ついにプロローグの長さを超えた第十二話

 アリーヤがナーラさんの骸を抱えて、静かに泣く。

 第二王女の派閥の侍女は少なかった。買い物にも連れて行ったことから、かなり親しい関係にあったことは推察される。

 そして彼女は、悔やむ発言を呟いた。


「私が、もっと早くここに来ていれば……」


 間に合ったかもしれない、と続ける。

 つい先刻まで、アリーヤの頭にナーラさんの事がなかったのは確かなのかもしれない。

 だが、これは宜しくない傾向だ。


「いや。おそらく宰相は、会場の貴族を皆殺しにした後、すぐに使用人を殺す命令を下したはずだ。そして使用人が集まるここが最初に襲撃されるのは当然。どんなに急いでも間に合わなかった」


 彼女には俺の盾になってもらわなければならない。ここで心が砕けたり、後で悔いが戦闘に響くのは、俺に危害が及ぶ。


「でも……」

「反省点は無い。後悔するのは後でいい。今は周りに騎士はいないから、暫く泣いても問題ないが、この部屋は逃げ場がないから騎士がくる前に離れたい」


 ここで時間を潰せるならば潰したいが、長居して良い場所ではない。

 おそらく使用人を殺した騎士の隊とは別に、アリーヤを捜索する隊もあるはずだ。ここに来るのも時間の問題だろう。


 ナーラさんを吸血鬼化させるのは却下だ。わざわざ彼女を選ぶ理由がない。

 人間の吸血鬼化は、おそらく魔物の眷属化とは根本的に違う。

 魔物を眷属化するときは、殺した後で血で染めればいい。これは《闇魔法・真》の「支配」に似ていて、所有物化するような感じだ。

 対して吸血鬼化は、生きている人間に自分の血を流し込む、つまり分け与えることで吸血鬼にする。表現の違いからして、多分所有物化する訳じゃなく、ただ従属させると言うことだ。


 これの問題点は、まず「眷属」と「下僕」では、従属度が違うのではないかという事。眷属は隷属以上の縛りがあり、俺の体の一部という認識すらある。対して下僕は、隷属よりも自由意志が認められているのでは無かろうか。

 そして所有物でないという事は、俺の影に入れないという事でもある。眷属は俺の「物」という認識だから、影空間に入れることができた。しかし吸血鬼は所有物ではないから、影空間に入れることはできない。


 吸血鬼化しといて放置するのも危険だ。もしそいつが下手をやらかして、俺達異世界の吸血鬼の弱点がミスリルじゃなく銀だと判明すれば? その他の情報を集められて、俺が不利になる状況も考えられる。俺の体の弱点は、なるべく尻尾を掴ませたくない。

 つまり、吸血鬼化させたら同伴しなければならないという事になる。それは面倒だ。非常に面倒だ。考えるだけで面倒だ。だからといって吸血鬼化させた奴を殺したら、それこそ意味がないだろう。


 それに、自分の血で染めるならまだしも、分け与えるってのに嫌悪感がある。よっぽどの事がないと、分け与えたくはない。

 また、死んだ人間に血を流しこんでも意味がない可能性すらある。そのへんの「鑑定」の説明は曖昧だからな。試してみたいとは思うが、今すべき事じゃない。アリーヤに隠れて死体を回収するのも無理だな。


 まあこんだけ並べてみたが、一番の理由は別だ。

 こんだけ血を流しときながら、彼女から「処女の血」の匂いがしない。

 前々から薄々わかっていたが、彼女は処女じゃないんだろう。あの年で処女って可能性は低いに決まっていたが。まあ、かといって男の臭いはしなかったし、現時点で誰かと付き合っていて云々って訳でもなかったようだ。


 まあ、ナーラさんの死体は放置だな。別にものすごい信頼している訳でもなし、物凄く親しかったわけでもなし、恋心をもっていたわけでもなし。別に気にする必要はない。

 てか会場の使用人まで殺されていたから、ナーラさんも殺されるだろうなってことは大体わかっていたから、驚きもない。


 これからこの死体をどうするかはアリーヤ次第だ。弔うならさっさとやり、放置するなら放置、持って行くとなれば流石に反対するが。


 暫く泣いていたアリーヤだが、何かを振り切ったように顔を上げ、ナーラさんの死体から体を離した。

 そしてそのままその骸の着衣を正し、腕を胸の前で合わせ、そっと寝かせる。


「……いいのか?」

「……彼女をちゃんと弔うんなら、全員を弔わなければなりません。それに、覚悟は決めましたから……」


 そう言ってアリーヤは、目を閉じてしばし黙祷する。

 ライジングサン王国には、国教となる宗教がない。いや、国民全員が魔女教とも言うべき疑似宗教の狂信者とも言えるが。

 例えば彼女が、この世界の最大宗教である光神教、通称女神教であったならば、体の前で指先だけ触れるように手を合わせ、五角形を作るように祈っただろう。

 だが宗教に入っていないアリーヤは特定の祈る方法がなく、主に死者の追悼には黙祷が適するとされている。


 ……死者を弔いたいという気持ちはやはり、理解できるが共感できないわからない

 人は他人を視覚情報でしか認識できないから視覚情報がまるまるのこっている死体に死者を重ねてしまうとか、死んだという事実を明確化する為の線引きとか、文化的な潜在意識とか、理屈をこねてその行動原理を理解することはできる。

