仲直る第十話

「私がわざわざあなたのような人間と話すのよ? 感謝なさい!」

「……帰って良いですか?」

「なぜ!?」


 扉開けた瞬間これである。

 やべえ超めんどくさい。帰りたい。

 なお、一応王女と言うことで丁寧語にはしているが、素でタメ口が出ても許して欲しい。


「あたたたた……突然腹痛が……」

「うそおっしゃい!」


 フンっと第一王女は鼻を鳴らし、優雅というか傲慢そうにその金髪ツインテを片手で払った。


「特別に入室を許可するわ。感謝なさい」

「いやもう、別にいいです」

「入りなさい!」


 無理矢理気味に拉致られ、もとい入室させられ、無駄に豪華なソファに座らせられる。


「ここが第一王女の部屋か……」


 寝室、というわけではない。第一王女専用の客室といったところだ。さすがにどんな無害な男でも、王女の寝室には入れないだろう。


「あなた、乙女の部屋に入るからって、興奮して嗅ぎ回らないことよ! さすがにそれは許さないわ」

「いや興奮はしてない……ある意味驚いてますけど」


 なんというか、ここは異空間だ。

 荘厳で立派な構えをしている癖して、なんとなく手入れが届いてなかったり、古びていてみすぼらしい王城の中で、この豪華絢爛な部屋は非常に浮いている。

 あらゆる高価そうな調度品が、統一性もなく並べられ、部屋の至る所にケバケバしい装飾が施されている。

 まあこの王女様、キンキラ大好きだからな。きっと女王様の身の回りもキンキラなんだろう。

 一概には言えぬ事だが、昔から女はキンキラ大好きだからな。


「あなたのような愚民では、これらの素晴らしい品は、めったにお目にかかれないでしょう? このような素晴らしい物をみれたことに感謝なさい」


 見たことはないが羨ましくもないな。

 この部屋は客観的に見て派手ではあるが美しくはない。まあ好きな物を並べてこそ自室だと言われては、言い返せないが。


「これらは、王女様が自ら揃えたんですか?」


 だとしたら素晴らしい目をしていると世辞を垂れよう。素晴らしく常人に理解できぬ目を持っていると。


「いえ。お母様の贈り物ですわ」

「……全部?」

「当たり前でしょう? 私自ら城下に下りて、買い物をするなんて事はありえませんわ」


 マジかい。

 それでこの統一性のなさって事か?


「まあ、そのような話は置いておきましょう」


 金髪ツインテ王女はコホンと軽く咳払いした。どうやらやっと本題にはいるようだ。


「では、感謝なさい」


「本題に入ろうか?」


 金髪ツインテにとって本題とは感謝集めだったのだろうか……

 もしや龍斗と情報のすれ違いがあったのか?


「本当ならあなたに相談する必要もないのよ? 私の話を聞ける奇跡に感謝なさい」


 王女様はこれが素だったようだ。逆に戦慄する。

 というかこの人の台詞、だいたい後ろ半分いらなくないか?


「第二王女様の件でしたっけ」

「あんな人どうでもいいわ」


「……仲違いされてるとか」

「関わる必要もありませんわ」


「……悩んでいるとか」

「私に悩みなどありませんわ」


「……話が進まない……」


 どういう思考回路してるんだろうこの人。キャッチボールが成立しない。俺がボール投げたらガン無視って何?

 これ心が開くって前提条件クリアしないと、相談も何も無いと思う。

 ……めんどくさいな、裏技使おう。

 お前を信じてるぜ、龍斗。


「あんまり話を進めてくれないと、龍斗に相談することになりますよ?」

「っ!?」

「せっかく龍斗がつくってくれた場なのに、第一王女様が取り合ってくれなかったなんていったら、どんなにがっかりするだろう……」

「ひ、卑怯ですわっ!」


 こうかは ばつぐんだ!


