やっとこさエピローグ
最初の「精神干渉魔法」は布石であった。
《陣の魔眼》の特徴として、魔眼発動と魔法陣形成、そして魔法発動に殆どタイムラグが存在しないという物がある。
しかし精神干渉魔法陣は、対象の視界に映して催眠術のように精神干渉する性質故、魔法発動から対象に効果が現れるまでにタイムラグが存在する。
対して召喚魔法陣は、その派手なエフェクトに比例せず、発動と召喚の間にタイムラグが存在しない。
祈里はこの時間差を利用したのである。
「祈里の左目が光ると、魔法陣が作られる」ことと「魔法陣形成と効果発動にタイムラグがある」ことを、一度目の「精神干渉魔法」で知ったイージアナは、「祈里の左目が光ったら、形成された魔法陣を斬ればいい」という結論に達する。
イージアナは二度目の魔眼発動の時も同じように動いた。しかし召喚魔法陣にタイムラグは存在しない。
地面を這うように水平に展開された魔法陣を斬ろうとしたイージアナは、結果として転移してきた祈里の足元の地面を斬るだけとなったのである。
イージアナは絶斬之太刀の軌道を祈里の方向へずらそうとする。だが、速く振ることのみに集中した刀は、そう易々と止まらなかった。
その間に祈里は、イージアナの右手を左手で掴んで動きを止めた。
「くっ……」
イージアナは右手を封じられたことに、僅かに呻いた。
祈里は右手の指の間に闇鉄のダガーナイフを握り、イージアナに向けて突き出す。
避けようと上体を逸らすが、右手を掴まれていることによりイージアナの体勢が崩れる。
足は踏ん張りが効かず、右手は封じられ、この体勢ではミスリル剣が届く前に、祈里のナイフが届いてしまう。
(──エア・ハンマー……!)
イージアナは風属性の攻撃魔法を自らの左手に向けて放った。
圧縮された空気により、左腕が爆発的な推進力を得る。
極端な負荷がかかったイージアナの肘関節が、ミシミシと軋む音を立てた。
左腕とミスリル剣が肩を中心に回り、イージアナはその勢いを利用して、祈里の心臓を右手ごと斬ろうとする。
ここでイージアナが反撃に転じるのは祈里の予想外であった。
だが、祈里はその剣をあくまで冷静に睨む。
(心臓からは逸らす……!)
腕をそのまま真っ二つに切り裂き、心臓を破壊せんと言う軌道。
祈里は攻撃を中止し、ナイフを捨てつつ剣に向けて右腕を伸ばす。
中指と薬指の間を広げ、祈里は二本の指でミスリル剣を挟み込むように迎えた。
「「ォ オ オ オ オ ッ!」」
極度の集中により、二人の間に流れる時間が遅くなったように錯覚された。
イージアナの剣は、祈里の手骨を砕きながら右掌を斬り進む。
斬撃が手首の靱帯を断ち切る。
尺骨と橈骨で剣の軌道を誘導するように、祈里は徐々に前腕をずらして肘を上に向けた。
骨間膜と黒血のワイシャツを引き裂き、数多の筋繊維を破壊しながら、剣は尚も勢いを止めない。
僅かに軌道をずらされたミスリル剣は、祈里の肘の少し手前で橈骨をへし折って空中へ飛び出た。
そのまま勢いを止めない剣は三角筋を少し削り──
──祈里の首を、斬りとばした。
握力を失ったイージアナの左手からこぼれた純ミスリル剣が、勢いを保存して離れたところへ飛んでいく。
頭を失った祈里の体が、右腕全体と首から血をあふれさせながら、ガクンと膝をついた後に地面に倒れ伏した。
「くっ……」
イージアナの、感知のために広げていた魔力が霧散する。イージアナは純ミスリル剣の補助を受けて、魔力を展開していたのだ。イージアナの魔力操作技術をもってしても、自身の力のみで魔力を展開し続けるのは困難であった。
魔力の展開は術式を伴う魔法等ではなく、むしろ魔力操作技術の延長であり、それが困難の由縁であった。
まだフェンリルが攻撃してくることを警戒して、イージアナは再び魔力を強引に展開する。
『ゥゥゥアルジィィィイイイイッ!!』
直後に背後から跳躍してきたフェンリルの方を向き、絶斬之太刀でその巨躯に深く斬り込んだ。
『グラァァアァァァッッ……』
フェンリルは断末魔を天に吠えた。
死体が黒い液体のように溶け出して消えたのを確認してから、イージアナは息を吐き出して膝をつく。
「カハッ、……ハァ……ハァ……」
即席で展開した魔力も霧散し、イージアナの魔力は殆ど枯渇状態に陥った。
純ミスリル剣があれば、展開した魔力を自分の身に戻す事も可能であるが、補助具もなにも無い身では、魔力が霧散することを止める術はなかったのである。
イージアナは息を荒げながら、地面に転がっている祈里の首を見やった。
魔族の弱点はミスリルである。いかに再生力が高かろうと、ミスリルの剣で心臓を破壊するか首をかっ斬れば、死ぬ。
使い物にならない左手を抑えて立ち上がり、イージアナはフラフラと祈里の首に近寄る。国のために躊躇うことなく殺すが、イージアナは人間だ。いかに人を殺していようと、かつての教え子を殺したことに何の感傷も無いなんて事はなかった。
イージアナは右腕で祈里の首を抱きかかえ、右手でその瞼をそっと閉じさせた。
「行かなければ……」