 だが、そこを思考することをすっとばして、「弔いたい」と思うことが分からない。その死体が腐ろうが喰われようが、死んだ事実は変わらないだろう。

 死体なんてただの肉の塊………なんて言ったら右手がうにゃうにゃ動くオールバックさんっぽいがな。


 アリーヤがゆっくりと目を開けてから、言う。


「……もう大丈夫です。時間が無いので、行きましょう」

「ああ。騎士はまだ遠いから、あまり慌てなくてもいい。慎重に行こう」


 部屋から出て、アリーヤを先導するように廊下を歩く。

 しかし、無惨無惨。会場もかなりえらいことになってたがな。


 俺は千里眼で会場を見ていた、と言っても、《探知》が疎かになるので、少しの間だけだが。

 まあなんだ、魔動具予想以上の性能だねとか、『限界突破』ってステータス倍増だったんかいとか、宰相の言ってることが盛大なブーメランな気がするとか色々あったんだが……


 団長さん、強すぎ。

 化け物ステータスだとは思ってたけど、そこに魔動具が加わるとこんな事になるのか。なんかこの人なら、単独でフェンリル倒せそうな気がする。

 てかこんなんが各国の騎士団長のレベルとか言ったら、もう勇者とかいらないと思う。まあそんなことは無かろうが。

 俺が見れたのは本当に一部分だし、《探知》をこれ以上疎かには出来なかったから、鑑定とかは出来なかった。強さの秘密を探っておきたかったものだ。

 勇者を連れ去った後、会場からあの纏わりつくような魔力が無くなったのは、関係があるんだろうか。


 色々考えつつ歩いていると、後ろからチョイチョイと、執事服の裾を引かれた。

 アリーヤを振り返ると、彼女は少し戸惑ったような表情で、俺に言った。


「イノリは……強い、ですね」


 少し含む物がありそうな言い方だ。

 うーん、ナーラさんの死にノーリアクション過ぎたとか? 予想できていればあんなもんだと思うが、ちょっと深刻さが足りなかったのかもしれない。

 でもなあ……


「人の命なんて別に、そんな高価でもないだろ……」

「え?」


 つい呟いてしまったが、アリーヤには小さすぎて聞こえなかったようだ。


「なんでもないさ」


 さすがにこれ以上アリーヤの信頼を失う訳には行かないので、意味ありげな表情で首を振っておいた。

 日の入りまであと、50分。








 ガシャンという金属音が、雑音と混ざりつつ地下室の石壁に反響する。

 そしてイージアナが何かを操作すると、僅かに光ってから魔法陣により、鍵がかかった。


「ぐっ……」


 牢屋に三人纏めて入れられた勇者達は、呻きはするが叫びはしなかった。

 その三人に向けて、たった今彼らをこの地下牢に閉じ込めたイージアナは、三人に向かって言った。


「この牢屋には、魔法を封じる効果がある。そしてこの柵もそうだが、壁の中にアダマンタイト筋が埋め込められているから、魔動具もない人間の膂力では破壊できない」


 ここは最重要犯罪者を閉じ込める、というよりも封印するための、王国最堅の牢屋なのである。

 魔法を封じるためには、牢屋についている魔法陣に魔力を注ぐ必要があるが、イージアナが日に一回訪れて充填するだけで十分だった。

 三人の中でも、まだ反抗的な珠希が、少しビビりながらもイージアナに発言した。


「そんなに堅いって言うなら、手枷ぐらい外してくれてもいいんじゃない? 団長さん」


 珠希はその両手を、イージアナに見せるように前に掲げる。

 三人の両手首には、重しのついた手枷がはめられていた。


「半狂乱になって、自殺やら殺し合いやらしてもらっては困るからな。落ち着いたら外すつもりだ」

「それだったら、舌を噛み切ってもいいんだから、手を封じる意味なんて無いと思うけど」

「舌を噛み切るのは難しい。正気ではやらんよ。君たちは自殺の訓練など受けたことは無いだろうし、自殺してまで守るものも無いだろう」


 そこまで言ってからイージアナは、ハッと気づいてから気まずそうに言った。


「そうか、両手が塞がっていては、おっぱじめられないからな……」

「このシリアスになに言ってんの!?」


 突然のシリアスの逃亡である。

 そして葵は話についていけないのか、顔を右往左往する。


「男女一緒の部屋でやることなど一つだろう。まあ三人というのは普通ではないが」

「ちょっとあなたのイメージが崩れてるんだけど!? 確かに男女一緒の牢ってのはつっこみたい所だけど!」

「他にこれほど良い牢屋がなかった。不便はあるだろうが、色々我慢してくれ」

「色々って、なんか別の意味含んでる?」


 暫くどうでもいい、しかし乙女的にアウトな口論が飛び交い、そのたびに葵が顔を右往左往したり、たまに赤くしたりする。

 その間に、珠希の萎縮は消えていた。

 荒れた呼吸を整えて、珠希は聞いた。


「……さっきから聞いてると、私達を死なせたく無いみたいだけど、それはなんで?」


 イージアナも真面目な表情に戻る。


「こういうのは当人に言うべきではないかもしれんがな、人質として使うつもりだ。マッカード帝国に対して、な」

「え? 人質?」


 珠希はきょとんとしてオウム返しした。珠希はあまり馬鹿な発言はしないが、頭は良くなかった。

 そんな中、ずっと黙っていた龍斗が呟くように言う。


「……マッカード帝国は勇者連盟の宗主国だから、勇者を死なせたくない。他国が侵攻したら僕たちを殺すとか言えば、マッカード帝国の、そして他国の侵攻を防げる。その間に内政を立て直す」

「……その通りだ」


 抜け殻のようだった龍斗が、思いの外流暢な説明をしたことに驚きつつ、イージアナは首肯する。


「……当人に言うべきではないと言いつつここで僕たちにそれを言ったのは、生きる希望をもたせるため。内政の建て直しには早くても月単位、年単位の時間がかかる。僕たちを軟禁するのはリスクが高いから、この地下牢に長期間閉じこめざるを得ない」

「……」


 龍斗は俯きながら、気味が悪いほど平易に、小声で続ける。


「さっき似合わない冗談を言ったのは雰囲気を和ませるため、そして僕たちとの関係を柔和にして、僕たちのストレスを減らすため。ストレスで死亡とか笑えないから。もし内政建て直しの途中で死なれたりしたら、マッカード帝国が攻め込んでくる可能性がある」