「じゃあさっさと話を進めましょう」

「くっ……無能なあなたは、龍斗様の威光を借りなければならないのね……。まさにオーガの威を借るゴブリン……」


 オーガの威を借るゴブリンて……

 異世界版ことわざでしょうか。ちなみにこの世界の悪口に「ゴブリンの様な奴だ」ってのがある。

 成人男性の二倍のステータスがあるのに当然のように馬鹿にされるゴブリンェ……


 第一王女の話は、聞いてたよりも重い内容だった。

 彼女の主観的な部分を客観的に分析すると、こうなる。


 生まれたときこそ姉として尊敬していたが、5歳の時に、侍女たちが彼女を蔑んでいるのがわかった。

 そして同時に、自分を敬っているのがわかった。

 おそらく、幼い彼女の頭では、自分の方が姉よりも優れていると、簡潔な結論に至ったのだろう。

 7歳になった時、自分が第一王女となり、姉が第二王女に下げられた事で、その感情は強くなった。

 姉が女王である自分の母ではなく、別の女の腹から生まれた事を知ったとき、その感情は確信に至った。

 周囲が姉を「人形姫」と揶揄するようになり、自分も当然の如く彼女を蔑んだ。


 第一王女は王女として教育されていたが、その内容は非常に甘やかされた物だった。

 特に、魔法の理論に関しては、簡単な物は彼女の魔力量でどうにかなっていたため、後回しにされがちだった。

 10歳になってから、このままでは不味いと国王が慌て、教育が厳しくなった。

 魔法の理論の教育、訓練が本格的に始まった。

 国王の懸念は外れ、第一王女は並みの倍以上の早さで魔法を習得した。

 彼女の周囲の人間は、類い希な天才だとほめ回した。

 だが彼女は知っていた。幼少期の姉の方が、各段に優秀であったことを。

 かつて姉と尊敬していた時の、朧気な幼い光景では、魔法はこんなに遅くなかったし、こんなに大雑把な物ではなかった。

 姉はこんなに計算が遅くなかった。

 姉はこんなにテストで間違えなかった。

 姉は剣術でも大人を倒していた。


 自分>姉という図式が、崩壊した。


 自分を天才だともてはやす先生が信じられなくなった。

 侍女たちが自分に向けてくる笑顔が信じられなくなった。

 周囲の人間がわからない。気味が悪い。信じられない。

 いつしか、自分自身がなんなのか、分からなくなっていた。


 一年経ち、11歳になった今、もう昔のような軽蔑を姉には向けていない。

 それどころか、彼女が非常に優秀で、素晴らしい姉であったと思うようになった。

 彼女を姉と呼びたい。

 自分を妹と呼んで欲しい。

 でも、いつの間にか彼女との間には、壁ができていた。

 周囲の侍女たちは、いまだに彼女を人形姫と呼んで蔑む。第二王女も、全く表情を見せないで、自然と自分から離れた位置にいた。

 自分から近づこうとしても、心の奥がもやっとして、なかなか上手く行かない。何よりも、行く手を遮る侍女たちの笑顔が怖かった。

 いつの間にか、見えない高い壁が、自分との間に出来ていた。




 いや誰の話だよ、とツッコミたい。

 お前がそんなにうじうじした人間なら、いつもの偉そうな態度はなんなんだと小一時間問い詰めたい。


 だが、妙に納得できる部分もある。

 なんというか、この部屋が象徴的だ。


 彼女は自分で買い物をしたことがないと言っていた。

 この部屋は全部、彼女が人から貰った物だ。それどころか、彼女を飾っている装飾品も全て、人から貰った物なのだろう。

 おそらく第一王女は、自分で何かを得た、何かを成し得た事が一度もない。彼女の人格全てが、人から貰った物で出来ている。

 それが第一王女のアイデンティティ。

 そんなあやふやなアイデンティティは、周囲を信じられなくなっただけで崩壊する。いや、彼女の場合はまだ崩壊には至っていないだろうが。