イージアナはそう言いながら、王城を向いた。
瞬間、僅かな風の音をイージアナの耳は捉えた。
振り向いたところでイージアナの視界に映った物は、先程まで地面に倒れ伏していた、祈里の胴体であった。
「──なっ」
祈里の体は風を切り、恐ろしい速度でイージアナに迫る。
──頭など、ただの飾りだ──
イージアナは絶斬之太刀を構えようとするが、抱きかかえた首が邪魔で思うように動かない。
その間に祈里の体は空中で姿勢を変え、跳び蹴りをイージアナの腹に食い込ませた。
「────ッんグゥ!?」
《跳躍 Lv.10》と《跳び蹴り Lv.10》の、祈里のスキルの中でも最強と言えるコンボである。
イージアナの体はくの字に折れ曲がり、そのまま訓練場の壁に激突するまで吹き飛ばされた。
祈里はすぐに二本のナイフを投擲する。一本はイージアナの手の腱を切断する。
「くっ……!」
握力を失って緩んだ掌から落ちた絶斬之太刀を、さらにもう一本のナイフが跳ね飛ばした。
祈里はイージアナの腕の中からこぼれて空中に飛んだ頭を掴み、自分の首に押し付けた。
切断面から血が生き物のように蠢き、首を再生する。
「あー、あー、うむ。問題なし」
首を回して確認した祈里は、そのままイージアナの下に歩み寄る。
「ば、馬鹿な……。確かにミスリル剣で斬ったはず……そうでなくても、首を失って生きていられる訳がない……」
「あぁ、案外大丈夫だったな」
吸血鬼にとって脳があまり重要ではないと、祈里はある程度予想していた。
フェンリルとの戦いの際、祈里は一度頭に結晶を撃ち込まれたことがある。その時確実に脳の一部は破壊されていたというのに、祈里は意識を失うこともなく、体の制御を誤る事もなく行動出来た。
この事から、祈里は脳が破壊されても吸血鬼として行動する事が可能だと考えていたのである。
だが勿論確証が有ったわけではないし、新しく脳が再生された時、それが自分自身であるという保証もなかった。
今回祈里は意図的に再生を遅らせることが出来た。初めての試みであったが、意識すれば時間差を作ることが出来たのである。
(それに、頭が飛んでも俺の意識は
「それにどうやら、俺の体にミスリルは効かないらしい」
「…………」
これまでこの世界の吸血鬼の弱点と、祈里の弱点には相違があった。しかし、心臓が弱点であり、心臓を破壊されると死ぬと言うことは変わりがないと、祈里は確信した。
少しの間祈里を並んだイージアナは、深くため息をついて言った。
「……私の負け、か……」
「……」
祈里はなにも返事をしなかった。祈里がこうやって生き残っているのは、ただの偶然に近い。
実際祈里のまともな戦闘経験はフェンリルのみである。対人戦はこれが初めてといっても良い。足りない戦闘経験とセンスを、数あるチートとその動体視力、そして戦法と対応力で補っていたが、まだ足りないと祈里は自覚した。
(だが、生き残った方が勝ちだって言うなら、勝ちは勝ちだ)
祈里はとりあえず反省を後にして、イージアナに向き合う。
「もうあんたのMPは殆ど無い。鎧による身体強化も、感知も攻撃も不可能だ」
「ああ……そうだな。立ち上がる力すらない。……それで、これから私をどうするんだ? このまま殺すか?」
イージアナは力なく笑いながら言う。
「それとも拉致するか? この場で犯して捨てるか? 拷問と言うのもあるか?」
祈里は、イージアナを下僕にして連れて行くという選択肢を除いた。彼女が国を捨てて祈里につくことは有り得ないだろうし、国を捨てた時点で、祈里はイージアナに対する興味を失うことだろう。それは意味がなかった。
「いや……メリットがないし、そんな趣味はない」
「……だろうな。お前になら、別に構わんのだが」
イージアナの言葉に、祈里は少々驚いた。
「『くっ……そのような屈辱を受けるなら、この場で殺せ!』とか言いそうなものだが」
「……それは誰が言ったんだ……。まあ、簡単に言えば時間稼ぎだな」
「……救援のあてはあるのか?」
「いや。だが、都合よくここでヒーローが助けに来る、なんて妄想をしても良いだろう? 往生際が悪いだけさ。私はまだ国を諦められない」
自身も二回目の召喚の際同じように考えていたため、祈里は少々共感を覚えた。
だが残り時間がそう無いことを思い出し、イージアナの前にしゃがむ。
「無謀な時間稼ぎにつき合うつもりはない。ここで殺す」
祈里はイージアナの肩に手を置き、口を開ける。
口からのぞく鋭利な牙を見たとき、イージアナは驚いて口に出した。
「吸血鬼、だったのか」
「ああ。これから俺がすることも分かるだろ?」
祈里はそのまま、イージアナの首筋に自分の牙を突き立てた。
地下室に足音が響く。
牢屋の中にいる勇者三人は動いていないため、第三者が入ってきたことは明白だった。
「……誰? 団長さん?」
珠希が未だ姿が見えない足音の主に問いかける。しかしその人物からの返答はない。
先程からしゃがみ込んでいる葵は、その顔を少し上げて牢の外を見る。