「……」

「会場で僕達に強さを、そして卓越した知覚能力を見せつけるように戦ったのは、僕たちに脱走する意志を失わせるため。僕を否定するように語りながら戦ったのは、僕に反抗する意志を失わせるため」

「……どうしたんだ? こっぴどくやられて頭が冷えたか? リュート」


 イージアナが見下すように言うと、龍斗はそのやつれた顔をようやく上げて、薄笑いを浮かべながら言った。


「そうだね、色々と見えてきた……脳みそと体を流れる血が凄く冷たいんだ。はらわたはお前を倒したいと煮えくり返っているのに」


 イージアナは内心身を震わせたくなった。彼女を見据える龍斗の目は、ドロドロした何かで濁り、光を失っていた。

 その震えをため息と共に吐き出して、あくまで威圧的にイージアナは言う。


「『殺す』ではなくて『倒す』と言っている時点で、まだお前は甘い」

「…………」


 龍斗は沈黙しつつ、まるで舌打ちでもしそうな表情で、イージアナを睨みつける。


「……お前はまだ若い。これから探せばいい。守りたい物を、お前の生きる理由を。守る物があり、生きる理由がある人間は精神的に強い。この世界では、強い力を持つ者は相応に強い精神を持たなければ生き残れない」

「……どの面下げて」

「そうだな……本来敵である者に喋りすぎた」


 今の会話は、彼女の目的にはあまり必要がなかった。むしろ、龍斗に反抗意志を持たせる結果になりさえある。

 だが彼女はつい言ってしまった。かつての自分を、龍斗に重ねていたのである。





 十二年前のエルフ侵略作戦。イージアナの十五才での初陣である。小隊長であった。その小隊は、彼女と共に訓練してきた同年代で結成されていた。

 当時その侵略の必要性に疑問を持たれていたが、あくまでも国のためとイージアナは割り切っていた。

 300のエルフにライジングサン王国は一個大隊──1000人をぶつけた。そしてライジングサン王国は魔動具を使うため、戦力差は大きかった。

 油断もあったのだろう。

 イージアナは戦いの途中で、槍で相手の兜を飛ばした。出てきたのはエルフの幼い子供だった。イージアナと対していた小隊は幼い子供たちで組まれていた。

 イージアナはついに、その子供を殺すのを躊躇ってしまった。僅かな隙、されど大きな隙。他に要因はあれど、その躊躇が原因で彼女の小隊は壊滅した。


 ライジングサン王国側の被害はそれだけでは収まらなかった。その戦闘で、約500人が戦死或いは重傷。五つの中隊のうち、二つの中隊が壊滅、一つが半壊したのである。

 理由は、孤高であるとされていたエルフが、他国の支援を受けており、魔動具を使用していたためであった。


 その中でも特に被害を負い、前線はほぼ全滅した中隊で、孤立無援の中たった一人で三小隊を殲滅した一人の少女がいた。

 皮肉なことに、イージアナにトラウマを植え付けた戦いで、彼女は自身の始まりの伝説を生み出したのである。

 それからしばらくイージアナは姿を消す。再び戦場に立ったのは、それから四年後の事であった。


 また、その戦争の中で、作戦を策する段階からその侵略の必要性、そして危険性を少佐に無視されながらも訴え続けた。そして自ら前線に立ち仲間を守り、代わりに自身が怪我を負って引退した若き中隊長がいた。

 その名はビットレイ。引退後一年で文官になってから、僅か十年で宰相に上り詰めた男である。








「団長さんは人類最強、宰相は十年で上り詰めた傑物、ねぇ」


 廊下を歩く中、アリーヤから二人の話を軽く聞いた。


「するとなんだ、あいつは宰相になってから一年って事か」

「傑物と言われてましたが、宰相になってからは視察に出るばかりで、目立った実績は無かったのですが……」


 視察って名目で、各地の貴族に根回しに行ってたのかもな。

 そもそもこのクーデターは、思いつきで出来るようなものじゃない。一年で終わるような物でもない。おそらくビットレイは、宰相になる前からこの計画をたてていたのだ。

 宰相になる前から、宰相として王族の圧政を止めることを諦め、王族を見捨てていた。そういうことか。

 まああの国王でも女王を止められなかったのだから、宰相が止められるはずもない。この国の制度では、結局女王の決定は誰も覆せないのだ。そして女王は、何か言ったら聞くような人間じゃない。


「ていうか……………っ!」


 曲がり角の先に騎士の反応。まだ距離には余裕があるが……様子がおかしいか?

 俺が息をのんだ様子を見て、伺うような目線を向けながらアリーヤが黙り込む。


「右の曲がり角の先、十五歩の距離に二人の反応」

「……わかりました」


 小声でそうやり取りして、壁に隠れるようにしてタイミングを計る。

 だいたい十歩以内の距離なら射程距離範囲内だ。


 だが予想外にも、騎士達はそのラインの一歩手前で立ち止まった。

 ……なんだ? 角に曲がるつもりでも、そこに別れ道はない。

 なら何かに気づいたのか?

