなりたくないです。


《絵画 Lv.1》《演奏 Lv.2》


 貴族のたしなみという奴か。比較的マシなスキルだ。


《建築 Lv.3》


 《武器錬成》と組み合わせることが出来たら、有用そうである。


《歌唱 Lv.2》《ダンス Lv.4》《宮廷儀礼 Lv.2》


 またも貴族のたしなみ。貴族になったら有用そうだが、あいにく貴族になる予定はない。


《ポーカーフェイス Lv.3》


 ありがたいスキルだ。まあアリーヤ曰わく、俺は鉄面皮らしいのだが。


《反復横飛び Lv.1》


 レピティションサイドステップ!! これが一番得意だった奴を知りたい。


《縮地 Lv.1》《早撃ち Lv.1》《二刀流 Lv.1》


 定期的にある有用スキル。きっと騎士の中に達人が居たのだろう。


《緊縛 Lv.1》


 俺にそんな趣味はねぇ! しかし《糸術》と組み合わせれば有用そうなのがムカつくな。


《ナンパ Lv.1》《ウィンク Lv.1》


 貴族の中にチャラ男がいます。気をつけてください。


《作り笑い Lv.1》


 それが一番得意って……なんか悲しい人生だなぁ。


《我慢 Lv.1》


 この人には何があったんだろう……。なんだかんだ言って有用そうではある。


《恐怖耐性 Lv.1》《痛覚遮断 Lv.1》《毒耐性 Lv.2》《魅了耐性 Lv.1》《熱耐性 Lv.1》《物理耐性 Lv.1》《寒耐性 Lv.1》


 耐性系スキルは素直にうれしいな。しかしこの吸血鬼の体に、毒などが効くかは不明である。検証したくないが、後々するべきだろう。


 こんな感じか。なんか死にスキルが大量にでる予感がする。スキルも結局レベル1ではあまり役に立たないわけで、常用するスキルは勝手に伸びていくからいいが、役に立たんスキルは最悪レベル1のままで、いざという時に使えない可能性もある。

 幸い寿命は長く、時間は人生単位で考えれば有り余るほどある。役に立たなそうなスキルも、ちょっとずつでいいから成長させてていこう。


 そういや成長と言う言葉で思い出したが、アリーヤにも言わなければならない事があった。


「ヘイ! カモン、アリーヤ」


 飛行練習中のアリーヤを振り向いて呼びかける。

 ……もう結構飛べるようになってる。これが『天才』か。すごいな。


「あ、はい。……っと、なんですか?」


 アリーヤは着地するとコウモリのような羽をしまい、こちらに駆け寄ってくる。

 ……なんか素直だな。


「ちょっと成長の方針についてだな」


 アリーヤの吸血は、俺と同じようにステータスを上げる効果があるらしい。

 それと、俺と同じように再生もできる。

 なんかこう、能力が中途半端だよな。


「成長?」

「ああ。ステータスを上昇させる方針についてだ」


 これは少し前から考えていたことだ。血を吸う対象を絞ることで、特定のステータスの成長を優先させることが出来る。


「これからは足の速そうな魔物を狙って、AGI、つまり敏捷性を重視しよう」


 単純に筋力を上げるのに比べて、敏捷性を上げるのは難しい。

 筋肉をつけつつ、体重も軽くしなければならないためだ。これは人外レベルだと、非常に難題になる。

 しかし、俺達には直接ステータスを上昇させる方法がある。俺の経験から考えると、STRやVITを上げたからと言って、体重が増えるわけではなかった。

 ステータス上昇のアドバンテージを生かすには、他にもVITを上げるというのもあるが、俺達には吸血鬼の再生があるため、優先度は低めだ。

 よって優先順位は、AGI>INT>DEX>STR>VITであると考えた。

 特にアリーヤは魔法主体であるから、こうすべきだろう。


 という説明を、アリーヤに行う。


「ステータスが直接上昇する、というのが、自分ではまだ実感できていないというか、よくわからないので、従おうと思います」


 しかし、とアリーヤは続ける。


「近接戦闘になった場合はどうしましょう。私が後援をやるにしても、イノリは前で戦わないといけなくなります」

「まあ、俺はレベルアップでSTRも上がるから、あまり心配しなくていいのだが」


 と言いながら、俺は影空間から一本の黒光りする刀を取り出した。


「それは……」

「ん。かっぱらった」




絶斬黒太刀(作者 高富士 祈里)

品質 SSS  値段 1000000000デル  能力 絶対斬 闇硬化 再生 成長

改造古代兵器アーティファクト。太古の遺跡から発見され、後に改造された。ロストテクノロジーで作られている。魔力を注ぐことで、あらゆる物を切る刀となる。魔力を注いでいる間、振るわれた力に関係なく、刃に触れた物を斬り、砕く。刀身自体も強化されており、血を吸うことで再生し、成長する。