 よくラノベとかで、無能なくせに貴族であることを周囲に喧伝して、偉ぶるキャラが出てくる。

 無能なのに貴族だと偉ぶる滑稽さが、主人公のいい引き立て役になる。

 そして主人公は諭すのだ。階級が自分の価値だと勘違いしていないか、と。

 だが、まさにそうなのだろう。

 無能だからこそ、貴族だと偉ぶるしかないのだ。無能なくせに幼い頃から敬われるせいで、自分が貴族だから偉いのだと勘違いする。

 結果、彼のアイデンティティは貴族という階級で構成される。他に自身の存在が寄りかかれる所がないから。

 彼には、貴族という階級以外に縋る物がないのだ。寄り所が無いのだ。偉ぶることでしか自分を守れない。


 第一王女も、おそらく同じだ。

 自分を信じられなくなり、第一王女という身分に縋って、偉ぶる事でしか自分を守れない。

 だが、そうやって初めて、彼女は自分をようやく保っている。


 第一王女自身は気づいていないのだろうが、第二王女に抱いていて近づくのを遮る、もやっとした感情は、憧憬、羨望、そして嫉妬だ。

 第一王女と第二王女は、まるで対照的だ。第一王女はすべてを与えられ、存在が他人で出来ている。対して第二王女は、全てを自らの努力で勝ち取り、自分の存在を気高く自分自身だけで作り上げた。

 第一王女は、彼女を羨ましく思い、憧れ、そして嫉妬している。だからこそ彼女を認めつつ、近づく一歩を踏み込めない。

 まあ、今まで蔑んでいた手前、嫌がられないかという不安もあるだろうが。


 こいつは、案外素直でまともな少女だったのかもしれない。第一王女を歪めたのは、周囲の人間に他ならないのだ。

 ……いや、彼女自身にも問題はあるか。プライドの高さは生来の物であるだろうし。


「ふんっ。何か意見はあるの? まあ、愚民にはアドバイスなんて出来ようもありませんわ」


 ……俺をこうやって蔑むのも、周りが蔑んでいるからなんだろう。

 ……多分。


 アドバイス。アドバイスねぇ。

 第一王女の歪みは理解できたから、矯正することも出来なくはない。

 が、めんどくさい。

 とりあえず姉妹間の仲を直すのが目的なわけだから、無理に第一王女を助けてやる必要もない。

 仲直りさせるだけなら……まあ難しくはない。


「まあ、なんだ。『私にあなたを姉と呼ばせなさい!』とでも命令すればいいんじゃないですか? あんたらしいでしょう」

「なっ……そ、そんなこと言えないわ。私が突然そんなこといったら、侍女たちが戸惑うでしょう?」

「侍女たちなんかほっとけ。お前の行動を決めるのはお前だ。お前自身なはずだ」

「うぅ……」


 そうだ。周囲が信じられないなら、いっそ知らない振りをしておけ。


「……そんな言い方したら、あの人は迷惑がるでしょう?」


 何を今更。


「第二王女様は、あなたが思うほど弱い人じゃないですよ」

「そう、かしら……」


 いやほんとに。先生なら普通に喜びそうだ。あの仮面の下で、内心だけでだが。

 第一王女はしばらく考え込んだ挙げ句、ハッと気づいたように言った。


「ていうかあなた、まともなアドバイスしてないじゃない!?」

「いや別に、そんなことでうじうじするなら素直になれと言っただけですが」

「そんなこと? そんなことって!? やっぱりあなたに聞くんじゃなかったわ!」

「へーへー」

「なんですのその気が抜けた返事は!?」


 ひとしきり叫んだ後、第一王女はふうと息をもらし、落ち着いて言った。


「ま、まあ。参考にしてあげなくもないわ。私に聞いてもらえたことに感謝なさい」

「なんでやねん」


 ていうか、なんでこいつが感謝を強制してくるのかは分からんかったな。


「なんでそんなに感謝を集めたいんです?」

「ふん。そんなこともわからないの? 愚民が」


 いや、多分おまえ以外は誰も分かっていないぞ?