 …………何かに、か。


「……アリーヤ、たぶん気づかれた」

「……!」


 まあ俺の今の隠密はスキルレベル1にも及ばないし、アリーヤは人ごみに紛れることが得意なだけで、気配を消す術には長けていない。いつかはばれることも予想していた。

 案の定、騎士たちは、おそらく俺たちに向けて宣告した。


「……そこに隠れている者、姿を表せ。返答がなければ、敵と見なす」


 騎士達から感じる魔力。おそらく魔動具の鎧を起動させたか。

 あの状態だと、アリーヤがエアホールの魔法を使っても、無効化されてしまう。

 しかもその方向は、ちょうど隠し通路のある方向である。他の道を通って逃げるわけには行かない。


「交戦するしかない……行けるか?」

「やるしかありません」


 行けるか? と聞いては見たが、実際戦うのはほとんどアリーヤだ。昼間の俺は、ちょっと強めの兵士と生身で戦うくらいしか出来ない。

 ステータスは常人の三人分程度、そしてまともに使える能力は影空間と《視の魔眼》くらいだ。

 日が落ちるまで、あと30分ってとこだが……凌げるかは微妙なラインだ。

 騎士につかまっても日が落ちてから逃げればいいと思うかもしれないが、一度捕まると俺の生存がしっかりと騎士団に把握されてしまう。逃げたとしても追いかけてくるかもしれないし、真正面から大勢の騎士を相手取って、騎士団長まで殺せるとは思えない。

 捕まったら逃げられないと思った方がいい。


「行きます!」


 アリーヤが角から飛び出すと同時に、廊下が煙に包まれる。

 目くらましか。


「な、何!?」「煙幕か?」


 騎士達が慌てているうちに、二人とも煙に巻き込まれた。

 廊下だからか、広がるのが早い上に霧が濃い。目の前一メートルまで見えるか見えないかと言ったところだ。


(──『外線視』)


 すぐに俺の視界がサーモグラフィーの動画のようになる。いや、アレよりも精度が高いな。

 困惑する二人の騎士をよそに、アリーヤは迷うことなく向かっていく。この煙の中じゃあアリーヤだって見えないはずだが、度胸のあるもんだ。


 突如、アリーヤの像が上空に飛んだ。天井があるからそこまで高くなく、ステータスが高い奴ならジャンプで届くぐらいの高さでしかないが、彼女は空中を蹴り、走っていた。

 二段ジャンプ的な?

 確か「エアステップ」とかいう風魔法だった気がする。足の下に瞬時に風の魔法陣を作り、局所的な上昇気流を起こして空中を蹴るんだったか。その難易度から、魔法じゃなくて曲芸だとも言われている。


 アリーヤは軽々と騎士二人を飛び越え、背後に回った。


「ショックボルト!」


 アリーヤは二人の無防備な背中に向けて、光魔法「ショックボルト」を放った。あらかじめ場所を覚えていたのだろうか。

 彼らは盾を正面に置き、魔術結界を正面に作っていた。そのため背後はほとんど防御がされていない。

 そしてショックボルトは、金属鎧をつけているものに効果が高いらしい。電気だったらそのまま地面に流れていきそうなものだが。

 騎士二人は筋肉を痙攣させ、二人して倒れた。


「スモーク、解除」


 アリーヤの一言で、それまで濃厚に充満していた煙が一斉に晴れた。これは風属性と地属性の複合だろうか。実際に魔法を使ってみたことはないが、相当難しい技術なはずだ。

 魔法の熟練度は、器用さと頭の良さと、練習にかけた年月で決まる。アリーヤはDEXとINTが人よりも高いが、勇者である珠希程じゃない。しかし珠希にアリーヤの魔法を再現しろと言っても不可能だろう。

