伊達にジャスティスなside story

「ぁぁぁ……死にてぇ」


 ライジングサン王国のパーティーの馬車の中、私の目の前にいる青年──伊達 正義は、非常にネガティブな事を良いながら分かりやすく落ち込んでいた。

 馬車は狭いのだから、あまりネガティブふりまかないで欲しい。

 もうライジングサン王国のパーティーと、その後のダンジョン対決から丸一日経っているのだが、まだあの一件を引きずっているらしい。

 私は少しため息をついた後で、彼に言った。


「……そろそろ元気だしなさいよ」


 彼は俯かせていた顔を、ゆっくりとあげて私に向ける。


「黙れペチャ子」

「………っはぁ!?」


 慰めようとしたというのにこの仕打ち。許せない。末代まで許してなるものか。

 しかし私は寛大だ。一青年のちゃちな罵倒など受け止めるだけの包容力がある。


「……貧乳は……ステータスなのよ」


 ……言ってから、自傷行為に近いものであると気づいた。

 この台詞を自分で言うことの虚しさったら無い。

 伊達はそんな私の顔を見て、視線を少し下にやって……


「ふっ」


 ……あろうことか鼻で笑いよったぞ、この金髪。

 よろしいならば戦争クリークだ。ミチミチと音を立てていた私の堪忍袋の緒はキレた。いや、私自ら引きちぎった。

 小便は済ませたか?

 神様にお祈りは?

 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?


「あ……合田さん、どうどう」


 少々ドモリながら、横から田中くんが私を抑えてくる。髪がボサッとしている、陰気な男子だ。

 というか、「どうどう」ってなんだ。私は畜生か何かか。


「伊達くんもさ、そろそろ元気になっても良いんじゃない?」

「ふん。お前達に俺の悩みが分かるものか」

「いや『カッコ悪かった』なんて悩み、私は分かりたくもないけど」


 思わず言ってしまったが、仕方のない事だと思う。

 なんとこの男、あの決闘騒ぎの時の自分を思い返すとカッコ悪かったから、という理由で落ち込んでいるのだ。勇者だからなんて理由で無理を通したのが、最高にカッコ悪いとかなんとか。どれだけナルシーなんだ。


「確かに普段の二割り増しで俺様発言かましてたけど、あんた大体いつもあんな感じじゃない」

「いや。いつもの俺はカッコ良い」


 ……その台詞を一切の躊躇なく、真顔で言えるのはもはや賞賛に値する。


 勇者として私たちが召喚されてから一週間、私達はこの三人で異世界の生活を過ごした。

 その中で、私は伊達 正義がその名前に対極で、その名前に相応しいと感じ取っていた。

 多分この人は、本人の言う正義の味方には程遠い存在なのだ。


 しかし私達──合田 光と田中 雄一は、かつてこの男に助けられたのである。




 私達が召喚されてから三日が過ぎていた。

 召喚した国は、グランツ共和国と言う名前であった。グランツ共和国は勇者召喚は行ったものの、私達勇者をあまり良い目で見ていなかった。

 グランツ共和国はもともと、マッカード帝国に媚びを売るために勇者召喚を行ったようなものであった。仕方なく勇者を召喚したものの、勇者自体にほとんどなんの期待も持たず、むしろ邪魔な者達として見ていたのである。

 自分から召喚しておいて、勝手な話だ。

 まあ、共和国が勇者に何か危害を及ぼしたり、勇者の安全が確保されていなかったことが発覚すると、マッカード帝国から良い目で見られないため、私達は最低限の補助は受けていた。


 伊達は『剣術』、私は『光魔法』、田中くんは『ノート』という加護──つまりチートを授かった。


 即戦力となる伊達は、共和国から厚くもてなされた。来る魔王討伐にて、大きな戦果をもたらした勇者の国は、さらにマッカード帝国から恩賞があるらしい。

 また単純に強力な武力を手に入れたということもあり、伊達が厚遇されるのは当然だった。


 田中くんの加護は、『規格外』というものらしい。文献にも、勇者召喚でもたらされる加護に『規格外』があったという。

 『規格外』というのは前例が無いというだけではない。普通、加護を持った勇者は、その時に無意識的に加護の使い方、性質を理解する。

 しかし『規格外』の加護持ちは、ある時突然その性質を理解出来るようになると言う。そのタイミングは予測不可能で、過去には最後まで性質が分からなかった『規格外』の加護持ちである勇者も居たという。