ようやくその人物は地下牢の正面に来た。地下室の薄明かりに照らされた姿は、勇者三人がよく知っている人物だった。
見慣れない真っ黒なワイシャツを着て眼帯を外しているが、その顔を見間違えることはなかった。
「……祈里?」
龍斗は呆然とした顔で呟いた。
「あぁ、龍斗。酷い有様だな」
祈里は何事もないように、三人を見回して言う。
その様子に、龍斗はさらに問いかける。
「ま、まさか、助けに来てくれたのか……?」
「っていうか、祈里! 無事だったの!? 怪我とかしてない!?」
「……心配、した」
珠希は牢の檻を握り、檻越しに祈里に詰め寄る。葵は少しほっとしたように、顔をゆるめた。
その様子に、祈里は少しため息をつく。
「まず自分の心配をしろよ……。龍斗よりもお前等の方がよっぽどお人好しだ……」
祈里は影空間から一つの魔動具を取り出し、牢屋の扉の近くにある鍵に近づけた。
ガシャン、と音をたてる扉。祈里が軽くその檻をつかむと、あっけなくアダマンタイト製の扉は開いた。
「え!? な、なにしたの?」
「魔法を使わないでも牢屋を開けられる道具だ。騎士団長に
三人は戸惑いながら、祈里の言葉通り牢屋の外にでる。
「本当に……助けてくれるのか?」
龍斗の言葉に、祈里は少し笑って頷いた。
「まあ、
「え?」
祈里の左目が黄色く光り、珠希の眼前に魔法陣が出現する。
「ぇあ?」
一瞬の後、珠希の目の焦点が合わなくなり、顔の筋肉がだらりと弛緩した。
「た、珠希……?」
龍斗は珠希を見て呆然とする。未だに事態を把握できてはいない。
その間に祈里は葵の方を向いた。葵は即座に自分と祈里の間に結界を作る。
「良い反応だ。でも意味がない」
祈里は再び《陣の魔眼》を発動した。魔法を封じる結界を易々と通過し、精神干渉魔法が葵を催眠状態にする。
「い、祈里!? 何を……」
「お前は遅いな」
祈里に対して身構えた龍斗に、祈里は一瞬で近づく。その両手を握ることで動きを封じ、三回目の《陣の魔眼》を発動した。
「くっ……な、何を……!?」
「……ほう」
龍斗は完全には催眠状態には陥っていなかった。
「両手を上げろ」
「う、うぁ!?」
龍斗の両手が祈里の言葉通りに上がる。祈里は顎に手を当てて考えた。
「ふむ。意識を催眠状態にする事は出来なかったが、行動は制限できるのか」
おそらく龍斗の意識が半端に抵抗した結果だと、祈里は推測する。しかし、少なくとも祈里から見て、龍斗の精神は強いようには見えなかった。
(……いやそれとも、まだ自分の本性に気づいていないのか……?)
「く、くそ」
龍斗の声に、祈里はとりあえず思考を止める。まずは完璧に催眠状態に出来なかった龍斗を、どのようにコントロールすればいいかを考えるべきであった。
(催眠状態は、俺が解かなければ解けない。なら、行動を制限する今の状態を永続的にすればいい)
そう結論づけた祈里は、まず葵に向けて命令した。
「葵。この地下室全体に、炎を通さない結界を張れ。全力でな」
コクンと頷いた葵は、言われたように結界を張る。祈里は《探知》で結界が張られたことを確認し、次に珠希の方を向く。
「次だ。珠希、まずこれを持て」
祈里が珠希に渡したのは、火属性魔法に特化した補助具である杖だった。
中に魔導回路が仕込まれており、練習用のただの杖は魔法の効率の上昇幅が桁違いである。
「小規模な魔法で効果を試せ」
魔導杖を受け取った珠希は、祈里の言うとおりに魔法を試す。彼女の広げた手のひらに、比較的大きな火の玉が出来た。
「効果の程は試せたな。じゃあ、お前の全力を使ってこの城を丸ごと、人間の死体の原型を破壊するほどの火力で、焼き尽くすことは可能か?」
祈里の問いかけに、催眠状態の珠希はしばし考えた後、頷いた。
「よし、じゃあ出来る限りの高火力で、この城を丸ごと炎で焼け」
「な……!?」
龍斗の驚きの声を外に、珠希は命令通りに淡々と術式を組み立てる。その構造は巨大かつ複雑で、術式構築完了まで比較的長い時間を要した。
術式完成後、躊躇い無く珠希は魔法を発動する。
一拍を置いて、城全体が石畳が赤熱するほど高火力な豪火で包まれた。
青色や赤色の炎は城の壁を撫で、木材を灰と化しガラスを溶けさせ、仕込まれていたあらゆる魔術回路を破壊する。
その熱量は、結界で保護されているはずの地下室に僅かな暖かみを生むほどであった。
(これが、勇者の
城を圧倒的火力で包んだ珠希の魔法もさることながら、それを補助具無しでなんとか防いでいる葵の結界術にも、祈里は舌を巻いた。
千里眼で外の様子を確認した祈里は、地面に倒れている珠希を見やる。持てる魔力を使い果たした珠希は、激しい魔力欠乏症により、魔法発動と同時に意識を手放したのである。
「じゃあ、
祈里は未だに意識を保っている二人に言った。葵は催眠状態にあるため、トロンとした目で祈里を見つめ、龍斗は唇を噛んで祈里を睨みつけている。
「まず、宰相と騎士団長がクーデターを実行、国王と女王を殺害した。その後騎士団を動員して城内を制圧、城内に残っていた人間を使用人貴族含め虐殺。勇者三人は騎士団長により無力化され、この地下牢に閉じ込められた」