 かけた年月が違うのだ。アリーヤは天才でありながら努力を惜しまなかった。こと魔法の記述に関しては、ステータス以上の能力を発揮している。


「おみごとおみごと」

「…………」


 笑顔を作ってアリーヤの前に姿を現すと、アリーヤがジト目を向けてきた。

 人並みステータスな俺に、戦闘に参加しろと? 絶対無理だ。無理無理無理無理カタツムリ。


「とどめは刺さなくていい。物音をたてたせいで、騎士が集まってきてる」

「わかりました。急ぎましょう。隠し通路はもうすぐです」


 急ぐために多少の足音は気にせず、二人で廊下を走る。

 探知で確認すると、このまま行けば例の隠し通路までに接敵せずに済みそうだ。


 まあだけど、案の定、だな。


「ハア、ハァ……ここを、曲がります」

「はいよ」


 最後の曲がり角だ。あとは廊下を走り抜け、地下道へつながる壁のような隠し扉をあければいい。

 だが、アリーヤには悪いがここで止めさせてもらおう。


 ミッション失敗のお知らせだ。


「待て、待てアリーヤ」

「えっ」


 いよいよ隠し扉、というところでアリーヤを呼び止める。

 彼女にとっては死の宣告に誓いだろう。


「……待ち伏せされてる」

「え!?」

「宰相が隠し通路の存在を知っていたのか、調べてわかったのか……少なくともこの扉の先に、結構な数の騎士が待機している」

「うそ……なら……」


 青ざめた表情をする彼女に、俺は頷いた。


「ここからの脱出は、無理だ」


 そう告げた瞬間、アリーヤは膝を折って、ペタンと地面に座り込んだ。目の焦点が合っていない。口も半開きだ。

 思いの外ショックを受けている……ナーラさんの事が、精神的ダメージになっていたのも関与しているのかもしれない。

 いや、狂わないだけまだましか。呆然となるってことは、生きるためにどうすればいいかわからないってことだ。まだこいつは生きることを諦めていない。


 ……日の入りまであと26分。ここで諦めるわけには行かない。

 騎士達が追ってきた。猶予はない。


 俺はアリーヤを抱え上げ、そのまま廊下を走り始める。


「アリーヤ、聞いてくれ。まだ諦めるのには早い」

「え……」


 アリーヤが呆然とした表情で、俺の顔を伺ってくる。俺は力強く頷いた。


「さっきまでは余計な希望を持たせないように黙っていたんだが、援軍が王族救助のため、宮殿に向かってきているらしい」

「ほ、ほんとですか……?」


 嘘です。


「ああ、さっき騎士の話を《探知》で盗み聞きした。軍は日の入りと共に、突入予定だそうだ……。つまり、日の入りまで……、生き残れば……、助かるかも、しれない」


 人一人を抱きかかえながら全力疾走は辛い。このままだと追いつかれそうだ。


「助かる……ほんとに……?」

「俺を信じてくれ。希望はまだあるぞ」


 よくもまあ、こんなにも白々しく嘘をつけるようになったものだ。《詐術》スキルは発動していないはずだし。

 日常的に嘘をつく生活をしていれば、こんなものなのだろうか。


「……わかりました。降ろして下さい。自分で走れます」

「助かる。正直キツい」

「それは私が重いって事ですか?」

「この期に及んで何を言ってんだ」


 軽口を叩く余裕が出てきたか。それとも空元気か。どちらにせよ状況は改善したな。

 アリーヤを地面に降ろす。走ってる途中なので、多少乱暴になったが許して欲しい。

 その時、俺たちの後ろから野太い男の声が聞こえた。


「居たぞ!!」「第二王女を発見」

「隣の執事は……、黒髪、眼帯、執事服、おそらく保護対象の少年です」


 チッ……追いつかれたか。


「……アリーヤ、逃げるぞ……」

「はい」


 アリーヤには「居たぞ!」という声しか聞こえていなかったようだ。俺が「特別保護対象」の少年だと知られると、アリーヤがどんな行動をするかわからない。

 てかしっかり「特別保護対象」なんだな。黒髪と眼帯っていうと該当する人物は俺しか居ないし。


 畜生、結構な数の騎士が集まってきてやがる。か弱い少女によってたかって、恥ずかしくないのかと声を大にして言いたい。









 もう十分くらい走り続けている。かなりの騎士が追ってきているのがわかる。十分も全速力で走るのは、この体じゃあキツい。

 《探知》で騎士の位置を確認すると、後ろから追ってきているのとは別に反応を見つけた。

 こりゃまずいな。このままだと囲まれる。


「アリーヤ、そこの角を左に曲がるぞ」

「え? でもそっちは……」

「いいから、俺を信じろ」


 アリーヤは必死な顔で、それでも怪訝な表情を見せながら、俺に従った。


「袋小路に入った」「追いつめたな」


 後ろからそんな声が聞こえてくる。


「ねぇ! こっちって」

「問題ない」


 アリーヤが焦った声を出すが、軽く流して無視する。

 道はどんどん狭くなる。

 ついに人三人分の幅になったとき、目の前に壁が見えた。

 行き止まりだ。


「行き止まりじゃないですか!」

「いや、これでいい」


 あのまま逃げていれば、確実に挟み撃ちになっていた。或いは四方向から囲まれる可能性すらあった。


「あっちは人数が多いが、この場所なら接敵する面積が少ない。ここであと十五分耐えきれば、こっちの勝ちだ」

「……」


 アリーヤが青い顔で睨んでくる。

 まあ無茶ぶりもいいとこだ。だが、選択肢の中じゃあ最善策のはずだ。

 俺は戦わないから、睨む気持ちもわかる。


 せいぜい、俺の盾としての役割を果たしてくれ。












00:04:12


00:04:11


00:04:10


00:04:09



「ハッ……ハッ……ハッ……」


「ォォオオオオッ!」

「クッ」


 魔動具として魔術で強化された剣が、ごく小規模に作られた魔術結界で逸らされます。

 

 もう何分戦っているんでしょう。もう体力も魔力もそこをつきそうです。

 後衛の騎士が魔動銃で撃った魔弾を、再び魔術結界を使用して逸らします。


00:04:02


 魔動具で最適な威力を出す魔剣や魔弾に、真っ向から魔術結界で防ぐことなど不可能です。

 そのため、私は極小規模に魔術結界を絞り、強度を高めています。その結界で剣や弾に斜めに当てることで、その軌道を逸らします。

 私が大人の騎士に対抗するために、十年以上積み重ねて完成させた技術。おそらく私以外には使えないでしょう。


「ハァッ!!」

「うっ」


 しかしこの魔術には、非常に高い集中力が必要です。騎士一人と戦う分には問題ありませんが、この人数に対して長時間、となると、頭が焼き切れそうなほどに気力を削ります。


 でも、私が生き残るために、集中を切らすのは駄目です。それに、私の後ろにはイノリがいます。彼は『探知』という素晴らしい加護を持っています。しかし、戦闘力は生身の騎士程度。魔動鎧を身につけた騎士複数に対抗するような力は持ち合わせていないのです。


00:03:38


 彼は今、行き止まりの壁の隅でうずくまっています。一度魔弾の流れ弾に当たり、足を怪我したのです。あれは完全に私のミス。その分、私が彼を守りきらなければきらならければなりません。

 ……意識がもうろうとしてきました。そもそも結界で攻撃を逸らす事に集中しているので、集中でないので、まともに考えられません。

 しかし、私は彼を守りきらなければなくなりません。彼が言うには、日の入りまでには助けの援軍がくるのです。夜までそれまでに耐えきれば、助けの援軍がくるのです。イノリが言っていました。

 それまで耐えきれば、私達は生きられることができられます。


「いい加減、諦めて死ね! 第二王女殿」

「いや、ですっ! うぁっ!」


 左斜め前から右後ろへ前方から後方上方へ斬撃右から上をそらして突きを左からあてて右へそらして銃弾を下へそらして跳弾をあっちへやって盾の突撃に上から攻撃して左下から斬撃を上へそらして右からの振り下ろしを下へ逸らして跳ね飛ばして……


00:03:15


 最初のうちは隙を伺って攻撃してできましたが。もうこちらの隙を作らないようにして攻撃できないようにしないと駄目です。

 何分戦っているだろうか分かりませんが、きっとあと何分かで援軍がきます。助かります。

 それまで耐えきればなんとかなることができます。


「どけ! 魔法陣が完成した」

「おう!」


 前方から魔法がきます大きめの魔術結界を作って反らさないといやだめだイノリに当たる巻き込まれるだったら真っ向からうけとめないとなりません強度を高めて範囲広くして魔力が残り少ないけどなんとかすくって……


「ファイアランス!」

「ぅぅぁぁああ!」


 服燃えたけど防ぎきりました左から斬撃くるから上からやってまずい魔力足りないもっとちいさくして魔力削減して細かくそらして……


00:02:46


 熱い熱い熱い痒い痛い誰か苦しい助けて

 誰も助けにくるわけないでしょう馬鹿ですか。国王も女王も妹もナーラも死んだでしょうがだれも助けになんてくるわけないでしょう。頼みの綱の彼だってもうあんなにうずくまって助けにこないでしょ?