「そういえばあなたは、感謝らしい感謝をしたことはありませんでしたわね。よろしい。では私が特別に感謝の大切さを説いてあげますわ。感謝なさい」









「……感謝とは他者と一線をひくことで境界を作り、かつ相手の存在を尊重することのできる手段である。これは他者との相互関係を強化するとともに自身と他者を別個の物として認識し…………イノリ様、これは何なのでしょうか?」


 日記を軽く読んだ、メイドのナーラさんが聞いてくる。今日の日記はいつもの五倍くらいの文量なので驚かれたのだ。いつもの文章が短いのもあるが、今日のは長すぎである。


「第一王女様の『感謝論』。長時間熱弁されまして、ムカついたのでまるまる書いてやろうと」

「ムカついたのでって、どういうことですか?」

「いや何、いつか第一王女がまともな人間に成長した時、黒歴史として朗読してやろうと思って」

「イノリ様の努力の方向性がわかりません……」


 人を弄るのには常に全力だ。

 ナーラさんは『感謝論』を読み飛ばして、普通の日記の部分を読み始めた。


「そういえばナーラさん」

「なんでしょう」

「第一王女様って来週誕生日なんですってね」

「……はあ、それが何か」


 おい、一気にテンションダウンしたな。


「なんで教えてくれなかったんです?」

「イノリ様が第一王女様の誕生日なんて知る必要ありません」


 第一王女様ディスられてる?

 まあでもそっか、ナーラさんって第二王女派だったもんな。いやでも仕事に私情を挟むなよ。


「そういえばイノリ様、明日の勉強の時間について、第二王女様から話したい事があるそうで」

「へえ。なんでしょうね」











「本当になんなんです? これ」


 わいのわいのと賑わう商店街。あちこちで客引きが始まっている。どうやら貴族向けの商人らしく、怒声のような客引きは行われていない。

 人は多いが、王都の商店街ということを考慮すると、むしろ少なくも感じる。すくなくとも東京の渋谷のスクランブル交差点を知っている俺は、人が多すぎるとは思わない。

 今日は快晴だ。吸血鬼の俺には、直射日光がキツいです。

 俺の隣には、ナーラさんと、ナーラさんの赤みがかった金髪に髪色を変えた先生が居る。


「勉強の一環です。城下に出て、相場や街の雰囲気を知るのも重要な勉強ですので。あと、一応お忍びという形なので、私に敬語を使うのは止めてくださいね、ナーラ姉さん」

「わかってるわ、アリー」


 どうやらナーラさんと先生は姉妹という設定らしい。


「……ちなみに、俺は?」


 一応聞いてみると、ナーラさんと先生は顔を見合わせた。

 おい、考えてなかったのかよ。


「ヒモ? ですかね」

「召使いでしょうか」

「ちょっと俺の扱いについて小一時間お話ししようか」


 いや、俺だけ黒髪だから兄弟設定もちこめないからって、もう少しこう、あるだろう。


「では、私達の荷物持ちをよろしくおねがいします」

「待て第二……アリー。俺自身が買い物しないと勉強にならん」


 ちなみに先生の髪色を変えているのは魔動具だそうだ。便利ですね魔動具。

 もともと先生は第二王女として公にあまり知られていないから、髪色を変えるだけで充分らしい。


「では、全くの嘘になりますが、護衛という形で」

「おい、いくら護衛として役に立たないからといってその扱いは」

「護衛と言うことで、敬語でお願いします」

「……」


 なんなの。

 まあ、騎士服を着ているから護衛といっても不自然ではないか。


「で、買い物といいますが、何を買うんでしょうか、ナーラ様、アリー様」

「まだ詳しくは決めていませんが……そうですね、アクセサリーでも買いに行きますか」


 先生、もといアリーが答える。ていうか護衛に敬語で話すのも不自然な気がするのは俺だけか?