ここまでは龍斗も知っている内容だった。
「その後、騒動にほとんど関係の無い一匹の魔族が乱入。その魔族はたまたま一人でいた騎士団長に、脅迫を持って結婚を申し込むが、騎士団長は断固として拒絶。怒った魔族は騎士団長を殺害し、王城を魔法によって蒸し焼きにした」
龍斗は祈里の言葉に目を見開いた。魔族の乱入よりも、騎士団長を殺すことが出来る人物がいたことに驚いた。自分が加護を用いても全く歯が立たなかった相手に、である。
「でもって、人類最強たる騎士団長を殺害した魔族は、自信過剰になり、地下牢に閉じこめられていた勇者三人を牢から外に出し、名乗るわけだ。『俺が新たなる魔王だ』とな」
祈里は喋りながらアダマンタイト製の檻に近づく。檻を右手で掴んだ祈里は、《武器錬成》をつかってアダマンタイト製の針を量産した。
結果として、アダマンタイトの檻は砂のような音を立てて崩れていった。
「その魔王を名乗った魔族が、俺だ」
アダマンタイト製の檻に、ヒト一人が通れるほどの穴が出来た。ザラザラと崩れる金属針を背景に、祈里は2人に言う。
困惑のために、龍斗は開いた口がふさがらなかった。
祈里はアダマンタイトの檻を《武器錬成》の素材として扱えるかが分からなかったため、念のため鍵を持ってきたのだが、要らぬ用意だったようである。
だが、2人の様子を見るに、《武器錬成》を初めから使っていたら警戒されただろう事を考え、結果オーライだと祈里は判断した。
「また『これは新しい魔王である我からの宣戦布告である。勇者ども、真なる敵は今の魔王ではなく、我だと思え』…そう言って魔族は立ち去った。葵が結界を張ったため、この地下室は無事だった」
(後の懸念は珠希の魔力欠乏症だが……これは時間が解決してくれる筈だ。一日二日じゃ完全に回復しなくとも、ある程度は回復出来るはず……)
祈里は龍斗に近づいて、言う。
「いいか、これが『真実』だ。おそらく勇者軍の中心であるマッカード帝国が、数日後にお前達を助けて事情を聞き出してくる。そのときはこの『真実』を答えろ」
祈里の言葉に、龍斗は反抗的ににらみつける。祈里はそれを冷たく見下ろす。
「もしかしたら催眠状態が後々解ける可能性がある。そん時は、別に言いたいことを言えばいい。だが……」
祈里は龍斗の耳元に口を近づけて、威圧的に囁いた。
「『城内の騎士達を焼いたのは珠希だ』と、お前は言えるか?」
「!?」
体を硬直させ、目を見開く龍斗をよそに、祈里は続ける。
「珠希は図太いようで、こと他人に関しては優しすぎる人間だ。例え俺に操られてやったことでも、自分が騎士達を皆殺しにしたという罪を背負うだろう。背負ってしまう。その時、珠希は重い罪潰されずに済むのか?」
祈里の言葉に龍斗は歯を軋ませた。
「そこだけ嘘で繕おうとしても無駄だぜ? マッカード帝国には、嘘発見機のような
「そ、それならお前は……」
「俺は問題ないのさ。お前が語るのは、『真実』だからな」
祈里は少し笑いながら言った。
「他にも事情聴取されそうな事柄に対する返事を決めておく。そのときはその返事のみを答えろ」
「さて……」
一通り珠希と葵の記憶を操作し、龍斗に命令を行うと、祈里は一息ついて天井を仰いだ。
(この地下室の扉は堅く閉ざされている。そのため換気口があると思っていたが、とりあえず見つけられたな)
祈里は自分の左手のグローブの甲に刻まれた召喚魔法陣を見て、《陣の魔眼》のストックを変更する。
「では俺は帰るとするよ。命令、しっかり守れよ」
「はい」「……くそっ」
葵は無機質な返答をし、龍斗は忌々しげな呟きを返した。
その様子を興味なさげに眺めた祈里は、換気口の先に《陣の魔眼》の召喚魔法陣で転移し、地下室から脱出しようとした。
寸前で、祈里は振り返って言った。
「そうだ、この捨て台詞を忘れていたよ。『これは新しい魔王である我からの宣戦布告である。勇者ども、真なる敵は今の魔王ではなく、我だと思え』」
祈里の体は黄色い光に包まれ、次の瞬間には地下室から姿を消した。
──この日ライジングサン王国は、日の出とともに滅亡した──
少し白み始めた夜空に、橙の色の大きな炎が凄まじい煙を立てながら燃えている。
その強烈な明かりに、王都はうっすらと照らされる。早起きな住民は、火が上がっている王城を見て騒いでいるようだ。喧騒が崖の上のここまで聞こえてくる。
あの火力で焼かれれば、この世界の技術では王城の中の死体は全て身元不明になるだろう。その死体が血を吸われていたなんて事も、
誰が騎士で、誰が貴族で、誰が王女だったかも全く分からないはずだ。王族が生きている可能性は殆ど無いと考えるだろう。書類も全部焼かれているだろうし、他国や他の領地の人間が、騎士団の詳しい内部事情、つまり何人いるかなんて事も知るわけがない。よって死体が幾つか消えていようと誤差の範囲、いや、そもそも気づかれない可能性すらある。