 イノリは『探知』で逃がしてくれました。彼に戦闘しろと助けろと求めるのは筋が違います。

 それでもこんなにがんばってるあなたを見捨てようとしているのよ。

 何も出来ないじゃないですか彼は今度は私が助けないといけません。

 今度はって、彼が善意で助けてくれた事なんてあった?ほんとは分かってるでしょう? 彼の悪意というか、こちらを利用しようとする黒い心が。


「くそっ、いい加減にしろ!」

「なん、なぁ……」


 利害の一致という奴です。彼と私が生きるために最善の……

 本当に最善策だった? もっと上手い方法だってあったんじゃない? まああの男にとっては最善策だったんでしょうね。

 それでも今ここで生きていれるのは彼のおかげで、彼のことを信じないといけません。

 信じるって、馬鹿ね。縋っているだけでしょう。あなたは。そうじゃないと壊れてしまいそうだから。わかってるでしょ? 彼が信用ならないって事。

 そんなわけないです。


00:02:09


 でも、援軍がくるって言うんだったら、なんでここにこんなに騎士が集まってるのよ。

 援軍がくるから焦って私を殺そうと……

 殺したところで何になるって言うのよ、このタイミングで援軍がきたらもう詰みでしょうが。彼らにとっては。

 だったら……

 そもそも援軍なんてどこの貴族が出すのよ。王族と懇意にしている貴族はほとんどここで死んだでしょうが。

 きっとマッカードの連合軍が……

 日の入りまでに到着なんてあり得ないわ。まあどの軍も、日の入りに突入なんてあり得ないし、それを一介の騎士が知っているのも怪しいわ。


00:01:52


 ほら、分かったでしょ? 援軍は彼の嘘よ。

 そんなわけないです。来ます。来ないと……

 こうは考えられない? 彼があなたを騙していたって。理由が何かはしらないけど、あなたを操るように動いてたでしょう? 彼。

 そんなわけないです。あれは私のために。

 最初から彼の策謀だったのよ。何かの目的のために、そして自分が生き残るためにあなたを利用した。そういう目線は慣れてきたし、見たらわかるでしょ? 彼、そういう目をしていたわよ。

 でも私はそんな感覚しなかったから、違います。

 そう信じたくて、見ない振りしていただけでしょ?


00:01:23


 援軍なんて来ないわ。

 来ます。

 来るわけないでしょ。


「来る……来て……」


 斬撃そらして銃撃真ん中にくるから右にやってまずい倒れそう左を防御してだめだ頭がんがんする魔力ほとんどない吐きそう気持ち悪い守らないと守る? なんで? いやだ生きたい死にたくない痛い


00:01:01


 よく考えてみなさい。なんで援軍が迫ってきているのに彼らは冷静で、こんなにも夜が外が静かなの?

 うるさい

 援軍がいたらもっと騒がしくてもいいわよね? もっと外に明かりがあってもいいんじゃない?

 うるさいうるさいうるさいです。

 もう時間的にも援軍が来ていておかしくないわ。それなのになんで何もないのかしら。


「うるさいうるさい来て来て来て来て」

「何を言ってるんですか第二王女殿」

「気が狂ってる。さっさととどめをさしてやれ」


00:00:45


 来ないわ。援軍なんて来ない。全部あの人の嘘。あなたは騙されたのよ。哀れなピエロ。いや、人形ね。

 来て来て来て。

 生まれたときからレールをひかれて、誰にも逆らえずに閉じ込められて、何も与えられずに生きてきて、最後は彼の手のひらの上で操られて死ぬ。人形姫らしくて、滑稽でお似合いだわ。

 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ

 それって生きているって言う? もうあきらめたら? あなたの人生に自由なんてない。

 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ


「無駄な抵抗はよせ、第二王女殿。もう貴殿に助けはない」

「黙れ黙れ黙れ黙れ」


00:00:31


 来るに決まっています。彼が言うんですもの。ほらもう援軍の軍靴の音が宮殿内に響いています。


「来て来て来て来て」


00:00:26


 響いてないでしょ。何言ってるの。

 もう援軍はすぐそこです。それまでに耐えしのげば私の勝ち。

 現実を見なさい。援軍は来てない。

 ほら、あと何秒もまてば、来ます。助けが来ます。助けてくれます。


「来て来て来て来て来て来て来て来て来て」


00:00:21



 ほら、もう援軍の騒がしい音が聞こえて来ました。

 幻聴よ。

 うるさいです! 来るんです! 来て下さい! お願いだから来て! 来ないと!


00:00:18


 ああもうすぐそこに援軍の音が

 聞こえてないでしょ!! バカ言ってんじゃないの!

 聞こえて……来て……こ……


 こ


 こ


「……こないじゃないですか!! イノリ!!」


00:00:15


「ようやく隙を見せたな! 死ねぃ!」


 右から斬撃避け……






 あら、斬られちゃったわね。






「ぐあっ!?……あうっ……えうっ?」


 視界がぐるぐるする。体が痛い。なんで?

 あ、地面。石? 床、ですか。

 倒れてる? なんで?