 いや、でも敬語じゃない彼女の方が不自然だな。

 王城の中じゃないので、先生はある程度表情豊かに話している。ナーラさんが驚いていないから、ナーラさんは知っていたのかもな。メイド特有のポーカーフェイスという可能性もあるが。


「いまからお店の中に入りますが、あまりキョロキョロしないでくださいね」

「問題ありません」


 暇あれば千里眼で王都を探検しているからな。なんだかんだいって王都についてなら一番詳しい自信がある。


 ナーラさん、先生の後ろから、シンプルな装飾の店に入る。どうやら主に宝石を使ったアクセサリーを扱う店のようだ。

 先生はショーウィンドウのなかのアクセサリーを眺め、ナーラさんはそれにつき従っている。

 俺はその間、アクセサリーを鑑定して相場と見比べたりしてみた。どうやら偽物とか、やたら高い金額設定って事もないらしい。良心的な店だ。

 護衛という設定なので、先生やナーラさんからあまり離れることはできない。しかし千里眼を使えば、店中のアクセサリーを鑑定できるのだ。

 そこ、スキルの無駄遣いとか言わない。


 先生はしばらく見た後、二つのアクセサリーで迷っているようだ。時折ナーラさんに相談している。

 ナーラさんは買わないみたいだな。まあ、結構良い値段する店だし、低下しているメイドの給与では足りないのかもしれない。

 なんか、勉強っていってるのにほっとかれてるし。見た感じ先生がアクセサリー買いたかっただけみたいだし。

 しかしなぁ、わざわざ先生がアクセサリーなんて買うだろうか。それに、こんなに悩む性格では無い気がする。


 先生がこちらを向いて、俺に聞いてきた。


「イノリ、どちらが良いと思いますか?」

「ん、えーっと、その二つよりも、こっちの方がアリー様に似合っているかと」

「あ、えっと、私じゃなくてですね……」


 ん? 先生用じゃない?

 となると、確定か。


「あー、妹さんの誕生日プレゼントですか」

「うっ!?」


 ん? 大分過敏な反応するな。俺を連れてきたって事は、隠そうとしている訳じゃあるまいし。

 あー、妹って言ったからか。第一王女っていうと問題あるかと思ったが、妹というのは地雷だったかな。


「そ、そうです。イノリは先日、彼女と会ったでしょう? どちらが喜ばれると思いますか?」


 少し顔を赤らめて、先生が聞く。


「喜ぶって……昨日会っただけで、そんなことわからないですよ」

「でも、イノリって結構人の感情に聡かったりするでしょう?」

「…………」


 よく見てるな。まあ少し違うが。


「感情を理解することはありますが、共感することはありませんよ」

「え?」

「昔から俺はそうでしてね、人の喜びだったり、悲しみだったりに共感できないんです。まあ、子供の頃にそれで痛い目にあって、感情を分からないことが面倒くさいことに繋がることがわかって、理解するようには努めています」