同様に、書庫の本棚も木製だからよく燃えていることだろう。炭と灰ばかりで、まさか半数が盗まれているなんて事も分かるはずがない。他国の王城の蔵書量なんて、騎士団の人数以上に知られていないだろうからな。
密偵かなんかのネットワークで、この国の王城が燃えたことは直ぐに知らされるだろう。すると、勇者の安否を確認するという目的でまずマッカード王国が調査を始める。あの地下牢がある部屋への道は、別に隠されていた訳でも無かったから、見つかるのは間違いない。
龍斗達が救出された後、マッカード王国はまずあいつらの安全を確認した後、何があったかを龍斗達に確認する。そして龍斗から『真実』を聞いたマッカード王国は、ほとんど愉快犯目的で王城を燃やしたありもしない『新しい魔王』を敵視、あるいは警戒する。その間俺が何もしなければ、俺が王城を燃やした犯人として疑われることはまず無い。
ついでに、密偵があるならきっと、俺という存在が四人目として召喚されたという事実が、幾つかの国に知れ渡っている可能性がある。そこで俺が龍斗を使って、ここで死んだという『真実』を植え付ければ、後の行動がし易くなるだろう。
マッカード王国は主神を国教としている。だから彼らの使う嘘発見器は、『話している人間が嘘をついているか』を暴くのではなく『話している内容が真実か』を確認する代物のはず。まあ、これは本を読んで得た知識だ。
俺が龍斗に教え込んだ『真実』は、嘘は言っていない。といってもいつかは嘘だとばれると思うが、直ぐにばれるととは思わない。勇者自体が殺されたわけでは無いからな。その出来た余裕と時間で、俺がマッカード王国や勇者軍に対抗できる程度の力を身につければいい。
あとはこれからどうするか……
俺は横に視線を流して、未だに王城を見つめるアリーヤを見た。
彼女の横顔が、炎の強い明かりに照らされている。
そこにもともと王女だった彼女の面影は、あまり残っていなかった。
吸血鬼化してみてビックリ。彼女の淡い茶髪は艶のある黒髪に変化していた。そしてその瞳の色は、燃えるような紅色になっている。
黒髪と赤い瞳がアクセントになり、以前のつまらない美人といった印象はない。誰もが振り返るような美少女へと変貌した。
あれだ。以前は多分、大和撫子がコスプレをしていたような感じだったんだろう。こう、マッチしていない感じ。それが赤目黒髪になったことで解消された。以前の第二王女と今のアリーヤを一目見て同一人物だと分かる奴は、そう居ないだろう。
行動しやすくなって助かるんだが、ここまで変貌するなら俺が第二王女が死んだって偽装工作をした意味は無いんじゃないだろうか、と考えてしまう。
遠くから響く崩壊の音に、王城の方を向くと、尖塔の一つがボロボロと壊れ、落ちていた。
基礎を作っていた木材が燃え、熱膨張によって石壁が崩壊した、という感じだろうか。それだけの火力を出せる力が、珠希にはあるってことだ。やはり加護というチート能力は強力だ。今日なんて加護を持っていないイージアナに、危うく負けそうになった。
さらに強くならなければ、俺は俺を貫き通せないかもしれない。これからは自分の成長の方針も考えて行かねば。
ふと横を見ると、アリーヤは目を閉じていた。黙祷のつもりであろうか。しばらくそのままにしていたアリーヤは、何かを断ち切るようにこちらを向いて、俺に話しかけてきた。
「行きましょう」
「ん、もういいのか」
「……思うところは有りますが、ようやく自由になれたのです。後ろを振り返る必要はないと」
そうか、と短く返事をして、アリーヤを後ろに連れて俺は未だに真っ暗な森の中へ入っていく。
「暗いから足元気をつけろよ」
「大丈夫です。この体になってから、夜目はきくようになりました」
「へえ」
吸血鬼化と共に、アリーヤには知識が流れ込んだらしい。それは吸血鬼の能力だったり、俺の能力だったり、俺の世界の一般知識だったりと、多岐にわたるようだ。
俺が血を吸って記憶とスキルを得るように、吸血鬼化した人間も俺の記憶や能力を、一部であるが得るのかもしれない。
「そういや、自由になったって言っても、俺の隷属っていうか下僕状態ではあるんだぜ? そこの所はどう思っているんだ?」
毎晩来ていたため、もはやホームと化した森をスルスルと進みながら、俺は後ろで遅れがちになっているアリーヤに聞いた。
ぶっちゃけ俺は下僕状態っていうのがよくわかっていない。流れ込んだ知識がある、アリーヤの方が詳しかったりするのである。
「王城に居たときよりマシですが、完全に自由である、とは言い難いですね。下僕状態は、主人であるあなたに過剰な危害を加えられなかったり、命令されたことを遵守する必要があるようです」
「それって、隷属とは何が違うんだ?」
「とりあえず自由意志があることと、後は、下僕状態の解除方があるようです」
なんやそれ。
「奴隷でいったら金とかになるんだろうが、下僕状態だとどうなるんだ?」
「簡単に言えば、主人よりも強くなれば下僕状態は解除される、と」
へえ。つまりなんだ、俺が《男爵級権限》でアンデッドを従えるようなものなのか。