 その上、『規格外』の加護は必ずしも強力ではない。むしろ、戦闘には全く使い物にならなかったり、あるいはピーキーすぎて使い所が難しかったりするらしい。

 確実な戦力になるかもわからず、即戦力にもならない田中くんは、当然のように不遇となった。 


 私の加護、『光魔法』は比較的有りがちな加護だ。名前そのまま、光魔法を自由に使えるようになる加護。

 だけど、私の魔法は回復特化のせいで、共和国から優遇されなかった。

 いや、別に『光魔法』に回復魔法しかないってわけじゃない。光の矢を放ったりとか、いろいろ攻撃魔法はあるし、私も使える。でも、私は使えない振りをしている。

 つまり、加護の問題じゃなくて、私の問題ってわけよ。それが分かっているなら何とかしろと思うかも知れないが、これはもう私の性で、どうしようもないものだから。

 私が言うのもなんだが、回復魔法って結構需要が有ると思うんだ。戦争に私並の回復魔法使いが居たら、それだけで戦況が変わると思う。だが共和国の人達は、それも分からないらしい。なんというか、ね?


 まあそのせいで、勇者三人の中でも伊達と私達二人で格差がついてしまったわけ。納得行かないけど、田中くんは陰気で弱気だし、私も攻撃なんてできっこないから、騎士団の武力に抑えつけられ、従うしかなかった。

 なお、この時伊達は私達を召喚した神官さんに夢中である。女神はどこ行ったのか、つっこみたい。


 三日目となると、私達の扱いの酷さは露骨になった。やたらと絡まれるし、馬鹿にされるし、食事も残飯みたいになってるし、ついには暴行まで加えられた。

 さすがにそのころになると伊達も異常に気づいたようで、神官さんや共和国の幹部に訴えたようだが……


「勇者様、彼らに戦う力はございません。そんな彼らを戦場で戦わせるなど、無駄死にも良いところ。そうなれば彼らは余りにも不幸です。優遇すれば、彼らは戦う義務が出てきます。それを防ぐためにも、彼らの待遇を酷くする必要があるのです」


 という様なことを、オブラートに包んで神官さんが言ったらしい。屁理屈も良いところだ。

 神官さんも、全部ひっくるめてグルだったってわけ。特に神官さんは、私という異世界人が神の魔法である光魔法を使えることが気に入らなかったらしい。

 喚んどいて本当に勝手な事ね。

 ついでにプロポーズ紛いのことを伊達に言うとは、リリーさんもなんとも腹黒いものである。

 んでもって、続く会話がこんな感じだった。あ、リリーってのは神官さんの名前ね。


「……リリー? そのためには暴力もしょうがないと? あんたは何とも思わないんすか?」

「彼女らに同情はします。しかし、この世界にはもっと不幸な人間がいる。そのためにマサヨシ様は、振り返ることなく前に進み、その正義で世界を救う……」




「上辺だけの言葉は飽きた。リリー、俺はテメェ自身に聞いてんだよ」


 その時、私を含めたその場にいる全員が、伊達の空気が変わったのを感じた。


「……え、えぇ。なぜならマサヨシ様は……」

「そうか。それがあんたの答えか。……だったらもう迷わねえ」


 伊達はぎらついた笑みを浮かべながら、帯剣していた訓練用の刃引きされた剣を抜いた。


「け、剣を……? マサヨシ様!?」

「多少待遇が違うくらいなら、俺も『気に入らねえ』としか思わねえよ。だがな、例えどんな理由や屁理屈が有ろうと、無抵抗の少女に暴行加えるなんて真似は、正義じゃねえしカッコわりぃ」


 驚く私達を前に、伊達はズンズンとリリーに近づく。

 それを遮るように、間に鎧を着込んだ騎士達が並ぶ。


「勇者殿。いくらあなたであろうと、やって良いことと悪いことが……」

「どけよ。邪魔だ。『やって良いことと悪いことがある?』……馬鹿言え。俺にはやって良いことしかねえ」

「マサヨシ様! 止まりなさい! そこから一歩でも進めば……」


 リリーの静止も無視して、伊達は前進する。

 いい加減無視できない距離になり、リリーの周りに控えていた騎士達が剣を抜いて、彼を包囲する。


「ちょ、馬鹿! やめなさいよ!」


 私はようやく声を上げた。いくら伊達が『剣術』の加護を持っていようと、生身の騎士五人と渡り合える程度。それがあの時はは二十を超える騎士に包囲されていた。

 しかも全員「魔動鎧」を着て、魔剣を装備しているのだ。これらがあるのと無いのとでは、全く強さが違った。彼らに訓練用の剣で挑むなど、私から見ても無謀としか思えない状況だ。