 まあ共感できないのは、興味がないってのもあると思うが。


「感情とか思考を、理詰めで理解することしかできんのですよ。だから、彼女が何を喜ぶのかっていうのは、見当がつきません」


 先生は少しムッとして、言った。


「わかりました。私が決めます」

「でも、まあ。どうやらあの人は人から貰うのに慣れているようですし、今更アリー様から何か貰っても、特にうれしくないかもしれませんね」

「な……じゃあ、私がプレゼントするのは無駄だって言うんですか?」


 先生はむーーっと頬を膨らませて言う。……小動物みたいで可愛いな。つつきたい。


「さあ。彼女を喜ばせるようなプレゼントを貰い慣れているって話ですから、アリー様があげたい物をあげれば良いんじゃないですか?」

「あ……」


 先生は小さく声を出した後、手に取っていた二つのアクセサリーを下ろし、別のアクセサリーを手に持った。

 それが本命だったんだろう。さきほど先生は一度それを手にとって、気にしてる素振りを見せていたし。

 その様子を眺めていると、ナーラさんが俺の横にきて、小さい声で囁いた。


「……優しいですね、イノリ様」

「別にそう言うつもりじゃないですよ」

「素直じゃないですね……」

「いやほんとに。見ていてイライラするでしょ? 思春期の告白していない両思いかって」

「……まあ、私はわざわざあの人にプレゼントなんてあげなくて良いと思うんですけど」


 はあ、とナーラさんはため息をついて、会計に向かった先生のあとを追った。


 いや、あんたも大概だな……

 そう思いつつ、俺も彼女たちの後を追った。









 五日後。予定通りに第一王女のパーティーが開かれた。

 俺が王城のパーティーに参加するのは初めてだ。一応、執事的なポジションでパーティーに参加している。

 ちょっとした無礼講らしいので、割と自由に行動して良いようだ。

 料理にはあまり手を着けていない。どれがニンニク入りかわからんからな。

 貴族たちの香水の匂いが、《探知》で嗅覚が上がっている俺の嗅覚では少々きつい。シトラス系、ローズ系、ラベンダー系と、いろいろ混ざって酔いそうになる。

 次にパーティーがあっても参加しなくていいや。


 ちなみにここ一週間の夜は、《飛行》のレベル上げにいそしんでいる。場所は、フェンリルが守っていたあの森だ。誰にも見られる心配がないので、空を飛んでも問題ないのだ。

 狼たちを狩り尽くして、全て眷属にした後は、修練場のように使っている。


 会場の舞台、上座にあたる席には、国王陛下と女王陛下が座っている。そばに控えているのは騎士団長ひとりだ。近衛騎士団では無いのか。まあ彼女なら、何があっても二人を守れる気がする。

 舞台の近くに、少し太ったおっさんがいる。称号を見てみると、彼が宰相らしい。初めて見たな。

 当の第一王女は、勇者三人と沢山の侍女たちに囲まれている。第一王女はものすごく派手なドレスを着ているな。化粧もしているようだ。齢11だから、子供が背伸びしているようにしか見えない。


「第一王女様、今日のドレスはあなたの美貌によくお似合いです」

「うれしいわ、リュート」


 龍斗がお世辞百パーセントの賛辞を述べると、第一王女は頬を染めて笑う。いや、ニヤける、に近いか。公衆の面前でいちゃつくなや。

 龍斗はいつもの騎士服ではなく、キッチリとしたスーツを着込んでいる。さすがイケメンなんでも似合う。

 そして珠希と葵はそれぞれ赤と青のドレスを着ている。前回は服に着られている様に見えたが、いつの間にか自然と着こなせるようになっていた。美人は映えるな。


 そんな集団の元に、第二王女が近づいてきた。

 第一王女は驚いたような顔をし、侍女たちはあからさまに顔をしかめ、龍斗たちは心配するような表情をする。

 君たち、表情に出過ぎだ。先生の完全ポーカーフェイスを見習いたまえ。


「第一王女様、本日はお誕生日おめでとうございます」

「ふん。私の誕生日パーティーに参加できることに感謝なさい」


 ほんと他人行儀だなぁ。

 パーティーという公の場だからって訳じゃなく、いつもこれなんだからすごい。

 おい侍女ども、睨むな睨むな。


「本日は、第一王女様にプレゼントを贈りたいと思いまして」

「プ、プレゼント?」


 第一王女、嬉しそうなのを隠し切れていないぞ。ちょっと口元がニヤケてる。


「ええ。第一王女様に似合う物を選ばせてもらいました」

「そう。あなたが……。わかったわ、見せなさい」

「どうぞ」


 第二王女のプレゼントは、小さな宝石のついた、銀製のシンプルな髪留めだった。二つあるから、ツインテールにつけるんだろう。


「まあ、なんてみすぼらしい」

「品選びも満足にできないのね」

「なんて地味な……第一王女様には似合いませんわ」


 侍女たちが小さい声でささやきあっている。聞こえないようしているつもりなのだろうが、《探知》の聴覚で俺にはバッチリ聞こえている。

 ていうか王女に向けた言葉じゃねえな。自重せんか。


「これを、私に?」

「ええ」


 受け取った第一王女は、少しばかりその髪留めを見つめ、嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがと」