俺がそう考えていると、アリーヤが山の斜面の下から俺を見上げた。
「私は自由になりたい。イノリの下僕なんて真っ平です。ですので……」
そこまで言って、アリーヤは挑戦的にその赤い瞳を光らせながら、すこし笑った。
「私はいつかあなたより強くなって、あなたから自由になります」
それは現実的に可能なんだろうか。彼女も加護持ちであるから一般人よりは強くなれるが、大量のチート保有者である俺に勝てる未来があるのだろうか。
そこまで考えながら、しかし俺は愉悦のままに笑った。
「ふん。いいぜ、やれるもんならやってみな」
「その言葉、後悔しないでくださいね」
後悔なんてしないさ。
反抗的で、常に寝首を掻く機会を伺っている、そんな奴隷も悪くない。
まあ、あくまで奴隷のようなもの、だが。
アリーヤが追いついたので、とりあえずそこで会話を切り、再び前を向いて森を歩き始める。
暫し流れる沈黙の中で、俺はイージアナの最後の言葉を思い出していた。
彼女は俺に血を吸われながら、そのまま聞いてくれ、と話し始めた。
──私は人類最強などと言われていたが、あれは嘘だ。……と言うよりも、周りの勘違いだな。
私が何度挑んでも勝てなかった人間が居る。……私の師匠だ。
私は戦場から四年間姿を消した……。その間に、私を拾ったのが師匠だ。……結局名前も教えてもらえなかったのだがな。
イノリはいつか、彼と敵対するだろう。……あるいはお前が敵対したいのかもしれない。その時は、……ただ私を殺したと言えば、彼は喜んで戦うだろう──
イージアナの記憶にあった男はフードを被っている、痩せているが筋肉質な体型だった。人類最強という割には、生活振りからして裕福なようだ。
どうやらイージアナの魔力操作による感知も、元は彼の技術だったらしい。
イージアナが四年前ではあっても一度も勝てなかったというなら、確実に今の俺よりも強い。興味はあるが、挑むには時期尚早だな。
「それで、この後どこの国に行くのですか?」
「国?」
俺は枝を掻き分けながら聞き返す。いつもは転移して飛ばしているから、こういう地道な徒歩はめんどくさいと感じてしまう。
「この国から逃げるんじゃないんですか?」
「いやまあ、いつかは出るけども。どうせならもうちょっと待った方が、混乱もするだろう」
各領地の戦力は未だ健在なのだ。そんな中で国の中枢がぶっ壊れたなら、各領地が王を名乗って群雄割拠するか、他国が領地を割ろうとちょっかいかけてくるかで、どちらにせよ混乱は必至だろう。
「では、これからどこに行くのです?」
「もう着いた」
「へ?」
呆けた声を出すアリーヤを置いといて、とりあえず影からフェンリルを呼び出す。
「やあ、イージアナに見事瞬殺されたフェンリル君」
『…………。何のようだぁぁ我が主ぃぃ』
どうやらフェンリル自身も結構気にしているらしい。
「アリーヤに、ここの幻覚を見せないようにすることは可能か?」
『容易いことだぁぁ』
「んじゃ、やっといて」
『了解したぁぁ』
フェンリルが森の中に駆けていく。詳しくは知らないが、制御装置でもあるのだろうか。
「……え? わ!?」
俺はもともと《視の魔眼》の「幻滅」を使っているから変化は分からないのだが、アリーヤの目には劇的な変化が映ったらしい。
「ここは……?」
「フェンリルの住処……兼、俺の訓練場」
暫くはここで野宿かな? 人里へ出る前に、解決しておきたい課題は幾つかある。
まずは、フェンリルや他の黒狼達の対人戦闘経験不足。ずっとこんな結界の中で暮らしていた分、能力はあるが使いこなせていない。イージアナに瞬殺されたのもそれが原因だろう。
そしてアリーヤの吸血鬼の能力の検証、アリーヤがその能力を使いこなせるようになること。
俺の戦闘経験不足もあるし、俺はここでスキルを鍛えられる。幾つか新しく手に入って検証したい物もあるしな。
ちなみに、現在のステータスはこんな感じ。
高富士 祈理
魔族 吸血鬼(男爵級)
Lv.14
HP 3782/3782(+100+865)
MP 22037/22037(+1000+927)
STR 4133(+100+753)
VIT 3661(+100+639)
DEX 3417(+100+756)
AGI 4325(+100+813)
INT 5975(+200+691)
固有スキル
《成長度向上》《獲得経験値5倍》《必要経験値半減》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《男爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》《王たる器》《武術・極》
一般スキル