「勇者殿は、強き力を得て助長しているようだ。慢心しておられる。まずは、自らの立場という物を認識する事が必要ですぞ? いくら『剣術』の加護を持っていようと、この数に勝てるはずがない」


 包囲が完成すると同時に、騎士団長が笑みを浮かべながら伊達に忠告した。

 しかし伊達は立ち止まりはしたものの、一切の動揺も躊躇も見せることなく──むしろその獰猛な笑みを深くした。


「助長、ねぇ……人数で上回ったからといって、調子に乗っているのはどこの誰だ? 立場ってのをちゃんとわきまえさせる必要がありそうだ」

「貴様……!」

「ちょっと!」


 煽るような伊達の発言に騎士団長は激昂し、私は狼狽した。なんだかんだいって私は荒事に慣れていないし、性根はビビリなのだ。


「それに……」


 今にも襲いかかりそうな騎士達を前に、伊達はなおも言葉を繋ぐ。


「誰が今まで『加護を使ってる』って言ったんだよ」




 ──そこからはもう、彼の独壇場であった。

 簡単な話だ。伊達はこの世界に来てから、加護ではなくもともと持っていた剣の技術のみをふるっていただけだったのだ。つまり、素で騎士五人を相手できるほどの達人だったのである。

 そんな彼が、剣術に精通した彼が、『剣術』の加護を使用したらどうなるか。


 繰り広げられるのは、蹂躙。その一言に尽きた。


 袋叩きにしようとすれば、尽く剣を弾かれ、鎧のない部分に攻撃されて意識を失う。突撃すればいなされ転がされ、魔法を使えばかわされる。

 素人目に見ても、伊達の剣は舞のようには見えなかった。そんな華やかさは無く、愚直で、野蛮で、洗練されていて、鋭利だった。より効率的に敵を殺すことを突き詰めたような剣捌き。それは一つの極致としての美しさすら持っていた。そして同時に、目を奪われるどころか目を背けたくなるほど、残虐であった。


 数分後にはもう、無傷の伊達の周りには、立っている騎士は居なかった。

 伊達は壁の隅でへたり込んでいる神官……リリーさんに近づき、その顔の真横に、ドカッと大きな音を立てるようにして壁を蹴った。


「ひっ」


 リリーさんが小さく悲鳴を漏らす。

 勇者になってから私達の身体能力は化け物並に向上しており、そんな脚力で蹴ったためか、彼が蹴った壁にヒビが入る。


「いいか、リリー。俺たちは勇者だ。てめぇらの勝手で呼び出されて、てめぇらにお願いされて、てめぇらのために魔王を倒しに命を懸ける勇者だ」


 伊達はまじまじとリリーさんを睨みながら言う。


「お願いした立場なら、それ相応の対応しろや。餓鬼でも分かる簡単な仁義くらい通せ。……わかったな?」


 リリーさんは体を縮めて震えることしか出来ない。目の前に伊達がいるから、逃げ場もない。

 その様子に、伊達はまたリリーさんの顔の横、部屋の壁を思い切り蹴る。


「ひうっ」


 リリーさんはまた悲鳴を上げた。彼女の声は震えており、顔色も悪く、涙目にすらなっていた。

 彼女のスカートのあたりに濡れたような染みがあることから、彼女が粗相をしたことは分かる。


「っ……」


 ドカッと言う音と共に、再び壁が伊達に蹴られる。壁に入ったヒビは、ますます大きくなっていた。

 縮みあがってもう声すら出ないリリーさんに、伊達は顔を近づけて小さい声で言った。


「……聞かれたら返事くらいしろや。『分かったか?』」


 リリーさんはコクコクとあかべこの如く首を縦に振る。伊達はしばらく彼女を見下ろして、まあいい、とだけ言って踵を返した。


「ん? 2人ともどうした?」


 萎縮している私達を見て、伊達が言った。そんなこと尋ねられても、田中くんは震えて動けてなかった。

 私も心底ビビっていて、かつ『無抵抗な女の子に精神的攻撃を加えるのはありなのか』とか『どう見てもカタギじゃない』とかツッコミで忙しかったから、返事をすることが出来なかった。