 イージアナの使っていた絶斬之太刀、《武器錬成》できました。古代兵器もあっさり《武器錬成》できるとは、やはりチートスキルは恐ろしい。

 ちなみにイージアナの焼死体の所には、俺が《武器錬成》で絶斬之太刀に限りなく近づけた偽物を折って転がしておいた。多分熱で溶けてよくわからない状態になっているはずだ。

 もともと絶斬之太刀は魔力を流していないとただの刀だったので、折れていても不思議ではない。すぐにバレると言うことは無かろう。

 しかし……


「……やっぱだめか」


 昨晩武器錬成した時もそうだったのだが、俺は絶斬之太刀を使えないらしい。

 いや、それどころか魔動具全てを使うことが出来ない可能性すら有る。

 魔法のスキルも全てレベル1であったし、俺はこの世界の魔法とは縁がないのかも知れない。


「使えないのですか? イノリは魔法は使えなくても魔力は有るはずですが」

「どうもしっくりこないんだよな」


 なんというか、感覚的な話なのだが、この世界の魔力や魔法は歪なのだ。まるで誰かが手を加えているかのように。

 俺はその魔法形態に沿った魔力を操ることが苦手なようで、スキルを手に入れても魔法や魔動具が使えないようだ。


「折角強力な武器を手に入れたのに使えないとは、難儀なものですね」

「ん。ってことで、これやる」


 そう言いながら、俺はアリーヤに絶斬黒太刀を渡した。


「へ?」

「ま、『天才』ならいずれ使いこなせるようになるだろう」


 とりあえずこれでアリーヤの近接戦闘能力の補填は十分かな。一通り用件が済んだからか、また眠気が襲ってきた。


「へ? え? これ……」

「どうした?」


 受け取ったアリーヤが未だに困惑している。

 さっさと呑み込んでくれないかね。そろそろ本格的に眠いのだ。


「私がこんな武器を持っていてもいいんですか?」

「そういう話の流れだろ。……もう眠いから、寝ても良いか?」


 と言いつつも返事を聞くつもりもなく小屋へと向かおうとするが、アリーヤにとめられた。


「私は、あなたに反逆しようとしているのですよ?」

「でもその前に、お前は俺の下僕だろう」


 だから強くしなきゃいけないわけで、……いかん、眠くて頭が働かなくなってきた。


「もういいから、やる。そして俺は眠いから寝る」

「ちょ、ちょっと……」


 後ろで俺を呼び止める声が聞こえたが、俺は適当に無視して小屋に入り、堅いベッドに倒れ込んだ。






 物音が隣から聞こえたので、目覚める。

 小屋は壁をつくって小さな部屋を二つ作っている。もちろん隣の部屋にはアリーヤがいる。

 男女が同室で寝るというのは不味いという道徳的な観点と、寝室まで一緒にするなどプライバシーの侵害も甚だしいという個人的な理由がある。まあ後者の方が比重が大きいが。

 外を見てみると、薄暗いし空が赤い。おそらく夕方と言ったところだろう。まだステータスは元に戻っていないので、太陽は沈みきっていないようだ。

 俺からすれば、早朝という感覚である。物音は断続的で、寝返りなどではないだろう。つまり、アリーヤが起きて、動いている。

 いったい何を、とも思うが、彼女にとっては昼夜など関係ないから、今何か活動していても不思議ではない。

 もしや、俺の暗殺計画でも考えているのか、などと考えていた時に丁度、アリーヤが俺の部屋に入ってきた。直前まで考えていたことがあれだったので、俺は少々警戒したのだが、彼女は部屋に入ってから沈黙した。