 なんか、お腹が冷たい、です。


 なんか、変なのが見えます。ピンクっていうかオレンジって言うか、赤って言うか、赤にまみれて艶々したのが。

 これ? 腸ですか? 誰の?


「ぁあ……ぁ」


00:00:11


 痛い、痛い? 痛い痛い痛い痛い痛い!

 お腹が痛いです。なんか、赤い液体が見えて床に広がって、これ、血ですか? 誰の?


 私の? わたしの、お腹、切れてますか?


 死ぬ? 死にますか? 生きれない?

 死にたくない、嫌だ。死にたくないです。


「回……復……魔法……」


 早く、直さないと……

 だめだ、傷が深いです。治らない。集中できない。

 やめて痛い痛い痛い


 なんか顔が冷たい……血? 涙? 泣いてますか私は。


 なに回復魔法なんて使ってるのよ。諦めちゃった方が良いでしょう。助からないわよ? もう。


 いやです。死にたくないです。生きたい嫌だ生きたい。


 なんのために生きるのよ。今までの人生、あなた何かできた? 未練も何も、あなたは何もないでしょ?


 わかってますけど死にたくないです。生きたいですどうしようもなく生きたいです。


 あなたは、なんのために生きたいのよ。もう家族も家も友達も、何も残っていないのよ?


「無惨だな……せめて、苦しまないように逝かせてあげます。第二王女殿」


00:00:07


 私は、私が自由になるために、生きたい、です。


 なんか矛盾してない?


 本当にそう思ってるから、矛盾していてもそうです。


 ……そうね。あなた……姉さんの本性よね。それが。

 ただ、自分が、自由に生きるために、生きたい。

 それが姉さんの本質よ。

 どこまでも自己中で、自分勝手で。だからこそ気高い。

 思う存分生きなさい。それがたとえ自分を苦しませるだけでも。生きていることに感謝なさい。


「回復魔法……」

「さようなら、第二王女殿」





00:00:04



00:00:03



00:00:02



00:00:01



00:00:00




「──さあ、日は落ちた」


 霞む意識の中で、あの男の声が聞こえた。


「ここからは俺の時間だ」








高富士 祈理

魔族 吸血鬼(男爵級)

Lv.13

HP 2350/2817(+0+105)

MP 20108/20110(+0+40)

STR 3280(+0+112)

VIT 2922(+0+95)

DEX 2561(+0+48)

AGI 3412(+0+110)

INT 5084(+0+74)


固有スキル

《成長度向上》《獲得経験値5倍》《必要経験値半減》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《男爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》《王たる器》


一般スキル

《剣術 Lv.6》《隠密術 Lv.6》《投擲術 Lv.8》《剣術Lv.5》《飛び蹴り Lv.10》《詐術 Lv.3》《罠解除 Lv.3》《飛行 Lv.4》《罠設置 Lv.4》《噛みつき Lv.10》《跳躍 Lv.10》《回避 Lv.2》《姿勢制御 Lv.6》《糸術 Lv.6》


称号

魂強者 巻き込まれた者 大根役者 ジャイアントキリング クズの中のクズ




 クズの中のクズってなんやねん。

 昼間に受けたダメージはそのまま十倍になるのか。結構つらいな。てか昼間ってやっぱり再生できないのか。


 前を見ると、アリーヤが地面に倒れて大量の血を流している。


「盾としてよくがんばってくれた」


 アリーヤは腹部を深く斬られたか。あれは死ぬな。

 まあもともと生かしておくつもりはなかった。逃げた王女と逃亡なんて、難易度が高いにもほどがある。

 まあ放っておけば死ぬだろう。


「なんだ、貴様……」


 アリーヤに剣を突き立てようとしていた男が、こちらを睨む。


「貴様は特別保護対象だ。殺すつもりはない。大人しくしておけ」

「そうすれば、俺の命は助けてくれるのか?」

「ああ、もちろんだ。約束する」

「だが断る」

「何?」


 はあ、結構な騎士の数だな。面倒くさい。

 狭い道に、一方向に敵が密集している。……すごく機関銃をぶっ放したい気分だ。

 ……あったな、機関銃。


「フェンリル」


 眷属の名前を呼ぶと、俺の影が徐々に広がり、影の中から巨大な黒い狼が現れた。


『どうしたぁぁ……我が主ぃぃ』


「な、なんだあれは」「狼? 魔物か!?」

「どこから現れやがった!?」


 案の定騎士達がうるさい。


 フェンリルを眷属にすると、案の定身体中が真っ黒になった。いや、目と口回り、あと腹は白いままだ。

 そして両目に傷跡があるが、すでに目は回復している。結果としてなんかかっこいい傷跡になっただけだった。


「あれ? なんか小さくなってないか?」

『この場所が狭いためぇぇ、体の大きさを調節したぁぁ』


 体のサイズの調節とか出来るのか。

 ちなみにそれでも人化はできないらしい。テンプレを外してくるな。まあ声の感じからしてオッサンだから残念にも思わないが。


『我が主ぃぃ……我は何をすればいいぃぃ』


 ああ、そうだったな。


「遠距離攻撃を、あの固まっている騎士どもに打ち込んでくれ」

『全滅させていいのかぁぁ』

「むしろやっちゃえ。がんがん殲滅しろ」

『了解したぁぁ…………グラァァ!!』


 天然機関銃、フェンリル。自分で移動してくれるので便利です。

 ちなみに眷属化すると自己再生能力が付いたらしい。体毛も再生するので、実質弾切れ無しになったようだ。めっちゃ強くなったな。

 狭い廊下。飛んでくる乱射撃。避けようにも場所がない。

 こんな狭い場所に固まっているからだ。

 魔動鎧だからフェンリルの攻撃にも耐えるかと危惧していたのだが、そんなことはないようだ。


「な、なんだ! なんだこれは!!」「ぎぁぁ」「ぐぉっごぼぉ」「隊ぢょ……ぶぇ」「なだっ……ぁぁぁぁぶぼぇっ」


 フェンリルの遠距離攻撃は鎧という鎧を、盾という盾を、肉という肉を跳ね飛ばして蹂躙する。


『グラァァァ』

「うわ、すごいな」


 一分も経てば、廊下は一面血の池のようになった。


「んじゃあ、また影の中に入ってくれ。また呼び出すかもしれん」

『了解したぁぁ』


 こんな大きい図体した奴を連れ出すと、物凄く目立ちそうだ。逃げても簡単に捕まりそうである。

 あ、サイズ調整できたんだか。すると犬くらいの大きさまでは縮めたのか?