《剣術 Lv.7》《隠密術 Lv.7》《投擲術 Lv.8》《短剣術Lv.6》《飛び蹴り Lv.10》《詐術 Lv.7》《罠解除 Lv.4》《飛行 Lv.5》《罠設置 Lv.4》《噛みつき Lv.10》《跳躍 Lv.10》《回避 Lv.8》《姿勢制御 Lv.7》《糸術 Lv.6》《弓術 Lv.3》《杖術 Lv.1》《拳術 Lv.2》《棍術 Lv.1》《盾術 Lv.4》《刀術 Lv.1》《槍術 Lv.4》《射撃 Lv.1》《火魔法 Lv.1》《水魔法 Lv.1》《風魔法 Lv.1》《土魔法 Lv.1》《光魔法 Lv.1》《闇魔法 Lv.1》《魔力操作 Lv.1》《鎧術 Lv.1》《歩法 Lv.1》《暗殺術 Lv.4》《暗器術 Lv.1》《料理 Lv.3》《掃除 Lv.3》《洗濯 Lv.2》《運搬 Lv.2》《裁縫 Lv.3》《奉仕 Lv.2》《商売 Lv.3》《暗算 Lv.2》《暗記 Lv.3》《介抱 Lv.2》《策謀 Lv.2》《達筆 Lv.2》《速筆 Lv.1》《農耕 Lv.1》《並列思考 Lv.2》《速読 Lv.1》《手品 Lv.1》《酒乱 Lv.1》《性技 Lv.1》《思考加速 Lv.2》《空間把握 Lv.1》《宴会芸 Lv.1》《ペン回し Lv.1》《ボードゲーム Lv.1》《賭事 Lv.1》《強運 Lv.1》《凶運 Lv.1》《女難の相 Lv.1》《絵画 Lv.1》《演奏 Lv.2》《建築 Lv.3》《歌唱 Lv.2》《ダンス Lv.4》《宮廷儀礼 Lv.2》《ポーカーフェイス Lv.3》《反復横飛び Lv.1》《縮地 Lv.1》《早撃ち Lv.1》《二刀流 Lv.1》《緊縛 Lv.1》《ナンパ Lv.1》《ウィンク Lv.1》《作り笑い Lv.1》《我慢 Lv.1》《恐怖耐性 Lv.1》《痛覚遮断 Lv.1》《毒耐性 Lv.2》《魅了耐性 Lv.1》《熱耐性 Lv.1》《物理耐性 Lv.1》《寒耐性 Lv.1》
称号
魂強者 巻き込まれた者 大根役者 ジャイアントキリング クズの中のクズ スキルホルダー 殺戮者 殲滅者 無慈悲
スキル、多すぎです。
これ整理するだけでかなり時間かかるな。と言うことで、今はつっこまないで置こう。
レベルはあれだけ殺したのに1しか上がらなかった。多分、魔動鎧とかでパワーアップした分は無効なんじゃないだろうか。つまり、イージアナがどれだけ強くとも、素のステータスがケッチョーとどっこいどっこいなら、ケッチョー程度の経験値しか得られないということだ。
コスパ悪っ。
人間を大量に殺しても、経験値的には全く美味しくないという事が分かりました。スキルは美味しいが、一人一つな以上変な特技も混ざりやすく、メンドクサい。
人間を殺戮すんのはやめようか。面倒なだけだ。
とりあえず大量にあふれたこのスキルを整理するために、鬱蒼とした森で野宿と行きますか。
今まで王城で、一般人と比べれば豪華な生活をしていた元王女様には堪えるかもしれないが、これも自由の代償なのだ。覚悟を決めて受け入れてほしいものである。
ビットレイは、白い空間の中にいた。
(……なんだ? ここは……)
全く非現実的な空間でありながら、夢や幻想の類でないことを、彼の本能が告げていた。
(私は確か……あの時殺されて……)
記憶を探るが、ビットレイには已然としてここにいることの因果に検討がつかなかった。
何よりも、目が覚めたときの感覚がおかしい。ビットレイは目覚める前、地面に寝ていたわけでもなく、まるでずっとそこにいたかのように立っていたのである。
そのどうしようもない違和感が、ビットレイの本能的な恐怖を掘り起こした。
どこまでも白いこの空間は、見ている分にはこれ以上ないほど純潔だが、どす黒い圧力が取り巻いているのをビットレイは感じた。
まるで直接心臓を握られているような心地である。
ふと、後ろから何かが軋むような音が聞こえる。
キリキリキリキリと、油を差していない歯車が回り続けているような、奇怪な音である。
ビットレイはその音の発生源が気になり、後ろを振り返った。
……キリ……キリィ……キリ……キリ……キリィ……
まさに異形であった。
一目見たところでは、樹木のようにも、あるいは壊れた千手観音像のようにもとれた。
飾り気のない、無機質な無表情の仮面から、数え切れないほどの細い管が生えている。
その管は所々で竹の節のように分かれ、カクカクと折れ曲がっていた。末端に五本の細い指のようなものが有ることから、腕に類似する何かだと推測された。腕はせわしなく動き、その節からキリキリと軋む音を立てる。
中心の白色の仮面は、下の方を向いて、殆ど動かない。思い出したように時々、首を傾げるようにカタッっと傾くのみである。
仮面の視線は少し下、それの手元に注がれていた。細い昆虫のような腕が器用にペンを持ち、薄茶色く汚れた紙に何かを書き込んでいた。
「ァ………………」
絶対的存在。
文字通り格の違う存在を前にして、ビットレイの思考は硬直した。
その喉からは、呻き声ともつかない微かな音が漏れるのみである。
ふと、奇怪なそれは書く手を止めて、ビットレイの方にその白い仮面の目を向けた。
「ビットレイ……貴様ハ罪ヲ償ウ義務ガアル」
「ヒッ……!」