「!?」


 小さい声だったが、後ろにいた侍女には聞こえたようで、息をのむ音が聞こえる。

 そのまま第一王女は、ひとりの侍女にアクセサリーを渡した。


「つけなさい」

「だ、第一王女様!?」

「つけて」


 命令された侍女は、渋々と言った感じで髪留めをつけた。

 髪留めは、シンプルであるが、その銀の輝きが美しい金髪によく映えた。

 彼女の装飾は金色で派手な物が多かったのだが、この髪留めは最も存在感をもち、かつ第一王女を引き立てている。

 へえ。いいチョイスだな。思ったよりもよく似合う。


「リュート様、どうです?」

「……とても綺麗だ」

「そう……」


 今回のは世辞じゃないな。実際、そのシンプルさが背伸び感を打ち消している。少し大人びて見えるな。

 第一王女は嬉しそうに顔を赤らめて微笑んだあと、パッと先生を向いて言った。


「ありがとうございますわ」


 子供の明るい笑顔だ。へぇ。そんな顔も出来るんだな。

 先生は尚も微笑んで居るが、いつもより少し、口角が上がっている。


「あと、一つだけプレゼントをお願いしても良い?」

「もう一つ……ですか?」


 第一王女は少し躊躇った後、意を決したように言った。


「……私に、お姉様と呼ばせなさい」

「!?」


 先生は微笑みを崩し、少しだけ驚いたような表情を見せる。さすがに隠しきれなかったようだな。


「「「な!?」」」


 侍女たちは本当に驚愕の顔を浮かべている。

 ていうか、お姉様に対して尊大な口調ってのもどうなんだ。


「…………ええ。喜んで」

「お姉様!」


 先生は少し戸惑った後、微笑みを浮かべて答える。次の瞬間、第一王女が弾けるように先生に抱きついた。お姉様、という言葉つきで。

 侍女たちは尚も困惑の表情を浮かべている。龍斗たちは嬉しそうな、安心したような顔だ。

 少し視線をめぐらして、国王、女王陛下夫婦の様子を覗いてみる。


 ……泣いてやがる。

 二人そろって泣いてやがる。


「お姉様って……よかったわね、アマンダ……」

「その名は、あの子はもう捨てたものだよ……だが良かった」


 こいつら、バカだったんだな。二人そろって親バカだったんだな。


 俺が国王女王カップルの意外な事実に驚愕していると、龍斗が片手を上げながら近づいてきた。


「祈里、今回はありがとう。結局君に任せる結果となってしまった」

「そうなるな。九割方俺の功績だ。ということで報酬上乗せしてもらうぞ」

「ははは。考えておくよ」


 苦笑した後、龍斗は真剣な表情になって、言う。


「ホントにありがとう。ずっと彼女の辛そうな顔を見ていると、こっちも悲しくてさ」


 こっちも悲しい、ね。

 お人好しだなこいつは本当に。


「俺はイラついただけだったな。スッとした思いだ」

「はは、君らしいや」


 龍斗は、未だに泣いている女王の方に視線を向ける。


「僕さ、召喚された時は不安だったんだけど、今ならこの国でやっていけそうな気がする」

「…………」

「女王陛下も、第一王女様も、第二王女様も、みんな思ったよりも良い人達だ」

「……財政危機である事は変わらん」

「そこは、ほら、異世界パワーでなんとかするさ」

「内政チートは思いの外大変だぞ?」

「なんとかするさ」

「……好きにしろよ。俺も好きにする」

「出来れば君にも残って欲しいものだけど」


 俺は一つため息をつき、会場の外に向けて歩き始める。


「どうしたの?」

「外の空気を吸いたくなった。この会場は匂いがキツすぎる」

「犬かい君は……報酬の件は、きっちり第一王女様に頼み込むから安心してくれ」


 龍斗の声に、俺は片手を上げて答えた。

 そのまま会場の扉に歩き、警備中の兵士に会釈して、外にでた。








 バルコニーに、夕方のぬるい風が吹き付ける。

 太陽は、後二時間くらいで沈むだろうか。