 まあ一度影の中に戻してしまったから、もう一回ここで呼ぶのも面倒だし、いいか。


 ちらっとアリーヤを見てみる。

 彼女の血で床が赤い水たまりみたいになっている。この出血量だと死んでるか。

 多分一度死んだら吸血鬼化はできない。まあ元々助ける気なんて無いのだが。

 

 しかし旨そうな血である。処女だったみたいだし、魔力も高い。とても絶品だろう。

 早く逃げなければならないから、さっさと吸ってしまおうか。


 そう思って仰向けのアリーヤの体に近づくと、驚くべき事に、その口からうめき声がきこえた。


「……もしかして、まだ生きてんのか?」

「う、ぅう」


 彼女のステータスを見ると、HPと同時にMPが減っている。そして彼女から魔法の発動を感じる。

 もしかして、自身に回復魔法をかけているのか?

 だが、それでもHPは徐々に減っているし、MPも残りわずかだ。放っておけば死ぬことには変わりない。


 アリーヤが目を開けた。俺を睨むように見つめる。まあ、俺はこいつを騙していた訳だしな。内心どう思っているかはわからないが、少なくとも俺のことを良くは思っていないだろう。

 しかし、この状況で俺を睨むって、まだ生きることを諦めていないのか。

 死にたくないのか、足掻いてまで。この状況で。


 家族を殺され、家という自分の場所を破壊され、仲のいい侍女を殺されて、味方だと思っていた俺に騙されて捨てられて、もう彼女には何も残っていないのに、それでも生きたいと思える。


 なんて強い奴だ。


 何度目だろうか、彼女に興味がわき、自然と口角があがるのは。


「アリーヤ、聞こえるか? イエスなら片目を閉じろ。喋らなくて良い」


 アリーヤは戸惑いながらも、片目を閉じる。


「いくつか質問する。君はこのまま死にたいか? それともすがりついてでも生きたいか? 家族も場所も仲間も、何もなくなった状態で、それでも生きたいか?」


 アリーヤは片目を閉じた。

 正直不本意だが、こいつを面白いと思ってしまったから、しょうがない。


「俺は、これから君を生かすことができる。だが、君を生きさせるには、いくつか条件がある。まずは条件の一つ目だ。」


 俺はアリーヤの目を見て、告げた。




「君は処女か?」

「……え……」


 彼女は戸惑いながらも、片目をつむる。


「じゃあ二つ目だ。君は助かった場合、一切の人間の尊厳を捨て、俺に従属することになる。より簡潔に言ってしまえば、君は俺の奴隷になる。人として生きることは許されない。もちろん、君の人生における未練がかなわない可能性もある。助けた場合、君は若返る。そして半永久的な若さを手に入れるだろう」


 俺が一息にそう言うと、彼女は俺を睨んでくる。

 俺がアリーヤを性奴隷にしようと思っていると、考えているのかもしれない。


「どう解釈しても構わない」


 そんなつもりはないが、俺はあえてこう言った。俺はあくまでも覚悟を聞いているのだ。


「なんで……私を……助……」


 アリーヤはかすれた声で言う。

 何で私を助けるの? と聞きたいのだろう。


「別に。面白そうだからだ」


 そして俺は一息ついて、真剣な声で言った。


「あまり時間もないだろう。決めてくれ。君は何を選択する?」


 今すぐ死ぬか、それともどう扱われるかはわからないが、生き残るか。


「……生きたい……何を……しても……いい、から……」


 縋るような声でアリーヤは言う。


「くくくっ……家族も何もかも失って、こんな惨劇を前にしてて、なお生に執着するか。……いい心構えだ」


 俺は愉快そうに笑った。


「当たり……前……。悪魔に……魂を売っても……生きたい……」

「……悪魔ってのは酷くないか? まあ確かに、神とか天使よりかは悪魔に近い存在なんだろうが……」


 俺はため息混じりにつぶやいた後、アリーヤの体に覆い被さる。


「んじゃ、さっさと終わらすぞ。俺の下僕・・となれ、アリーヤ」


 そう言いながら、俺は彼女の首筋に噛みついた。










「さて」


 俺は影空間から狼を十体呼び出す。

 そのうち三体に、まだ目を覚まさないアリーヤを見ておくように命令した。

 アリーヤの吸血鬼化は成功した。目を覚ましたら、彼女は吸血鬼となっているだろう。反抗とかしないでくれると助かるんだが。


 問題は、結局王女と行動を共にしなければならないという事だ。こいつを放っておくと、俺のことまで知れてしまう可能性があるから、共に行動するのは決定事項である。

 しかし、この城の宰相側の人間は、アリーヤを始末しようと追跡するだろう。それは非常に面倒くさい。


 それなら、最善策とは思わないけど、別に良いか。

 真正面から騎士団と戦うのは辛いが、不意打ちで各個撃破ならなんとかやれるかな。

 これからの行動方針は決めた。


「じゃ、君達はそこかしこの死体の血を吸って、喰屍鬼化させてくれ」


 眷属が吸った血は、全て俺が吸った血、ということになるらしい。便利なことである。

 とりあえず七体の狼を放って、俺も動き出した。




「さあ、皆殺しにしようか」

 

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