「貴様自身ガ殺シタ同種ハヒトツデアルガ、貴様ノ計画ハ二千五百十九人ヲ殺シタ事ト同義……ソノ上コノ死ハ人間ノ種ノ発展ニ貢献シナカッタ……ヨッテ」
数多の腕がワサワサと動き、結合と分離を繰り返し、出来損ないの扉のような形を作る。
「地獄ニテ、二千五百十九年ノ洗浄二処スル」
「ぅ、うわぁぁあッ……!」
ビットレイの身体が沢山の細い腕に掴まれ、持ち上げられる。ボロボロの扉が徐々に開き、その中からも昆虫のような腕がビットレイに向けて伸びていた。
「喚クナ……神ノ名ノ元二洗浄サレルノダ。有難ク思エ」
「神……神だとっ」
そこでようやく、ビットレイは己を取り戻した。
「その神が、いつ人間を救ったというのだ……神など、天上で人間の愚行を傍観する、その程度の存在ではないかっ! 私は魔女の子だ! 魔女は国を作ることで我らの先祖を救い出した! 魔女による裁断ならば、心して受けよう……。しかし、貴様ら神による裁断など、断固として拒否する!!」
「貴様、我等ノ主ヲ……我等ガ主神ヲ愚弄スルカ…………下衆ノ分際デ………」
ビットレイを掴んでいた手の動きが止まる。
次の瞬間、ビットレイの体は地面に叩きつけられた。
「フザケルナッ! 貴様ッ! 地ニ伏シテッ! 泣イテッ! 赦シヲ請エッ! ダガッ! ソレデモッ! 赦サンッ!!」
何度も何度も、壊れた人形のように叩きつけられたビットレイの顔面は、見るも無惨な程に変わっていた。
叩きつけられた地面は、その白い床に赤い血溜まりが出来ていた。
「ドウシタッ! 叫ベッ! 命乞エ! サッサト……」
「もう気絶しとるわ、そいつ」
空間の片隅で、横から聞こえた声に、ビットレイの体は叩きつけられる寸前で止まった。
「主、主神……! 何故コノヨウナ場所ニ……」
「それよりもそいつ、早よ扉に放り込まんか。十年ほど減罰しての。……全く勝手に罰を加えよって」
「ハァッ」
ビットレイの体は無造作に扉に放り込まれる。
主神と呼ばれた、幼い女児の姿をした彼女は、少しため息をつく。
「すぐにキレると底が知れるぞ」
「シ、シカシ……」
「言い訳はいいのじゃ」
美しい銀髪と共にかぶりを振った主神に、白い仮面の目線が下がる。しかしその申し訳無さそうな顔と不釣り合いに、表情は未だに変わらなかった。
「デハ、ココニハ何用デ?」
「……世界に『歪み』が生じておる」
主神は苦い顔をして言う。
「先ノ勇者召喚ガ原因デハ?」
「彼らの出身は『
キリキリと軋む音が、白い空間に消えていく。
「この世界とは繋がりようもない世界の因子が、しかも複数重なり、歪みを作っておる。現に、勇者達に与えられた加護も、幾つかエラーが混ざっておった。原因を調べるために、少しばかり地獄を覗いてみようと思ってな。いいかの?」
「左様デ御座イマシタカ。断ル道理ナドアリマセン。御自由ニ」
「すまんな」
幾つもの腕が重なり、覗き穴を形作る。
主神は小さい体を動かし、トテトテとそれに歩み寄った。
(歪みの原因……世界の安定のためにも、速やかに除去せねばならん)
「それで、私達はこれからここで修行すると、そういうわけですか」
「そういうわけです」
巨木の木陰の下で、人間大に小さくなったフェンリルの毛皮をモフりつつ、俺はアリーヤの質問に適当に相槌を打つ。
「……この服は、どういう事なのでしょう」
「お前ドレス着たまま脱出したろ。ドレスのままじゃ修行にならんから、どうせならと鎧にした」
「ドレスを鎧にする、その発想から意味が分かりません」
しかし女物の服など、俺は持っていないからな。服があるなら鎧にするのは、当然の発想だろう。
やったことといえば、《武器錬成》でアリーヤのドレスを闇硬化して、動きやすいように余計な布をカットしただけなんだが。
結果として露出が増えて、ゴスロリっぽくなったのは俺の趣味ではない。
「私は具体的に何をすればいいのでしょう」
「とりあえずその体に慣れろ。話はそれからだ」
そう言うとアリーヤは自分の体を眺め始める。まあ、『天才』なんて加護も持ってるから、慣れるのにそう時間はかからないと思うが。
しかしアリーヤはゴスロリが似合うな。良いコスプレイヤーになれるぞ。
「修行が終わったら、どの国へ行くのでしょう」
「あー……、特に決めていないな。とりあえず勇者召喚が行われていない国に行こうと思うんだが」
「え?」
「ん?」
何か変なことを言っただろうか。勇者に会うのは色々面倒くさそうだから、という当然の論理なのだが。
「勇者召喚していない国なんてありませんよ?」
「へ?」
元宰相が、この国が勇者召喚した事を嘆いていたから、召喚していない国も有ると考えていたのだが……。
「待て待て、人間の国っていくつ有ったっけ」
「全部で十二ですね」
「それが全部?」
「ええ」
「多くない?」
「勇者軍というくらいですから」
つまり、12×3で36人の勇者が召喚されている訳だ。うむ、なんというか。
……勇者が、めっちゃ召喚されている件。
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