 こちらの世界でも、やっぱり太陽は東から上って、いつか西に沈む。それは変わらない。

 夕方は床にうつる影が細長く、闇魔法をつかったらおもしろそうだが、あいにく昼は影を伸ばせない。せいぜい影空間を使えるくらいだ。

 バルコニーの柵に肘をつき、頬に手を当てて太陽を眺める。

 匂いがきつくては外に出たはいいが、吸血鬼には直射日光がしんどい。

 もう帰ろうかと思い、後ろを振り返ると、ひとりの女性が立っていた。


「イノリ様」

「第二王女……」


 第二王女こと先生は、優雅に一礼した後、こちらに近づいて、バルコニーの縁に俺と並んだ。


「どうした?」

「お礼を言いに来ました」

「よく外に出れたな」

「こっそり出るのは得意なんで」


 声色は楽しそうだが、顔はいつもの微笑みだ。


「素で話せよ。周りには誰もいない。聞き耳をたてる奴もな」

「探知、ですか。便利な加護ですね」

「ああ。俺の唯一の取り得だ」

「そんなことは無いでしょうに……」


 先生は口元に手を当てて、上品に笑う。夕陽に照らされて、いつもよりも一割り増しに輝いているように見えた。


「こうしてみると、ほんとうに王女様だな」

「今までどう見ていたのか、問い詰めてもいいですか?」


 第二王女はムッと睨んでくる。頬を膨らませている様は、子供のようだ。


「やっぱ可愛いな」

「世辞はいりませんよ。あなたもどうせ、つまらない女だと思っているのでしょう?」

「まあ容姿に関しては否定しないが」


 そう言うと、先生は少し沈んだ表情になる。やっぱ気にしてんのか。


「でも、それっていつもの仮面被っている時の話だろう。いつもの愛想笑いだけの無表情の中に、本心の笑いがあると、ギャップで可愛く見えるのは確かだ」

「っ」


 先生の頬が赤く見える。

 夕日のせいだろうか……


 と、鈍感主人公なら言うと思うが、俺はあいにく鈍感じゃない。

 まあ今回は相応な行動をしたし、好意とは行かないまでも、俺のことを気になっているのは確かだろう。


「あ、あなたに無表情と言われたくないです」

「は?」


 先生は照れ隠しに、結構衝撃的な呟きをした。


「え? 俺無表情か?」

「あなたって、表情を隠す気は無いのでしょうけど、愛想笑いとかしないでしょう?」

「まあ、する意義を見いだせないからな」

「そのせいで、割といつも無表情に見えます。鉄面皮とは言いませんが」

「……まじか」


 たしかに表情とか、あまり気にしたことは無かった。フェンリルと戦った時は笑っていたと思うが、他に笑っていたかというと、数えるほどしかない。


「私よりもよっぽどあなたの方が無表情です。無愛想です」

「……お前そんなに毒舌なキャラだっけ?」

「ふふっ」


 俺が疑問を口にすると、彼女は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

 夕日に映えたその顔は、何か解き放たれたように軽く、明るかった。







 未だに目を腫らした女王に、ひとりの男が近づいて挨拶をした。


「パーティーは楽しんでいますかな? 麗しき女王陛下」

「あら、宰相殿。ええ、最高の気分ですわ」


 ふふふっと口元に手を当てて笑う女王に、宰相は愛想笑いを浮かべた。


「それは重畳。最期に良い物を見れて良かったですな」

「……最後? あなたなに



を」






「さ、宰相! 貴様何を!」

「申し訳有りません。国王陛下」

「騎士団長!? 貴様何を言っている! 騎士団ちょ」





 騒がしかった会場に、二つの肉を断つ音が聞こえた。

 会場が静寂に包まれる中──


──国王陛下と女王陛下の首が、会場の床を転がった。



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