 ともかく、あの時に私達が伊達に助けられたことは、事実なのだ。


 後日、伊達がガチで裏の世界の人間だったことを聞いて、田中くんと二人して驚くどころか妙に納得してしまったのは、別の話。






 キキィッ、と軋む音を立てて、私たちを乗せた馬車が急に止まった。

 結果として、数日前の回想に浸っていた私も現実に引き戻される。


「何かあったのか?」


 同乗していた護衛の一人が御者に聞く。


「その、突然に子供が飛び出してきまして……」

「子供?」


 こんな山道で? とも思ったが、近くに村があったことを思い出し、そう不思議なことでもないと考え直す。


 とりあえず私達は馬車の中から出て、様子を見てみる。

 確かに、十メートル先に、小さい人影があった。


「女の子?」


 田中くんが小さく呟いた通り、その十歳程の少女は、くすんだ銀髪に赤い目、ボロい服をまとっており、そしてその頭には、小さな角が生えていた。

 私達がその容姿に驚いていると、道の横の茂みから音を立てて、2人の男が街道に出てきた。


「チッ、ようやく見つけたぜ。手間とらせやがって……」

「こんのコソ泥が」

「────!」


 男2人は、私達に気づいた様子もなく少女に詰め寄る。二人とも肩に斧を担いでおり、剣呑な空気が漂っていた。


「おい、てめぇら何してる」


 伊達が率先して彼らを止めに入る。

 男2人はようやく私たちに気づき、不機嫌そうに言った。


「誰だおめぇら……関係無いやつぁすっこんでろ」

「そう言うわけにも行かねぇよ。てめぇらコイツに何するつもりだ?」

「それがおめぇに関係あんのか?」


 ぱっと見、チンピラ同士の諍いである。


「大有りだ。もしコイツをいたぶろうとするんなら、ほっとけねぇよ」

「なんだ? 知り合いか?」

「いや」


 伊達がそう言ったのを聞くと、男は呆れたような表情を浮かべる。


「ハッ……なんだおめぇ、正義の味方気取りか?」

「だからなんだ」

「正義なんて言うがな、こっちにゃ正当な理由があるんだぜ? なぁ?」


 伊達と話していた男が、もう一人の男に聞いた。


「あぁ……コイツが俺の店からくすねやがってな。落とし前を付けさせるところだ」


 確かに、よく見てみると彼女の腕の中にリンゴが一つ抱えられている。


「落とし前?」

「あぁ。本当は殺してやりてぇ所だが、腕二本で勘弁してやる」

「………!?」


 少女が言葉にならない声を上げて、自分の腕を抱く。


「……たったリンゴ一つで、おとなげねぇな」

「ハン……良いとこ坊ちゃんには分かんねえだろうが、この辺じゃリンゴは採れんから、リンゴはかなり高価なんだよ。その上コイツは今回だけじゃねぇ。何度も俺の店から盗んでやがる。到底無傷で許しちゃおけねぇな」

「それに人間じゃねえ。魔族だ。魔族に慈悲なんてやる必要はねぇだろ」


 その男の言葉通りだった。少女の頭に生えている角、それは彼女が魔族である何よりの証拠であった。

 何か言い返そうとしている伊達に向けて、私は言う。


「ねぇ、伊達。今回はあっちが正しいわ。それに、この子が魔族なら、わざわざ助ける必要もないでしょ?」

「は? お前ら何を……」

「そ、そうだと思うよ? 盗んだこ、この子が悪いんだし……」


 私の言葉に伊達が言い返す前に、田中が便乗する。

 確かにこの少女が人間だったら、私も助けようと思ったかも知れないが、この子は敵対している魔族だ。頭に角があるって言うのが、心底気持ち悪い。

 本当はこの場で殺しても可笑しくない位なのに、両腕だけで済ませようと言うのは、男たちの優しさだと思う。強面のくせに優しいとは、ギャップ萌でも狙っているのか。

 私達の言葉に、男は二人して頷く。


「つー訳だ。分かったらさっさと帰んな」

「───! ────!」

「チッ、うるせえなコイツ。さっさと黙らすか」

「ほら、伊達。さっさと馬車に乗りましょう」


 私が伊達に言っても、彼は帰ろうとはしなかった。

 私達に何か言いたそうにしていたが、言葉を飲み込むようにして少女の方を向き──


 ──少女と男の間に立ちふさがった。


「だ、伊達!?」

「あぁん? ふざけてんのかおめぇ」

「ふざけてねぇよ。こっちは正義を貫くだけだ」

「正義だぁ? 俺達ゃなんも間違ってねぇよ。この場にいる誰も、おめぇのやってることが正義なんて思ってねぇ」


 もう一人の男が頷き、御者が頷き、護衛が頷き、私達二人も頷いた。この男達は態度こそ悪いし、強面で野蛮で粗野だが、間違ったことはしていない。

 むしろ魔族の少女を庇おうとする、伊達が異常なのだ。


「こちとら続く不作でひもじい生活してんだよ。リンゴ一個でさえ、盗みを許す余裕はねぇんだ。おめぇが正義の味方だってなら、俺たちを救ってみろよ」



「ハッ……うるせぇよ」


 しかしこの状況下で、伊達は不敵に笑う。

 そうだ。こいつはこういう奴なのだ。周りがどう思おうが、本当の正義がなんなのかとか、関係無い。


「いいからコイツに危害を加えるのはやめろって言ってんだ。てめぇらがどうとか、関係無ぇ。例えどんな理由や屁理屈が有ろうと、無抵抗の少女に暴行加えようなんて真似は、正義じゃねぇしカッコ悪ぃ」