「というか……」

「…………」


 彼女は頬を染めて俯き、身じろぎながら沈黙し続ける。

 まあ、当然だろう。

 俺の目には、彼女の一糸纏わぬ姿が映っていた。


「……あー、その、なんだ」

「…………」

「夜這いでも、さすがにネグリジェくらいは身につけるべきだと思うぞ?」

「んな……、無いからでしょうが!!」


 なんか怒られた。ああ、確かにネグリジェも寝間着も作ってなかったな。気が利かなかったようだ。さっさと用意しなければならない。


「ていうかなんですか、いつもは女性をジロジロ見ているくせに、なんで平静としているんですか!」

「ああ、何。ジロジロ見られたいの?」

「いや、そういうわけじゃっ」


 リクエストがあったのでお答えしよう。


──アリーヤの肌は白かった。部屋が暗くても、《闇目》のおかげでよく見える。艶のある黒髪とのコントラストで、余計白く美しく見えた。

 まるで卵のよう、という表現がよく似合う、くすみのない美しい肌だ。指で押せば、心地よい弾力を楽しめるだろう。

 さすがに暖房も入れていない部屋で裸で居るのは寒いのか、少し肩が震えている。腕にもかすかに鳥肌が浮かんでいるな。

 彼女は腕で胸と前を隠していた。俺が胸に視線を向けると、彼女の腕が強張り、フニッとした柔らかい胸が押されて」

「モノローグを口にしないでください!」


 アリーヤの頬は入ってきたときとは比べものにならないほど赤くなっていた。涙目になっている。

 すこしからかい過ぎたか。


「……で、何故こんな真似を?」

「イノリは、言ってましたよね。私を吸血鬼にするときに、奴隷になる覚悟はあるか、と」


 ああ、言ったかもな。実際奴隷のようなもなだし。


「しかし、イノリは昨夜私に何もしてこなかったので……いっそ心を決めて自分から、と」


 ん? なんか論理が飛躍している気がする。

 ……ああ、なるほど。


「俺がアリーヤを性奴隷にすると思っているのか? そんなこと言ったつもりはないが」

「え? し、しかし、『どう解釈しても構わない』って」

「覚悟を聞いていたときだからな。そっちで勝手に拡大解釈してくれた方が都合がよかった。……というか、俺がお前を性奴隷にするような人間に見えるのか?」

「……え?」


 アリーヤは、心底不思議な顔で俺を見てくる。……『そう見えますが』って言いたそうだな。

 まったく失礼な。俺をどこからどうみたらそうなるんだ。

 日頃から女体をジロジロ見て、自分の欲望に忠実な俺のどこが?

 ……うん。そうとしか見えないな。むしろ『なんでこいつ一つ屋根の下の美少女に手を出さないんだ』って俺も思うわ。


「ま、まあ、それは良いとして、とりあえず俺は今のところお前を抱くつもりはない」

「で、でも」


 ……ここですっぱり戻りゃいいのに、なぜ自分の部屋に戻らない? 犯されたい願望でもあるのか?


 いや、有り得ねえな。こいつの場合。

 そもそも、身重になる可能性すらあるのに、なぜわざわざ自分から犯されに来たんだ? 自由を渇望しているこいつが、何故自分を束縛するような行動をとる?

 ……むしろ肉体関係を作ることで、自分の身の安全をはかりたい、とか?


「ああ、お前。俺が怖いのか」

「……っ!? そ、そんなこと……!」

「まあ自覚していないのかも知れないが、『そこに確かに有るはずの未知』ってのは、だいたい誰でも怖いものだ」

「…………」


 そういやアリーヤは、俺が刀を渡したときから変だった。いや、その前から少し従順に過ぎたかも知れない。

 ま、主を傷つける可能性があるっつーか、そう宣言している奴隷に自分よりも良い武器を渡す主ってのは、奴隷からしたら訳が分からんだろうな。


「俺が刀を渡した理由は簡単だ。まず、お前が死んで、死体を解析でもされたら、俺の弱点がバレる可能性もある。転じて俺の危険に成り得るんだ」


 よって、早急にアリーヤを強くしなければならない。


「それと、俺はお前が敵対するのは大歓迎なんだ。と、似たようなことを俺はあの日に言ったはずだが?」


 むしろ敵意満々で、俺を殺しに来てくれるとうれしい。

 曲がりなりにも、アリーヤは俺が気に入っている存在なのだから。


「………そうでしたね」

「理解したか?」

「ええ。なんでイノリに体を差し出すなんて、バカな真似をしてるんでしょう私」

「そろそろ寒くなってきただろ、早く布団にくるまれ」

「はいは……い?」


 俺は自分のベッドにスペースを開け、そこを手で軽くたたくジェスチャーをする。

 それを見たアリーヤは、訳が分からないと言った様子で、俺に聞いてくる。


「……私の記憶が確かなら、イノリは私を抱くつもりがない、と言っていたはずですけど?」

「ああ。抱くつもりはない。ちょっと触らせてもらうだけだ」

「はあ?」


 実はアリーヤと話している間に日が落ちたのだ。これからスキル上げが出来る。


「《スキル強奪》で、《性技》というスキルを手に入れてな。一応例外を除いてどのスキルも強化するつもりだから、付き合え」

「お、お断りします!!」

「いやお前俺の下僕だろう。奴隷だろう。いいから従え。命令だ」 

「い、いやぁ……」




 それからしばらく、アリーヤの悲鳴やら別の声やらが小屋に響いたりしたが、詳しくは語らないでおく。


 とりあえず、俺の脳内フォルダが非常に充実したことだけは言っておこう。

 《映像記憶》は便利ですね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る