 彼にとって、周りが何を正義とするかなんて、一切興味が無いのだから。我々外野がなんと言おうと、彼は行動を止めない。


「オイコラ、いい加減にしろよおめぇ。痛い目見ねぇと分からねえか、偽善者め」

「言ってろ」


 伊達はゆっくりと、腰に携えた鞘から、自身の剣を抜く。


「こちとら伊達に正義やってんだ。文句ある奴からかかってこい。全部たたっ斬ってやる」


 伊達は、カッコいいからと言う単純な理由で正義を貫く。


 伊達にファッションで正義を振りかざす、それが伊達だて 正義まさよしという男なのだ。












「で、どうするの? この魔族の子」


 男二人は案の定、伊達にボコボコにされた。さすがに伊達も殺すまではやらなかったようだ。

 そして、今私達の馬車の中には、例の魔族の少女がいる。


「魔族ってのはこの国には居ない事になってんだろ? だったら角を隠して、俺が引き取る」

「ゆ、勇者殿!?」


 護衛の一人が思わず声を上げた。

 無理もない。伊達が魔族を引き取るという事は、それすなわち共和国の中枢に魔族が入り込むことを意味するからだ。


「大丈夫だ。こいつの監視は俺がやる。下手な真似はさせん」

「し、しかし……」

「なんだ? まだ文句があるのか? 俺は勇者だぞ?」

「ひっ」


 あの時・・・の光景は、伊達に倒された騎士や、近くでみていた護衛、貴族達の記憶に深く刻み込まれたらしい。

 特に、伊達の「俺は勇者だ」という言葉に過敏に反応するほどトラウマになっているのだ。

 さっきの男二人との騒動の時も、伊達は護衛をその言葉で黙らせていた。

 とりあえず私は、私が思った疑問を口に出す。


「あんたに少女の世話とかデリケートな事出来んの? 周りも関わるの嫌だろうし、そもそもこの子、あんた以外に懐いていないし」


 魔族の少女は、先程からずっと伊達にしがみついて離れない。伊達以外の人物が近づくと、ビクッとした後で伊達の後ろに回り込むのだ。


「……出来るだけやって見るが、アドバイスくれ」

「はぁ……」


 あぁ、また面倒な事になってしまった。

 まあ人に頼まれたら、良い顔はしないものの結局引き受けてしまうのが私なのだが。


「じゃあコイツを…………いつまでも『コイツ』って言うのもな……。なあ、お前の名前は何だ?」


 伊達は少女の顔を覗き込みながら聞く。

 というか、出会ったときから喋っていないが、言葉は通じるのだろうか。いや、そもそも喋れるのだろうか。


「……アイ」


 要らぬ危惧だったようだ。


「アイ、か。短くて覚えやすい。良い名前だ」


 伊達はそう言いながら、少女の髪を撫でる。……というかそれは褒めているのだろうか?

 少女は気持ちよさそうに目を細めた後、伊達に向かって少し笑いながら言った。


「……あり、がと」

「ん、おぉ?」

「……まだ、お礼、いってなかった」


 その微笑みは私から見ても愛らしく見えて、それを間近で見た伊達は驚いた表情で頬を染めて……


「……………か、かわいい……」


 あ、コイツ惚れたな。


 本当に伊達は惚れっぽい。女神とやらに惚れている中、神官リリーにも惚れ、そして今アイにも惚れた。

 典型的な浮気性の類だ。絶対に女の子はこういうのに引っかかってはいけません。いくら外面が良くてもね。

 とりあえず伊達の名前は私のブラックリストに入れておこう。


 たまにこっちがビビるほど怖いが、馬鹿だし単純だし惚れっぽいしと、どうも怖い人間だとは思えない。

 私は、こいつにそう感じたのだった。







 後日に共和国首都に帰ると、神官さんことリリーが被虐趣味ヘンタイに目覚めていたというのも、それもまた別の話である。


 

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